天女、月見里世界を知る。
「そうだ、月見里世界の地理について、知っておいた方が良いだろう?」
「あ、そうですね。ここって、月見里世界の何て所なんですか?」
「ここは月見里世界にある、冬町[ふゆ まち]の睦月村[むつき むら]って所だ。この村は食文化が盛んでね、霞染[ココ]から出れば美味しい匂いが溢れてるよ」
「美味しい食べ物いっぱいなんですか!?」
「やけに食いつくね」
クスクス笑われて、私は今更ながら自分の状態を知る。
……そうだ、私お腹減ってる。
キュルルと悲しくなるような音がお腹から聞こえて、私は顔を真っ赤に染めた。
あんまりお腹の音って聞かれたくないもんね。
「食べながら話でもしようか」
そう言って初春さんは脇にあった琴を手に持って、音を奏でる。
手のひらサイズの小さな琴で可愛らしい。
傍から見れば適当に音を出してるように見えるんだけど、何してるんだろう。
すると数秒後に男の人が部屋の襖を開けて跪いた。
「お呼びでしょうか、初春さん」
「……風花ちゃんじゃないのか」
本音出てますよ初春さん!!
そういうのは心の中で言うもんだよ初春さん!!
松島さんと同じ黒髪に、赤の和服を着こなした若い男の子は顔を上げるとニコリと微笑んだ。
わ、私に笑ったのかな……?
私は彼にぎこちなく笑うと、小さく礼をして初春さんに向かい合った。
「俺のと風花さんの音階似てるんですから間違えないように、って言ったじゃないですか。本音丸聞こえですよ」
「ごめんごめん」
「本音聞かされる俺の身にもなってくださーい」
「だーから、ごめんって言ってるじゃーん」
男の子が口を尖らして言う。
ごめんと謝ってる初春さんだけど、全然反省してないように見える。
多分これも日常茶飯事なんだろうなあ。
「それで、御用は?」
「彼女……小町ちゃんって言うんだけど、ご飯を用意してくれないか?」
「承りました。彼女が噂の天女様ですか?」
「そう。月夜野 小町ちゃんだって」
「こんにちは」
「こ、こんにちは……月夜野 小町です」
礼儀正しい男の子は次は私に向かい合うと、深々とお辞儀をされた。
ここの従業員は全員礼儀正しいみたい。
話を聞くと、彼は私と1歳差で16歳らしい。
私の高校の後輩は皆ワガママというか生意気な子ばっかりだから、こういう礼儀正しい子を見るとなんだか感動してしまう。
見た目からして凄く礼儀正しそうだなっては思ってたけどさ。
「宜しくお願いしますね、小町様」
「はっ、はい!」
「そんなに気張らなくても大丈夫ですよ、特に初春さんの前では」
「ちょっとー、それどういう意味?」
「そのままの意味ですよ。では、少々お待ちください」
彼はそそくさと部屋を立ち去った。
凄い言われ様だな初春さん……。
「ごめんねー。じゃあ、話を戻して……本題にちゃんと入ろうか」
「はい」
真面目な声のトーンになった初春さんに、私は身構えた。
広くない世界でありませんように。
ただただ願うだけだ。
「月見里世界には、4つの町に分裂していてね。月見里世界の東には春町、西には秋町、南には夏町、そして北には睦月村がある冬町があるんだ」
「比較的分かりやすいですね?」
「そうだねぇ。で、町には更に3つずつ村が存在しているんだ」
そこに地図があるから、見てみればいいよ。
初春さんは私の足元にある白い紙を指さした。
あ、これって地図だったんだ、世界地図みたいな感じなのかな。
じゃあ説明しなくても……と私は白い紙を裏返した。
「……はい?」
「それ、月見里世界の分かりやすい地図ね」
「二重丸!?月見里世界って二重丸なんですか!?」
「ええ!?」
初春さんもビックリして声を出した。
いや、私が驚きたいぐらいだよ初春さん!!
