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開閉世界  作者: 鍋島づい
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炭、欺く

人間の舌で最も甘みを敏感に感じる味蕾が密集しているのは舌先であると生物学の授業か何かで知識はある。同時に舌先は最も性的快楽を感じる部分でもあるらしい。二つ目の情報の信憑性はあまり実感がわかない。そもそもこれは又聞きのものであるし、元々の情報源というのもティーンエイジャー向けの娯楽誌に載っていたものだそうである。

娯楽誌に含むところはないものの、如何せん誇張と広告効果を狙ったものが目につき私はあまり自発的に読むことはない。

その点、シュゼット・ムムは年ごろの女子らしく、何冊か定期的に買っているものがある。学校の帰りに書店に付き合うと彼女が真っ先に向かうのは雑誌のコーナーで、私は私で贔屓にしている小説家の新作は出ていないものかと文庫本のコーナーに足を運ぶ。

帯に巻かれている字面に興味をそそられるものがあれば衝動買いしてしまうこともよくまああり、親から貰う小遣いの大半がそれで消えてしまうものだから月の後半は食費を切り詰めることが大半だ。シュゼット・ムムが見かねて自分の弁当の総菜を何口かお裾分けしてくれるのでそれに甘えている部分もある。


話を味蕾に戻すと──なぜそのような話になったかというと、シュゼット・ムムの父であり、画家であるシュナイゼル・ムムが描いたシュゼット・ムムの絵を買った人間は味覚の甘みというものを以前よりも強く感じるらしいのである。

全く以て不可思議な話だ。

私が疑問に思うところはそれを購入者がわざわざ報告してくるものなのか、という点である。一種のクレームのようなものなのか、はたまた感極まったファンの感想なのか今ひとつしっくりこない。


「キルヴィってそういうところがあるのよね」


少しあきれたように私と対面して座るシュゼット・ムムが零した。私から目を逸らして空中をぼんやりと眺めている。彼女は気嵩でとてもしっかりした女なのでこうして迷妄するような仕草は珍しい。


「え、そういうところって何?紅茶に角砂糖を入れないけれど、珈琲にはあふれるほど入れるところ?」


そういうところもあったわね、と今度はおかしそうに微笑んだ。


「人と違った見解、というか観点から演繹的に結論を導く・・・・捻くれているとも違うし、賢明とも言いがたい・・・・簡単に言ってしまえば変わっている。ということなのだけど私の伝えたいことはもっと複雑で、ううん。諄諄しい言い方をしてしまうとかえって冗長だから駄目なのよね。もういいわ。貴女変わってる。変人よ」


「変人の自覚は若干あるよ。付け加えさせてもらえれば私が突飛なところに食いつくのはわざとだ。いの一番に感じる疑問やら感想はほぼ確実、と言っていいくらい凡人、いや、一般人と同じだね。でもそれだとただの同意の集合しか生まないから論議の意味がない。多方向からの解釈から最善の結論を──」


「はいはい。わかりました。で、この議題に対する多方向からの解釈からの結論はなあに?」


「舐めたんだよ」


は。と間の抜けた声を出してシュゼット・ムムはあんぐりと口を開く。歯並びのいい白い歯と、清潔そうな血色のいい口内が見えた。

予想できた反応なので、しめた、食いついたと私は窃笑する。


「シュゼットの絵、正確かつ精密に言えばシュゼットの部分を舐めたんだ。勿論、舌先には微量であれども顔料・・・・絵の具がつく、それがなんらかの誘発物質を含んでいた。この間きみが話してた舌先の快楽も関わってきそうな話だろ?」


「すごくあり得そう。そうだとすると父様ったらそんな絵の具を使っていたのかしら。呻吟を拗らせていた様子はなかったけれど。他の絵の売り上げも上々だったし、先月の個展もそれなりの賑わいだったのよね・・・・あ、そういえば・・・・画材が最近安いなあ、なんて言っていたわ。ねえ、関係ありそうじゃない?そうよ!きっと絵の具だわ」


「盛り上がってるところ申し訳ない次第だけど、更にこのまま私の卓上の空論を述べると多分ご飯がこの後不味くなるよ」


「そんなの先に聞いても後に聞いても不快に思うことに変わりないじゃない。はい、キルヴィくん、君の意見を述べたまえ」


私の嫌いな数学の教授の口まねをして彼女は私に手を伸ばし、話の続きを催促した。

これから話す事は本当に憶測で、少なからず不謹慎な部分も含んでいるから、心なしか人目が気になり、私は筆記で彼女に伝える。


白い帳面に書く


【鴉を使った絵の具で描いた】




──鴉。忌避すべき、病を運ぶ媒体、触媒。黒い羽ばたきで宙を舞い、命ありなし問わず干渉、感染させる不可思議な存在。その姿は必ず黒く、そして同じく黒い羽を持つ。


「神託機械に対する、今一度の真偽を!あれこそは老朽化した古代の害物である!」


街頭演説の音量が凄まじく、私は、うっと呻いて耳をふさいだ。選挙が近々あるとなって、立候補者か集ってマニフェストを掲げている。中でも注目されているのは鴉に対する神託機械の判断への疑念である。明らかに害をなしている鴉をなぜ閉世界におくる判断を下さないのか、あれは廃棄すべきではないのか、など。神託機械や円卓機関に対する市民の不満を代弁すべく立ち上がった団体である。

同感する点はあるが、ならば代理する装置やら、提案はあるのかと問いただしたくなる。


私がエラトステネスの月桂冠をかぶる人間となったならその意味をしることができるのだろうか。


あれから円卓機関からの通達はない。ただ、候補者として選出した、後日追って中央数軸区に召喚する。とだけしか書かれていない。


鴉は成功作なのだろうか──?


病にも様々な種類がある。

ウイルス性の発熱や菌類感染の化膿に近いもの。

精神的な躁鬱に干渉するもの。

五感を失うもの。

様々で一貫性に欠ける。


「ワクチンみたいにね、鴉を素材として応用する技術はあるんだ。公にはなってないだけで。だから絵の具、この場合は色彩変化に干渉する鴉が捕縛されて使われていたんじゃないかなって。その中に混在して味覚に干渉する鴉も含まれていた。味覚は嗅覚と密接なつながりがあるから色彩変化の鴉の臭いがいいものではなかった。それを打ち消すべく味覚、嗅覚への干渉をする鴉を合成したのかもしれない」


「そんなことがあるのね。ま、もういいわ。父様の威厳に関わるようなことではないし、自己責任よね。昔は絵の具に砒素が使われていたくらいだもの。舐める方がどうかしているわ。あ、ねえキルヴィ」


シュゼット・ムムが鳥料理の専門店を指さして言う。なかなかの高級店で学生の身分では手が届かない。


「足がたくさん生える鴉を使ったらきっとあのお店の料理、安くなるわ」


私たちの後ろを六本足の猫が走り去っていったような気分になった。

ああ、どうか転ばないようにね。


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