その気にさせないで(1)
校舎を出ると、強い風が真夜の金色のおさげを揺らした。
「さむっ」
つい口に出してしまったが、反応してくれる人はいない。真夜と同じく下校している生徒たちはそこら中にいるが、真夜は一人だ。試験期間に入って部活動が休みになれば演劇部に所属する路美や他の友人たちと一緒だが、それ以外のときは真夜はいつも一人で帰る。
(数少ない友達が揃いも揃って部活で青春しているのが悪い。……ごめん、悪くない)
校庭を歩きながら、真夜は頭の中で路美たちに謝った。そのまま校門を出て、路美のことを考えながらとぼとぼと地下鉄の駅まで歩く。
路美は演劇部で脚本を担当している。幼稚園のころからの付き合いだが、いつの間に彼女が脚本なんかに興味を持ったのか真夜にはよくわからない。中学生になって、突然演劇部に入ったのだ。そして路美に演劇部に誘われるかと思ったが、そんなことはこれまで一度たりとも無かった。
それどころか、先輩たちに真夜を演劇部へ勧誘するよう半ば命令されても、
「真夜からやりたいって言わない限り、あたしから真夜を演劇部に絶対誘いませんっ」
と断固拒否してくれたらしい。路美から誘われたら、押しに弱い真夜は自分の気持ちを殺して演劇部に入ってしまうかもしれない。路美の方もそれがわかっているから、誘わないのだろう。路美の気遣いがありがたかった。
一七〇センチ近い長身で、日本人とドイツ人のハーフである真夜はどうやったって目立つ。おまけに、かつての芸能活動のことを知ると、誰もが真夜に好奇の視線を向けてくる。特に演劇部としては、真夜は女優として喉から手が出るほど欲しい人材らしい。
でも、そんな日の当たる場所に出るのはもうこりごりだ。真夜は地味に、堅実に、静かに暮らしていくのだ。そんな真夜の気持ちを路美は理解してくれている。持つべきものは友達だ……。
「神村真夜くんだね」
突然背後から声をかけられ、真夜は我に返った。声のした方向を見ると、サングラスをかけた黒いスーツ姿の中年男性が立っていた。髪は真っ白で、オールバックにしている。
「ほう、ずいぶん背が伸びたんだねえ。それに、三つ編みおさげにしているとは思わなかった。金髪でそういう髪型っていうのもいいねえ」
妙に自信に満ち溢れた声で話し続ける男に、真夜は恐怖を覚えた。
(何? 何、この人? 変質者? ヤクザ? マフィア? ストーカー? ヒットマン?)
脚がガクガク震える。
「社長、神村さん超ガクブルしてるっすよ」
「そんな恰好で来るから……」
男の傍らに立つ二人の少女の姿は、怯える真夜の視界に入らなかった。
「ああ、怖がらせてしまってすまない。怪しい者じゃないんだ。私、実はこういう者で……」
そう言って、男が懐に手を入れるのが見えた。
(殺られる!?)
真夜の行動は早かった。
「ごめんなさい人違いですぅぅぅぅうぅっ!」
叫びながら、一目散に逃げ出す。
「あっ! おいっ! 追うんだ二人とも!」
「はいっす」
「アラホラサッサー」
少女たちの声が後方から聞こえ、真夜はようやく相手が男だけではないと気が付いた。が、こうなったらもう逃げるしかない。大丈夫、真夜は走るのは学年でも速い方だ。地下鉄の駅へ逃げ込めば……。
「はい、回り込んだっす」
「へっ!?」
真夜の目の前に、ポニーテールの少女が立ち塞がった。そんな馬鹿な。真夜が走り出してから、まだ五秒も経っていない。なぜ追い抜ける!?
「ストップ! ストップするっす神村さん!」
ポニーテールの少女は真夜に正面から抱き着いてくる。
「きゃあっ!」
真夜は声をあげて脚を止め、反射的に女の子を抱き止めた。
「どうどう。落ち着いてほしいっす。あ、ふかふかで気持ちいいっすね神村さん」
「あ、ありがとう」
思わずお礼を言ってしまった。抱き合ったままの状態で、真夜は自分の胸に顔をうずめている女の子をまじまじと見つめる。身長は真夜より一〇センチほど低い。一五〇センチ台後半といったところだろうか。くりっとした目つきがかわいらしかった。真夜より少し年下……中学生くらいに見える。
最初に真夜の目を引いたのは、彼女の服装だった。白いTシャツにハーフパンツというスタイルだ。今は一月なのに、である。
しかし服装以上に強烈だったのは、本来あるはずのないものがあることだった。
……頭頂部に犬のような耳がある。おまけに、ハーフパンツのお尻の部分からは同じく犬を思わせる尻尾が生えており、絶え間なくぶんぶんと振られていた。
「社長も言ってましたけど、自分たちは怪しい者じゃないっす! 信じてください!」
「悪いけどめちゃくちゃ怪しいよ!」