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なんてったってアイドル(2)

「あ~生き返るぅ~」

 湯船につかると、あまりの気持ちよさに真夜の口から思わず声が出た。先に風呂に入っていた流歌がそれを聞いて吹き出す。

「ふふっ」

「どうしたの、ルカちゃん」

「いやあ、真夜さんの見た目でそんないかにも日本人! という台詞を聞くと、なんだか面白くて。……あ、ごめんなさい」

 最後まで言ってしまってから、流歌は申し訳なさそうな顔で謝ってきた。真夜がドイツとのハーフであることを気にしているかもしれない、と思ったのだろう。真夜は笑顔で、

「いいよいいよ、気にしてないよ。そりゃまあ色々あったけど、もう慣れたもの」

 真夜は幼い頃から異国の血が混じっていることが一目でわかる外見を羨ましがられたり、あるいは妬まれたりもしてきたが、ジュニアモデルとしてスカウトされたころには『いちいち気にしても仕方が無い』という境地に達していた。それに、この容姿だからこそ、こうして今、流歌とフランと一緒に活動できているのだ。

 三人は合宿一日目のダンスの練習を終えると宿に戻り、夕食の前に揃って入浴していた。小さな民宿なので露天風呂などというものはなく、それなりの大きさの浴場だ。

「まあ、誰だって自分の外見に多少はコンプレックスがあるものなんじゃないか。フランなんて、これだ」

 黙ってお湯につかっていたフランが、そう言って立ち上がる。真夜と流歌は近寄って、まじまじとフランの裸体を眺めた。

「改めて見ると森山と同じくらいぺったんこっすねー、フランさん」

「そこもそうだけど、今言いたいのはそこじゃない、バカ!」

 流歌に怒るフランの肌をよく見て、真夜は理解した。

「もしかして、傷のこと?」

 目を凝らさないとわからないほど薄いが、フランの肌のあちらこちらに縫い合わせたような傷跡が見える。

「そういうことだ。なんせ人造人間なもので。随分薄くなったから、フランも気にしていないがな」

 フランはそこまで言うと、再び湯船に身を沈めた。

「みんな色々あるんすねえ。森山は……色黒なことっすかねえ。ほらほら、真夜さんと比べると、こんなに」

 流歌が真夜に身を寄せてくる。確かに裸で密着すると、真夜の白い肌と流歌の小麦色の肌のコントラストが際立つ。

「健康的でいいじゃない」

「やー、やっぱり白い方がいいっすよ。真夜さんがうらやましいっす」

「そんな……」

「それに、おっぱい大きいし」

「豊かな胸だな」

 フランも会話に入ってきた。

「巨乳ですし」

「たわわだな」

「同義語ばかりで攻めないでよー!」


 風呂から上がり、夕食を終えると午後八時を過ぎていた。東京からの移動とレッスンによる疲れもあり、真夜はもう寝てしまいたいところだったが、そうはいかない。史郎の部屋へ羽後なお美や青葉典子とともに集合し、ミーティングを行う必要があった。ミーティングと言っても、民宿の一室で座布団の上に座って行うので緊張感はあまり無い。

「デビューが間近に迫った今、そろそろ三人のキャラクターを固めないといけません」

 口火を切ったのは、当然ながらマネージャーの史郎だった。

「とは言っても、森山さんとフランさんについては変にキャラクターを作りこむ必要が無い、というのは以前から言っている通りです。お二人は素のままでいけばいいと思います。人狼や人造人間であることを隠す必要すらありません。そういう『設定』だと一般の人は思ってくれますからね」

「はいっす」

「了解」

 流歌とフランがうなずく。

「もっとも、フランさんについては塩田蘭さんのことまで包み隠さず明かす意味はないでしょう。『人造人間だが、詳細は秘密』程度にしておきましょう」

「うん、フランとしてもそこまで明らかにするつもりはない」

「そして、残るは神村さんです。芸名で言えば『黒姫カーミラ』さんですよ」

「はい」

 真夜は史郎の目を見た。

「神村さんに吸血鬼アイドル『黒姫カーミラ』として活動してもらうわけですが……どういうキャラクター設定で行くのか、お任せしていましたけど、どうなっていますか。羽後先生ともよく話していたようですが」

 史郎の問いを受けて、羽後が答える。

「ほぼ固まりましたよ。ルカちゃんが元気いっぱいで、フランちゃんがちょっとクールな感じじゃないですか。キャラがかぶらないように考えてみて、やはりお嬢様というかお姫様というか、そういうイメージで行こうと。『吸血鬼の女の子』ってそんな雰囲気あるでしょう。それに、なんといっても三人の中では歳上で、リーダーですからね。堂々と二人を引っ張るキャラクターで行きましょう、と決まりました」

「堂々としたお嬢様……大丈夫ですか?」

 史郎が真夜を見つめてくる。心配そうな顔だ。気が弱く、後ろ向きで、見た目に反して庶民的なことは真夜自身がよく知っている。史郎の気持ちもわかる。それでも、

「やります。私、これでもリーダーですから」

 心は決まっていた。それに、黒姫カーミラを演じるためのモデルだっている。大丈夫だ。

 史郎は真夜の返事を聞いて大きくうなずいた。流歌とフランの顔がほころんでいる。

「じゃあ……『黒姫カーミラ』を演じることに、この合宿中に慣れる必要がありますね。しかし、神村さんのためだけに時間を取るのもなあ」

「演技の練習にわざわざ時間を取る必要なんてありませんよ」

 思案する史郎に対し、羽後があっけらかんと言った。

「この合宿の間、真夜ちゃんがずっと『黒姫カーミラ』として過ごせばいいんです。それだけでじゅうぶんな練習になります」

「えっ!?」

 驚いて真夜は羽後を見る。

「もう時間がないんでしょ? それに、『神村真夜』であることをなるべく隠して活動したいんだったら、日頃から演じることに慣れておかなきゃダメよ、カーミラちゃん」

「カーミラちゃんって……もう始まってるってことですか!?」

「カーミラちゃんはそんなこと言わない」

「も……いや、既に始まっているということですのっ!?」

 意外と適応力が高い真夜だった。

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