ひとりじゃないの(5)
おかしい。神村真夜が登場してこない。『3×3CROSS』の中でも比較的若いメンバー五人とともに『ミュージックパンサー』のトーク部分の収録に臨んでいる来栖蛍は、違和感を覚えていた。
台本では、『3×3CROSS』と同時に『Trick or Treat』が登場することになっていた。だが、本番が開始して五分以上経つというのに『Trick or Treat』が現れる様子は一向に無い。『Trick or Treat』になにかアクシデントがあったのかとも思ったが、スタッフにも、司会の有川瀬里奈にも、そして『3×3CROSS』の他のメンバーにも、動揺の色が全く見られない。それでいて、しっかりとスタジオには三人分の空席を残したまま、収録は進んでいる。
(急な予定の変更でもあったのか……? だとしたら、私に知らせてくれるはず)
そんな疑念を抱いていることを悟られないように、蛍は明るい表情で瀬里奈と会話のキャッチボールをしていた。セーラー服をイメージしたお揃いの衣装を着た他のメンバーは皆『3×3CROSS』に加入して日が浅く、歌もダンスもトークも蛍と比べると頼りない。ここは蛍が中心になるのがベターだ。だが、蛍と瀬里奈だけで回すわけにもいかない。未熟な他のメンバーにも適度に目立ってもらう必要はある。
瀬里奈もそこはわかっているようで、蛍をメインにしながらも、他のメンバーにも話題を振ってくれている。伊達に一〇年以上この業界で生き残っていないな、と蛍は素直に感心した。
「絵梨ちゃんにとって、蛍ちゃんはどういう存在なのかな? 絵梨ちゃん世代からすると、子どもの頃にテレビでよく蛍ちゃんを見ていたわけじゃない。それが、同じグループで仲間として活動するって、どう?」
「そうですねえ~」
瀬里奈に問われ、蛍の左隣に座る青沼絵梨が腕組みをして考える様子を見せた。青沼絵梨は中学三年生で、蛍より二歳下だが、『3×3CROSS』には半年以上前から入っているので一応は蛍より先輩ということになる。だが、
「う~ん、その~、なんていうかですね~、その~、えっと~」
トークがのんびりしていて、まったく頼りないのだった。見た目は文句なく可愛らしいし、歌もダンスも年少組の中では上手い方なのだが。
(致命的にアホなのよね)
蛍は仕方なく、
「絵梨ちゃんしっかり! 質問には早く答えよう!」
周囲に聞こえるように声をかけてやった。内心では少しイライラしているのだが、それが外に漏れないように、優しい調子で、だ。
「あ、ありがとうございます~。そう、そうなんです。こんな感じで、いつも私に優しくアドバイスしてくれるんです蛍さんは。『3×3CROSS』に入ったのは私の方が先なんですけど、芸能界の経験はずっとずっと蛍ちゃんのほうがいっぱいあるわけなんで~、勉強させてもらってばっかりなんです~。お姉ちゃんみたいです~」
「よし、絵梨ちゃん模範解答!」
そう言って蛍が褒めてやると、
「本当ですか~。ありがとうございます~」
絵梨は顔をくしゃくしゃにして笑った。……まあ、見ていて苛立ちは覚えるが、憎めないところはある。
絵梨のことを考えるうちに、蛍は本番前の出来事を思い出した。『Trick or Treat』の楽屋から戻ってきた後、絵梨が妙なことを話しかけてきたのだ。
「知ってますか蛍さ~ん。今日の収録があるスタジオ、出るらしいですよ~」
「……なにが?」
「この季節に出るといえば、幽霊ですよ~。自殺しちゃった女の人の霊を見たって人が沢山いるらしいですよ~。怖いですね~」
「あはは、絵梨ちゃんに言われても全然怖くないよ」
そう言いながら、ペットボトルを持つ自分の手が小刻みに震えているのがわかった。神村真夜といい、何なんだ、いったい……。
が、幽霊の話をしてきたのは真夜と絵梨だけではなかった。メイク担当の女性からも、長々と聞かされる羽目になったのだ。しかも二〇年前に恋人を若いアイドルに奪われて嫉妬に狂いスタジオで首を吊って死んだ女性スタッフであるとか、背が高く長い黒髪をした女であるとか、三人以上の目撃者の証言であるとか、真夜や絵梨とは比較にならないほど詳細だった。
「アイドルってだけで呪われるなんて噂も聞くし、気を付けた方がいいよ、蛍ちゃんも」
「はあ……」
気のない返事をしながらも、鼓動が早まる。蛍は動揺を表に出さないようにするのに必死だった。
(嫌なことを思い出した)
蛍は軽く身震いした後、冷静になった。だいたい、出演者とスタッフを入れて何十人もスタジオに人がいるのだ。幽霊が出ても別に怖くない。たぶん。きっと……。
「さて、今回のゲストなんですが、『3×3CROSS』のみなさんだけではありません!」
瀬里奈の声で蛍は我に返った。ここで他のゲストを呼ぶと言う流れか。ということは、やっと『Trick or Treat』が出てくるのだろうか。
と、蛍が考えた瞬間。
照明が一斉に消え、スタジオが完全に暗闇に包まれた。




