表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユレイユ書店の歴史の書  作者: 榮 裕也
プロローグ
1/28

長編プロローグ サンスレット・ロード 読まないでも先の内容に響かない

001


「暇だよ紗枝。そう。暇なんだよ。解決策を教えてくれないかね。」


隣の少女を紗枝と呼んだ少年はソファーの上でだらしなく言う。


唐突に聞こえるが、この唐突さは二人の間では普通だった。

そんな台詞に紗枝は律儀に答える。


「じゃあ、討論をしよう。議題を決めて、意見が食い違ったらそこをとことん話し合うゲームをしよう。裕也はそれが唯一私に勝てるゲームだろう?勝機は薄いのは変わらないが。」


同じくソファーにだらしなく座った少女、紗枝と呼ばれた少女は裕也に提案する。


彼女は紗枝。剣道、柔道で全国大会出場。一対一では一度も負けたことがないという。


「・・・わかった。じゃあそれでいこう。」


そして裕也は息を吸う。すうう、と深呼吸するようにたくさんの息を胸に押し込め、そして吐き出す。


「この喋り方飽きた。」

「それ私も思ったわ。」


と、さっきまでのシリアスな出だしをなかったことにする姉弟がそこにはいた。

いつもはもっと砕けた感じなのだ。



「で、紗枝よ。何を議論するのだね?んん?もう話す話題なんてなかったと思うんだけど?思うんだけど?」


そう裕也は話しかける。確か、話題なんてとっくに底をついているはずだ。

しかし、紗枝は自信満々といった表情で話し始める。


「私は面白い話題を思いついたんだよ。ズバリ、なんで裕也が私を『お姉ちゃん』って呼ばないかという話だよ。面白そうじゃない?」


紗枝は勢いよく話を進める。


「で、私の見解としては、愛が足りないのよ!愛が。お姉ちゃんに対しての愛が足りないから紗枝なんて名前で呼べるのよ。さあ!愛情をこめて私を『お姉ちゃん』と」

「呼びません。そんな理由じゃないと思うぞ。で、俺の見解をのべるとすると、まあぶっちゃけ親にそう言えって言われなかったからじゃないかな。」


そこで少し沈黙が流れた。

その沈黙を破ったのは紗枝である。


「マジレスありがとうございます。」


紗枝はつまらなそうにそう言う。しかし、少し微妙な反応をしていたので裕也はそこを指摘した。


「そんなこと言って普通にその発想はなかったと思っているだろ?まあ、半分マジレスするなって思っているだろうけど。」


と、裕也の言ったことは図星だったようで、なぜばれたしと顔に書かれている。マジレスするなとか考えていたのかこいつ。そこに裕也は畳み掛けるように言う。


「だいたい、親がお姉ちゃんって言葉を話さない限りそんな言葉を覚えたりなしないんじゃないかなあ。三つ子の魂百までって言うだろ?三つになるまでにその言葉覚えてないと違和感なく使えないと思うし、幼稚園でその言葉を覚えてきたとしても三日で飽きると思うよ。俺の性格を熟知している自称お姉ちゃんならわかってくれるよね?」


紗枝は今の発言が気に入らないらしく、


「いやいや。裕也の性格を熟知している自称お姉ちゃんじゃないよ私は。裕也の性格を『自称』熟知しているお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんは自称じゃないよ。」


と反論する。熟知していることは自称でいいのか?と思ったが、言っても上げ足を取るだけだったのでやめた。


「まあ、私たち、親がいないもんね。物心ついた時からずっと親戚をたらいまわしだもん。裕也の物心じゃなくて私のだよ?何時からだろうね。もしかしたら生まれたすぐかもしれないよ?裕也と私が離れ離れにならなかったのは、もう、奇跡といってもいいくらいだよ。」

「まあ、本当にその通りだな。」


親戚にはいい思い出がない。紗枝と俺を引き剥がそうとする連中ばかりだった。俺は紗枝と一緒にいたい。そのためには、親戚を頼ってはいけないのだ。


「・・・なあ、お前は突然ぱっといなくなったりしないよな?」


ちょっとした好奇心で訪ねたが、この質問は前々から聞きたかった話だ。

それを言ってしまって、不安が大きくなる。言ってしまったらいけない台詞だったのかもしれない。

それに紗枝はこう答える。


「何言ってるの裕也。私が裕也のそばからいなくなるわけないでしょ?」


満面の笑みでそう言った




次の日、紗江は死んだ。


交通事故だそうだ。




五月十二日。

俺は死のうと思う。

理由なんて分かっているだろう。紗枝が死んだのだ。最後の肉親が死んだのだ。もう、いきる意味がないと思うほどに俺の心は荒んでいた。


「なんか・・・全部失ってしまった気分だ・・・」


実際はまだ親戚はいる。伯父さん、大祖母さん、それ意外にも幾人か存在する。

だけど、居るだけだ。存在しているだけだ。

居るだけで俺から見たらただの他人だ。親戚をたらい回しにされている時に、拾ってくれた人だ。


だけど、彼らは俺と紗枝を人間として扱ってくれなかった。

ただの労働力だった。


俺の家系は農業を営んでいる家が多い。俺は覚えていないがお父さんとお母さんは農業を営んでいるいなかったらしいが、伯父さん、大祖母さんの家では農業をしていた。


引き取られて、すぐに農作業のノウハウを教わった。


その頃、俺は4才、紗枝5才で、力仕事ができる年ではなかった。なので力仕事以外の手伝いと、力仕事が出きる年に向けて勉強の毎日だった。


だが、俺はすぐに追い出された。


農業が出きるまで育てるのが、食費が、大人になってからのリスクと釣り合ってなかった。


俺はまた、孤児院にいた。


そして、俺は初めて独りぼっちになった。


本当に悲しかった。寂しかった。この頃は『死ぬ』という発想が無かったことが唯一の救いだったと言っても過言ではない。


一年が経過した。その頃、紗枝は帰ってきた。


伯父さんに追い出されたのだ。


『才能がない』と。


本当はここで喜んではいけなかったのだろう。だけど、幼い俺にとっては、唯一の肉親が戻ってきたこと以外は理解していなかった。


紗枝は俺が今までどんな気持ちで過ごしていたか悟ったのだろう。紗枝は言った。


「もう、絶対に一人にしないから。」


もう、絶対に一人になりたくなかった。


紗枝と俺は、それからずっと一緒だった。


どんな家に引き取られようと、追い出されるときはいつも二人で、だった。


弟だけ欲しい。


姉だけ欲しい。


そんな家が幾つかあったが、全て抵抗した。

紗枝と離れるくらいなら、ずっと孤児院のままでよかった。


義務教育で、中学を卒業するまで、ずっと孤児院だった。

だが、後悔はない。不満も無かった。紗枝がずっと居てくれたからだ。


俺も、紗枝も中卒で社会に出た。


履歴書は糞みたいな中身になった。

どこも雇ってくれないし、雇ってくれても月給10万がいいところだ。


だから、二人で頑張ることにした。


小さなアパートの一室を借りて、二人で住んだ。


二人で20万の稼ぎだ。これだけあれば、生きていける。


二人いれば、大丈夫。


そんな矢先の出来事だった。



「自転車で横断歩道を渡っている途中、車が突っ込んできて、紗枝はくしゃっと潰れました・・・って」


確実に死亡していた。何の反論の余地もなく、即死。


「すぐ行くよ。紗枝。」


もちろん、誰も、止めなかった。



その日、裕也は死んだ。


自殺だそうだ。




002


俺は目覚めた。


目の前のは嬉しそうな顔をした男がいる。

俺を抱き締めているのは女性だった。


この状況がよくわからなかった。


その時、空っぽになるはずだった頭に色々な記憶、知識が駆け巡った。その記憶は悲しいものばかりだった。


親がいなかった。親になるひとはいなかった。姉はいつも一緒だった。姉はしんだ。自分も死んだ。


色々な記憶がごちゃ混ぜに流れ込んでくるなかで、この感情が最も大きかった。


だが、その時はその記憶が何なのか分からなかった。

悲しい記憶なのに、悲しくなかった。理解できなかった。俺がそれに抱いた感情は『恐怖』だった。


恐ろしい。


俺は泣いた。大声で。この記憶を振り払うように。

中学校を卒業した人間とは思えない大きな声で泣いた。


その声を聞いて、男は、とても幸せそうな顔をした。



「おぎゃああああ」


「あなた・・・とっても元気な子が生まれたわね。」


二十代前半と思われる女性は嬉しそうにそう言う。なんと言ってもこの男の子が二人の初めての子供だったのだ。


「そうだな。・・・本当によかった・・・」


男は感激で言葉が出てこないようだった。

可愛い我が子だ。女性と抱っこを交代する。赤ちゃんをそっと抱き締めた。


「暖かいなぁ」


そして、新たな命がここに誕生したことを二人は祝った。



男の名はレインドロフ・ロード、女性の名前はマリア・ロードという。らしい。


俺は謎の、幼子に恐怖を抱かせるほどの悲しい記憶と共に生まれた。それのお陰で、と言うべきか、2才と少ししてからという、早い段階で自我に目覚めた。


それから少しして、俺は直感で感じ取った。これは前世の記憶であると。物心がついたと言っても、まだ、理論的に物事を考えることができる年ではなかったのであくまで、直感だった。


日本語ではない単語も少しずつ覚えていき、親の名前を覚えることができた。


「レ** ごはん **よー」

「おいおい レ**が ことばを *** できる と思う*のか?」


二人は楽しそうに話している。よく分からない単語が色々出てきているが、なんとか分かる程度はあった。


俺の名前 ごはんができたよー

おいおい、俺の名前が言葉を『理解』?できると思っているのか?


