「行けないホームパーティー中編」
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5月4日の午後12時半過ぎ。
今日は早朝から等身大の宅配便の包みが送られてきた。
この間、こっそりと通信販売『買え買え達人』に注文していた。
包みの内装は無造作に取り出す。中身は身長約170センチ程度の人型サンドバッグ。
そのサンドバッグを横では、呆れた眼差しの泰三の姿がある。
(雛菊はロクな買い物しないな……それに、これ)
ここから先は自然と言葉に変換される。
「意味あるのか?」
呆れから出た疑問を、包みを両手でグシャグシャに潰している雛菊に訊ねる。
雛菊は、何か、馬鹿にするような目で見つめてくる。
「これ、凄いんだよ?打撃の重さを算出して足元のメーターに表示されて、さらに、反撃モードも付いている優れもの」
誇らしげに説明する雛菊。だが、泰三にはこんな疑問を浮かんでくる。
(サンドバッグが反撃してきたら、サンドバッグじゃないんじゃないのか?)
直接言おうかと思ったが、誇らしげにしている雛菊を見ていると、とてもじゃないけど言えない。
下手な事を言えば、変に落ち込むか、変な殺意を持たれるかの2択に絞られるからだ。
俺としては、どちらもご免だ。
まあ、この場で一番妥当だと自分で思う質問を率直に述べる事にする。
「それは、いくらしたんだ?」
大体の金額は予想出来る。このサイズのサンドバッグにいらない変な機能内蔵してある事から、きっと高い。
だが、雛菊の回答は泰三の予想よりは。
「4万円」
安かった。俺はすこし、安心した。
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5月27日の昼。プロローグ「ドッペル」
昼の正治歩道トンネル。
このトンネルは車道がなく、歩道だけの造りで、トンネルとしては珍しい構造だ。
幅は4メートル縦6メートル全長は約3キロ半。正治歩道トンネルの『正治』というのは、建設者の名前で、今から6年程前に工事中に事故死した。
トンネル内は風が通り抜ける音が、トンネル全体で共鳴しあって、その音は『怪物か悪魔』のうめき声にも似ている。
中は奥に進むにつれて一層闇の領域を増して、中心部まで到達すると、その闇の領域は奈落の底を思わせる。別格のモノだ。
最近では、この正治歩道トンネルのある奇妙な噂が流れている。
幽霊が出没する。その霊はまるで、『鏡に映ったもう一人の自分自身』だと言う奇妙な噂だ。
そして、その噂の結末は――『消失』――。
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「店長、コーヒー『ブレンド』」
喫茶店『カーネル』の鐘付きドアを開いて入ってきた雛菊は、入ってきて早々注文を口にして、カウンターのほうに座る。
店内はアンティークな内装で、和風のテーブルと洋風の古いタイプの椅子が、不思議な程ベストマッチしている。
最近、通うようになった場所だ。
「雛菊ちゃん、ブレンドの味をすこしアレンジしてみたんだけど、試飲してみる?」
店長はまだ40歳前半で、顔立ちは何だか、和まし系だ。
簡単に言えば、あまり特徴のない顔だ。
「飲む」
私、ブレンドしか飲まないし。雛菊はやる気のなさそうに答える。
線の細い声には似合わない、男混じりの女言葉。
それで、すこしばかり会話は止まる。店内に置かれている古い木彫りの振り子時計の時を刻む針の音だけが店内にBGMとして流れる。
耳障りでもなければ、良いとも思えない。不可思議な気持ちにさせる時計の音。
(喫茶店の他に骨董屋も開けば良いのに)
きっと、儲かる。この喫茶店に居ると、いつもそう思ってしまう。
コーヒーを淹れるコーヒー豆の何やら香ばしい香りが店内の空気と混じって、コーヒー専門の喫茶店特有の匂いになる。
「はい、どうぞ」