白紙の裏には、堂々と描かれた……二重丸があるだけだっだ。
「睦月村は何処なんですか!?月見里世界って二重丸なんですか!?」
「……しまった!」
私が問いただすと、初春さんは口を開けて固まった。
二重丸が描かれた白紙を思わず床の畳に叩きつけてしまう。
しまった?
しまった、て何が?
この世界はドーナツで出来てるの?
ド、ドーナツ食べたくなってきた……。
「いやー、ごめんごめん。間違えちゃった」
「……そう、ですよねー!流石に世界が二重丸で出来てるなんて……」
有り得ないですよね!
そう元気よく言おうとした私の言葉を遮ったのは初春さんで。
「じゃあソレに書きこんで。書ける物ある?」
「はいぃ?」
鳩が豆鉄砲を喰らったらこんな感じになるのだろうか。
「詳細書くのを忘れてたみたいでさ。ビックリするだろうけど、月見里世界はこんな風に二重丸で書けるんだ」
変な世界……とぼやくと初春さんも、だろうねーと苦笑した。
私はリュックからペンケースを、ペンケースからシャーペンを取り出して、初春さんが言われた通りに二重丸の地図に書き足していく。
10分も経たずに地図は直ぐに完成した。
……予想していたよりも分かりやすくてビックリ。
私は完成した地図をマジマジと見た。
初春さん曰く、これはただの外見でもっと縮尺を小さくすればより細かい地図になるという。
月見里世界に来たばかりの私にとっては、世界地図や日本地図を遠くから眺める程度で十分だ。
町がどこで、その町がどういう風に存在すれば分かれば今はいい。
ドーナツでいう空洞部分に本来あった山があって、現在は何もない雲海がある。
その雲海を囲むようにあるのが落ちないように作られた壁。
外周よりも外にあるのは一面に広がる海。
「なんとなく、分かってくれたかな?」
「はい。なんとなく、ですけど」
「後は実際に動いているうちに分かって来るさ。私が見た限り、花札はこの月見里世界に綺麗に分散されていたよ」
つまり、これは全ての村を巡れと言ってるのと同じことだ。
「雲海に落ちた、って可能性はないんですか?」
「ないだろうね。この花札、不思議だけど……加護の力が働いている」
捨ても出来ないし、切ることも出来なかったよと言われた。
初春さんは私が寝ている間にいろいろ試したらしい。
本当に使い物にならなくて良かったよ!!
私は心の中で安堵の息を吐いた。
「これで、安心して集められそうです」
そう言った時、タイミングよく襖をノックする音が聞こえた。
開けた人物は今度こそ松島さんだ。
「主、お食事の用意が出来ました」
「うんうん、ありがとう」
松島さんの後に入ってきたのが、さっきの男の子だ。
私の前と初春さんの前に豪華な食事が運ばれた。
小さな鍋の下にある固形燃料に火を点けると、松島さんはお辞儀をして部屋を去る。
あれ、男の子は行かないのかな?
私がクエスチョンマークを浮かべていると、男の子が失礼しますと言って初春さんの横に座った。
「さよりが来ているんですけど」
「さよりちゃんが?」
男の子は頷いた。
さよりちゃん……女の子かな。
私の疑問は放っておいて、男の子と初春さんは会話を続ける。
「この後の予定聞いた?」
「初春さんに挨拶をした後、春町の弥生村までお使いを頼まれたらしいです。お土産は厨房の方に置いてます」
「弥生村かぁ…あの2人仲良いもんな。さよりちゃんって……邪気祓い持ってる?」
「一応」
初春さんは考えるように顎に手を当てて、それから顔を上げた。
大きく何回も頷いた。
……私には何を示しているかさっぱりだ。
「なーるほど……部屋に入れてくれる?」
「承りました。さより、入ってもいいって」
男の子に導かれるままに、女の子……さよりちゃんは部屋に入った。
その姿を見て私は驚いた。
さよりちゃんの背格好……小学生?
いや、下手すれば幼稚園児保育園児とでも見て取れる。
こんなに小さな子が邪気祓いの力を持っているの?