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呪手記  作者: 青黒水龍
呪手記 ―Ancient documents of a nightmare and hope―
19/21

決戦 -前編-

 優璃愛の投げ放った呪符が黄色の光を帯びる。空中で静止したその刹那、雷が降り注いだ。《四割雷神《よつわりのかみなりのかみ》》の呪術が行使され、四人の海軍兵士を打ち倒した。直後、同じものが行使された。三人の兵士を打ち倒し――雷のひとつが鹿賀を狙う。

「小癪な」

 当の鹿賀の表情は小動もしない。しわの多い手のひらから浮き出てきた小さな球――文殊を無造作に放った。文殊には依代の字が刻まれている。

 半透明の文殊が光を収束させ、人の形をした紙に変わる。鹿賀を襲うはずの雷は、依代へと吸い込まれていった。そして煙となる。加賀はそれを見届けた。

「よそ見してたら……死ぬぞ!」

「君に言われるほど気は抜いていないな。ほら、儂にばかり気を取られていて良いのか? 後ろでは兵共が射撃体勢で構えておるぞ」

 鹿賀の言う兵共――霧夜を狙う後ろの気配には気づいている。しかし、そこまで気を回している余裕はない上に、心配することもない。後ろを振り向くことさえしなかった。否、する必要がなかった。

 刹那、後ろからいくつもの悲鳴と雷の落ちる音が聞こえてきた。視界の隅で銃器の破片が舞っている。

「君のお仲間は優秀だな。我が呪術部隊は身贔屓にも世界でも特に強力だと思っていたが……手も足も出んようだ」

「優璃愛は世界最強の呪術師だ。この程度の兵士たちに遅れを取るわけがない」

 今の彼女は強力な攻撃呪術を惜しみなく連発している。普通の呪術師ならとうに動けなくなるほどの霊力を消費しているが、優璃愛ならばこの程度、気付かない程度の消費だ。

 霧夜が剣を振り上げる。鹿賀が左手に持つ文殊に『諸刃』の字が浮かぶ。刹那、直径五センチほどの球が刃渡り一メートルはある巨大な剣へと変化した。重量は、霧夜の持つ剣を相当に上回るだろうと思われる、鈍色の刀身。鹿賀はその剣を片手で軽々と持ち、凄まじい速度で引き絞って前に突き出した。霧夜の守りが完全にガラ空きとなった場所だ。

 しかし、彼の行動は変わらない。振り上げた剣をそのまま振り下ろした。剣の大きさ、重量、霧夜が振り下ろすときに鹿賀は剣を構えた状態という行動のタイミング。全てを取って霧夜の方が先に当たる。

 ――もらった!

 彼の剣が鹿賀の肩を抉る――そう確信したと同時に硬い音がした。火花が飛び散る。刹那、霧夜は腹の部分に硬い衝撃を感じた。そこには鹿賀の持つ剣の切っ先がちらりと見える。背筋に冷や汗が落ちた。

 結界を張っていて正解だった。鹿賀の剣を完全に止めた結界にはわずかながら損傷が見られる。もし生身で受ければ、胴を深々と抉られて即死していただろう。

 対して、霧夜の剣は鹿賀の結界――文殊による結界に傷一つ付けられていない。僅かに叩いた後が見えるものの、何度攻撃しても無意味な傷だ。

「――撃!」

 両手に持つ剣を右手一本に下げ、左手を素早く懐に潜り込ませる。掴んだものは服の生地裏に隠した呪符。霊力を流し込み、印を刻んだ。鹿賀は右手から文殊を四つ生成した。

 霧夜が行使した呪術は《陥没》。呪符が甲板に張り付いた直後、術が鹿賀の足元に発動した。

 陥没して沈み込む場所に向かってもう一枚、呪符を放り投げる。空中で静止したそれから発動するのは《爆裂》。沈み込んだ甲板の瓦礫で鹿賀を生き埋めにする作戦だ。

 ただ、そんな陳腐な作戦で仕留め切れるとは微塵も思っていない。立て続けに呪符を取り出して術を行使する。

 天に上がった呪符から雷が降り注ぎ、陥没した場所からは噴火を起こした。溶岩が周りの温度を急激に上げ、蜃気楼が見え始めた。霧夜の額にも汗が浮かび、優璃愛は自分の周りに北寄りの風を起こした。

 鹿賀のいた場所は二メートルほど沈み込み、溶岩が溜まっている。周りは雷で黒焦げていて、人間が生存できるとは到底考えられない。

 さすがに決まったか、霧夜が肩の力を抜いた直後――彼の足元が不自然に隆起した。

(ダメか!)

