天女、決意する。
「何で、これあるの……?」
リュックを漁ってみると、1つのとある木箱が出てきた。
私は見覚えがある。
――小町、私の花札をあげるわ。あまりにも小町が楽しそうに眺めてるから。
母方のお婆ちゃんから小さい頃貰った花札が、リュックに入っていた。
この花札はかなり昔の物で、多分値は張る奴じゃないかなと思う。
売る気はサラサラないけど。
「ん、ソレ花札かい?」
「はい。御婆ちゃんから貰った物なんです。私、花札が好きで」
「ほー……結構古いなソレ」
「昔の物らしいですよ。でも普段から持ち歩かないんですよね……何であるんだろう」
一目見て木箱の中身は花札だと分かる。
木箱の下の方に、小さい頃に“小町”と書いた記憶があるからだ。
やっぱり小さい頃の字は、汚くて、線が歪んでいて、読みにくい。
書道を習い始めてからは結構綺麗な方になったとは思うけど。
「花札か……もしかして、この花札は小町ちゃんの物だったりする?」
「え?どういう意味で……」
「君が落ちて来た時に、何枚か……とは言っても、かなりの枚数があったけど、一緒に落ちてきたんだよね」
「嘘!?」
初春さんが右手に出した花札を見て、私は焦って木箱の蓋を外した。
本来ならば木箱に丁度ぴったり入る花札の枚数があるはずなのに、今開けてみると2,3枚しか入っていないのだ。
……つまり、ほとんどがこの月見里世界に散らばったという事になる。
もしかして、月見里世界ってめちゃくちゃ広いパターン……?
月見里世界の広さも地理も全く知らない私だけど、もしかして、と考えると一気に冷や汗が流れる。
身体中の血が無くなっていくような感覚。
「初春さん、花札2,3枚しか入ってないです……!」
「なんだって!?」
「40枚くらい、月見里世界に落ちたかもしれないです!!」
「40枚!?……確かに、それくらいあったかもしれない。枚数多かったの記憶しているからね」
木箱にある全ての花札を取り出して床に並べる。
その少なさに私は途端に言葉を失った。
木箱に入っていたのは、“松のカス札”が1枚、“藤のカス札”が1枚……のみ。
そして初春さんが手に持っているのは、“松に鶴”。
「45枚も無いの……!?」
花札というものは、全部で48枚ある。
因みにトランプはジョーカーを除けば52枚。
花札は4枚1セットが12組、トランプは13組。
私の手持ちは初春さんのも含めて3枚、ということは残りの45枚が月見里世界のあちこちに飛んでしまったようだ。
どうしよう、これこそ絶望的だ……御婆ちゃんから貰った大切な花札が、揃っていない。
溜息を吐きながら花札を戻す。
「小町ちゃんのなんだから返さないとね」
「ありがとうございます……」
まずは1枚、初春さんから“松に鶴”を貰う。
どこかモヤモヤとする中、私は木箱に花札を戻した。
ポウッと、温かい光が木箱から灯って消えた。
見ているととても安心できる、柔らかい光だった。
「初春さん、私……花札を探しに行きます。御婆ちゃんとの大切な思い出なんです」
「うんうん、良かった良かった。小町ちゃんが月見里世界を巡らないって言ったらどうしようかと思った」
初春さんは柔らかい笑みで私の方を見る。
最初は松島さんから絶対零度の視線を貰ってて大丈夫かなとか考えちゃったけど、今私の前に座っている初春さんはとても頼りがいのある人に見える。
この人が最初に私を見つけてくれて良かった。
それに松島さんも優しく私に接してくれた。
もしも違う所に落ちていたら、と考えるとここに落ちて良かったと思う。
私はどんな人と出会っていたんだろう、どんな迎えられ方だったんだろう。
考えるだけ、何も分からない私には無駄なんだろうけど。
「もしかしたら、小町ちゃんの花札が13の供物の中に入ってるかもね」
「ああー……そうかもしれませんね」
花札を全て集めることが、帰る手がかりになるのなら尚更集めなくちゃ。
でも、私には1つの疑問がある。
花札には13という数字が当てはまらない、という事だ。
トランプだったら、数字が1~13までの数字が書かれているからなんとなーく納得はするけれど、花札は12までだ。
13の供物は一体何なんだろう。
そんな私を余所に、初春さんは私に1枚の紙を取り出して渡した。
「ちょこっと話がズレちゃったね。まず、君には目的がある。私達、月見里世界の住人達には天女様である君に果たして貰いたい目的がある。その目的は一緒だ」
「……山」
「御名答」
初春さんは大きくうなずいた後、右手の指を2本立ててピースサインを作った。
ピースサインを作り右手の人差し指を、左手で示す。
「私たちにとっての山は、邪気を抑える大切なモノとして」
月見里世界には邪気と呼ばれる“悪いもの”が漂っている。
それは遙か昔に消えてしまった山が原因で、本来ならば山が存在することで邪気は抑えられる。
