右目と右腕と血
001
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私は歩いていた。
そこは道ではない。ただの森、さらに、自分の知らない土地だ。
生きて帰る確率はほぼゼロだ。
更に確率を下げる要素がある。その少女は右腕が無い。そして右目も無い。何があったのだろと思われるであろうが、近くには町も、村も見当たらない。魔法も、剣もそこそこ使えるが、事情によって杖も剣も持っていない。
ああ、何でこんなことになったのだろう。私はお父様が好きだ。お母様が好きだ。お姉さまが好きだ。お兄様が好きだ。・・・みんな『お母さん』に殺されてしまった。
私も殺されかけた。でも逃げ切れたのだ。そう、逃げ切れてしまったのだ。今考えたら私も一緒に死んでいれば良かったと思う。腕を切り落とし、目玉をくりぬき、血をまき散らし隠蔽工作をしてまで生きていいくのに値する世界なのだろうか。
もう・・・息が苦しい。治癒魔法で止血はしたが、痛みが引くわけじゃない。目玉をくり抜くという、常軌を逸した行為をしたのは流石にやり過ぎか・・・
なんてことを考えていると、向こうに町、いや、都市といわれるほどの建造物が見えた。一筋の希望だ。
やっぱり、生きたい。死にたくない。その思考が私の足取りを早くした。
向こうから人の声が聞こえる。残っていた方の目から涙がこぼれる。
「・・・ん?あそこにいるのは・・・人間?魔物がこの島にいるわけがないからな。・・・って、けが人だ!あいつ、腕を持っていないぞ!!」
私は心から安堵した。そこにいたのは気がよさそうな男で、優しそうな人だった。
「ああ・・・神様・・・私が一体何をしたって言うの・・・」
自分が何をしてこのような仕打ちを受けているのかを私は知りたかった。
私の意識が少しずつ遠のいくなか、その言葉を小さく呟く。
「おい・・・大丈夫か!?意識が無い・・・くそ、どういうことだ!?この島でこんなことが出来る奴がいるとは思えない。じゃあ、こいつは何なんだ・・・」
そして・・・意識が途切れた。
私は夢を見た。
幸せは夢だ。お父様が私に知識を与え、お母さまが家事を教え、お兄様に剣の稽古をつけてもらい、お姉様に魔法を伝授さてもらっていた。
私は平凡な人生を送っていきたいと思っている。だから幸せになるためにお母様とお父様とお姉様に協力してもらって街に出てもいいくらいの技量を手に入れた。
お父様は私に異常なほどの技量を与えようと思っていたらしい。
だけど、私は周りに浮きたくなかった。だからそれが分かってから私は努力しなくなった。すべてを適当にこなし、平均を求めた。半年も適当にしていたら、お父様に叱られた。
普通を求めていた私にお父様が言い放ったのは、『お嬢様らしくしろ』でも、『少しくらい本気を出せ』でもなく、
「お前、もう普通の生活も出来ない程たるんでるぞ?」
剣筋が鈍い。これじゃ盗賊に会ったら死んでしまうとお兄様が。魔力が少ない。いざというときに魔法が使えないとお姉様が。料理の腕が落ちている。夫が出来たときに逃げられてしまうとお母様が。たるんでいる。今の知識では世の中に出たときに通用しないと。
ヤバイ。
私は絶対に普通に暮らしたい。何が何でも絶対に。
そして私は一生懸命頑張った。今の年の女の子が出来ることを習得した。お父様はまだまだと、お兄様はもうすこしと、お姉様は修行不足ねと、お母様は頑張ってねと。
そして、お父様より少し劣った知識と、お母様より少し劣った家事と、お兄様より少し劣った剣技と、お姉様より少し劣った魔術を手に入れた。だがしかし、私は皆を抜けなかった。どれだけ頑張ってもたどり着けない。
そのことに私は安堵していた。私は異常に才能のある少女じゃない。
私は転生したらしい。ただし、小説、ライトノベルのように記憶が丸々付属してきたわけじゃない。私が持ってきた記憶は『意味記憶』だけだった。
記憶には陳述記憶、そして非陳述記憶がある。陳述記憶の中に『ストーリー記憶』と『意味記憶』がある。