概ねこんな感じだろう。しかし、ある程度わかっても所詮俺はまだ二才。この思考に意味を見出だすことはなかった。



俺は3才になった。

ここで俺はある程度言葉を扱うことができるようになっていた。


「ぱぱ、だっこ」


そう言うと男はだっこしてくれる。俺はその時間がとても好きだ。前世の記憶についてはもう思い出しもしなかった。


しかし、こうして、父親に抱っこしてもらっていることに人一倍嬉しく思う理由に、心の奥底の前世の記憶が関係していることは確実だろう。だが、それでもよかった。今、この瞬間が幸せならば。


「よーし、ぱぱが抱っこしてあげるぞー。どうするレット。高い高いしてほしいか?」


レインドロフ、つまり父親は楽しそうにそう言う。本当は高いところは苦手だが、父親が喜んでくれるならと、


「ぱぱー、たかいたかいしてー」


と言った。父親はとても嬉しそうな顔をする。そして、腰に力をいれておもいっきり上に投げる。


「そーら、高い高ーい!!」


レインドロフは高い高いをするときに、ばんざいの高さ、約2メートルでは俺が満足できないと思っているのか、思いっきり上に投げる。目算5メートル。


人間の筋力ではないと思ったが、このときは高い高いへの恐怖でそんなことを考えている暇はなかった。


と、言うのも、この世界は地球ではなかった。


どういうことかと言うと、この世界は五つの大陸があり、

一つ目の大陸は魔法が発展している、通称『魔術大陸』、

二つ目の大陸は陰陽が発展している、通称『妖術大陸』、

三つ目の大陸は科学が発展している、通称『技術大陸』、

四つ目の大陸は儀式が発展している、通称『呪術大陸』、

五つ目の大陸は神々が神域を奪い合っている、通称『エデン』

この五つの大陸から成っているようだった。


全て母親の寝る前にしてくれている話から得た知識だ。

家には沢山の本が置いてあるが、残念なことに読むことができない。


読み書きは教わっている途中なので少しずつ、本を読んでいこうと思う。


しかし別に知識が無いままでもいいと少し思っていた。

前世の記憶に振り回されて、今を失いたくない。


お父さんと遊んで、お母さんと勉強して、お腹いっぱいごはんを食べたら寝る。


この、当たり前とも言える日常が、俺にとってはかけがえのないものになっていた。


俺は幸せだった。



読み書きがある程度できた頃、父親の部屋に忍び込んで本を読み漁っていた。読んだのは以下の九冊である。


『四大大陸』

『剣技上級編』

『初級魔法』

『魔法大全』

『簡単に分かる魔術、呪術、技術、妖術の違い』

『魔物大全』

『世界の迷宮 初級から絶級まで』

『ダンジョンの深淵』

『騎士の決意』


他にも沢山種類があったが、厳選してこの九冊に収まった。俺は本が好きな人間なのでもっと色々、というか家にある本全てを読みたかったが、今読めるのはこの辺りだった。


因に父親の本は小説、中でも創作系の物語が多く、文章の言い回しや、難しい表現が多くて読めないのが現状である。


『四大大陸』

人間が住んでいる四つの大陸の主用都市、大通り、注意事項が記されている。かなりの範囲を解説しているだけあって、本が分厚い上に内容が薄い。

中でも気になったのは、技術大陸の科学力が前世の記憶にある科学力をはるかに上回っていたことだ。

技術国が在ると聞いて、また、前世のあの風景が見れるのかと期待したが、仕方ないので諦めよう。


『剣技上級編』

剣を習う上で最も重要になってくる『剣技』についての本。

剣技とは、体内にある魔力を剣にのせて放つというか代物だ。なんと言ってもその威力は強大で、一撃目は通常の二倍の威力、二撃目は四倍の威力、三撃目は八倍と、すごい勢いで威力がインフレしていく。

剣の才能がなくてもある程度は使うことができるが、その連撃回数はとても少ない。

一方、熟練した剣士だと十六連撃の剣技を放つらしい。

威力にして通常の六五五三六倍。


『初級魔法』

小さい子にも分かりやすい簡単な魔法が幾つか乗っている。

見た限り、属性は『火水土風』らしい。属性については『魔法大全』で説明しようと思う。


『魔法大全』

今発見されている魔法が全て載っている。

それぞれの魔法に階級があり、階級は『五級』『四級』『三級』『準二級』『二級』『準一級』『一級』『超級』『絶級』『零級』の十段階と、書いてあった。

因に剣士の称号にもこの階級が使われていて、お父さんは準二級南谷流剣士、お母さんは四級北山流剣士らしい。

うちの家系はそこまで魔力を操るのが得意ではなく、剣技として消費するのが今までの使い道だったらしい。しかし、魔力総力が少ないと言うわけではなく、それなりに有るらしい。

『初級魔法』で少し触れていた属性について説明しようと思う。

『土』:魔法で個体を出す、個体に替える、個体を操るのが『土』属性。

『水』:魔法で液体を出す、液体に替える、液体を操るのが『水』属性。

『風』:魔法で気体を出す、気体に替える、気体を操るのが『風』属性。

『火』:物質の源の粒の間隔を操ったり、その粒を分解し、3つの要素に分けて操るのが『火』属性。

最後の『火』の説明が不親切だったので、そこを掘り下げて説明しようとおもう。

まず、物質の源の粒とは原子だ。それで、原子の間隔を操るというのは、加熱、冷却を表している。ゴムで例えると分かりやすい。引っ張ると熱を帯び、縮めると冷える。原子でも同じことが言えるのだ。原子と原子の間隔が広くなれば熱くなり、狭くなれば冷たくなるのだ。

次に、『その粒を3つの要素に分ける』というのは、陽子、中性子、電子に分けるということだ。つまり、陽子と中性子を操れば核反応が、電子を操れば雷が使える。

『火』だけが規格外に強く見える方。大丈夫です。才能のない魔法使いは精々火を出すくらいしかできません。『火』属性を操れば誰でも核融合ができるとかはありません。


『簡単に分かる魔術、呪術、技術、妖術の違い』

この本には魔術のことを主に書いていて、呪術、技術、妖術は魔術の比較対照として引用されていた。

よく読めば、ある程度呪術、技術、妖術が分かるので結構重宝したりもする。


『魔物大全』

その名の通り、今発見されている魔物が記されている。魔物『モンスター』は勿論、迷宮の限られた地域に出現する希少魔物『レアリティモンスター』、迷宮の階層毎に存在している強力な魔物『フロアモンスター』、迷宮の奥深くでごく稀に出現する、世界で唯一の存在かつフロアモンスターを越えるほど強い、災悪の魔物、固有魔物『ユニークモンスター』、狩り尽くされてもう存在していない絶滅魔物『ロストモンスター』まで、ありとあらゆる魔物は載っている。


『世界の迷宮 初級から絶級まで』

この本はダンジョンについて色々書いてある。各ダンジョンの位置や階層数、そこに出現する魔物が載っている。


『ダンジョンの深淵』

『騎士の決意』

この二つは実話を元にした小説で、上は迷宮冒険記、下は騎士と姫様のラブロマンスである。


内容は以上だった。


この九冊を読み終わるのに三ヶ月かかった。あまり読み書きが出来ないので当然と言えば当然なのだが、読むのが遅い。しかし、これを読み終わるころには、読み書きが一通り、会話も一通り出来るようになった。



読み書きが出来るようになって、自分がどれくらい回りに通用するか、俺は知りたくなった。


お小遣いを使って、何か買いにいこう。


というか、3才の子供に小さなコインを持たせたらダメだろう。コインを飲み込んだら一大事だろうに。


まあ、俺は大人だから、そんなことはしない。・・・いや、『大人だから』なんて考え方をしていると言うのはまだ子供という証拠なのだろうか。


今の手持ち金は100円。いや、この世界だと準銀貨一枚という表記になるのだろうか。


お金の単位は国毎に違うが、準銅貨、銅貨、準銀貨、銀貨、準金貨、金貨、白金貨は材料がその名の鉱石なので、硬貨を売るだけでその国の硬貨を買うことが出来る。これで他の国に行ってもお金に心配しないでいいだろう。


直接高価なものを硬貨にしてその価値を保つというのは素晴らしいと思う。インフレ対策にもってこいだ。デフレ対策にはならないが。


歩きながら、辺りを見回してみる。


民家が並んでいる。しかし、どれ一つ同じ建物はない。日本なら見つかりそうな団地的なものや同じ仕組みの建造物がたくさんある一角というものがない。


最近お隣の技術大陸との貿易が行われるようになったが、建築技術は輸入できなかったらしい。なんでも、歴史や、そこの文化を著しく変える物は輸入してはいけないらしい。


正確には、輸入自体はできるが、莫大な関税がかかり、商売としては破産一直線なんだそうだ。

お金持ちに成ったら、ゲームを輸入しよう。


話が逸れたが、作りは石煉瓦の土台に木造建築という作りだ。

頑丈な作りだと思ったが、地震には弱そうだ。まあ、日本じゃあるまいし、滅多に起こることは無いらしい。


話は変わるが、この村の人口はかなり少ないらしい。だからこそネットワークが強く、噂が広がりやすい。例えば、最近何処其処のお子さんが三歳に成ったとか。


なぜ、唐突にこんなことを言い出したのかというと、


「あらあら、レットくん一人で買い物?えらいわね!」


こういうことが立て続けに起こったからである。感情を表に出さない俺としては、ただ、冷たくあしらっているだけなのに、大人は照れ隠しと受け取っているようだ。


「三歳になったんでしょ?時間外取引経つのは早いわねー。」


「そうですね。」


ずっとこんな感じである。すたすたと早く歩いているせいで余計そう見えるのかもしれない。子供歩きの早歩きなので大人の歩幅には勝てないが。


少し歩いたところ、ルレアさんが歩いてきた。

おしゃべりな奥さんはルレアさんに話し相手を変更し近づく。ルレアさんは近所で人気なおばちゃんなのだ。


そんなこんなで、目的のお店に到着した。お菓子屋だ。駄菓子みたいなものが並んでいて、小さな子供の溜まり場みたいになっている。といっても、いるのは六歳や七歳ほどの子供だ。間違っても3歳児はいない。・・・俺以外は。


とてとてと歩いて商品を見ていく。一昔前までは嗜好品は高くて買えたものではなかったと聞くが、最近、技術国から大量の砂糖を輸入しているそうなので、甘いものが庶民の手の届く所に降りて来たのだ。貿易万歳。


綿菓子のようなものを見つけ、それを頼んでみることにした。


「おじさん、これください!」


「一個十一銅貨だよ。」


今持っているのは準銀貨一枚。つまり十銅貨。足りない。

そう思いながら準銀貨一枚を眺めていると店員は少し残念そうな顔をして、言葉を発した。


「残念だが・・・それじゃ売れないな。お父さんかお母さんにお金を出してもらえ。」


店員はめんどくさそうにそう言った。物を買わなきゃ、客として扱わないという感じの対応だった。


「お父さんもお母さんも家にいる」


「そうなのか。なら帰るんだな。」


家に帰ってお母さんからあと銅貨一枚もらってまた来ようかと考え、その事を伝えようとする。


その時、後ろから声をかけられた。


「君、ポケットからこれが落ちましたよ。」


そう言って銅貨を俺の手においた。

見上げてみると、人は少しひきつった笑みを浮かべた。必死に笑いかけてあげようと努力しているようにも見えた。恐らくあまり笑わない人なのだろう。


その人は身長百四十センチほどの女性で見た目は十四、五歳くらいにみえる。髪は白色で肩あたりまで伸びていて、目は深い青。身の丈に会わないだぼだぼのローブを着ていた。袖は長すぎて指の先しか見えないし、裾は長すぎるせいか何度か折って短くしている。しかし、それでも地面すれすれだった。


少女が何を言いたかったか、少し考えて、わかった。

これを足して買っていいといってくれたのだ。


嬉しくなり、目をキラキラさせながらお礼をいう。


「お姉ちゃんありがとう!!」


その一言をいうと、少女の顔の硬直が解かれ笑みが自然なものになった。


「いえ、私は当然のことをしたまでです。」


それを聞いて、俺はわたあめを買いに行った。店員さんは先程のやり取りを見ていたので、もうわたあめをもってスタンバイしている。


「おじさん、これください!」


「あいよっ!一個十一銅貨だよ!」


店員は打って変わって誠実な対応をとった。俺は確実にお金を払い、わたあめを受けとる。よく見る棒がついているタイプだ。俺はとっさにもうひとつ注文をつける。いい案が浮かんだのだ。


