ヒロインになろうか!(3)
「そうして日曜日の昼間っから呼び出されるわけね……」
路美はブツブツ言いながらも、真夜の呼び出しに応じて来てくれた。
「ごめんね、路美。だって路美、アニメとか好きでしょ。私あまりよく知らないから、いろいろ聞きたくて」
「どうせオタクですよ。今日だって一挙放送見ようとしてましたよ。タイムシフト予約してきたからいいけどさ……」
よくわからないことを言いながら、路美は真夜のベッドの上に座り込んだ。幼稚園の頃からの付き合いなので、路美はもう数えきれないほど真夜の部屋に遊びに来ている。ほとんど自分の部屋のように振る舞っているが、真夜としてはまったく気にならない。
「これが、社長や羽後先生にもらった吸血鬼関係や他に参考になりそうな作品についての資料」
真夜は路美に資料を手渡すと、愛用している椅子に腰かけた。路美は資料にざっと目を通すと、
「ふーむ。いろいろ書いてあるね、さすがに。とりあえず、一緒にネットで調べてみますか」
「そうだね」
二人は真夜の机にあるパソコンを使い、真夜の吸血鬼キャラ設定に役立ちそうな新旧の作品を、資料を元にチェックしてみることにした。
一時間後。
「うーん、まあ、いわゆるロリババア吸血鬼はないね。ていうか無理だね、真夜の見た目的に」
「……私もそう思う」
路美と一緒にネットで調べ、アニメやゲーム、ライトノベル等での吸血鬼キャラに『見た目は十代、あるいはそれ以下の少女だが実年齢は数百歳を超えている』という設定が多いことを真夜は初めて知った。そういうキャラは口調がやたら偉そうだったり、古臭かったりすることが多いようだ。見た目とのギャップによる魅力を狙っているのだろう。
だが、真夜は十六歳ではあるが身長は一六〇センチ台後半であるし、顔立ちも大人っぽいと言われる。大学生だと勘違いされた経験もある。極端な口調でキャラ付けを図っても、痛々しいだけではないかと思う。
「変に奇をてらった設定にしなくてもいいんじゃないかと思うよ、あたしは」
路美が言った。
「いつもの真夜よりちょっと積極的に、自信ありげで気が強い感じでいくだけでいいんじゃない」
「それはつまり、私が消極的で自信が無さそうで気が弱いってことだよね……」
「まあ、そういうこと」
「ううっ」
路美は遠慮が無い。
「あとは年齢を数百年生きてる設定にするかどうか、話し方をもっとお嬢様っぽくするかどうか、とか……。この辺は真夜自身でよく考えた方がいいでしょ。事務所の人とも相談してさ」
「うん……」
あまり過剰なキャラ付けはやめておく、という方針は固まった。とはいえ、素のままの真夜ではやっていけそうにない。次の会議までに浦戸たちに勧められた本を図書館で借りて読んでおき、細かい設定を練ってみよう……。
「ありがとうね、路美。助かった」
「別にいいよ。ああ、でも、せっかくだからお願いしたいことがあるかも」
「なに?」
「吸血鬼の衣装もらってきたんでしょ? 真夜が着てるところ、見たいなあ」
路美のリクエストに応えないわけにもいかず、真夜は浦戸史郎から預かってきたマントを着て、牙も装着してみた。
「どうかな……」
襟が立ち、表が黒く裏地が赤い、典型的な吸血鬼コスプレ用の安物だが、典型的なぶん一目で吸血鬼だとわかる。
「うひょー! 似合う似合う」
喜んでいる路美を見ると、真夜も悪い気はしない。路美は真夜の立ち姿をスマートフォンで撮影しながら、
「でも、おさげの吸血鬼ってのはあんまりいないかもね。ちょっとストレートにしてみようか」
「はいはい」
言われるままにヘアゴムを外してみた。長い金髪が流れる。
「いいよいいよー。より吸血鬼っぽくなったよー」
「どこのカメラマンよ……」
「でもねー、マントの下が部屋着ってのがね。格好つかないよね」
路美の声に残念そうな響きが含まれている。
「今は仕方ないでしょ。たぶん、仕事のときはマントに合うような衣装を着ることになるんだと思う。どんなのかよくわからないけど」