各記憶の説明は省くが、ストーリー記憶が思い出を司り、意味記憶は知識を司ると言われている。
つまり、私は幼いが、知識はある子供ということだ。しかし、その知識は役に立たなかったと言っても過言ではない。私がいる大陸では魔法が発達していて意味が無いし、隣の大陸では私の知識を上回る科学力を有している。つまり、どこにいても中途半端の知識だ。
しかし、私はこの知識で知ってしまっている。
逸脱した能力を持っていればのけ者にされ、幸せになれない。そして私は、幸せになれなかった。
知識がそれを示しているのだ。不幸の知識の割合が語り掛けてきているのだ。
だから私は決めたんだ。普通の子でいると。私の知識から今までの教育を金持ち、いや、恐らく貴族の家に生まれたことがすでに普通ではないのなら貴族として普通のを目指すのだ。
今まで過剰だと思っていた家族の扱きも貴族としての当然のたしなみだということを聞いた。私はこの不幸の知識を胸に、幸せをつかむ。
私はまだまだ、もっと頑張れ、もっと出来ると聞きながら少しずつ、少しずつ成長していき、頑張っていったのだ。それでも届かない壁。そこに自分が異常じゃないと裏付ける根拠があって安心している。
私はその生活がとても幸せだった。自分をのけ者にしないその生活が。自分が本気で切磋琢磨しても目標があるという生活が。
まあ、その生活はお母様の死で幕を閉じたのだが。
無味無臭の毒で何者かに殺されてしまったのだ。そして、全く知らない女が『お母さん』になった。
なぜお父様がお母さんを受け入れたのかは知らない。お父様は何かと隠し事が多く、次期党首になる予定のお兄様にこっそり話す程度だ。お兄様は私に甘く色々話してくれるのだが、お父様の事はあいまいなことしか話してくれないし、そもそも知らなかったと思う。そんな話し方だった。
『お母さん』は私達を殺して我が家の財産を横取りしたかったらしい。それでこの有り様だ。お母様を殺した毒でお兄様とお姉様、そしてお父様まで殺されてしまった。
もちろん油断はしていなかった。毒が入っているか逐一検証した。そして毒が入ってないと判断して、さらに解毒魔法の準備までして殺されたのだ。この状況で私ができることは何もなかっただろう。
幸せは夢は一転、絶望の夢に変わった。
幸せな光景は蜃気楼のように霧散し、目に前には赤い水溜まりが広がる。
そして私は駆け出した。私が毒で死ななかったのはお姉様が最後の力で解毒してくれたからだ。そんな大切な、お姉様からもらった大切な命を無駄には出来ない。
お姉様に自慢するはずだった重力魔法を用いた飛行で遠くに飛ぶ。誰も知らない場所に。覚えたての魔法を酷使したせいで近くに落ちる。そしてもう一度飛行しようとしたときに子供ならざる案が浮かんでしまった。
いっそここで死んだことにしようと。
そこからの私の行動は単純だった。まずは腕を切断した。痛みとショックで気絶しそうになるがなんとか持ちこたえる。治癒魔法を腕にかけて止血する。流石に腕の再生まではできない。
そして次に目をくりぬく。凄く痛い。正気の沙汰ではない。だが正気の沙汰ではない行動をすることによって私が生きている可能性を思考から遠退けているのも事実。
そして少し太めの血管を切り血を大量に撒き散らす。切り落とした腕をクチャクチャになるまで踏みつけ、切りつけ、あたかも魔物に襲われた風に装う。
再び飛び立ち、五体満足じゃないバランスの悪い体をなんとか制御し、一つしかない目で平衡感覚を失いながら飛行する。
一時間もしないうちに自分が地面すれすれを飛行しているのに気づき、不時着する。すぐそこには森があり、そこ身を隠そうと企んだ。
歩く、歩く、歩く、歩く。
そして一筋の光が見えて・・・
「はっ!?」
意識が覚醒する。見たことのない部屋、そして天井。
横には片手に本を持って私の様子を見続ける男がいた。恐らく、私がこのあたりを歩いていたときに見た人だろう。
今、私は八歳という年齢でありながらそこそこの知識がある。これでも王都の人間からみたら普通くらいらしいのだが。ここが王都に近いか遠いかで、子供のフリか、少し知識のある子供の役を演じるか決める。
