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強き者よ(3)

(最初は嫌がっていたのに、結局ノリノリじゃないか。ルカのやつ)

 ステージに上がったフランは流歌の様子を見て、心の中で苦笑した。いつの間にか楽しそうに悪役をやっている。三人の中でもっとも芸事の適性があるのはルカなのではないか、とフランは以前から薄々思っていた。決して本人に伝えるつもりはないが。

「スチールマンを楽しみにお越しくださったみなさん、ごめんなさい。私たちは『Trick or Treat』。先月デビューした人外アイドルユニットです。スチールマンのショーをこうしてジャックさせていただきました」

 落ち着いた様子で真夜が観客に語りかけている。「やだー!」という子どもの声も聞こえてくるが、真夜は意に介さない。ある程度予想していた反応だからだ。

 そして真夜が話している間に流歌はジャージを脱ぎ、本来の姿を露わにしていた。頭には獣の耳、尻からは尻尾、衣装は黒いTシャツにハーフパンツ。スカートをはいた真夜やフランと違い、動きやすい格好だった。

「それでは、自己紹介といきましょう。私はリーダーの黒姫カーミラ。吸血鬼です」

 真夜が名乗ると、

「吸血鬼がこの暑い中思いっきり日光に照らされて問題ないの……?」

「死んじゃうんじゃ……?」

 母親たちの声が聞こえてきた。

「私はフラン。人造人間だ」

 フランは会場のざわめきを無視して、真夜に続いた。そこまで言って、右側に立つルカの方を見る。一瞬目が合う。すぐにルカは客席へ向き直ると、

「そして私が人狼のルカでぇぇぇぇーっすっ!」

 今日一番の叫びが会場に響く。何人かの客が耳を押さえるのが見えた。

 


「「「私たち、『Trick or Treat』です!」」」


 三人揃って叫ぶと、客席が呆気に取られるのがわかった。

(うーん、このアウェイ感)

 フランは少し辛いものを感じた。だが、観客がいないよりはずっといい。自分たちに興味が無い客に、興味を持ってもらえればいいのだから。

 少しの間の後、固まった空気を切り裂くように真夜が叫ぶ。

「出でよ、我が眷属たちよーっ!」

 すると、舞台袖から黒い全身タイツを着て白い仮面を被った一〇人の男たちが次々に出てくる。打ち合わせ通り、各々の手にはCDが握られている。客席からは子どもたちの悲鳴があがった。それを見て真夜は楽しそうに、

「さあ、行きなさい! 先月発売された私たちのデビューシングル『モンスターガール』税込一〇八〇円をお客さんたちに買ってもらうのですっ!」

「いやー!」

「いらなーい!」

「まあそう言わずに! 私たちのサインも入っていますから!」

 子どもたちの当然すぎる声に真夜がリアクションを返している間にも、黒タイツ男たちはステージから降りて客席へ迫って行く。

 その時だった。


「待てーい!」


 男性の低い声が会場にこだました。その直後、ステージ上に猛烈な突風が吹き荒れる。フランは慌ててスカートを手で押さえる。打ち合わせ通りではあるが、これほど風が強いとは思っていなかった。

「きゃっ、ちょっ……!」

 真夜もフランと同様に、スカートがめくれ上がるのを両手で必死に防いでいた。ステージから降りた黒タイツ男の何人かは真夜を凝視している。あいつら後でシメよう、とフランは思った。流歌の方へ視線をやると、パンツスタイルの彼女は強風を気にすることなく、真夜がスカートを押さえるのを顔を赤くしてチラチラ見ていた。……こいつもシメるか。

 やがて突風が止むと、ステージ中央には本来の主役が立っていた。

「超鋼戦士、スチールマンッ!」

 銀色に輝くスーツを着たご当地ヒーローがポーズを決めている。

「トリックオアトリート! 私のショーを騙り、集まったお客さんにCDを売りつけるなど、言語道断! 女の子といえども容赦はしないぞ!」

 台詞はフランたちに対してのものだが、スチールマンはステージ後部に立つ三人ではなく客席に向いてポーズをとっていた。そうでないと観客がスチールマンを正面から撮影できないからだ。

 客席からは子どもたちの歓声があがり、大人たちの持つカメラやスマートフォンがスチールマンに向けられる。ご当地ヒーローとはいってもちゃんと人気があるんだなあ、とフランは感心した。スチールマンの活動は五年前から始まったらしい。少しずつ、着実にファンを増やしていったのだという。見習うべき点はあるかもしれない、とフランは思う。

「来ましたね、スチールマン……! 我が眷属たちよ、やつを黙らせなさい!」

 悪役が板についてきた真夜の言葉を受けて、客席に迫っていた黒タイツたちが再びステージへと上がってくる。そして一人ずつスチールマンへ襲いかかっていく。スチールマンはいつの間にか流れ出したテーマソングに合わせて黒タイツたちを次々と殴り倒し、蹴り上げ、投げ飛ばしていく……ように見える。

 もちろん実際にスチールマンが殴ったり蹴ったり投げ飛ばしているわけではない。だが、そう見えるようにスチールマンの中の人も黒タイツの中の人も日々トレーニングを積んでいるのだ。やや離れた位置で、フランは彼らのアクションに見入っていた。客席の最後方からずっと自分を観察している視線には気が付くはずもない。


 スチールマンの立ち回りが一段落すると、叩きのめされた(ように見える)黒タイツたちは全員退散していった。

「くっ……やりますね、スチールマン! さすがは昨年度全国ローカルヒーロー人気ランキング第四位」

 真夜がスチールマンの豆知識を織り交ぜながら悔しがる。

「さあ、これでわかっただろう。早く立ち去るがいい、トリックオアトリートのお嬢さん方」

「くっ、このままではデビューシングルの売り上げが!」

 台本通りの真夜の台詞の後、台本通りに流歌が一歩前に出てきた。

「カーミラさん、ここはもりや……私に任せてほしいっす。じゃない、お任せください」

「ルカお前、キャラがブレブレだな」

「フランさんアドリブでつっこまないでほしいっす! もういいっす! ええい、スチールマン! この人狼ルカが相手になってやるっす!」

 流歌がスチールマンを指差し、宣戦布告する。フランは手に汗を握った。耳と尻尾が露わになり、半分狼と化した流歌の運動能力は人間状態のそれを完全に超える。スチールマンの中の人が普通の人間であれば、ルカのスピードについていけるわけがない。

 だが、スチールマンの中の人もまた人外なのだ。鎌倉健かまくらけん、三〇歳。地元の劇団に所属する俳優だが、鎌鼬かまいたちの一族でもある。登場する時に吹いた突風も、その能力故のものだ。彼が本気を出せばどうなるか。人外同士の本気の戦闘アクションなど、そうそう見られない。フランはこの展開を純粋に楽しみにしていた。

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