御料理河乃屋
足元には濃い靄が揺曳し、空には薄白く月がかかっていた。
早朝、四時半である。
籐冶は家の木戸を閉めて、外に出た。
退身を願い出て、許されたのはひと月前のことである。女中のおやすも一緒だった。
結婚して、ふたりで料理屋をやりたいむね、主人の大崎矢五郎に願い出たのである。
大崎矢五郎は水築藩の家老であった。
代々、家老を勤めている。格式は立派だった。
しかし、舌が利かない。
どんな料理を作っても、うまいとも不味いとも言わない。それが面白くなかった。
父親の代から数えると、五十年も奉公してきている。
「もうそろそろいいだろう」と籐冶はひとり言ちた。
「なあ、そう思わんか?」と、おやすに訊いた。
おやすとは、三年前からの付き合いである。
行儀見習いとして、おやすが大崎家に女中として入ってから、一年ほどして、ふたりは恋仲になった。
風邪を引いて寝込んだおやすに、籐冶が生姜湯を作って呑ませたのがきっかけだった。
それだけではない。籐冶は額の上の濡れ手拭いも交換した。玉子粥も作って食べさせてくれた。
そんな経緯がある。
おやすは、一月前から、実家に戻っていた。
途中でふたりは落ち合った。
天神様の祠の前であった。
籐冶とおやすは、今後が幸福であるようにと、手を合わせて願った。
「さあ、いくか」
籐冶が腰を上げて、おやすに声をかけた。
おやすも腰を上げて「いきましょ」と応じた。
早朝、四時半である。
籐冶は家の木戸を閉めて、外に出た。
退身を願い出て、許されたのはひと月前のことである。女中のおやすも一緒だった。
結婚して、ふたりで料理屋をやりたいむね、主人の大崎矢五郎に願い出たのである。
大崎矢五郎は水築藩の家老であった。
代々、家老を勤めている。格式は立派だった。
しかし、舌が利かない。
どんな料理を作っても、うまいとも不味いとも言わない。それが面白くなかった。
父親の代から数えると、五十年も奉公してきている。
「もうそろそろいいだろう」と籐冶はひとり言ちた。
「なあ、そう思わんか?」と、おやすに訊いた。
おやすとは、三年前からの付き合いである。
行儀見習いとして、おやすが大崎家に女中として入ってから、一年ほどして、ふたりは恋仲になった。
風邪を引いて寝込んだおやすに、籐冶が生姜湯を作って呑ませたのがきっかけだった。
それだけではない。籐冶は額の上の濡れ手拭いも交換した。玉子粥も作って食べさせてくれた。
そんな経緯がある。
おやすは、一月前から、実家に戻っていた。
途中でふたりは落ち合った。
天神様の祠の前であった。
籐冶とおやすは、今後が幸福であるようにと、手を合わせて願った。
「さあ、いくか」
籐冶が腰を上げて、おやすに声をかけた。
おやすも腰を上げて「いきましょ」と応じた。
第一・二話
2015/01/24 15:09