「おじさん、棒をもう一本つけて!」


「わかった。・・・はい、おまち。」


店員は、最後の注文に面倒くさそうな顔をしたが、ちゃんとわたあめを買えた。そして、先程の少女駆け寄る。二つの棒を両手で持ち左右に引き剥がす。そうしたら、必然的にわたあめも二つになる。


「お姉ちゃん、さっきはありがとう!」


そう言いながら半分になったわたあめを渡す。少女はすこし抵抗を見せたが、最終的には貰ってくれた。


「またねー!!」


俺はそう言いながら走って家に帰った。


はじめてのお使いが成功して、とても嬉しかった。

後、わたあめを落とすのは別の話である。



「お父さん、もう、一通り読み書きもできるし、僕は大人になったのかな。」


お父さんにそう言ってみる。

先程の買い物が成功したことで自信がつき、頭の中にある前世の知識を使って大人の真似をするようになった。


「うーん、どうだろうな。何処までが子供で何処からが大人かお父さんには分からないなぁ。お母さんはどう思う?」


お父さんはお母さんに話を振った。

お母さんは流し台でお皿をかちゃかちゃいわせながら答える。


「そうねえ、苦菜を残さず食べれるようになったら、もう大人かも知れないわね。」


と言いながらゴミ箱に入っている苦菜を見る。

たっぶり二人分の苦菜が捨ててある。俺は若干外が見たくなったので、窓の方を向く。しかし、お父さんも同じ方向を見据えていた。


「お父さん、何目をそらしているんですか。」


「何だ息子よ。俺は若干外が見たくなっただけだ。決して目をそらした訳ではない。」


「奇遇ですね。僕もです。」


息子と父親が以心伝心していると、お母さんがフライパンでゴンをしてきた。お父さんにクリーンヒット。もう息がない。ただの屍のようだ。


そして、俺にもフライパンでゴンが来そうだったので距離を取る。


お母さんはフライパン片手にじりじりとにじり寄ってくる。

幸いお母さんのフライパンの射程は短い・・・ここは背中を向けないようにして、じりじりと玄関に向かうべきか・・・


チリンリチン


その時、救いの音が聞こえた。

救世主の登場だ。


「お母さん、お客さんが来てしまいました。お母さんはお客さんの相手をしないといけません。時間が有ったのならば説教を受け入れるつもりでしたがお客さんがきてしまってはそっちの対応の方が大切になります。タイミングが悪かっただけですそうですそれだけです。」


俺がそんな風に捲し立てているとお母さんは少し真剣な顔をし、


「じゃあ、後でモエルフライパンでゴンね。」


と言い残して、玄関に行った。


モエルフライパンでゴンとは、料理をし終わったばかりのアタタカイフライパンでゴンする技である。打撃、炎上ダメージ。


というか、真剣な顔で言われたせいで余計に怖いじゃないか!!

助けてお父さんッは死んでいるから無理だったか。


とりあえずお母さんについていって、お客さんをみてみる。


「あらまあマリア、聞いて聞いて!今、町に凄い魔法使いさんが来てたのよっ!!」


と興奮ぎみにおばちゃんが話始める。

玄関に行った立っていたのは近所で人気のおばちゃんこと、ルレアさんだった。


「しかも、一名限定で、直接魔法を教えてくれるんだって!いいわね~。私も魔法、使ってみたいわ!」


その後もそのような内容を繰り返し話していたのだが少し落ち着いたのか、俺の存在に気づく。


「あら、レット君ひさしぶり~。今いくつ?」


「ルレアさんの十分の一くらいですよ。」


と3才とは思えない、気の効いた返しだった。

因みに、ルレアさんは今年38。俺が3才と一ヶ月なので、ルレアさんもうすぐ四十とは思えませんねと暗に言っているのだ。


「あらやだ!お上手ねえ。ちょっとマリア、いつの間に仕込んだのよ~」


ルレアさんは上機嫌でお母さんに話をふった。


「実は最近本を読み始めて、そんな感じのセリフを覚えたみたいなのよ。三才とは思えないくらいいろんな言葉を喋ることが出来るみたいなのよ。・・・もう読み書きもある程度出来るから、そこらの貴族のお坊ちゃまに比べても、引けを取らないわね。」


「あら。なにそれ凄いわね~。」


と、楽し気に会話している。このままでは小一時間話し続けると思ったが、さっきの『魔法使い』さんについて聞いておきたかったので、割り込んででも聞いておこうと思った。


「お母さん、魔法使いさんってどこにいるの?」


お母さんはふとこっちを見て、


「魔法に興味があるの?」


「少し興味があるから。魔法って楽しそう。」


勿論あるが、がっつくとなんかかっこ悪い気がする。かっこ悪いなんて、生前なら考えたこともなかった。恐らく、俺が転生した時に精神年齢はリセットされているからだろう。お子様な考えだと自分でも思う。

記憶やステータスは引き継いでいるけど、精神年齢や、実年齢は引き継いでないということなのか。

よく覚えていないので断言はできないが。


「じゃあ、おばちゃんが連れて行ってあげる!こんなに頭がいいんだから魔法を教えてくれるかもしれないわ!!」


「ということで行ってきますお母さん」


すたすたと素早い足取りでルレアさんの後ろに回った。お母さんは反対する素振りはなく、


「夕ご飯までには帰ってきてね。ルレアさん。息子をよろしくお願いします。」


その言葉を聞いて、俺は家を出た。



ここはライム村。総人口百人程度。魔術大陸の丁度中心あたりに位置し、その立地により探索者や冒険者がよくこの村を通る。その時に村の外の話を聞くのがこの村に住んでいる人間の一番の娯楽なのだ。


しかし、それが行き過ぎると村の悪評につながるのでほどほどに、と。村長は村の人にそう言っていたが、最近は旅人がなかなか来なかったせいで、こんな大事になってしまったのだろう。


「今日は旅人が来た良き日だ!吞め!食え!今日は歓迎の宴じゃ!」


肝心の村長本人がこんなテンションのになっているのだ。みんなこんな感じになっているのは言うまでもないだろう。


因みに、お父さんとお母さんはいつも通りである。ルレアさんはとてもテンションが高く見えるが、あれでも通常運転である。


「何でこんな大事になってるんでしょう。」


今日村に来た魔法使いはそんな風に呟いた。

見た目は十四、五歳程度の女の子で、髪は白髪、目は青だった。というかさっきの少女だった。



彼女はこの大陸でもかなり強力な魔法使いらしい。本で読んだ知識の中で階級の名前を憶えている。『五級』『四級』『三級』『準二級』『二級』『準一級』『一級』『超級』『絶級』『零級』。彼女はその中で『一級』に類する魔法使いらしい。


「お嬢ちゃん、そんなに若いのに凄い魔法を使えるんだねえ。」


「そこまで若くないです」


「お嬢ちゃん、魔法を見せてくれんかねえ」


「少しだけならいいですよ」


「みんな聞いてくれ!お嬢ちゃんが魔法を教えてくれるそうだ!」


「そんなこと言ってません」


「忙しいそうだから一名までだ!」


「だから無理ですって。」


「なんていい日じゃ!今日は宴じゃー!」


これがこの魔法使いが村に来てからの一連の流れである。

街でよくある詐欺の手本みたいだなと思ったに違いない。俺はそう思った。というかそれにしか見えない。


魔法使いから魔法を習いたいと言い出したのはここにいる十人。名前の知らない村人Aから村人Gまで。さらに同い年のカイル・ベックリーとクレア・クライヴがいた。あと一人は俺である。


「レット、おはよー。」


「レットもきたのね!!」


二人は元気よく俺に挨拶をした。なので俺は返事を返す。


「誰が魔法を教えてもらえるか、勝負しよう。僕が教えてもらえたら、レクチャーして進ぜよう。」


と言う。三歳児の会話のはずなのだが、一人だけ語彙力が高い奴がいる。というか。そいつは俺である。


3才男、3才男、3才女、41歳女、44歳男、50歳男、50歳男、51歳女、52歳男、85歳男。

というか、どさくさに紛れて村長も立候補している。


「もう諦めましたけど、教えるのは一人だけですからね。」


と魔法使いは言う。その一言で七人の士気が一段と上がる。三歳児三人組はあまりよく分かってないように見える。少なくとも、魔法使いから見たら。俺はまあ、ばっちり理解しているのだが。



そんなこんなで魔法使いの弟子枠の奪い合いが始まった。


「それではッ、第一回、メイル様の弟子になるのは誰だ選手権を開催します!!」


その号令で大きな声を上げる。というか、今まで魔法使いさんの名前がメイルだということを知らなかった。今知った。


「いつの間にか、私が弟子を取ることになってなせんか?私は教えるだけですよ?弟子は取りませんよ?」


そんなセリフを言っているが、メイルさんの表情はあまり変わっていない。恐らく、もう諦めたのだろう。

諦めの境地があの顔なんだろう。顔は若干紅潮していたので、怒っていることには怒っているんだろう。


「・・・それで、どんな方法で決まるんですか?」


四十代の男は力比べで決着をつけようと言った。

八十代の男は・・・というか村長は知恵比べで決着をつけようと言った。

うわあ皆大人げないなー。それだと普通は三歳児が勝つ確率はゼロですよ?力で勝負とか知恵で勝負とか自分が勝つ気満々な提案しないでくださいよ。


「わたしはおねえちゃんのかおを、うまくかいたひとの勝ちがいい!」


クレアはそんな風に呑気なことを言った。それはそれで負けそうだが、大人に勝負できるのは確かにそれくらいだろう。勝てないが。


「そうですね・・・小さい子が三人もいるので、何か対策を取らないといけません。」


そこで大人は、そうだ、三人で知恵を絞ればいい!三人で一人でいいじゃないか!と意見が出た。まあそうだろう。三歳児が三人集まってとしても、俺たちが勝てる確率はゼロだからだ。


しかし、その案で決定した。メイルさんは最後まで抵抗していたが、大人に押し負けてしまった。

こうなったら、俺が持っている知識をフルに使って勝たなければ。


まあ、決まったものを悔やんでも仕方ない。前向きに取り組んでいこう。


勝負の内容はこうだ。


八人の総当たり戦で、知恵比べか、力比べかで、勝負を決め、勝った方が次のステージに進めるそうだ。因みに、俺たちはハンデで、相手の意見を聞かず、力比べと知恵比べを選べるらしい。


まあ、何度も言うが、三歳児が三人束になったとしても、知恵でも力でも大人に勝てるはずがない。


だが、俺は前世の記憶がある。これを駆使して勝つしかない。勝負は、全て俺の脳に託された・・・



一回戦。


長老が相手だった。


長老はにやりと笑い、おじいちゃんは頭が弱いから知恵比べだったら勝てるかもしれないよ、といった。

いやぜったいちがーう。


こいつこれから糞爺って呼ぼう。もう二度と長老さんって呼ばない。


「どっちがいい?」


「おれはちからくらべが、いい!」


「わたしもちからくらべがいいな!」


「じゃあ、僕も力比べでお願いします。」


圧勝だった。



二回戦


四十代の男が勝負を仕掛けてきた。


いけ!クレア!


技マシン、知恵比べ。


お題、一週間前の昼食!


「ハンバーグ!」


会心の一撃!


