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その気にさせないで(4)

「……と、いうことがあったの」

「ふーん」

 真夜が話し終えると、黙って聞いてくれた村田むらた路美がたずねてきた。

「それがいつの話だっけ?」

「ちょうど一週間前だね」

「はーん。しかし社長さんも面白いこと考えるねえ。吸血鬼アイドルってねえ。まあ、真夜なら吸血鬼っぽく見えそうだけどね確かに。黒いマント着たら似合いそう」

 そう言って路美は笑った。

「あ、ひどい」

 真夜もつられて笑った。


 月が変わり、二月に入った。この日、真夜たちが通う高校では翌日に控えた入学試験の準備のため授業は二時限で終了となり、すでに多くの生徒たちは我先にと下校している。そんな中、真夜は浦戸からスカウトされた話を親友の路美に聞いてもらうため、教室に残るようお願いしたのだった。演劇部の活動は休みだというし、午後一時までは校内に残ることが許可されているから、丁度良かった。一年B組の教室には、缶入りのミルクティーを飲みながら話す二人の他には誰もいない。吸血鬼をはじめとした人外たちが実在するうえ芸能活動しているという一点を除いて、真夜は洗いざらい路美に話した。


 あの日、浦戸たちは真夜にスカウトを断られるとおとなしく帰って行った。真夜の連絡先を聞いてくることもなかった(例え聞かれても、真夜は教えなかっただろうが)。だが浦戸は去り際に、

「もし気が変わったら、いつでも連絡してきてくれ」

 などと言ってきた。大して気を落としているようには見えなかった。もしかしたら、一度断られたくらいでは全くあきらめていないのかもしれない。

 一方、森山流歌とフランは随分しょげている様子だった。真夜としては決して彼女たちが嫌というわけでは無いのだが、ちゃんとした挨拶もできないままでその場は別れてしまった。少し気まずい思いが残っている。

 あれから一週間。真夜の元に浦戸たちからのアクションは無い。連絡先を教えていないのだから当然なのかもしれないが、前回と同じように学校帰りを待ち伏せされるということすら無い。浦戸の言葉通り、真夜からの連絡を待っているのだろうか。今のところ、真夜はそんなことをするつもりはないのだが。

(……あれ? 『今のところ』?)

 自分の思考に自分で驚く。今のところもなにも、浦戸たちにこちらから連絡を取る必要なんてないはずだろう……。


「親には言ったの?」

 路美に話しかけられて、真夜は我に返った。

「うん、昨日話したよ」

「なんて言ってたの?」

「当然良い顔はしなかったけど……最終的には真夜自身が考えて決めることだよって」

「そうだろうねえ。あたしらも高校生だもんね。真夜自身の意志を尊重してくれるのね」

「うん……」

 そうは言っても、両親には『天使の学園』出演後に大変な心配をかけた。もう迷惑はかけられない。

 ……沈黙が続く。路美が黙ってこちらを見つめたまま何も言ってくれないので、真夜は戸惑った。


 村田路美は、何かと目立つ真夜とは正反対で地味な容姿をしている。小柄な友人は、幼稚園の頃から常に真夜の側にいてくれていた。よくわからないままに芸能界に入ったときも、ドラマのヒットで突然注目を浴びたときも、傷付いて引退した後も、変わらない態度で接してくれた。決して優しい言葉ばかりかけてくれるわけではない。時には突き放した物言いをしてくることがある。というか、むしろその方が多い。

 だからこそ、その存在がありがたい。優柔不断な真夜にとって、路美に相談するのは大事な意思決定プロセスの一つだった。同い年だが、姉のような人だと真夜は思う。


「……そもそも、なんで一週間も親やあたしに黙ってたの?」

 ようやく路美が言った。

「え? それは……なんというか、タイミングが無くて……」

「本当にそうかなあ。スカウトされた時はきっぱり断ったんでしょ? だったら次の日すぐに言ってくれてもいいんじゃないかな。こんな話があったんだけど断っちゃったよーって」

「……」

「真夜、本当は悩んでたんじゃない? その時は断ったとしても、やっぱり気になってるんじゃないの? スカウトの話」

「それは……」

 違う、と言い切れるだろうか。この一週間、浦戸や森山流歌、フランがやってこないかドキドキしていた。会いたくないかといえば、決してそうではない。どちらかといえば好感を持った。

「……わからない。わからないから、パパやママや路美に相談しているんだ……と、思う」

 自分でも、自分の気持ちがわからない。……本当にそうか?

