その気にさせないで(3)
芸能界には人間ではない者……人外が大勢いる。
浦戸が真夜に語った話を一言でまとめると、そうなる。
もともと、世の中には人外が普通に暮らしているのだという。人外と言っても、戸籍などはしっかりと与えられ、社会生活のうえでは『人間』として扱われている。『人間ではない』というのは生物学的な意味だ。
「それでもまあ、やっぱり堂々と人外であると宣言して生活することはなかなか難しいわけでね。多くの人外はひっそりと暮らしている。そんな中で、一見きらびやかで人目に付きやすい芸能界は意外と人外にとって心地いいのだよ。なんせ本名や経歴を公にしなくていいからねぇ。芸能人の一〇〇人に一人は人外だと言われているよ。けっこうな割合だと思わんかね、神村くん」
パスタを食べ終えた浦戸はそこまで言うとコップの水を飲んだ。
「……昔、ディレクターさんが冗談めかして話してくれたのを思い出しましたよ。芸能界には怪物や妖怪がいるんだよって」
「ある程度の年月芸能界に身を置いている人なら、薄々わかってくるものだよ。だが、おおっぴらにすることはない。暗黙の了解という奴かね。私を含め、それなりのお偉いさんの中にも人外がいるしね」
真夜は大きく息を吐いた。
「……思い当たる節はあるんですよ、私だって芸能界にいたんですから。それに、さっきは森山さんに犬っぽい耳と尻尾が生えてたのを見ましたし。一応は信憑性があると思うんです。でも、社長さんが吸血鬼というのはちょっと……」
「ほう。何故かね」
「目の前でペペロンチーノを完食されたら説得力ゼロですよ! 吸血鬼ってニンニク苦手なものでしょ普通っ!」
「ニンニク? ああ、慣れた」
けろりとした表情で浦戸が言うので、真夜は脱力した。
「慣れたら大丈夫なんですか……」
「いやあ、体に良くはないんだけどね。人間だって健康に悪いとわかっていても、酒も飲むし、タバコも吸うし、合成着色料バリバリのお菓子なんかを食べたくなるときがあるじゃないか。あんな感じだ」
「はあ……」
いまいち納得できない。真夜は隣でカレードリアを食べている森山流歌に話しかけた。
「森山さんも普通の人間じゃないの、やっぱり?」
「そうっす。森山は人狼っすよ」
あっけらかんと答えてくれる。
「人狼……」
いわゆる狼男の女の子版か。あの耳や尻尾は犬ではなく狼のものだったのか……。
「もう一度耳と尻尾見ます? ちょっと気合入れれば生やすことができますよ」
「……いや、今はいいよ、人目についちゃうから。彼女もそうなの?」
真夜はフランを見た。ショートカットの女の子は無表情のままアイスクリームを頬張っている。感情が読み取れないところを除けば、いたって普通の女の子としか思えないが。
「フランさんは……なんと言えばいいんすかねえ」
流歌が困った顔をする。
「人造人間、だろうよ」
浦戸が会話に入って来た。
「人造人間……って言われても、よくわかりません」
「フランの力を見れば、だいたいわかるよ。そうだなあ……神村くん、小銭を持っているかね」
「え? え、ええ」
真夜は言われるままに財布の中身を見た。
「五〇〇円しかないんですけど」
「あー、そうか。……とりあえず、それをフランに渡してくれるかね」
「はあ」
浦戸の意図を理解できないまま、真夜はフランに五〇〇円玉を手渡した。それを見た浦戸が呟いた。
「……ちょっともったいない気もするな」
「えっ?」
「フラン、頼む」
フランはうなずくと五〇〇円玉を親指と人差し指でつまみ、
ぐにゃっ
「!?」
五〇〇円玉が完全に折れ曲がっていた。
「……えっ? ええっ!?」
「これでフランが普通の人間ではないことがわかっただろう。ものすごく単純に言うとだな、人間を遥かに超える怪力を持っている」
フランは無言のまま小さな胸を張り、誇らしげな顔をしている。テーブルの上には綺麗に二つ折りにされた五〇〇円玉が置かれていた。
「……あのう、怪力はわかりましたが……私の五〇〇円はどうしてくれるんでしょう」
真夜はしぶしぶながら人外たちの存在を認めたうえで、浦戸の話を聞くことにした(五〇〇円玉については浦戸から千円支払ってもらうことで納得した)。
浦戸は昨年まで大手芸能事務所・ボルケーノプロの重役だったが、その仕事とは別に、関東で暮らす人外たちの世話役のようなことをしていたという。その関係から、ルカとフランそれぞれの保護者から、二人が芸能界入りを希望していることについて相談を受けたのだった。
「最初はボルケーノからデビューさせることを検討していたんだ。だが、ある時閃いたのだよ。そういえば、人外タレントを専門にする事務所は無い。私自身が人外でもあるし、ボルケーノで働き続けたところでこれ以上の出世は見込めない。ならばこれを機に独立して、一国一城の主として人外専門の芸能事務所を立ち上げてみよう、とね」
そうしてボルケーノ社長と話し合いの上、ボルケーノから数名の所属タレント(全員が人外である)とスタッフを引き連れて退職、そこに練習生の流歌とフランを加えて『デミヒューマン』として今年初めに独立したのだった。
「『デミヒューマン』ってそのまんまの意味ですね……」
真夜はノートにメモを取りながら言った。大事な話を聞くときは必ず記録を残すようにしているのだ。
