ひとりじゃないの(3)
「ごちそう様でした」
「ごちそうさまでした!」
「……ごちそう様でした」
「はい、お粗末様でした」
食事を終えた真夜たちの挨拶を聞いて、妻の美由紀が笑顔で答える。浦戸賢一郎はそれを見て、幸せとはこういうことを言うのかもしれない、とふと思った。
「美由紀さん、何か飲み物を持ってきてくれないかな」
「ええ」
「じゃあ森山は皆さんの食器片付けますね」
そう言って流歌がテーブルの上の食器を取ろうとするのを見て、真夜が慌てて「それくらい私も……」と立ち上がりかけたが、
「いやいや、いいですいいです! 真夜さんたちはお客様なんですから。森山が片付けますよ!」
流歌に手で制されてしまう。
「そ、そう?」
「ええ。ゆっくりしててほしいっす」
流歌は五人分の食器をまとめて両手で持つと、シンクへと運ぶため席を立った。
「いつも悪いね」
浦戸が小さな背中に声をかけると、
「いいんすよ。お世話になってるんですからあ」
流歌が振り返らずに返事をした。
『Trick or Treat』初のテレビ出演を翌日に控えた今日、浦戸は真夜とフランを自宅に招き、一緒に夕食をとった。本当は景気付けに高級な店にでも連れて行きたかったのだが真夜とフランが遠慮するので、それならばと自宅に誘ったのだった。
「なんだか、本当の親子みたいに見えるな。社長と奥さんとルカは」
仲良く台所に立っている美由紀と流歌を見て、フランが言った。
「まあ、半年以上一緒に暮らしているからねえ。自然とそうなるさ。私たちには子供がいないし、娘ができたと思っているよ」
浦戸はにこやかに答えると真夜の方を向き、
「しかし、真夜くん。明日は大丈夫なのかね」
「何がです?」
「何がって……君の過去をテレビで明かしてしまうことだよ」
生放送ではなく収録であるとはいえ、不安は尽きない。ただでさえ流歌とフランはテレビ初出演で、緊張するのは間違いないだろう。経験のある真夜も『黒姫カーミラ』としては初めてであるし、おまけにそこで『神村真夜』であることも明かしてしまうのだ。さらに因縁のある来栖蛍との数年ぶりの共演までついてくる。
「打ち合わせはしっかりしたじゃないですか。蛍ちゃんとのトークはどう転がるのか全然わかりませんけど、なるようになりますって」
「しかしねえ……」
浦戸はここにきて弱気になっていた。
「君を芸能界に再デビューするよう誘ったのは私だ。その私が言うのもなんだが……心配なんだ」
浦戸が真夜を誘った。たとえ『神村真夜』だと世間にバレても問題ないと言った。実際にそう思ってもいた。だが、いざその時が近付いてみれば、迷いが生じる。
浦戸が目をつけなければ、真夜は本人が望んでいた通り平凡な人生を送ることができたかもしれない。しかしもう遅い。事態は動き始めてしまった。浦戸がその元凶なわけだが……。これで良かったのだろうか。ここ数日、そんな思いが浦戸の中で膨らんでいた。
真夜は優しくて良い子だ。今年の初めに出会ってから今まで彼女と接してきて、浦戸はそう思う。幼いころ理不尽な中傷に傷付けられ、隠れるように生きてきて、ようやく立ち直りつつあるのだ。今また過去を好奇の目に晒されて、真夜は平気でいられるのか。立ち上がれなくなるような傷を負いはしないだろうか……?
「社長、なんて顔してるんですか」
真夜の声で浦戸は我に返った。真夜とフランが黙ってこちらを見ていた。
「……どんな顔をしてたのかな、私は」
「なんだか思い詰めたような顔です」
真夜が心配そうな声で言う。
(バカか。当の真夜くんに気を遣わせてどうする)
浦戸は心の中で自分を叱った。
「……すまん」
「社長。社長の気持ちはわかる。でも」
フランが言った。
「うちのリーダーを見くびっちゃいけない」
「……」
「私のことを誘ったのは社長ですよ。けれど、今ここにいるのは、私の意志です。私がここにいたいと決めたから、ここにいるんです」
真夜は満面の笑みで、
「だから、社長が変に気に病むことはないんですよ。私、どんな結果になっても、今度は負けませんから」
子供が独り立ちするときの親の気持ちとはこういうものなのだろうか、と浦戸は思った。