「ここは・・・」
とりあえず、小さい子供でも、大きい大人でも言いそうな台詞を口から出して相手の反応をうかがう。男はどんな反応を返すのだろう・・・。
「ここは王都、『レフィト』だ。・・・まさか、次は私は誰とか言わないだろうな?」
男は意味の分からないことを口走っている。私がいきなり現れたことに驚いて、動揺しているのだろう。男は二十代後半といったところで私のお父様と同じが少し若いくらいだ。
「・・・私はミフィア。ミフィア・フィーシル・・・です。」
男の混乱を和らげるために目先の疑問に答えておく。私の名前を聞くとハッと顔を上げ、私を見つめる。
「フィーシルって言ったか?まさか、あの大貴族の『フィーシル』か?」
その時私は失敗したことに気づいた。たとえ王都でも貴族には媚び諂うしかないこの時代で、わざわざそんなことを言ったら『普通』の環境を作りづらくなってしまう。名前を偽ってただのガキと思わせた方が良かった。
「・・・成程。その怪我は賊か・・・跡目争いの末負った傷か。まあいい。ここでは貴族なんて肩書は意味ないからな。みんな平民。国王も平民。そんなところだ。だからその名前を使って威張るんじゃないぞ?」
男は私が予想していた行動の対極の行動をした。貴族なんて怖くないと言いたげな状況だ。しかも貴族だ優遇しろなんて言えないということを忠告してくれている。前世の知識、お父様の知識を照らし合わせてもそんな事例なかった。・・・しかも私の都合のいい場所ときた。もしかして、私はまだ昏倒・・・いや、もうすでに死んでいて、これはその時に見ている刹那の夢なのかもしれない。
「あ。今信用しなかったな?いいぜ。治療もかねて明日国王呼んでやるから。まあ、それまでは安静にしてろ。」
「私の知らない土地なんですね・・・ここは・・・」
私がそうこぼすと男はにやりと笑い、それの返答をする。
「ここはまだ歴史書に乗って数年の土地だからな。箱入り娘が知っているような土地じゃないぜ。・・・もう夜だし、俺は寝に行く。お前も二度寝を決め込むんだ。それじゃあ、また明日。」
男が私の頭に手を載せた。最初は警戒したが男に害意が無い事を感じ取り抵抗をやめる。
そして男が頭に手を置いて少ししたら、強い睡魔が襲ってきた。私は抵抗できずにまた瞼を閉じるしかなかった。
次の日、本当に国王様が来た。と言っても見た目は十四程の年齢だ。本人は四十過ぎと言っている。この世界には『不老の民』なるものがいると聞くのでその類の人なのかもしれない。
「君がミフィアだね。俺はサンスレット。ここの国王だ。・・・魔法陣が発動していなかったっていう事は自力でここに来たって事になるが、どうやってここに来た?」
私は質問の意味が分からなくてだまる。魔法陣が発動していないとここには来れないと暗に言われたようなものだ。私はここにたどり着くときに使った魔法は二回の飛行魔法。
「二回の飛行魔法で闇雲に移動していました・・・」
その事実を口に出す。口に出してようやく思いついた仮説。
まさか。
ここは何処か魔法で登らないといけない程の高い地方の国、ということなのだろうか。
私は魔法で空を飛んでいて、少しずつ降下していたのだと結論付けたが、本当は高度は落ちておらず、地面が高くなっただけなのだとしたら。
辻褄が合う。
「まさか・・・ここは高原に位置する王国ですか?」
国王は少し驚いたような顔をして、私に言葉を返す。
「惜しい、85点だ。ここは空の大陸『レフィティア』。俺が十五年前に作った浮遊大陸だ。とても高い所に位置していて、俺の作った転移魔法陣を使わないとここに来れないんだ。」
衝撃の事実だった。大陸一つを浮かせることのできる魔力をこの人は持っているということだ。ここまでは理解できたか?と、一拍置き、言葉を続ける。
「さらにこの大陸には三十四の街、都市があり、ここがその中心『レフィト』。つまり王都だ。」
「えっと・・・そうですか」
この人の話はあまり理解できなかった。というか、今はどうでもいいと考えていたのかもしれない。そんなことより・・・ここが魔術大陸ではない事、そしてお母さんがいない大陸だと知って安堵したのだ。
