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プロローグ

「お茶が入りました」

「ああ、ありがとう」

 白井しらいふぶきが社長室に入ると、浦戸賢一郎うらどけんいちろうはデスクで何やら熱心に資料を読んでいた。湯呑みをデスクに置く際、資料に印刷された少女の写真がふぶきの視界に入る。

「それが例の彼女のプロフィールですか、社長」

「社長! おお、なんと甘美な響き!」

 浦戸が身もだえしている。ふぶきは呆れた。

「社長になって一ヶ月近く経つんですから、いい加減に慣れてください。いちいち感動されるとウザいです」

「キツい! 言うことキツいねぇ、ふぶきくん!」

 黙っていれば浦戸は英国紳士のような風貌なのに、こんな様子だから三枚目の印象が拭えないのだ、とふぶきは思った。

 

 大手芸能事務所・ボルケーノプロダクションの重役だった浦戸が暖簾分けのような形で独立し、新たな芸能事務所「デミヒューマン」を立ち上げたのが年明け早々だ。それから三週間が経過しているが、まだまだ本格的に動き出しているとは言い難い。所属タレントは現在わずか六名。そのうち四名はボルケーノプロから浦戸の誘いに乗って移籍してくれたタレントで、残り二名はデビュー前の練習生である。その練習生二人をどうやってデビューさせるかに浦戸はここしばらく頭を悩ませている。

 そして、その鍵を握っているのが浦戸の手元にある資料の少女なのだ。


「思いつく限りのツテを当たってみたが、やはり私の考える条件を満たすのは彼女……神村真夜かみむらまやしかいない。どうにかして彼女にうちに入ってもらい、ルカとフランを引っ張ってもらわねばならん」

「でも、彼女は一度芸能界を引退しているんですよね。きっといろいろ思うところがあったんでしょう。そううまくいくでしょうか」

 ふぶきの悲観的な台詞を聞いて、浦戸は少し顔を曇らせた。

「簡単にいくとは思っていない。……これ、見るかい」

 浦戸から資料を受け取ると、ふぶきはざっと目を通した。

 

 神村真夜は小学四年生の時にスカウトされ芸能界に入り、主にジュニアモデルとして活動していたが、小学六年生の時に一度だけテレビドラマに出演した。そしてその後、中学に上がる前に芸能界を引退している。資料にある生年月日からすると現在高校一年生だと推測されるが、写真は小学六年生当時のものだ。

 それでも真夜の顔立ちは日本人離れしており、随分大人びて見えた。瞳は青く、髪は金髪のロングヘア。西洋の血が入っていることが一目でわかる美少女である。プロフィールを見ると父が日本人、母がドイツ人のハーフらしい。そりゃスカウトされるわ、と純日本人顔のふぶきは思った。高校一年生の今、どんな風に成長しているのだろう。

「彼女は今、都内の某名門女子高に通っているらしいよ」

「へえ」

「明日にでも、スカウトに行こうと思う」

 浦戸の言い方がひっかかった。

「『行こうと思う』って……もしかして社長自らですか?」

「そうだよ。社長の私が自ら出向いて頭を下げるだけの価値が、彼女にはある! 学校帰りに接触を試みるつもりだ」

 ふぶきは、スーツ姿の中年男性が下校中の神村真夜に声をかける場面を想像した。

「……どう考えても事案発生ですよ。社長、警察に通報されないように気をつけてください」

「君は社長の私に言いたいことを言ってくれるねえ! 社長のこの私に! ……もっとも、だからこそボルケーノから引っ張ってきたんだけどね」

「お褒めにあずかり光栄です」

「しかし、君に言われなくともその辺りのことは考えているよ。私だけだと確かに問題ありそうだから、ルカとフランも一緒に連れて行くつもりだ。変なおじさん一人に声をかけられるよりはずっと印象が良いだろうし、ついでに顔合わせにもなる」

「変なおじさんという自覚あったんですね社長。いや、そんなことよりルカちゃんとフランちゃんを?」

 練習生の二人である。二人とも、神村真夜より年下の女の子だ。

「まあ、それなら大丈夫かもしれませんね……」

「そうだろうそうだろう。こう見えて、いろいろ考えているんだよ私だって。うははは」

 ふぶきの言葉を聞き、浦戸が口を開けて笑う。鋭い牙が生えているのが見えた。

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