「『相談』ね。一度きっぱり断ったのに、『相談』って言ったね、真夜」

「……っ!」

「いるよね。相談しておいて、実は自分の思い通りの答えを言ってほしいだけってやつ」

 真夜は恐る恐る窓際の席に座る路美を見た。言い方はきついが、表情は柔らかかった。

「真夜さ、もう自分の中で答えを出してるんじゃないかなあ。でも、それを認めるのが怖くて、誰かに背中を押してほしいだけなんじゃない?」

「……」

 路美が核心を突いてきた。そうだ。浦戸たちと会った日から一週間。真夜の中でその思いはどんどん膨らんでくる。でも、怖い。それと向き合う勇気を貸してほしい、路美に。

 しかし、続く路美の言葉は真夜の期待するものではなかった。

「だけど、あたしは今回は背中を押さないよ。押さないっていうか、押せない。小学生の頃も、スカウトされて悩んでたよね真夜は。その頃のあたしは今以上にバカだったから、何も考えずに盛り上がって、焚きつけたよね。単純に、友達が芸能人になるってことが誇らしかった」

 ミルクティーを一口飲み、路美は続けた。

「最初のうちは、真夜が楽しそうだったから、あたしも嬉しかった。ドラマの撮影中も、楽しそうにいろんな話をしてくれたよね。あのドラマ自体もすっごい面白かったと、今だって思ってるよ、あたしは。だけど、あのドラマの放送が始まって、社会現象になっていくうちに……騒ぎが大きくなって……真夜がいわれのない叩かれ方されてるのは……見ちゃいられなかったよ」

 路美が言葉を選んでくれているのがわかる。

「これでも、責任感じてるんだ、あたし。あたしがあのとき後押ししなければ、真夜は辛い思いをしなかったかもしれないのにって」

「路美が責任感じる必要なんて無いよ!」

 真夜が思わず叫ぶと、路美は笑った。

「……ありがとう。でも、そんなわけで、今回は無理だ。あたしは真夜の力になれない。背中を押せない。それはあたしの役目じゃないって思う」

「路美……」

 真夜は親友の顔を見つめた。

 ダメだ。やっぱりダメだ。家族と親友をまた心配させるわけにはいかない。それに真夜自身だって、傷付きたくはない……。

 その時だった。


「かぁぁーみむぅぅぅらさぁぁーーーんっ!!! かぁぁぁーみむぅぅぅぅら、まぁぁーやさぁぁーーーんっっっ!!!!」


 凄まじい音量の叫び声が校庭の方向から聞こえてきたので、真夜と路美は顔を見合わせた。


「かぁぁーみむぅぅぅらさぁぁーーーんっ!!! いるのはわかってるんでぇぇぇ、出てきてくださぁぁぁぁぁーーーいっ!!!!!」


 一年B組の教室は三階にあり、窓も閉めているというのに、そんなことはお構いなしに叫び声は聞こえてくる。……しかも、聞き覚えがある声だ。

「思いっきり呼ばれてるよ、真夜」

「……うん」

 真夜は窓を開け、校庭を見下ろした。

 ……いた。校門の前に、彼女たちはいた。森山流歌とフランが、お揃いのブレザーの制服を着て立っていた。やがて二人は三階から見下ろす真夜に気が付いたようで、流歌が笑いながらこちらを見上げて大きく手を振ってきた。隣のフランは対照的に、真夜を無表情に見上げるだけで動かない。

「あの子たちは……」

「知り合い?」

「さっき話した、事務所の練習生だよ」

「なるほど。……呼ばれてるけど、行かなくていいの?」

「行かなきゃしょうがないでしょ! 先生たちも来ちゃうし、事情を説明しないと!」

 真夜は急いで教室を出た。自分が笑顔になっていることには気が付かなかった。

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