子供の記憶力はバカにできないぞ。


勿論圧勝だった。


一週間前の昼食はお母さんのご飯日記に記されていたので、嘘ではないことが証明されている。食材の一つ一つまで詳細に書かれていた。


何に使うのかを聞いてみたところ、これを使って料理が被らないようにしたり、栄養が偏らないようにするらしい。主婦怖え。



最終決戦


最後の敵は五十代の男だった。

というか駄菓子屋の店員だった。


知恵も力もかなり凄い事で有名な男だ。屈強。その言葉がよく似合う男だった。


最終決戦なので、知恵と、力、両方で勝負することになった。しかし、男は自信満々である。だって子供三人なんて赤子の手をひねるようなものだ。


どうやって勝つかを考えた。一回戦はカイルが活躍し、二回戦はクレアが活躍した。三回戦は俺が活躍しないと、つり合いが取れないというものだ。


「クレア、カイル。後は僕に任せてくれ。」


「わかった!」


「しんようしてるぞ!」


二人からの激励を聞きながら、俺は最終決戦に挑んだ。



「おや、今回は君一人なのかい?さっきまでに三人で協力したらいいのに。」


「いえ、あなたの相手は僕だけで十分ですよ。」


内心ビクビクしながら大の大人を挑発する。頬がぴくぴくっと動いている。怒っているが、子供相手なので本気にならないように頑張ってるようだ。


「まずは、知恵比べで。内容は、メイルさんに好きな内容を話して、より知識のあると認識された方の勝ち、というルールにします。」


ハンデを使ってこのようなルールにする。


男は、この村の事について語った。この村にいる有名な人の名前や、どうして有名か、特産物などを事細かに伝えた。メイルさんはその話に興味を持ったようで、聞き入っていた。


村の人たちは、俺の方が敗色濃厚だという雰囲気だ。


しかし、俺は前世で持っていた最上級の知識を出した。


「立体交差平行世界論って知ってますか?」


俺が最初に放ったその言葉に、村の住人は皆ぎょっとした。三歳から知らない単語が出てきたのだ。勿論、メイルさんも知らないだろう。


「それは、何ですか?」


「この世界がいくつも分岐しているという説です。まず、あなたはコップを持っています。貴方はここに水を入れるかどうか迷います。最終的に、あなたは水を注ぐことにしました。・・・しかし、そこで世界は分岐していて、別の世界には、水を注いでいないまま世界が進行している。・・・というのが、『普通』の平行世界です。」


『普通』のを強調して言い、興味を引く言い回しをする。


「それでは、平行世界は星の数ほどあるということになりますが。」


「ええ、そうです。平行世界は分岐の数だけあります。それこそ、星の数が少ないと思えるほどに。」


そこに、人間なら誰でも飛びつきそうなセリフを追加する。


「平行世界を行き来することができれば、望む未来を選んでいける出ようね。巨万の富でも、名声でも、思いのままです。」


そこまで言うと、村人の方が話に食いついてきた。しかし、そこは本題じゃないので、気付かなかったフリをして、さて、と一泊置き、話を進める。


「立体交差平行世界論とは、それの上位互換であると言えます。例えば、水を注がなかった未来があったとして、その理由が過去に遡ることができます。例えば、『コップが割れていた』とか。」


「それでは、コップが割れていたから水を注がなかったではなく、水を注がなかったから、『コップが割れていた』ということになります。」

 ・・・・

「その通りです。それが立体交差平行世界の肝です。その一点の事実があれば、過去も未来もどうでもいいということです。この理論があれば、過去、あるいは未来に移動する魔法を見つけるだけで自分の望む未来、過去にたどり着くことができます。」


以上です。と俺は宣言する。質問はありますか?と聞いたが、こんな話をいきなりされて、質問が出せる奴は尊敬するよ。俺は思考が追い付かないと思う。


「・・・これはサンスレット・ロードの勝ちでいいですよね?というかこれを論文で出したら国からお金が出るレベルですよ?」


「お金にはあまり興味ないので。・・・・・・今度国に論文出しますね。」


お金に目がくらんで、最後にボソッと心の声が出てしまった。

わたあめをまた買いたくなった。

後ろではわなわなと腕を振るわせている。三歳児に知恵比べで負けたのだ。まあそうなるだろう。まあ、普通は唖然とするところなんだが。

この男はプライドが高いタイプなのだろうか。


「じゃあ、次は力比べだな。」


男は怖い顔をしながらそう言う。目がマジだ。調子に乗ったせいで殺されるかもしれない。


「老いぼれに負ける気はしませんね。」


煽って心情を乱そうと思ったら、殺意が増しただけだった。

死んだら・・・骨は拾ってください。


「じゃあ、行くぜ」


男は、いきなり掴みかかってきた。知恵比べで浮かれている隙に殺すつもりだったのか。それでは力比べに移りますとか、一言も言ってないんだよ?


右足を思いっきり顔に放つ。


勘でその攻撃を避け、右足の膝の裏に打撃を入れる。だが、威力は所詮3歳児。あまり攻撃が入ったようには見えない。


馬鹿なの?3歳だよ?攻撃力も素早さも上回ってるのに何でそんなに本気なの?俺死んじゃうよ?


右足を地面に下ろし、その足を軸にして後ろ回し蹴り。


避けられず、腕をクロスしてガード、当たる瞬間後ろに飛び、ダメージを軽減する。

しかし、早い。後ろに飛んだが、ダメージを殺しきることは出来なかったようだ。


「大人に生意気なことしたらどうなるか、しっかり体に刻まないとなあ。・・・そう思うだろ?」


男はもう、すぐそこに来ている。動こうとしているが、さっきのダメージで言うことを聞かない。足を叩いて筋肉の硬直を緩和する。若干動くようになった。


その時はもう、


男は俺に拳を振り下ろしていた。


その拳が自分に向かってくる。見えてきたのは走馬灯。産まれたとき、近くにいてくれたお父さん。俺が生まれたことに喜んでくれたお母さん。


沢山の思い出と共に俺は拳に潰された。




何も無い空間に俺は出てきた。


その時、今の状況を理解した。ここはあの世だ。


「君はこれでいいのかい?」


「レットはここで諦めてはいけない存在なのよ。」


男と女の声がする。聞き覚えのある声だ。


「でも、死んでしまったらどうしようもないじゃないですか。」


俺はそういった。前世の記憶を駆使して生きてきた俺にはそれなりに考える力がある。それでも、なにも案が思い浮かばない。


「君は、自分の力に気づいていない。」


「レットはどうして前世の記憶を持っているの?」


そういえば、考えたことが無かった。今まで頼りにしていた記憶の経緯を聞かれて俺は思考する。


「「レット。君は思い出せる。今、此処でなら。」」


そして、俺はここに一度来ていることも思い出した。死ぬことで前世の記憶について明確に思い出したのだ。

精神年齢が記憶に追い付いて、自分の記憶として脳が認識したのだ。いや、もう、肉体は死んでいるので認識したのは心なのだろう。


記憶が戻ってくる。


死んだ。


二人の神様に会った。


転生することにした。


俺の能力は前世のステータスを引き継ぐというものだった。


容姿と年齢以外を引き継いで転生することになった。


「「君は一度ここに来ていて、能力を使っている」」


精神年齢も引き継げばよかったと後悔した。


今世は幸せだった。


だから。


お父さんとお母さんを悲しませたくなかった。


そのためにまた、転生する。


自分の居場所に回帰するために。


十年後、『転生回帰』と呼ばれる最強の能力は今、



開花した。



「「さあ、自分の居場所にいくんだ。サンスレット・ロード。」」


二人の神は、微笑みながら見送っている。


今はあの世とか来世とか関係ない。今大切なのは、自分の居場所に帰ることが出来るという事実だ。


俺は回帰する。


自分の居場所へ。




「は・・・ははは・・・!」


小さな子供を容赦なく殺した男は笑った。狂ったように、笑った。


「馬鹿な子供だ。大人に楯突いたらこうなるって分からなかったのか?」


真顔になってメイルの方を見る。


「これで魔法を教えてくれるんだろ?人まで殺したんだ。しっかりその分も払えよ。」


そう言いながらもう一度にっこり笑って見せる


その時、その男の横を氷柱がかする。音速を越える速度で飛来したので、かすっただけでも吹き飛ぶような威力だった。あと一センチでも内側に当たったなら、全身が吹き飛んでいたのだろう。


「貴方みたいな外道に教える魔法はありませんよ。」


何処からか、身長に迫るほどの杖を出した。


先程の氷柱が地平線の彼方に着地し、大穴を作る。


「あなたも死にますか?」


メイルは男を見据える。あくまでも無表情で。

先程の氷柱を十個ほど空中に召喚し、先程の大穴、いや、クレーターと言った方が適切なそれを眺めながらもう一度言う。


「あなたも、死にますか?」


「人の獲物を取らないで下さいよ、メイルさん。」


メイルさんは驚いたようにこちらを見る。顔が潰れて、死んでいたはずの子供が、立っていたのだ。


訳がわからないという表情をする二人。


そこで、あの男がしたように不意打ちを仕掛ける。男はそれにとっさに反応し、応戦する。大人達でも目で追うことの難しい攻防が始まる。


今回は容姿や年齢も、現在位置さえも『引き継いで』転生したのだ。


もちろん、傷も引き継いでいる。だから、他の住人から見たら俺は死にかけの状態で立ち上がったことになる。


こんな事例は見たことがないと村の人々は口々にいう。しかし、村長は違った。村長は皆を静めて、こう言った。


「これは1000万・・・いや、1億人に一人が開花するとされる、『神秘』ッ!!」


神秘という単語が出て、皆唖然としている。それもそうだ。本当に1億人に一人という逸材がこの、人口百人程度の村に生まれたという事実は、受け入れがたいだろう。


俺は聞き流しながら攻防を保つ。


「しかも、あの『神秘』は、前勇者が使用していた力、窮地に追い込まれるほど力が増す、『絶勝強化』・・・あの者は、次の勇者になりうる存在だ。」


長老が真剣な面持ちで攻防を見据える。もうすでに、この戦いに野次を飛ばす人間は存在しなかった。



長老が言っていることがかろうじて分かる。だが、それに反応も、なにも出来ない。男との攻防で他のことに気が回らない。しかし、俺はそっちに要領を裂く気はない。


男はそんなことをどうでもいいと動く。右ストレート。俺は身を屈めてよける。敵は大人で、子供のような小さな物体を殴ることは苦手なはずだ。身長の圧倒的な格差のせいで標準が定まらない。


