ひとりじゃないの(6)
セットの陰で息を潜めていた真夜たち三人は、スタジオの照明が落とされるとすぐに立ち上がった。
「ついに出番ね」
「ちょっとワクワクするな、こういうの」
「人外の本領発揮っすよ」
お互いの声は聞こえるが、姿は暗闇のせいで全く確認できない。当然周囲の様子も見えず、このままでは歩くことも危険だ。だが、そこは打ち合わせ済みである。
真夜は左目に着けていた眼帯を外した。
「お、見える見える」
真っ暗なスタジオの様子が、眼帯によって左目を慣らしていたおかげでよく見える。
「暗順応って言うんすね。勉強になりました」
真夜同様に流歌とフランが眼帯を外し、スタジオの様子をうかがっている。キャーキャーと『3×3CROSS』メンバーが悲鳴をあげているのが聞こえてきた。もっとも、ただ一人を除いてそれが演技だということを真夜たちは知っている。
「さて、それじゃ行きましょうか、ルカ、フラン」
「ああ」
「はい!」
真夜は『黒姫カーミラ』へとスイッチを切り替えると、長い黒髪のウィッグを取り付けた頭を押さえながら歩き出した。
「早く照明付けてよ!」
「怖いぃぃぃ!」
「なに、なんなのー!」
暗闇の中で軽くパニック状態に陥っている(ふりをしている)『3×3CROSS』メンバーにあって、
「みんな、落ち着いて! じっと待ってればいいから!」
来栖蛍は比較的冷静であり、他のメンバーを静かにさせようとしているように聞こえる。だが、蛍の正面に立つ真夜には見える。震えながら、隣に座る青沼絵梨の手をしっかりと握りしめている蛍の姿が。
真夜は少し口元を緩めつつ左手を掲げて、闇の中でこちらを観察しているであろう照明担当に向けて合図をした。やがて、弱々しく青白い光が真夜に向けられる。真夜は眩しさとともに、周囲の視線が一斉に真夜に突き刺さるのを感じた。そしてその中でもひときわ恐怖心がこもっているのが、真夜の正面に座る蛍のものだ。
真夜は作り物の長い髪で顔が隠れるようにうつむき加減で、ゆっくりゆっくりと蛍に歩み寄った。昔のホラー映画を参考にした動きだった。
「……っ! ……っ!」
蛍の整った顔が引きつり、口をパクパクさせている。その目は真夜に魅入られたようで、背後に接近しているフランに気が付く様子が全く無い。真夜は「フラン」と口の動きだけで合図をし、フランがうなずく。フランは手袋をして持ったコンニャクを、ためらうことなく背後から蛍の頬へ押し付けた。
「嫌ぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああああっ! パパーーーーーッ!」
蛍の絶叫がスタジオに大音量で響く。その直後、スタジオ中の照明が復活した。
「パパ……」
「パパって……」
『3×3CROSS』メンバーやスタッフが小声で囁き合うのが真夜にも聞こえてきた。蛍はしばらく放心していたようだが、やがて我に返ると、
「ちょ、ちょっと、これは……」
周囲を見回し、いつの間にか青沼絵梨と入れ替わって隣に座っている流歌にギョッとした。狼の耳を着けた流歌はニコニコしながら狼を思わせるポーズを取り、「がおー!」とかわいらしく叫ぶ。
「ひぃぃぃぃぃっ!」
蛍はまたしても絶叫し、流歌から離れようとした勢いで椅子から転げ落ち、尻餅をついてしまった。
(今のルカちゃんのも怖いのか……。ていうかパンツ見えちゃってるし……)
すべてにおいて完璧だと思っていた蛍が、なんだか急にかわいらしく思えてくる真夜だった。
「はーい! そこまでー! 蛍ちゃん、もうわかっていると思うけど……ぜーんぶ、ドッキリでした。大・成・功!」
そろそろ頃合いと感じたのか、有川瀬里奈が明るい調子でタネ明かしを始めた。
「ほら、夏だし? ホラーの季節だし? せっかく人外アイドルのみんながゲストで来てくれるわけだし? 彼女たちを使ったドッキリを『3×3CROSS』の誰かに仕掛けようってことになってね。何事においてもパーフェクトな蛍ちゃんが実はすごく怖がりだって情報をその筋から入手したんで、ターゲットにさせてもらったわけですよ」
蛍は床にへたり込んだまま、目に涙を浮かべてたずねる。
「楽屋で幽霊の話をみんながしてきたのは……」
「ああ、全部仕掛けのうちだよ。『Trick or Treat』のみんなも、絵梨ちゃんも、蛍ちゃん担当のメイクさんも、全員仕掛け人なのよね」
「ごめんなさい蛍さ~ん」
絵梨に謝られて、蛍はがくりと肩を落とした。力が抜けたようだ。さすがにかわいそうになってきたな、とウィッグを取り外しながら真夜は思った。
「いやー、ごめんね蛍ちゃん。でもすごくかわいらしかったし、いつもとのギャップがあって良かったと思うのよ。ほら、立って立って」
そう言いながら、瀬里奈が蛍を抱え起こす。蛍はふらふらとしながらも、なんとか立ち上がった。
「さあ、じゃあ改めて、『Trick or Treat』のみなさんをご紹介しま……しょ、う……?」
瀬里奈は真夜たちを紹介しようとしたが、最後までしっかりと発声することができなかった。異変に気が付いたからだ。
立ち上がった蛍がそのまま歩き出し、スタジオから出て行こうとしている。スタッフの間でざわめきが起こっている。だが、蛍を連れ戻そうとする者はいない。人を寄せ付けない雰囲気を蛍がまとっているからかもしれない。
「ちょっと、ちょっと蛍さ~ん。どこに行くんですか~」
青沼絵梨がつとめて明るく声をかけると、蛍は足を止めて振り返り、力なく笑って言った。
「……帰る」
「か、帰るって……」
絵梨が泣き出しそうな顔で、
「ご、ごめんなさい! やり過ぎたのなら絵梨、謝りますから~!」
蛍はそれに対して返事をせず、顔をスタジオの出口へと向けた。
「蛍ちゃん!」
真夜が思わず声をかけると、蛍は振り返らず、
「神村さん……私、もういいや。もうじゅうぶん。……アイドル辞める」
それだけ宣言すると再び歩き出し、とうとうスタジオから出て行ってしまった。スタジオが重苦しいムードに包まれる。
「どうすんの、これ……」
瀬里奈のつぶやきが聞こえた。