死の危険が無いと知って、また一つ心の枷が取れた。涙が出そうになったがそこをぐっとこらえて現状の理解に時間を割く。
「そういえば昨日、貴族なんて階級はこの国にはないとか言われましたけど、それってどういう事なんですか?」
「それはだな、俺が作った国は俺が全て政治をこなすから王とか貴族とかいらないんだ。」
・・・それって独裁じゃないのだろうか。この人が税を二倍にすると言えば二倍になり、こいつを貴族にすると言えばそいつは貴族になる。賄賂などを送りこの王様に取り入れば簡単に地位を持つことが出来るのだ。
「それってとっても危ない政治体制じゃないんですか?・・・あなたが好き放題出来るって事ですよね?」
「まあ、その考える方が普通だな。俺はこの大陸を支配している覇者だかrッ!!」
ゴン。このサンスレットがそう宣言すると頭の上に大きなたらいが落ちてきた。しかもただ落ちてくるだけではなく下方向に加速がついていたのですごく痛そうだ。
事実、サンスレットは頭を押さえながら地面を転がっている。
「いってて・・・この通り、俺には強力なストッパーがついているんでな。独裁なんかした日には殺されてしまう・・・。」
「師匠とか、先生・・・もしくは奥さんとかですか?」
私がその言葉を口にすると、男とその奥さん、そしてサンスレットについてきた男二名が爆笑した。サンスレットは苦笑いで
「全部正解だよ」
と答えた。
全部正解?どういう事だろう。・・・まあいいか。そこはあまり深く突っ込まないでおこう。
「で、君。右腕と右目、どうする?もう一度魔法大陸に降りるんだったら治癒したほうがいいけど。」
サンスレットはそんな提案をする。あの場所には帰りたくないというのが正直な話だが、私には下に戻ってお母さんを何とかしないといけない。どうする。
お母さんは今、フィーシル家が全員死んで、または行方不明になって自分に大金がなだれ込むようになっているのだ。正直、お金の事はどうでもいいし、復讐をしようとは思えない。
だけど、あの思い出の屋敷が。お父様とお母様とお兄様とお姉様が愛した領地をお母さんに渡したくない。
「私は・・・下に戻ります。やらないといけないことがあるので。」
私のその真剣な眼差しをみてサンスレットは私の気持ちを汲んでくれたようだ。
「じゃあ、これを上げよう。」
私に差し出したのは一枚の紙きれ。そこには『ユレイユ書店の教育機関 A⁺⁺』と書いてある。
何の事だろうと思ったが、この人が何か悪いことをするとは思えない。なので私はその紙きれを右腕で
私はそれを右手で受け取った。
右腕が直っている。詠唱もなしに一瞬で直すなどという高等技術なんてお姉様さえ持っていなかった。右目も直っている。一日ぶりの広い視界だが若干違和感がある。
「ちぎれた腕の組成は出来ないからいろいろして作った腕をくっつけたんだ。目は・・・直したが色素が無いから目ん玉が赤いな。・・・まあ我慢してくれ。ちぎれた腕と抉れた目を蘇生するなんて何処の魔法使いでもできないんだからな・・・。」
そう言いながらサンスレットは鏡を私に差し出す。そこに映ったのは薄い青の長い髪と濃ゆい青の左目、そして先ほど治癒してもらった赤い右目が見える。顔は幼く八歳程度だ。というか私だ。
多少元とは違うがしっかり直っているのだ。お礼をしっかり言っておかなければ。
「あの・・・ありがとうございます。」
そういうとサンスレットは苦い顔をして、私に言葉を返した。
「あのなあ・・・お前はまだ子供だろ?内心ぐちゃぐちゃになっているのをスキルで何とか保っているっていうのは分かっているんだぞ。」
そのことを知られていることに驚愕した。このことはお父様を含む家族全員にも行っていないスキルだ。名を『疲労無視』。心身どちらかの疲労が一定以上溜まることが発動条件で、発動すると意識レベルが高くなり、異常なほど頭が回るようになる。しかし、その分体へのダメージが大きくなる。
「もう体も心もボロボロ。そんな状態で気を張ってたら廃人コースだぞ?・・・きついなら泣け。ここにはそれを弱みにする奴も馬鹿にするやつもいない。」