右ストレートを避け、右手をつかみ、背負い投げの体制をとる。だが、男は腕を強引に振りほどき、左足で膝蹴りをする。


「シッ!」


それが体に直撃する。流石に経験にはかなわない。後ろに吹き飛ぶ。木に激突し、体に大きな衝撃が走る。


先程のように後ろに跳んでいないので受け身も取れず、全身から出血しながら、即死。外側から見たらわからないが、至るところが骨折し、内蔵は幾つか破裂している。


俺はもう一度、生き返る。


傷は、生きていけるギリギリの状態まで回復する。


ひとつ、いい忘れていたが、俺は死ぬたび強くなる。

仕組みは、前世のステータスを引き継いで、『上乗せ』するという、メカニズムである。


前世のステータス

基礎ステータス

攻撃力45

守備力50

魔力55

妖力0

呪適正0

技適正0

Lv.1

レベルボーナス1.00倍

年齢.3

年齢ボーナス0.45倍


前前世のステータス

基礎ステータス

攻撃力45

守備力50

魔力55

妖力0

呪適正0

技適正0

Lv.1

レベルボーナス1.00倍

年齢.3

年齢ボーナス0.45


前前前世のステータス

基礎ステータス

攻撃力65

防御力60

魔力0

妖力0

呪適正0

技適正10

Lv.1

レベルボーナス1.00倍

年齢.15

年齢ボーナス2.50倍


今世のステータス

基礎ステータス

攻撃力45

守備力50

魔力55

妖力0

呪適正0

技適正0

Lv.1

レベルボーナス1.00倍

年齢.1

年齢ボーナス0.15倍

     ・・

これを全て加算する。


ステータス

基礎ステータス

攻撃力200

守備力210

魔力165

妖力0

呪適正0

技適正10

Lv.4

レベルボーナス5.20倍 (レベルボーナス1.30倍×4)

年齢.3 (前世の肉体に転生するので変わらない)

年齢ボーナス1.80倍

総合ステータス

攻撃力1872.0

防御力1965.6

魔力1544.4

妖力0

呪適正0

技適正93.6


対して、男はこうだ。


ステータス

基本ステータス

攻撃力70

守備力70

魔力30

妖力0

呪適正0

技適正0

Lv.35 MAX

レベルボーナス9.00倍 (MAXボーナス+0.40倍済)

年齢.52

年齢ボーナス2.80倍

総合ステータス

攻撃力1764.0

防御力1764.0

魔力756

妖力0

呪適正0

技適正0


つまり、今回の『死』で、あの男を上回った。



勝てる。


素早く動き、男を撹乱する。そして正面で止まり、男の足を殴る。


「ハッ!」


身長が高い大人にとっては、子供の身長を捕らえるのは難しい。なので、あえて、正面なのだ。後ろに回れば、関節の関係で容易く後ろ蹴りを放てるが、前を攻撃するときは、爪先、膝蹴りしかない。つまり、とっさの攻撃では今の俺の攻撃を弾くことが出来ない。


「あがっ・・・な・・・」


男は、自分と威力が互角になっている拳に驚愕している。先程殴られた膝裏とは大違いだと思ってるのだろう。


男は膝をついた。それを利用し、鳩尾に思いきり拳を入れる。

レベル30台同士が戦うときは『うっかり』殺してしまわないために、物理軽減服を着て勝負するらしい。レベル30台は、ステータスの防御と攻撃の差が出始めて、今まで受けきれた攻撃を受けきれなくなる時期なのだそうだ。

それを未然に防ぐための物理軽減服。

今は着用していない。


「アガ・・・」


男は動きを止める。


歓声が上がり、俺は勝利した。


と思ったとき、男は起き上がり、心臓に鋭利な石を突き立てた。


用意していたのか?と、思ったが、まもなく意識が飛ぶ。



・・・そして『転生』する。

ステータス更新完了


俺は男の方をみる。ばけもの、と呟いたが俺には関係ない。


俺は男の首もとを掴み、思いきり上に投げる。男は何が起こっているのか分からず、呆然としている。そして、俺も呟く。


「後悔しろ」


男は落下してくる。そこにタイミングを合わせて拳をつき出す。ダメージが大きくなるように鳩尾に、先程攻撃した場所に照準を合わせる。


「ハァ!!」


ドン、と大きな音がなり、今度こそ、男は意識を飛ばす。

今度は歓声は起こらない。皆呆然としている。

そこに、長老がコールをかける。


「勝者、サンスレット・ロード。優勝は、チーム『三歳児』!」


それでも歓声は聞こえない。そこで俺は場を和ませるために口を開く。


「教える生徒がさんにんに、なってしまいまし、たね。」


それを言い終わった時にはもう、倒れていた。


遠くから、チームメイトの声が聞こえる。更に、お父さんや、お母さんの声も聞こえる。そういえば、本当は遠くで聞こえているんじゃなくて、意識が遠くなっているせいで、近くのものの声が遠くに聞こえるらしい。


意識が戻ったら、聞いてみよう。


そう考えながら、意識を飛ばした。




現ステータス

基本ステータス

攻撃力245

防御力260

魔力220

妖力0

呪適正0

技適正10

Lv.5

レベルボーナス7.00倍

年齢.3

年齢ボーナス2.25倍

総合ステータス

攻撃力3858.75

防御力4095.0

魔力3465.0

妖力0

呪適正0

技適正157.5




002.9


目が覚めた。


「知らない天井だ。」


何かのアニメの台詞だった気がするので言ってみた。

しかも、このネタをパロディとして使っているアニメの真似をしている。何次創作だこれ。


「起きましたか。」


横から声がして、そちらを振り向く。そこには、魔法使いさんこと、メイルさんがいた。俺はベッドに寝ていて、彼女は椅子に座っているのを見る限り、寝ている間見てくれていたのだろう。


「それで、僕は何ヵ月寝ていたのでしょうか。」


「数ヶ月寝ていたら、今あなたが見ているのは父親か母親でしょう。寝ていたのは三十分程度です。」


少女は丁寧にそうかえす。三歳児相手なのだからもう少し砕けてもいいと思うのだが。

部屋を見渡すと、そこにはクレアとカイルがいた。俺のためにここに来てくれたのかとも思ったが、お菓子を頬張っていやがる。両手で顔を挟み込んで口の中のお菓子を飛び出させてやろうとも思ったが、体がうまく動かない。


「うごあないほうがいいぞ!」


「まふぉうれ、うごけなくなってふよ。」


二人が口の中身を上手に移動させ、器用に話している。

動けるようになったら顔をおもいっきり挟み込んでやろう。


「あなたの怪我は、致死レベルのものだったので、強制的に安静にしてもらってます。」


まあ、何度か死んでるもんな。と思ったが口には出さない。

それよりも言うことがある。


「魔法は教えてくれるんですか?」


それを言ったら、メイルさんは少し困ったような風に眉をひそめて、しかたないですね。と言った。


「不本意だったとはいえ、賭けの景品になったのなら、それを破るのは少々心苦しいですからね。」


あと、と付け加えて、もう一言いう。


「死んだら元も子もないですよ。魔法に命を賭けるほどの価値はありません。次からは、こんなことしないように。」


ひねくれた奴ならここで、なんでお前の言うこと聞かなきゃならないんだ、と突っぱねるのだろうかと連想したが、俺にそんなことする動機はないし、素直にイエスと答えておこう。


「わかりました。できる限り努力します。」


俺も大分ひねくれているのか、しませんと断言しなかった。出来ない約束はしない、というようなカッコいい言葉を並べるつもりは無いが、一言言っておく。自分のことは自分で決めたい。ただそれだけだ。


少女も、俺が『できる』限り『努力』します。と言ったのが引っ掛かったのか、すこし怒っているっぽい雰囲気をだす。基本無表情なので分かりにくい。


この動けない状況で、これからどうしようか考えていたが、なかなかいい案が浮かばない。どうしようか・・・いや、もう、この状態で魔法を教えてもらうのも有りかもしれない。そうと決まれば即行動。


「メイルさん。早速で悪いんですが、魔法を教えてくれませんか?」


その言葉を聞いて驚いたように少しだけ眉が動く。


「こんな状況でも魔法を教わりたいんですか。・・・まあ、拒む理由もありません。どんな魔法が良いですか?」


「何の魔法でもいいので、自分で魔法を展開したいです。」


俺の読んだ本のなかに魔法に関する物もあった。しかし、それ通りにしても、魔法が発動しないのだ。その理由が知りたい。


「・・・大方、魔法の本を読んだけど魔法が発動しなかったという感じでしょうか。それで魔法が使えないということは、魔力の制御が苦手なのでしょう。心当たりはありますか?」


普通にあった。お父さんもお母さんも魔力の制御が苦手で、剣技で消費していたと聞いている。


「お父さんもお母さんも魔力の操作が苦手でした。これは遺伝するものなのでしょうか。」


「はい。手先の器用さのようなものなので、遺伝します。ですか、練習で簡単に克服できるものなので、心配要りません。」


それ聞いて安心した。魔法が生まれつき使えないというのは、カッコ悪いなと思っているので。そんなことにならなくて良かった。しかし、手先の器用さのようなものなら、手先が器用ではないみたいな状態である。

それはそれでカッコ悪いな。迅速に解決せねば。


そんなこんなで、意識が覚醒してから三十分ほどたったころ、お父さんとお母さんがここに来た。


「メイルさん。息子を治療していただき、ありがとうございます。それに宿のベッドも貸してもらって・・・」


「いえ、当然のことをしたまでです。怪我を治す術があるなら、それを使わない手はありません。」


「そう言ってくれると、ありがたいです。」


お父さんとメイルさんの話を聞いたところ、ここはメイルさんが借りた宿のようだ。

この町には宿はいくつもあるが、あの広場辺りの宿はひとつだけだ。

現在位置を把握したところで、お父さんが近づいて来て、げんこつを頭に落とす。涙が滲む。三回ほど死んだせいでそれほど痛くなかったが、お父さんに打たれたこと自体が悲しかった。


「もう、こんな危ないことするな!!」


お父さんのその一言で、涙が溢れた。お父さんが俺のことを大切に思ってくれたことへの嬉しさと、自分はいい子にしていたのに、怒られたことへの悲しさが入り交じった、複雑な気持ちだった。


「うう、ぐず・・・はい・・・」


俺が泣いていると、横から割り込んできたクレアが叫んだ。


「おい!レットをいじめるな!」


そう言ったあと、一拍置いて、


「レットをいじめたかったら、わたしをたおしてからにしろ!」


めっちゃいい奴だな、と思ったが、何か既視感があった。

取り合えず泣き止み、クレアの頭をたたく。


「うぐっ、やられた!!」


そう言って、俺とお父さんの間から退いた。こいつ、意外とあっさり退いたな。実は守る気無かったんじゃないのか?