「人外のことは公にはされていないから堂々と『人外専門の芸能事務所です』と言うことはできないが、知っている人は知っているからね。事務所の名前ですぐわかるようにしてみたのだ」
「なるほどね。……それで、なんで私をアイドルになんて発想になるんですか? 私は普通の人間ですよ」
真夜が当然の疑問を口にすると、
「社長は新しい事務所の看板として、自分とフランさんをアイドルとしてデビューさせようと考えてくれてるんす。やっぱり目立ちますもんね、アイドル」
浦戸に代わって流歌が説明してくれる。
「でも、人外であることを隠して芸能活動するには、自分もフランさんも不器用なタイプですから差し障りがあるかもしれないっす。何がきっかけでバレるかわからない。それで社長が思いついたんです。だったら、人外であることを隠す必要ないんじゃないかって」
「えっ?」
隠さないとはどういうことだろう。さっき浦戸が『人外のことは公にされていない』と言ったはずだ。真夜が混乱していると、浦戸が疑問に答えてくれた。
「つまりだね、神村くん。ルカが人狼、フランが人造人間という『設定』でアイドルやってもらおうということだよ。本当に人狼であったり人造人間であったりするわけだが、あえてそう言い張れば、そういう『設定』だと一般人には思ってもらえる。一部の業界人は本物だと気が付くだろうが、みんなその辺は暗黙の了解として承知しているから何も問題ない。まあ、人外アイドルってかなりのイロモノ扱いを受けてしまうかもしれんが、別にいいだろう。このアイドル戦国時代では個性が無ければ生き残れん」
「『設定』……」
真夜は浦戸の言葉の意味を頭の中で整理する。
「……昔、宇宙人を自称していたグラビアアイドルさんがいましたけど、そういう感じですか」
「そうっす!」
流歌が笑顔でうなずくと、フランも会話に入ってきた。
「悪魔の相撲評論家もいるし……」
「フランさん、あの閣下は相撲に死ぬほど詳しいけど本業はミュージシャンっす!」
流歌がフランに抗議しているが、真夜はそれを無視して浦戸に問いかけた。
「そこまではわかりました。……で、なんで私をスカウトすることになるんです?」
「うむ。流歌もフランも将来性はあると思うが、まだまだ幼いし、頼りない。二人を引っ張って行ってくれるリーダーを加えて三人でユニットを組むのがベストだと考えたのだ。それも、吸血鬼の女の子が一番望ましい」
「なんで吸血鬼?」
「だって、人狼、人造人間とくれば、なあ?」
浦戸が流歌とフランを見て言うと、
「ウォーでがんす」
「ふんがー」
二人からそんな台詞が返ってくると、真夜は頭を抱えた。
(あとはザマス的なアレだー!)
真夜の様子に構わず、浦戸が話し続ける。
「私は考えたのだ。リーダーにふさわしい条件をね。二人と同じ年頃の女の子であることは当然として、吸血鬼、もしくは吸血鬼という『設定』で違和感が無い外見であること。加えて、二人を引っ張って行くのだから芸能界での経験がある方が望ましい。そして何よりも、アイドルとしてやっていけるだけの華が必要だ。そうして各方面を探し回り……君に辿り着いたのだ」
「つまり……私にやってほしいのはただのアイドルではなく、吸血鬼設定のアイドルだと」
「そういうこと」
「……突拍子もない話ですね」
「私もそう思う。だが神村くん、誤解しないでほしいのは、我々は君をスカウトしているのであって、『神村真夜』をスカウトしているわけではないということだ。吸血鬼の女の子として、芸名でデビューすればいいのだ。『神村真夜』であることを明かす必要など無い」
「芸名で? ……でも、いずれはバレるんじゃないですか?」
「おや? デビュー後のことを考えてくれているのかな?」
浦戸の言葉に真夜は動揺した。
「そんなことはありません!」
浦戸は不敵に笑い、
「はははは、悪い悪い。……もしデビュー後に人気が出てくれば、確かにいずれ君が神村真夜だとバレる時が来るだろうね。その時のことはその時になってみなければわからんが……あくまで別人だと言い張るしかないだろう。自分は人間の神村真夜ではなく、吸血鬼なのだと。どんなにバレバレであってもそう主張を続ければ、つっこまれ続けることは無いのではないかなあ。マスコミもそういう『設定』に対していつまでもネチネチこだわるほど野暮ではないだろう。悪魔の閣下が良い例だ」
「……」
「君は『神村真夜』として多くの人々の記憶に残っていることを気にしているのだろう。確かに、君が出演したドラマは大ヒットして世に出回ったし、君の演じた役に対する反響は大きかった。その過去はもう消すことはできない。しかし、上書きすることはできる。『神村真夜』以上のインパクトをアイドルとして与えればいいのではないかね。『神村真夜がアイドルをやっている』のではなく、『吸血鬼アイドルが子どもの頃はドラマに出ていたらしい』程度に感じさせるような、ね」
浦戸はまくしたてるように言った後、コップの水を飲みながら真夜の顔をまっすぐ見ていた。流歌も、フランも、真夜を見ている。
「……」
真夜はしばらく間を置いた後、口を開いた。
「やっぱり、お断りします」
「ズコー!」
「フランさん、リアクションが昭和っす……」
フランがセリフとともに座席からひっくり返るのを見て、森山流歌が控え目につっこんだ。