悲しかったな・・・辛かったな。
私はサンスレットのその言葉で涙腺が崩壊した。スキルをといた、と感じた頃にはまともに思考できなくなっていた。
「う、うぁああぁぁぁぁあぁぁあぁぁ・・・・うう、ぐす、ううう。私、怖かったんです・・・ぐす・・・お母様が・・・お父様が・・・」
「ああ、分かるぞ。きつかったな。」
サンスレットはそう言いながらずっと頭を撫でてくれた。お父様やお母様、お兄様やお姉様のような安心感は感じられなかったが、緊張の糸を切るのには十分だった。
「うう、ううぅぅぅぅ、お母さんが・・・みんなを・・・!」
みんなを。
私は心の中身を全て吐き出しながら、眠った。
ミフィア・フィーシル
ステータス
基礎ステータス
攻撃力210
守備力190
魔力240
妖力0
呪適正0
技適正0
Lv.12(125)
レベルボーナス2.20倍
年齢.8
年齢ボーナス1.20倍
総合ステータス
攻撃力554.40
防御力501.60
魔力633.60
妖力0
呪適正0
技適正0
スキル
『疲労無視』
神秘
『剣技執行』
この世界には五つの大陸が存在し、とある大陸では魔術が、とある大陸では技術が、とある大陸では呪術が、とある大陸では妖術が発達し、多種多用な人々が暮らしている。
いろんな文明が発展しているこの世界にはちょっとした共通点がある。
それが、『ステータス』だ。
上の数値を見てもらうと分かる通り、魔術大陸で育った私も『妖術』『呪術』『技術』の欄がある。
どの大陸の人間も等しくステータスを持ち、それを探求するものも少なからずいる。
私のステータスで特に紹介する点は『スキル』だけだろう。
スキルとは、一定のレベルの節目になると取得できるもので、何レベル毎にスキルが取得できるのか、どのようなスキルが取得出来るかはその人の才能次第だろう。
私はレベルが十の時に一つスキルを取得したので、レベルが最大に成る頃にはスキルが合計十二個になる。
お父様やお母様でさえ、三十レベルに一つしか手に入れることが出来なかったらしいので、これは明らかに常人を凌駕していると思うので他の人には言わないようにしようと思う。
神秘とは、少し前まで一億人に一人しか発現しない『超能力』とされていたが、実は神秘はみんな持っている能力であり、今まで神秘を持っているとされている人たちは神秘が突然変異して違う能力が発現したという発表があった。
ただし、結局はみんなとは違う能力を持っているということで名称が『特異神秘』となったのは必然だと言える。
私が持っている神秘はみんなと同じ、『剣技執行』である。この神秘の能力は、剣技という技を放つことができるというものだ。剣技は、一撃毎に威力が増し、一撃目はステータス攻撃力の1.2倍、二撃目は1.44倍、三撃目は1.73倍と威力の上がる技だ。
とても便利な神秘なので、あまり思わしくない特異神秘よりは使いやすいだろう。特異神秘持ちは剣技を執行する能力を削って違う能力を手に入れているので剣技は使えない。
今までこの剣技の正体がわからずを使う者には何となくで使うしかなかった技術が、世間一般でも使える人が使える技術になったのは命のリスクを伴うこの大陸では多いに感謝されることだった。
蛇足ではあるが、お父様は二十二連撃、お兄様は二十三連撃、私は十三連撃を執行できる。
みんなこれくらいできるそうだ。
つまり、私がみんなより優れているのは『スキル』の取得レベルの小ささだけなので、それだけ隠していければ普通の生活ができると言えよう。
辛い思いでと向き合いながらではあるが、それでも普通に暮らせる。
私の『普通』へのこだわりは普通の人より大きいのかもしれない。
そんなことを考えていると、目の前が明るくなっていく錯覚が始まる。それは夢の終わりを示すものだ。
夢から覚めたら疲労がとれていて、いつもの自分に戻る。
打算や計算で動くこの『自分』は心の奥に押し込められるだろう。
そしてこの状態の終わり際に毎回こう思う。
この『私』は『誰』なのだろうか。