まあ、今はそんなことどうでもいい。お父さんには、ちゃんと謝っておかないといけない。悪いことをしたなら、謝る。じゃないと雰囲気が悪くなる。


「今回の件は、本当にごめんなさい。これからはこんなことしません。」


今回、俺はちゃんと断言した。

それを聞いて、メイルさんは複雑な顔をした気がしたが、気づかなかったことにする。


「それでは、父親も来たことですし、家まで送ります。」


メイルさんは仕切り直し、その話を切り出した。もちろん、そうなるとは思っていたので、さして動揺しない。


しかし、魔法を教えてくれるという件はどうなるのだろう。お父さんがあれほど怒っていたのに、それの原因たる魔法を習うのを許してくれるのか。


「できればいいのですが、あなたの家の近くの宿を紹介してもらっていいですか?あなたの息子に負けたあの男が復讐しに来ないとも限らないので、用心の意味も兼ねてお願いします。」


メイルさんはそう、お父さんに言った。利にかなっているので、ダメとは言えないようだ。魔法を教えてくれるという約束をうやむやにされなくて本当によかった。本人はそういうことはしたくないと言っていたが、親が反対するという可能性があったのでその可能性が潰れたことが嬉しかった。


が、しかし今は流石に魔法について話題に出来ない雰囲気だ。わざわざこの雰囲気が悪くなる危険を犯してまで魔法を教えてもらおうとは思わない。これが暗黙も了解というやつか。


「では、後日伺います。・・・それでは。」


メイルさんはそう言って立ち去ろうとした。しかし、良い感じに立ち去ることはできなかったようだ。お父さんが呼び止めたのだ。


「すいません!!まだ、お名前を伺っていませんでした!私はレインドロフ・ロードです。あなたは?」


ドアを開けて立ち止まっていたメイルさんは少し困ったようなように硬直しやがてドアを閉める。


「私はメイル・ホワイト・シンフォルです。これからはよろしくお願いします。」


その言葉にお父さんとお母さんは笑顔で答えた。

俺は驚愕で硬直した。


この人は自分の名前に『ホワイト』を名乗っていたのだ。この世界では名前が体をなしている。それについては次回にでも話すとしよう。




003


名は体を表すとはこの世界にこそ当てはまるのではないかと俺は思っている。実は、このせかいでは名前に称号を組み込むという風習がある。メイル・ホワイト・シンフォルもその一人だ。ホワイトとは、魔法使いの中でもより優秀な者に送られる称号の一つである。


種類はホワイト、レッド、イエロー、グリーン、ブルー、ブラックの六種類で、この称号の獲得条件は以下の四つである。


その名を持った者を倒す。

その名を持った者から直接継承してもらう。

その者より大きい、または多くの功績を上げる。

その者より強くなる。


他にも剣士の称号のイースト、ウエスト、ノウス、サウス。さらに特定の魔獣をテイムしたら貰える称号など様々だが、それを冠している人物の殆どはなにかしら歴史に名を残すような人物なのだ。


その人がメイルさんなのだ。


本人は堂々とそれを名乗っているということは、直接継承してもらって、名前だけの存在という可能性は低い。なぜなら、その者を倒すという方法で名前を奪うことができるのだから。つまり彼女は『絶対』に負けない自信があるのだ。


彼女の作ったクレーターを見て、俺はそう結論付ける。俺があれを止めるためにはあと三回ほど死なないと無理だと思う。


『死なないと』で思い出したが俺は死んだあと、どのような体に転生するのかを調べるために一度死んでみた。死んでみて分かったが、男と戦っているときに何度死んでも発狂しなかったのはアドレナリンが出まくって興奮状態だったからというのがあったらしい。一度、実験で死ぬと決めてから、実に三日ほど悩んで失敗して、苦しみながら死んだのだ。


これのせいでもう死にたくないと思うほどに苦しかったのだ。これがバルス君の気分か。


因みに、前世の体に転生する時は、最後に寝たときのステータスで転生するらしい。つまり、前世の基礎ステータスは約五倍まで上がっているが、今日死んだおかげで四倍の基礎ステータス+前世の基礎ステータスで、基礎ステータスが約十倍になったのだ。


しかし、何故かは知らないが、最初の人生のステータスは一回分しか蓄積されていないのだ。先程、基礎ステータスが約五倍まで跳ね上がっているのに、今世のステータスが四倍なのはそれが原因だと思う。


つまり厳密に言えば、前世のステータス+今世のステータス+最初の人生のステータスである。


まあなにがともあれ、死ぬほど強くなるという能力の上に、インフレ待ったなしの仕様が発覚したので気分は最高になった。わけではない。死ぬのはもうごめんだ。


それでもって、死んだことにより精神的ストレスが大きくなり、お父さんやお母さん、メイルさんにも心配をかけてしまった。


「どうしましたレット。最近悩んだり落ち込んだり結構挙動不審でしたよ。何かあるなら聞きましょうか?魔法の制御が思わしくないことが悩みの種ならもう少し練習時間を増やしましょうか?」


俺は考え事をやめて、上を向く。そこにはメイルさんがいる。さっきメイルさんに心配をかけてしまってしまったどうしようと考えていたところだ。


「いえ、まあそれも悩みの種なんですが・・・悩んでいたのはもっと別の事です。でも練習時間拡張はお願いします。」


「いつも思うのですがレットは目ざといですね。まあ、私が提案したのですからそうしましょう。私から見てもあなたの魔力の制御が苦手なことが分かります。今出回っている魔法の詠唱方法はもともとあった詠唱を簡略化したもののようなので作り手が使える程度に複雑になっています。それが魔法を才能が無いと使えないものにしているのでしょうね。」


なるほど、昔魔法は誰でも使えるものだったのだが、それの簡略化を行ったせいで使える人が限定されたのか。まあ、使えない人は一握りのようで、他の魔法の使えない人は純粋に習っていないからだろう。


「何とか使えるようになりたいですね。ずっと変化が無いのですが、どこが悪いのかわかりますか?」


俺は修行モードに入り、メイルさんに尋ねる。それに気づいたのかメイルさんも真剣な面持ちになった。と思う。メイルさん曰く、スイッチが入ると凄い、らしい。


「私にはわかりません。このような状況で魔法を体得しようとした前例がないので。普通はあなたの両親のように剣士を目指すものです。もしもの為に、剣も習ったらどうですか?・・・あなたの動きは魔法使いより剣士に向いていると言っても過言ではありません。」


しかし、あなたはそれを望まないでしょうね。とメイルさんは付け加える。勿論剣も扱えるようになりたい。しかし、メイルさんは旅人で、この村にいつまでとどまってくれるか分からない。だから今のうちに習っておかなければ。


「デミ、アレド、ミドラ、アレメニ!」


詠唱を唱える。本当なら右手に水が集まり、そのまま真っすぐ向こうに跳ぶはずが、まず水が出ない。

魔力が消費されたような感覚もない。使ったことが無いので感覚があるかわからないが。


「・・・出来ませんね。メイルさん・・・いえ、これからはししょーと呼びますが、魔法が全然発動しないのはやっぱり才能が無いんでしょうか。」


「残念ながらそうですね。・・・このままでは恐らく魔法は使えないでしょう。少しアプローチを変えてみるので、練習を中断してください。」


そう言われて、また始めていた詠唱を中断する。

そして、メイルさんと一緒に庭から移動し、俺の家に向かった。



メイルさんは現在ロード家に寝泊りしている。本当は宿に泊まる予定だったそうだが、魔法を教えるならこれくらいは、とお母さんが言い出したのだ。お父さんもそう思っていたのだが、メイルさんはまだ少女といってもいい容姿なので、それを言うと犯罪の香りがするのでやめておいたそうだ。


そういえば言っていなかったが、うちは結構金持ちらしい。家は控えめと言いながら部屋は四つとリビング、ダイニングキッチン、風呂、トイレがあり、日本でもかなりの水準である。この大陸では全体的に生活水準が低く、これは下級貴族並みの水準らしい。


メイルさんは玄関入ってすぐ左の空き部屋に泊まっている。


メイルさんの部屋は二日で紙まみれになった。魔法についての研究をしているらしいメイルさんは、俺の修行の時以外は部屋にこもっているようだ。


こんな感じの魔法世界では紙が高額なのではと思ったのは記憶に新しい。しかし、この大陸の隣には技術大陸があり、そこから輸入しているのだ。確かに、輸入には高い関税がかかっているのだが紙の場合、その高い関税がかかっている状態でも魔術大陸産の紙より圧倒的に安いのだ。なので輸入物の中でも気兼ねなく輸入できるものの一つとして数えられている。お父さんが沢山本を持てるのもそれが理由だ。


話が逸れたが、メイルさんが研究している項目はずばり、『詠唱の意味とその作用効果』である。


修行時、呪文を詠唱する意味は何なのかと幾度となく考えたのだが、全然わからない。この国の言語でヒヤリングしてもただの文字の羅列でしかない。そこから意味を見つけるのはとても難しい。


俺も一つ仮説を立てたのだが、いくらなんでもと思ったので割愛。


彼女はこの研究を約十年続けているらしい。それって魔法を知ってからすぐにそれについて研究していたという事なのか?そうだとしたらメイルさんは魔法を扱うために生まれてきたと言っても良いレベルなのではないだろうか。


研究は理論から詰めていって最後に実践で試すのがメイルさんのやり方らしい。大抵の研究は、三日分からなかったらやめるらしい。三日あれば自分が完成できる研究かどうかが分かるらしいので、三日で切り上げるらしい。


しかし、呪文の研究はずっとしているらしいので、どこまで本気なのかがよく分かる。


今、研究は行き詰っているらしい。呪文の言葉一つ一つに意味があると仮定して研究しているのだが、その解読が難航しているようだ。もっとも、俺がスペイン語の本を解読しろと言われてもそもそもどのような文法かわからないので解読できないように、呪文語を解読しろと言われてもそもそもどのような文法かわからないので解読できないのだ。


メイルさんはそこをごり押しで解読しようとしている。具体的には、まず文の主語、述語を勘で決めつける。そうしたらそれが正しくなるように他の言葉に意味を持たせて文を構成する。違う文も同じ法則を当てはめて文を作る。それで文が成り立たなかったらまた違う言葉の中から主語、述語を決めつけて文を作る。これを約二年もの間、検証し続けているのだ。


さらにこの検証が長引いている原因を上げるとするならば、この呪文語に文がないということである。先ほど、『スペイン語の本を解読する』と例えたが、実際はそれよりもハードルは高く、そのスペイン語の本の音読を聞きながらそれを日本語訳するというものなのだ。これができる人は出てきてくれ。俺はもちろんできない。


メイルさんの不屈の精神の話はここまでにしておこう。今、昼ご飯ができたようなので、食べに行く。メイルさんもごはんの時は研究をやめ、すぐに食卓についている。


「レット、お父さんはもう魔法の修業をやめてもいいと思うんだ。お父さんもお母さんも魔力が制御できないのは知っているだろう?メイルさんによるとそれは遺伝するらしい。・・・クレアちゃんもカイルくんも魔法が使えないのが分かったらすっぱりやめて剣術の修業に移っただろう?だからレットもそうしたほうがいいと思うんだ。」


お父さんは食卓に着くや否やその話を振ってきた。俺もそのことを結構考えていたのだが親に言われるとなんか反抗したくなる。


しかし、魔法を習得できていないのもまた事実。それをどうしたら挽回できるかを考えなければ。


そうして黙っていると、お父さんがまた口を開く。


「メイルさんだってずっとここに居れるわけじゃないんだ。メイルさんのことも考えて決断してくれ。」


ん?それは流石に三歳児に決断させるには荷が重すぎるぞ?なんでそんな重い選択にしていくのかな。・・・まあ俺だってメイルさんに迷惑をかけたくはない。メイルさんの考えを仰いでおこうかな。


「メイルさんは何時頃この村を出るんですか?」


メイルさんは突然振られた会話にも対応し適切に答えた。


「そうですね・・・大体あと一週間といったところでしょうか。」


つまり、タイムリミットは一週間ということになる。一週間ならお父さんもお母さんも反対はしないだろう。だが、たったそれだけの時間で魔法を覚えることができるのかという疑問も残る。まあ最後のあがきだ。有効的に使わせてもらおう。


