ヒロインになろうか!(2)
打ち合わせが終わった翌日の日曜日、真夜のメールアドレスに白井ふぶきからメールが届いていた。真夜だけでなく、流歌とフランにも宛てられている。
「議事録って社会人的にはもっと堅苦しいものなんですが、神村さんたちが読みやすいような形にしておきました。忘れないように読んでおいてくださいね」
というメッセージとともに、議事録が添付されている。真夜はさっそく議事録のファイルを開いた。
人外系アイドルユニット(仮)立ち上げ会議
会議日時
20××年3月×日(土)
場所
株式会社デミヒューマン 会議室
出席者
神村真夜 フラン 森山流歌 羽後なお美
浦戸賢一郎 浦戸史郎 白井ふぶき(記)(敬称略)
決定事項
・次回会議においてユニット名を決定する。
・次回会議において神村真夜の芸名を決定する。
議論内容
○コンセプトについて
浦戸(史)「ではまず、我々がこれから立ち上げようとしているアイドルユニットのコンセプトを改めて確認させていただきます。ずばり『人外系アイドルユニット』ということになります。神村真夜さんは吸血鬼、フランさんは人造人間、森山流歌さんは人狼という『設定』で、アイドル活動してもらいます」
羽後「アイドルも大変ですねえ」
浦戸(史)「約3年前にアイドルの頂点に君臨していた『HoneyHoney』(ハニハニ)が活動休止してから、アイドル業界は戦国時代に突入しました。アイドルにも差別化して売り出すことが必要だと考えたのです。イロモノ扱いされるかもしれませんが、オカルト要素や人外要素が好きな層は一定数存在するはずです。他の追随を許さないトップアイドルになるということは難しくとも、一定のファンをがっちりつかむということは不可能ではないと考えます」
……浦戸史郎の説明したコンセプトはその通りなのだが、ファミレスで浦戸社長が語ってくれたように、実際はそれ以前に『流歌とフランをアイドルデビューさせたいが、普通の人間ではないことを隠してアイドル活動を行うことが難しい。だったらいっそ人外であるという設定を作って売り出してはどうか』と浦戸が思いついたという経緯がある。必要は発明の母という奴だろうか。
そんなことを考えながら、真夜は再び議事録に目を通した。
森山「戦国時代っすかー。生き残るだけでも大変そうっすねえ」
浦戸(史)「個人的には、戦国時代というより三国時代に突入していると思っています」
神村「三国時代って、どういうことですか? 三国志みたいな?」
浦戸(史)「そういうことです。アイドルたちが群雄割拠する中で、3つのグループが頭角を現してきました。まずはとにかく数で勝負の『3×3CROSS』(サザンクロス)。事務所の垣根を越えて数十名のアイドルを集め、その中で切磋琢磨させることで成長してきました。次に、大手ながらこれまでアイドルには縁のなかったソロモンプロが満を持して送り出してきた『ぷらちなトランプ』。パフォーマンス力に定評のある4人組です。それから……」
フラン「『サンライズ倶楽部』だな」
浦戸(史)「……そうです。15年以上の歴史を持つ老舗アイドルユニット。メンバーの卒業・加入を繰り返して活動を続けているグループです。10年前をピークにして、その後は低迷期が長く続きましたが、ここにきて人気が再び上がってきました」
フラン「人気が無い時期も腐らず地道に活動していた成果が今になって出てきたわけだな」
浦戸(史)「そうです! 継続は力なり、を体現するアイドルと言えるでしょう!」
森山「なんか……甥っ子さんさっきまでとは別人みたいっすね。熱いっす」
浦戸(賢)「史郎は普段は物静かなんだが、アイドルのことになると元気になるんだよ。アイドルのマネージャーは天職なんじゃないかね」
神村「フランちゃんも話についていってますよ。アイドル好きだって言ってましたよ、そういえば……」
浦戸(史)「そこ、静かに!」
森山「はいっ」
浦戸(史)「その3組が強いというのが現状ですが、他にも沢山のアイドルグループがいます。そのうえ、視点を変えれば実在しないアイドルすらライバルと言えるでしょう」
神村「え? 実在しないって……?」
浦戸(史)「声優の羽後さんならおわかりいただけるんじゃないでしょうか。アニメやゲームの中に登場する、架空のアイドルの存在です」
羽後「はいはい、わかります。もはや人気が定着していますよね」
浦戸(史)「彼女たちは、なんせ歳を取らない。それが強みです。それでいて、ライブは声優さんたちがしてくれるんですから、いいですよね。声優さんと言えば、いわゆるアイドル声優と呼ばれる方々もライバルと考えてもいいでしょう」
神村「それは大袈裟じゃあ……。2次元の存在や声優さんまでライバル扱いというのは、ちょっと……」
浦戸(史)「アイドルに、2次元も3次元も2.5次元も無いッ!」
一同「……」
浦戸(史)「……アイドルに、2次元も3次元も2.5次元も無いッッ!」