「ちょっとセクシーな奴じゃないの。露出高めの」
「うう、そうかな、やっぱり……」
多少恥ずかしい気持ちはあるが、アイドルになる以上、その辺りは覚悟している。よっぽど問題があるものでなければ受け入れようと真夜は考えていた。
が、路美がとんでもないことを言い出した。
「あとは、あれだよね。……裸マント」
「何言ってるのぉーっ!?」
「え? でもさっき真夜も一緒に動画見たでしょ。昔のアニメのエンディング」
「見たけど……」
「良いって言ってたじゃん、真夜だって」
路美がとぼけた顔で言う。
羽後なお美が書いてくれた吸血鬼ものアニメリストの中に『古い少女漫画原作アニメだけど私の世代的にこれは外せない!』とコメントがつけられていたものがあった。真夜たちが生まれる以前にテレビ放送されていたものだ。インターネットで調べてみると、主人公である吸血鬼の少女が全裸の上にマントを羽織った姿で踊るというエンディング映像が、今なお語り継がれていた。
動画サイトで視聴してみると、マントの下に素肌が垣間見える様子は妙な艶めかしさがあり、絵柄が古いにも関わらず真夜も路美も「なんかいいね、これ」「エロスがあるねぇ」と感動したのだった。実際、後の吸血鬼を題材とした作品に与えた影響は計り知れないらしい。
「だからって、実際にやるわけないでしょ! あれはアニメであって……」
「冗談だよ、冗談。本気にするなよお」
路美は笑って、あっさり引き下がった。
「うん……」
真夜は肩透かしを食らったような感覚を覚えた。
それから一〇分ほど雑談をした後、路美は用事があると言って帰って行った。部屋には、吸血鬼のマントを着た真夜だけが残される。さっさと脱ごうとマントに手をかけたとき、真夜の脳裏に路美の言葉が蘇った。路美は帰ったし、両親も今日は夕方まで戻ってこない。
……試しにやってみようか。
自分でもバカなことをしていると呆れながら、真夜はマントと服を脱ぎ、さらにその勢いで下着も脱ぎ、ベッドの上に放り投げた。一糸まとわぬ姿になったうえで、脱いだマントを再び着る。アニメ通りの裸マントの出来上がりだった。ドキドキしながら、全身を鏡に映してみる。
(エ、エロいなあ、我ながら……。ある意味全裸よりも……)
マントを閉じて立っていても、太股がちらちらと見える。少し動いてみると、そのたびに胸や下半身がマントの隙間から見え隠れした。
「ふふっ」
つい笑ってしまう。アニメで見る分にはいいが、実際にやってみると完全に変態だ。さっさと着替えよう……。
真夜がそう思ったとき、突然部屋のドアが開いた。
「真夜さーん! いろいろ相談しようと思って来ちゃいました!」
「お邪魔するー」
「真夜ー、ごめん、戻ってきちゃった。玄関のドアを開けたところで二人とばったり会ってさあ」
そんなことを言いながら流歌とフラン、さらに路美が部屋に入ってきて、すぐに固まった。真夜の格好を見て、目を丸くしている。それは真夜も同様で、完全に動きも思考も停止してしまった。声も出ない。
……しばらく沈黙が続いたが、
「み、見てないっす! 森山はなんにも見てないっす!」
そう言いながら流歌が自分の手で目を覆った。……が、指の隙間から思いっきり真夜の裸マント姿を凝視していた。
「……死ぬ! 窓から飛び降りて死ぬ!」
我に返った真夜が体を反転させて窓に向かおうとすると、路美がすぐに背中に抱きついて止めてきた。そのままベッドに倒れ込む。
「あんた、すっぽんぽんで死ぬ気かい」
「うわーん!」
「結局、裸マントやってみたかったんじゃん。真夜ったらー」
「うわーーん!!」
ベッドの上でくんずほぐれつする二人の様子を見ながら、フランが冷静に言った。
「とりあえず、記念に裸マントの写真撮っていい?」
「やめてぇー!」
この『日曜日の裸マント事件』は、四人だけの秘密として永久に封印されることになったのだった。