「メイルさん、あと一週間、村を出るまでは魔法を教えてくれませんか?」


「もとよりそのつもりです。魔法が発動しないからと言ってやめるのは性に合いません。解決策を試行錯誤しているので、あと一週間、頑張ってください。・・・という感じでご両親はいいですか?」


「メイルさんがいいならそれでいいわよ。うちの息子は見かけによらず頑固ですからね。」


そうお母さんが言ってくれて、俺はほっとする。そこにお父さんは真剣な表情で話をつなげる


「まあ、メイルさんについて行って修業するとかは受け付けないからな。」


そこはちゃんと理解している。三歳児のお守りをしながら旅をするのは自殺行為と言ってもいいだろう。俺が成人していたら何とかなったかもしれないが・・・いや、魔法の使えない弟子なんて一緒にいるだけで精神的にきついだろう。たとえ物理でLv.30の冒険者を倒せるほどの実力があったとしても。


因みにこの世界ではファンタジー世界よろしく十五歳で成人とかではない。ちゃんと二十歳で成人だ。しかし、日本と違って親が認めれば、結婚に年齢の制限はかからない。やばいロリコン大歓喜。


「それにしてもこれは美味しいですね。何を使っているんですか?」


メイルさんは話題を変え、テーブルの上に視線を向ける。そこには日本で言う『シチュー』、鶏肉の牛乳煮込みがある。いろいろな野菜が入っていて、日本で食べていたシチューの二倍くらいの具が入ってるように思える。俺は具沢山のほうが好きなので、シチューの上位互換だと思っている。


「これは最近市場に出てきた鳥を使っているのよ。出てきたばかりだから鮮度抜群!やっぱり新鮮なのが一番おいしいわねー。」


「それは僕も思います。」


そう言いながらシチューをスプーンでパンに乗せる。シチューから湯気が出ていておいしそうだ。数度息を吹きかけて温度を下げ、口に運ぶ。


「おいしいです。」


口では冷静を装って発言しているが、心は躍っていた。まあ地球に居た頃なら「これめっちゃうまいな!?」くらいは言ったかもしれない。だがこの世界ではまだ日常会話ができる程度なのでその辺の単語のボキャブラリーが少ないので、そういう反応が取りにくい。それをすると三歳児がおいしさをどうにか伝えようとあたふたした絵になってしまう。


親としては見ていて楽しいと思うが、大きくなってそれを話題に出されるとめちゃくちゃ恥ずかしいので、そんなことはしない。俺は先を読んで行動する男なのだ。


そうそう。言い忘れていたが、この魔法大陸の主食はパンだ。まあ貿易が始まったおかげである程度お米もあるがうちはあまりそういうのはないらしい。たまにお米が恋しくなるときはあるが、自分で言うのは何だが忘れっぽいのですぐ忘れてしまう。


ただ、全くないわけではないので、お米の時はしっかり味わって食べている。

ただパンがおいしい事も忘れてはいけない。


「はふ、はふ。」


メイルさんは結構苦戦しながら食べているようだ。猫舌なのだろうか?とも思ったがそんなこと言っていないので、ただ熱いものが苦手・・・というか熱いものを食べるのが苦手なのだろう。


そんなこんなで完食。ごちそうさまでした。

ここでは食べた後に『ごちそうさま』を言う風習がないらしい。なのでいうと不思議そうに首を傾げられるので、心の中だけで言っておく。


「それでは、今日も研究をするので部屋にこもります。」


メイルさんは熱いシチューは氷で冷やし、適度な温さにして食べたようだ。


それにしてもメイルさん食べるのが結構早かったな。シチューを食べられる温度にしてからが早い。はしたないと怒られるような食べ方ではなく、綺麗に、無駄のない腕の運びでシチューを速攻で蹴散らしたのだ。


フードファイターみたいだなーと思いながら見ていたが本人は気づいていないご様子。


「わかったわ。気が向いたらコーヒーでも持っていくわね。」


お母さんがそう返す。

お母さんの『気が向いたら』はとても凄い。こちらが喉が乾いたなーと思っていると心でも読んだのかと思うほどジャストタイミングだ。


お母さんが『気が向いたら』コーヒー『でも』持っていくというのはお母さんがする最上のもてなしなのだ。

誰も真似できないだろう。探せばいるかも知れないが俺は知らない。


俺はなにもすることがないので外に出る。


外は快晴。家に群がる人がこんなに多くなかったらさぞ晴れやかな気分だったろう。


「レット!ナイスファイトだったぞー!」


「レットくん!!家に来てー!!」


「キャー!かわいー!お持ち帰りしたいー!!」


やだこの空間。


俺は森に行くために家の壁を使った三角飛びで大勢の人の頭の上を越え、人壁の外側に着地、そのまま外に走り抜ける。


「行ったぞ!!追え!!」


「絶対にあの子を養子にするわ!!」


後ろから聞こえる声に反応を見せず、大人も黙る全力で走って逃げた。



「おうっふ・・・きつい・・・なんでこんなに人が集まったんだ・・・」


一人でいるときは『です』とは発言しない。あれは他人や年上への敬意であって一人でいるときにそんな言葉遣いをする必要はない。


思えば、クレアとカイルにはため口でもよかった気もするが、いまさら変えるのは何か変な気がする。

いや、やっぱり普通に話すようにしよう。二人ともさん三歳児だ。すぐに昔の記憶なんて忘れて今の言葉遣いになれるだろう。


うんそうしよう。


「森に来たのはいいが・・・何をしようか。」


そう。全くプランを練っていなかった。

魔物・・・絶級の魔物とか出てこないかなー。そうは思っているが倒せはしないと思う。絶級はこの国が定めている最上のランクだ。いくら大人に勝てるからといって、大人が勝てない魔物に勝てるはずがないのだ。


しかし、考え事はよくない。今のように歩きながらというのも最悪だ。気づかないうちに魔物の尾を踏んでいたり踏んでいたりするのだ。


「おい、貴様。」


ん?と思い、上を向く。いや、下を向いている時にはすでに視界に入っていた。


足元には一枚数メートルに及ぶ大きな鱗がある。

これは不味いなーと思いながら上を向く。そこには東京スカイツリーに迫るほど大きなドラゴンがいた。今たっているのはそのドラゴンの尻尾だ。


なんで今までこいつのことに気づかなかったんだ。

こんなにでかかったら村からでも一瞬で見つけれるはずなのに。


「餓鬼よ。貴様が何を思って我に上ったかは知らん。死にたくなかったらすぐに失せろ。」


そうは言われても子供も体だ。すぐに降りようとするがなかなか一番したまでいけない。そのうちドラゴンがイライラし始め、


ドラゴンブレスをはいた。


そして俺は黒こげになった。



そして転生する。


ステータス

基礎ステータス

攻撃力785 (720+65)

防御力860 (800+60)

魔力880 (880+0)

妖力0

呪適正0

技適正10 (0+10)

Lv.17

レベルボーナス54.40倍 (17=3.20 3.20*17=54.40)

年齢.3

年齢ボーナス6.80倍 (0.40*17=6.80)

総合ステータス

攻撃力290387.20

防御力318131.20

魔力395529.60

妖力0

呪適正0

技適正3699.20


今回で六死目だ。ただ、ドラゴンのブレスで一瞬で死ねたのが幸いして、そこまで苦ではない。


「その程度か?」


俺は嘲笑うかのように挑発する。痛みを伴わず死ねるなら今のうちに死んでおいた方がいい。

俺の挑発を真に受けてドラゴンはもう一度ブレスを吐く。


俺はもう一度死に、転生する。


ステータス

基本ステータス

攻撃力1145 (1080+65)

防御力1260 (1200+60)

魔力1320 (1320+0)

妖力0

呪適正0

技適正10 (0+10)

Lv.25

レベルボーナス137.50倍 (25=5.50 5.50*25=137.50)

年齢.3

年齢ボーナス13.20倍 (0.40*25=10.00)

総合ステータス

攻撃力1574375.00

防御力1732500.00

魔力1815000.00

妖力0

呪適正0

技適正13750.00


ヤバイ・・・さっきのブレス、結構きつかった。


威力が半端ないのはそれまでだが、ステータスが下手に上昇したせいで一瞬で死ねなかった。一度自殺したことがある身なのでそれよりかはマシと思えるが、マシなだけだった。


「馬鹿な・・・我の吐息で死なんだと・・・?」


普通に死んだけどね。

さて、ここをどういう虚勢で凌ぐかを検討する。しかし、ドラゴンはそれを待たずもう一度ブレスを吐く。


そして、死ななかった。


防御力が規定値を越えたようで、ドラゴンのブレスが生暖かく感じた。


「・・・僕には攻撃しないほうがいいですよ。」


俺が脅しのようにそう言った。


そうしたらドラゴンが泣いた。


いや、咆哮とかそういうのじゃなくて普通にごーきゅーした。


「うわあああぁぁぁん!!だっで、おがあざんが!!人間に会ったらそうしろって・・・うわああああ!!」


「ちょ!!落ち着いて!すいません、今のは言い過ぎました。」


「ううう、ぐず・・・わかった。じゃあ名前を教えてくれたら許す。」


おいおいこいつ本当にドラゴンか?と思ったが口には出さないでおく。


「僕はサンスレット・ロードです。」


「私は・・・いや違う。我は。この大陸の王、大陸獣『アクリア』。見ての通り赤龍だ。」


ドラゴンことアクリアがそう名乗った。というか素が出ていたような気がする。私って言ってたし。まあ、号泣した後だから余り驚きはしないが。


「一つ、頼みなのだが・・・我と友人になってくれんか?人間と対等に話してみたいと思っていたのだが、お母様に止められたり向こうがすぐに死んで文字通り話にならんかった。」


アクリアは予想に反した台詞を口にした。


俺的にはこれ以上ないくらい面白い状況なのだが、このドラゴンがどれくらい本気なのかを見るために条件を出してみよう。


「いいですよ。ですが、『我』とか『貴様』という話し方をやめてください。先程号泣して素が出ていたので、わざわざ虚勢を張らないでもいいでしょう。」


「ん?・・・ま、まあ、確かにそうだが・・・確かに号泣した。うん。じゃあこれからは素でしゃべらせてもらうな!よろしく、レット!」


もうすでに遠慮なんてなくなったアクリアは俺の愛称を早速使い始める。やっぱり、サンスレットって愛称をつけるならレットになるのだな。と思った。


「レットも普通に話せよな!!」


アクリアの言葉に驚き、そちらを見る。このドラゴン、俺の内心がわかっているのか・・・?と思ったがアクリアは見つめられて首をかしげる。これは知らずに口から出た言葉なのだろう。勘のいいやつだ。


