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プロローグ

 ――リヴァシュタイン王国の西の端に存在する、マロイの森。

 そこに国一番の魔法使いが住んでいるというのは国民の誰もが知る有名な話。しかしそこに、吸血鬼と、ある一人の女の子が住んでいるということは、国民の誰も知らない話。



【マロイの森の、その奥で】



『……おやおや誰が迷い込んだのかと思えば、お前さん、ギース侯爵家の三男じゃないか。貴族の坊ちゃんが間違っても足を踏み入れるような場所じゃないが、……ふぅん、なるほどお前さん、随分と魔力が強いようだね』

 力を制御できずに暴走して、とうとうこの森に捨てられたのかい? ここはそういう場所じゃないんだけれどねぇ。


 ぞっとするほど妖艶な美貌をたたえた青年が、雪の上に倒れこんでいる自分の顔を覗き込んで笑っている。いつの間に近付いてきたのかもわからない。気がつくと彼はそこにいた。くつくつと、心の底から楽しそうな笑みを浮かべて、全く舌の回らない自分とは対照的に、彼はよく喋った。


『おや、どうしてそんなことがわかるのかという顔をしているね。私ほど長く生きていると、色んなことを知っているのさ。……お前さん、どのみちもう生家(いえ)には帰れないだろう? でも、お前さんは生き抜きたいと思っている』

 お前さんの()が雄弁にそう語っているよ?


 悪魔のように美しい青年が、服の上から自分の心臓の部分を長い指先でそろりと撫でた。全身に深い傷を負っているため、思うように身動きが取れず、見知らぬ男に服の上から心臓を触られるという行為にすら抵抗できない。嫌悪で顔が歪む。


『ああ、ああ、そういう顔をしないでおくれ。心臓を触っただけじゃないか。大丈夫、お前さん助かるよ。――と、いうより、私が助けてあげようね。久々なんだ、こんなに魔力の強い子は』


 ――お前さん、私の後継者におなり。


 謡うように、男が囁く。


 男が指摘した通り、こんなところで死んでやるつもりはさらさらなかった。だからといって、〝死の森〟と言われるマロイの森を、平気な顔をして歩いているこの男の後継者などになるつもりも、全くない。

 やめろ、とようやく絞り出した声は、ひどく聞き取り辛かった。

 男の耳はそれを正確にとらえたようだが、にやっと笑うと、指一本すら動かせないでいる自分を、ひょいと抱きかかえて歩き出す。

 やめろ、やめてくれ。

 必死の願いもむなしく、男はさくさくと雪を踏みしめて、マロイの森の最深部へと進んでいく。


 ――マロイの森の最深部には、恐ろしい化け物が棲んでいると聞いたことがある。マロイの森に棲む、数多の獣を従える、森の王。

 まさかこんなに、美しい青年だとは思わなかったけれど。

 しばらくしてたどり着いた場所には、大きな丸太小屋があった。その周囲だけ森が切り開かれていて、ちょっとした異空間のようだった。


 森の王は、美しい声で、告げる。


『今日からここが、お前さんの家さ。私とともに、この森を守っておくれ』


 美しい、美しい森の王。

 いつかこの王を殺して、あの場所に帰ろう。自分を捨てた家族に復讐するために。同じ屈辱を味わわせてやるために。

 

 ――いつかこの王を殺して、必ず。


  必ず自分はあの場所へ帰るのだと、そう思っていたのだけれど。


  将来的には、自分が思い描いていた道とは全く違う方向に進むのだということを、このときの自分はまだ、知らない。


 


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