 咄嗟の判断で飛び退くと、先程まで霧夜が立っていた場所で瓦礫が宙を舞った。連続した爆発が起こり、直径一メートル近い穴が空く。

「あの程度で儂を倒せると思ったか?」

 鹿賀が嘲るような口調とともに穴の中から浮き上がってきた。彼の周りは透明な電磁波のようなものが覆っており、その外側を数体の土偶が浮いている。

「《高濃度電磁壁》を模したものだ。文殊……桜君から説明で設けているのだろう? 全く動じていなかったようだからな」

 鹿賀の表情には余裕が見える。大方、複数の文殊で呪術の波状攻撃を耐え、土偶を使った呪術で地下を移動したのだろう。

「……その土偶は爆薬か」

「身を持って確かめろ」

 鹿賀が人差し指を霧夜に向ける。すると、二体の土偶が彼に向かって突進を始めた。

 剣で切断する――という選択肢は速効で破棄する。爆発物なら、爆風に巻き込まれる可能性が高いからだ。呪符を取り出すことはせず、指先で空中に印を刻む。《反発物質》――磁石の呪術を行使した。霧夜の目の前に真っ黒の物質が現れる。すべてを拒絶するような、光を帯びた黒の玉だ。土偶はまっすぐ黒の玉に向かって猛進し――ぶつかる直前に跳ね返った。鹿賀の傀儡呪術を無視して持ち主の元に返っていく。

 刹那、土偶が鹿賀の壁に激突して爆発した。五十センチほどの人形が粉々に砕け散る。加賀の顔付近で起爆したにも関わらず甲板がへこんでいる。凄まじい威力だ。まともに受ければ体が木っ端微塵になるのは避けられない。加賀の結界が大きく損傷しているところからも、土偶の破壊力を垣間見ることができる。

「ふん、中々の呪術を使うな」

 そう言って鹿賀は自分の結界を破壊した。それと同時に、先程と同じ結界を貼り直す。その間に霧夜が攻撃を挟む隙は存在しなかった。

「霧夜君」

 後ろから女性の声が聞こえる。桜だ。先程まで飛香を守りながら後ろの方にいたのだが、いまここに来ることができたのは、優璃愛が他の百人以上の軍人を倒しきったことの証左である。

「閣下……いえ、鹿賀。覚悟してください。もう逃げられませんよ」

「追い詰められたか……しかし、禁術を相手にするには少々人手不足ではないかな?」

 桜が片手持ち片刃の長剣を鹿賀に突きつける。霧夜もそれにならい、剣を突きつける。優璃愛はその後ろで飛香を守るように、右手を彼女の方に置いている。

「増員しておいて正解だったな。かかってくるが良い、逆賊共」

「言われなくても」

 霧夜の言葉はここで途切れた。自己加速の呪術を使ったため、口による会話が不能となったのだ。同時に結界破壊呪術の《破壊魔衣》を行使。そのまま剣を振り上げた。

「甘い」

 しかし、鹿賀の剣が霧夜の喉元に伸びてくる。振り下ろしかけた剣の軌道を変え、刃の平でその刺突を受け止めた。老齢の刺突とは思えない衝撃が彼の体に響く。息が詰まりそうになって、一歩引き下がらざるを得なくなったが、空いた所に桜が割り込んだ。呪術を施した刀身を左上に振り上げる。

 しかし、鹿賀の顔がにやりと怪しい笑みを浮かべた。手元に四体残っているはずの土偶が消えている。

 ――不味い。

 どうやら気づかぬうちに加賀の術中に嵌っていたらしい。空中から落下してくる四体の土偶、速度が速いので呪術で破壊するのは難しい。退避しようにも、薄い結界に阻まれている。桜もそのことに気づいたようだ。

 刹那、優璃愛の体の周りに四つの白い球状の光が浮かび上がった。彼女が手を振りあげると、光は土偶めがけて飛翔を始めた。

 この好機を逃すわけにはいかない。素早く呪符を取り出して、印を刻む。本来ならば結界の中は術者のテリトリーであり、他人の呪術は弱体化する。しかし、優璃愛はその程度の差は無駄に等しい。そもそも霧夜が結界を張ることが出来た時点で加賀の作った結界はそれほどの力は持っていないということになる。

 土偶が空中で光と衝突、爆発を起こした。霧夜の張った結界が爆風を完全に遮断し、風の方向を変えることによって鹿賀の結界をも破壊する。彼の顔のしわが一層深くなったように見えた。

「鹿賀――――覚悟!」

 霧夜が隙の見えた鹿賀と距離を詰める。左上に振り上げた剣を振り下ろした。

 優璃愛の呪術が鹿賀の行動を束縛した――ように見えた。

 桜が反対側から真横に斬りかかる。

 刹那――時が止まった。否、一瞬で数多のことが起こったのだ。

 少なくとも分かることは、三人全員の体に風穴が空いて、倒れ込んだこと。飛香が拘束されたこと。三十人近い兵士が現れたこと。彼らの足元には空の薬莢が落ちていた――。

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