「わかった。よろしくな、アクリア。」


俺はいつもの口調を崩し、前世で使っていた砕けた口調で相槌をうった。


「それと、ものは相談なんだけどな、私と決闘してくれないか?レットの強さの秘密を知りたいんだ!」


「ん?うーん・・・秘密は教えれるけど、俺の特権みたいなものだから真似できないぞ?」


その事は先に言っておかなければならない。友人(仮)が怒ったら出来立ての友情が瓦解してしまう。


「大丈夫だ!それはただの口実で、本当は全力で戦いたいだけだからな!」


血の気の多いドラゴンだな。


「じゃあ、三数えたら始めるぞ。カウントはアクリアがやってくれ。」


こっちがいきなりカウントを始めるのでアクリアにさせる。こっちは実質勝ち確なのでこれくらいはしてもらわないと公平さにかける。


「じゃあ、いくぞ。いち!!」


あとカウント二。俺的には、さん、に、いちの順番で言って欲しかったが別段なにか変わるということもない。


と思っていたのだが、アクリアはドラゴンブレスを吐いてきた。やっぱり、温い程度にしか感じなかったので避けずにそのまま食らった。


「おい、二と三はどこ行った。」


「お母さんはこう言ったのだ。『人には、一があればそれでいい』と。」


「お前のお母さんいい教育してるぜ。」


ただ、アクリアもこの程度で俺が沈むとは思っていなかったらしく、次の攻撃も準備をする。


尻尾を振ってきた。ポケ○ン常連者の俺からしたら弱そうな雰囲気を醸し出しているように思える技だが、サイズはゴジ○以上。その威力はバカにできるのもではない。


この大陸で一番強いとされている魔獣の一撃。ランクで言ったら絶級+2くらいのランクだろう。ランクの限界突破だ。


俺は凪ぎ払われ、思いきり横に吹き飛ばされる。数十メートル吹き飛び、地面にすりおろされる。


「が・・・は、死ななかった・・・くそ痛てえ・・・」


ただ、大陸獣の凪ぎ払いで数十メートルしか飛ばなかったのも十分おかしいと言える。一級冒険者なら水風船のようにぱすんと破裂し、絶級冒険者でも数キロは飛ばされてしまう(風圧のせいで飛んでいる間に死んでしまうが)技を耐えているのだ。


俺はすでに人間ではないと言えるかもしれない。


しかし、もう一度死ねば確実にあのドラゴンを倒せる。俺は自決用のナイフを取り出し、それを自分に突き立てようとする。

胸に刺さろうかとしたときにナイフが止まる。


やはり怖いものは怖い。自殺したときの痛みを忘れることができない。前世でも自殺の時の恐怖は凄まじかった。二度の自殺で死ぬことではなく、自殺が恐怖になっている。


やっぱり自殺はいやだなーと思い、ナイフをしまう。そして起き上がり、アクリアに突撃する。人間の一撃程度どうと言うことは無いと思っているのだろう。不敵な顔をして堂々と構えている。


そこに三歳児の一撃を入れる。


ズダアァァンッッ


恐ろしい破壊音が響き、鱗が拳を中心に3分の1ほどバキバキになっている。


「アグァッ!!・・・レット!お前やったな!!」


結構なダメージになったのだろう。苦しい表情をして、ドラゴンクローをお見舞いしてきた。


全力で受け止める構えとり、一センチも引かずに受け止める。しかし蓄積したダメージが大きすぎた。そのまま筋肉がズタズタになって死ぬ。


そして転生する。


ステータス

基礎ステータス

攻撃力1505 (1440+65)

防御力1660 (1600+60)

魔力1720 (1720+0)

妖力0

呪適正0

技適正10 (0+10)

Lv.33

レベルボーナス270.60倍 (33=8.20 8.20*33=270.60)

年齢.3

年齢ボーナス13.20倍 (3=0.40 0.40*33=13.20)

総合ステータス

攻撃力5375739.60

防御力5929387.20

魔力6143702.40

妖力0

呪適正0

技適正35719.20


アクリアの爪を破壊し、そのまま大きくジャンプする。


「ナイスファイトだ。アクリア。」


顔面を殴る。今までにない爆音と共に、アクリアは失神した。


ふう、と一息つき回りを確認する。あれだけ派手に戦ったというのに全然人が来なかった。認識障害系の結界でもついているのかなとも思ったが魔法なんて使えないから調べようもない。


「はっ!?いつの間に気絶してた!?」


「ああ。まだ一分も気絶してないぞ。」


「ああ!?負けた!?私が人間の三歳児に拳で負けた!?」


アクリアは今だかつて無いほどに混乱していたのでそっとしておいた。少しの間ぶつぶつと負けた理由を思案していると結論が見えたようでどや顔で、


「わかった!!身体強化魔法だな!!」


「大陸獣って身体強化魔法で倒せるものなんだな。」


「違ったかッ!」


そしてまた思案し始めていたのでもう種明かしする。


「俺の『神秘』の能力だよ。」


「なんだと?そんなことは無いはずだぞ!私はこの世界に存在する全ての神秘をお母さんに習ったんだぞ!レットの能力に近かった『絶勝強化』ギブアップ・キャンセルの可能性も考えたけど、常時発動じゃないから違うってわかっているんだ!」


「おいおい落ち着け。俺は三年前に生まれたんだ。神秘の存在に気づいたのは一週間程度前の話だ。アクリアのお母さんが知らなくても仕方ないよ。」


「むう・・・それなら仕方ない。じゃあじゃあ、その神秘ってどんな名前なの!?効果は!?発動条件は!?能力の代償は!?」


畳み掛けるように質問してくる。この能力は俺にとっては前世について触れられてしまうのでそこは隠しながら他は素直に答えようと思う。


「名前は『転生回帰』ビィ・バックホームって言うんだ。能力は・・・深くは言えないが、ステータスが上昇するんだ。発動条件なし、代償なしだ。」


「嘘つけ!!そんなに強い能力に代償がないわけないじゃないか!!強い能力には強い代償がついて回るんだぞ!!」


俺は嘘なんてついてないのだがな。


「例えばどんな代償があるんだ?」


「そうだなっ、『吸魔変換』アウトエネルギーって言う『体外に存在する魔力を吸収できる』神秘には『使っている間一歩も歩けない』って代償があったぞ!!」


おう。すごくきつい縛りだな。恐らくその神秘があったら周辺の魔力が枯渇するまで大魔法使い続けられるが、完全に固定砲台状態になってしまう。接近されただけで負けてしまう。


「そんなに大規模な代償なのか?少なくともそれレベルの違和感とかはないぞ?」


「うぐぐ・・・本人でさえ強さの秘密がわからないのか。」


むむむと唸るアクリア。本当は結構分かっているのだが積極的に言いたい訳ではない。この世界は割りと物騒なのであまり自分の秘密を言いたくない。


「そうだ!!私がレットと一緒に暮らせばそれもわかると思うぞ!!」


どや顔で家に来る宣言をしやがった。いやまあ?別にいいよ?家族とか友人に危害を加えなければ。でもなあ。


「だめだ。」


「なんでだッ!?」


「でかすぎて家に連れて帰れない。」


ここに来て現実的な問題発生である。○ジラを格納できる家は持ち合わせていない。


「そんなことか!なら、私は小さくなるぞ!!」


「いや、そんな簡単・・・に?」


アクリアはそう宣言したかと思うと、淡い光に包まれて、小さくなる。俺の台詞が終わる頃には小さな、背中に小さな翼を残して原型をとどめていない、女の子が立っていた。赤い髪に赤い瞳、年齢は七歳くらいだろうか。


「ふっふーん。どうだ?おどろいたか!!」


「すげえ・・・あの質量は何処に消えたんだ・・・?」


「お母さんが言うに、質量は一時的に魔力に変えているらしいんだぞ。」


重さの無い魔力に変えてプールするのか。意外とそういう設定しっかりしているんだな。


「これでついて行っていいんだな!!」


どや顔にさらにどや顔を重ねたようなどやどや顔をしながら俺に言った。


もう仕方ない。お母さんとお父さんにちゃんと話そう・・・。




004


「ということで、この子を家に招きたいのですが。」


「うん。何言ってるかさっぱりわからんぞ。」


「レットが女の子を連れてきたの?最近の子ははやいわね。」


説明が終わるとお父さんとお母さんが現実逃避をし始めた。

それはそうだ。三歳児の息子が大陸獣を倒してつれてきたと言っているのだ。


「なあ、アクリアちゃんと言ったか。両親はいま何処に?」


お父さんは最低限聞いておかないといけないことだと、いくつか質問することにした。


「お父さんはいないぞ!!お母さんは最近死んだからもういないぞ!!」


アクリアは堂々と宣言したせいで、お父さんは顔を伏せ、お母さんはとっさに目を押さえた。


「あぁ、わかった。わかったから。いつまでの家にいてくれ」


お父さんはそう言うと部屋から出ていった。お母さんは椅子から立ち、アクリアを抱き締めた。


「いままで辛かったね。そんな辛い過去があるのに一人で家もなくて、やっとレットに見つけてもらったんだね。」


ああ、アクリアが大陸獣だということは無かったことになったようだ。家も親もなくさ迷っていた七歳の女の子ということになった。


ああ、もう説明もめんどくさいしこのままでいいや。


アクリアは四六時中俺と一緒にいると宣言し、お父さんとお母さんは弟を先導するお姉さんを見守る体制をとることにしたようだ。


メイルさんの修行にも付き合ってくれるらしい。

ドラゴンなのでそれなりの知識はあるらしい。メイルさんはすごい魔法使いなのでアクリアが大陸獣だということもアクリアの魔力量を見たら大体納得できたようだ。


・・・最後にメイルさんは何かを確認したあとに俺を見て、


『あなたは、何者なんですか?』


と、呟いた。




005


006


007



009




027





211


「ついたーっ!王都だー!!」


俺とこサンスレット・ロード十五歳は王都で雄叫びをあげた。


「ついたぞー!!」


「おいアクリア!あまりはしゃぐなよ!」


「つきましたねっ!楽しみですっ」


「ここが人間の宝庫か」


頭の上で四人の妖精のような生き物が飛んで喜んでいる。上から順に赤い髪のアクリア、青い髪のメリン、緑の髪のファミル、茶色い髪のニレスの四人の台詞である。


ここまで言ったら分かるだろうが、みんな妖精ではない。質量を極限まで魔力にして妖精ほどのサイズになってもらっただけなのだ。


「おーい、レットいくよ。我らの御姫さまが待ちきれないご様子だ。」


一緒に王都に来たカイルが俺に声をかける。


「ういうい。りょーかいです。お姫様の機嫌は損ねると元に戻るまで三日はかかるからな。」


「二人がかりで、だけどね。」


「はは、そうだな。」


カイルと談笑していると前からこれまた十五才ほどの少女が現れる


「ちょっと!早くついてきなさいよ。日が暮れるでしょ。」


クレアの話で盛り上がっている時にクレアが来た。噂をすればなんとやら。


「はやく!宿に荷物おいて観光するわよ!!」


俺とカイルはわがままなクレアに従って宿を探しに繰り出した。


これはサンスレット・ロードが魔術大陸に存在する三人の魔王を倒し、魔神を越え、世界最強の称号を得るまでのプロローグである。


前世の記憶を持って生まれた異質な少年。


彼はなぜ『転生回帰』ビィ・バックホームに選ばれたのか。


なぜ転生という、神に等しい空間を経由する能力が存在しているのか。


なぜ、『紗枝は死んだのか。』


謎は多い。


しかし、彼は知ることになるだろう。この戦いで三人の魔王を下し、魔神さえも蹴落とした先にある未来で。


『勇者召喚とは。』



『歴史の書』 ユレイユ書店発行

      序章から十二章より抜粋



『ユレイユ書店の歴史の書』 外伝

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