浦戸(賢)「二度言わんでいい!」
議事録を読みながら、会議の様子を思い出して真夜は苦笑した。少なくとも、浦戸史郎に熱意があることはわかった。ただの暗いお兄さんではなく、暗いアイドルオタクのお兄さんだったのだ。暗いのは真夜だって他人のことは言えないし、やる気があってマネージャーとして有能であれば、それでいいんじゃないかな、と思える。
○ユニット名について
浦戸(史)「ユニット名も、そろそろ決めておかないといけません。諸々の手続きを考えると、ちょうど一週間後……来週の土曜日がリミットです」
森山「そうなんすよね。決めなきゃいけないって前々から社長と話していたんですけど、レッスンに追われてなかなか……」
浦戸(賢)「できれば、来週土曜にもう一度会議を行って決めたいと思っている。だが、そこで決定できなければ時間が無いことだし、社長権限で私に命名させてもらうぞ」
森山「うう、それは避けたいっすね」
神村「ちなみに社長は今のところどんなユニット名をお考えなんです?」
浦戸(賢)「『オカルティック・スリー』」
森山「ダサいっす」
浦戸(史)「極力避けたいですね」
羽後「ちょっとどうかと……」
白井「ダサッ」
神村「私もあんまりそれは……」
フラン「クソダサアイドルユニット」
浦戸(賢)「集中攻撃しなくてもいいじゃないかー! 書記のふぶきくんまでボソッと言いおって!」
浦戸(史)「とにかく皆さん、『オカルティック・スリー』が嫌なら来週までに代案を考えておいてください」
○キャラクター設定について
浦戸(史)「続いて、みなさんのキャラクター設定についてです。それぞれが普通の人間ではないという『設定』を作ったうえでアイドル活動を行うわけですから、事前にある程度固めておく必要があるでしょう。もっとも、フランさんと森山さんはほぼ素のままでも大して問題はないかと思います。『設定』を作りこむ必要があるのは、やはり神村さんですね」
神村「そうですよね……」
浦戸(賢)「そもそも、『神村真夜』であることを隠してデビューする以上、芸名から考えなければならんからなあ。こちらも手続きがいろいろあるので、名前は来週で決めておきたい。ユニット名同様、できれば神村くん自身で考えておいてほしいが、いけるか?」
神村「私自身の名前ですからね。よく考えてみます」
浦戸(賢)「うむ。それから、あまり細かい設定を詰めるのはそこまで急ぐ必要は無いんだが、私の知る限りの吸血鬼関係の資料は後でまとめて送っておくよ。あとは羽後さんにご協力をお願いしたい。吸血鬼もののアニメだとか漫画だとかには私たちは疎くてね。それに、役者としてのアドバイスも神村くんにしてあげてくれませんか」
羽後「了解です。よろしくね、真夜ちゃん」
神村「はい、よろしくお願いしますっ」
浦戸(史)「ああ、神村さん。参考になるかどうかわかりませんが、衣装も用意しておきました。この後お渡ししますね」
神村「衣装、ですか」
浦戸(史)「ええ。吸血鬼のマントと、牙です。ハロウィンパーティー用の安物コスプレ衣装ですがね。実際着てみれば、気分は出るでしょう」
神村「えええ……。でも、そうか。いずれは着る必要ありますもんね……」
森村「おー! 真夜さんのマント姿、見てみたいっす! 着ましょう、この後!」
フラン「うん。やたら似合いそう」
浦戸(賢)「実際に活動が始まったら、安物じゃなく、ちゃんと特注の衣装を用意させてもらうよ」
神村「は、はい……」
こうして昨日の会議は終わったのだった。そして今、真夜の部屋には浦戸社長から提供された資料や、会議後に羽後からアドバイスをもらった際のメモ、そして吸血鬼のコスプレ衣装がある。既に会議の後で一度コスプレはしてみたが、流歌とフランに撮影されまくって大変だった。似合う似合うと言ってくれたので悪い気はしなかったものの、本当に似合っているのかはいまいち自信が持てない。
日曜日の今日はレッスンも無いし、月曜日以降もレッスンの回数はこれまでより減らされている。その分、ユニット名を考えたりキャラクター設定を練るという宿題をこなさなければいけない。
「むーん……」
議事録を読み終えた後、真夜はベッドに寝転がった。ユニット名もそうだが、大変なのはキャラクター設定の方だ。きっと、他人に『設定』を押しつけられるよりは自分で考えた方が演じやすいだろう。浦戸たちもそう考えて真夜に任せてくれたはずだ。
しかし、具体的にどうしていいのか、何から始めればいいのか、さっぱりわからない。羽後なお美は参考になりそうな作品名やキャラクター名は教えてくれたが「まずは自分で考えてみなさい」というスタンスだった。一応はドラマでの演技経験がある真夜を尊重してくれたのかもしれない。でも、あのときは与えられた役を無我夢中で演じただけだった。今となってはドラマ撮影当時の記憶も曖昧だ。いったいどうしたものやら……。
こんなときに真夜の脳裏に浮かぶのは、演劇部で脚本を担当する親友の顔だった。