「小町ちゃんにとっての山は、帰る手段として」
次は、右手の中指を左手で示す。
山を出現させるには天女様である(らしい)私が必要。
その私が元いた世界に帰るには、山を出すしか手はない。
天女様が13の供物を揃えて、山があったと言われる雲海に捧げれば、伝説曰く山が出現する。
「つまり、私達の目的は一緒。私達には小町ちゃんの協力が必要なんだ」
「私も初春さん達に協力して貰わないと、きっと月見里世界では……」
沢山の可能性を考える。
まず一番最初に想像できたのは迷子になること。
来て数時間しか経ってない私に、1人で月見里世界という知らない世界を巡るのは心が折れてしまう。
他にも沢山ある。
食べ物とか休む場所とか、想像できる“大変な目”はきっと星の数だけあるんだろう。
これで言葉すらも通じなかったら、私は多分死んでたと思う。
「私達は、君に協力したい。勿論、山の事だけじゃなくて御婆ちゃんとの思い出である花札集めもね。小町ちゃんと私達は、協力する関係なんじゃないかな」
「私もそう思います」
「それじゃあ、これから宜しく頼むよ。小町ちゃん、どうか月見里世界を」
「はい、此方こそ宜しくお願いします」
そして花札を全部集めて、また御婆ちゃんと花札をやろう。
私は決意する。
山を出すことが、私の目的。
まずは13の供物って呼ばれるものが、どういうものなのか知っておかないと始まらないじゃないか。
「初春さんは13の供物をよく知らないんですよね?」
「悪いね。所詮、私達は伝説を信じるしか出来なくてね。あの伝説が元になっているけど、他の所には違う伝説だけど天女様に関する伝説が伝わっているはずだ。考古学者とかは月見里世界にいるっちゃいるから、その人達に聞いたら更にわかるかもしれない」
どうやら、ここの世界は私のいた世界と似たような部分が多いようだ。
「んー……“邪気祓い[じゃき はらい]”が護衛についてくれれば安心して他の村に送り出せるんだが……近くにはいないしなあ」
「“邪気祓い”?」
「その名の通り、邪気を祓う事が出来る人たちの事だよ。小町ちゃんは、簡単に言えばレベル1の勇者よりも弱いんだよ。武器がないから」
「さっきからサラッとヤバい事言いませんか初春さん!?」
死ぬだとか、弱いだとか、初春さんはサラりと衝撃的な事を言う。
飄々とした性格だからかもしれない。
確かに私は初春さんの言うとおり、冒険したての勇者よりも弱い自信がある。
剣道や合気道や空手などといった、自分を守る術……すなわち護身術を習っていないからだ。
体育で柔道はやったけど、あんまり覚えていないし何より自分に合っていないからと言う理由で真面目にやらなかった。
……まさか、こんなところで柔道が必要になってくるなんて。
「ここの世界では、護身術を身に着けていたとしても邪気祓いの力が無ければ効果が無いと考えてもいいだろうね。他の村に行く方法は、後々考えよう」
初春さんは、私の考えていることを察したように言った。
殴ったり蹴ったりしていても、邪気祓いの力が無ければノーダメージと一緒らしい。
私にも邪気祓いの力があれば安心できるのにな。
「邪気祓いって、誰でも出来るんですか?」
「努力で身に着けたってのは聞いた事がないな。邪気祓いじゃない人は、全員お守りや邪気祓いの力を凝縮させた武器を持ってることが多いね。……ただ、その武器はとても高いよ」
勿論、私は邪気を祓うことなんて出来ない。
やり方も、どんな風に邪気が祓われるだなんて事も分からない。
武器も邪気を祓う力もない私が邪気を祓う方法は1つだけ、武器を買うことだ。
この世界のお金の単位は知らないけど、使えないんだろうなって思う。
そして問題なのは、買ったところで剣や銃だと思われる武器を扱うことが出来るか。
一般人であること、女子であること、17歳と言えど子供であること。
私はスペックが低いただの人間だ、練習して扱えるものなのか不安だ。
「ああ、お金は色んな依頼人がいるから。依頼人の手伝いをすればお金は貰えるよ」
「お金の単位って円なんですか?」
「いいや、文[もん]だよ。1文、2文……みたいな感じかね」
やっぱり使えなかった!!
リュックに入っていた財布はしばらくは手を付けないことになるみたい。
文、ってことは花札の“こいこい”と同じ点数の数え方と一緒だ。
月見里世界の金銭感覚を覚えておかなきゃいけないのか。
1文=1円とは限らないからね。
あと知らないといけないことは……。
「沢山あるなぁ……」
私は遠い目をして外を眺める。
先程と風景は変わらず、大きな壁がそびえ立っているだけだ。
私がやらなきゃいけないことは沢山あって、この壁の様に問題が立ち塞がっていくんだろう。
地面は雪で覆われ、生えている松に積もっていく。
これで寒くないって言うのも、見た目詐欺だよなあ。