店長は、洋風の上品で、純白のコーヒーカップに3分の2程コーヒーを淹れたカップを雛菊の前に差し出す。
雛菊は何も言わずに差し出されたコーヒーカップの取ってを片手で掴んで、すこしだけ吹いて、ちょっとだけ冷ます。
何度か吹いたところで、すこしだけ口の中に流し込む。
すこしばかり、啜るように飲んだところで、コーヒーカップのカウンターのテーブルの上にゆっくりと置いて、感想を述べる。
「香ばしさは良くなってる。けど、甘味と苦味がすこしだけ、バランスが崩れてる」
簡潔に纏めた言葉で、指摘だけをして、コーヒーを啜っていく。
店長はどうも、何かを考える。ブレンドの指摘された場所をどうバランスを保たせるか悩んでいるのだろう。
だが、雛菊は助言はしない。助言の言葉なんて、持ち合わせていないから。
「まあ、それでも美味しい事には変わりないけど。周りの店のコーヒーよりは段違いに近いし」
雛菊はすこしだけ慰めみたいな言葉を口にする。
(変に気落ちして、不味くなってもらうと困る)
本心では、ただブレンドコーヒーの味が変わる心配をしているだけだった。
雛菊の言葉に、店長は喜んでいいのか……微妙な気持ちになる。
そして、自然と苦笑いを浮かべながら。
「どうも、ありがとう。雛菊ちゃん」
「前々から言おうと思ってたんだけど」
雛菊はすこし言葉の途中で一旦切って、短く。
「その『ちゃん』付けはやめてくれない?」
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5月4日の午前1時過ぎ。
どこかの廃墟ビル群に響き渡る。斬首の音と、生体を切り裂く風の音。
黒いジャケット姿の雛菊の片手に掴む『紅雪』の刃にこびりつく鮮血の赤い血痕と、すこし離れた場所で、灰色のズボンの両ポケットに手を突っ込んでいる泰三。
周りの空気は血生臭い。それもそのはず。二人の蟲の死体が辺りに転がっているからだ。
蟲の一人は刀で斬首されて絶命。一人はワイヤーで体を何等分にも分割されて絶命している。
赤い鮮血は廃墟のビル群の地面や壁を濡らして、殺戮の現場と化している。
雛菊は紅雪を掴む片手を近くの壁に向かって横薙ぎ。横に振られた刃は壁を破壊して、こびりついた血を剥がすように振り払う。
「どう思う?コレ?」
「どうもこうもないだろ……出来すぎだ」
二人は言葉をすこし濁しながら、短いやり取りをして、刀を鞘に収める。
畏怖と、矛盾感を深く感じる雛菊と泰三。雛菊は舌打ちし、泰三のその辺りの地面を蹴る。
「増えたら襲い、少なくなったら身を隠す。これじゃあ、ただの消耗戦だ」
愚痴を零すように、泰三は唐突にそんな事を言う。
「そうね……さっさと移植し回っている蟲を見つけて、殺さないとこっちが先に参るかもね。でも、これって本当に一人の蟲の仕業?」
「……異常だよな。この繁殖の速度は。組織でもあるのかね?」
泰三と雛菊で、すでに併せて30人以上は殺している。その多さは異常な程だ。
怪訝そうな様子の雛菊は、何か深刻そうに考えを巡らせる。
考える程の情報などは持ち合わせてはいないが、ある程度の仮説は考えられる。
だが、ある程度の仮説はどれも組織とか仲間とか、グループで行われているとしか考え付かない。
だが、そんな仮説は実際には役には立たない。
「もう――!」
踵を返しながら雛菊は言いかけて、止める。何かが近づいてくる気配がしたからだ。
殺意の塊のような気配。泰三は近づいてくる気配に対して、ワイヤーの装飾した指輪を嵌める。雛菊は鞘から再び紅雪を抜刀して、鞘をその辺りに捨てるように投げる。
近づいてくる気配は、目の前まで近づいてきた。
原色の紫色のフードの男と赤褐色のフードで顔を隠した少女。
「よぉ!俺は『魔術聖殿』の紫煙だ。刹那雛菊って奴は居るか?」
紫色のフード姿の男は、紫煙と名乗る。傲慢な口振りだ。
『魔術聖殿?』泰三と雛菊は最初にそう思う。そして――。
「まあ、どっちでもいいか!どうせこの場で死ぬんだからな!!」
紫煙はそう叫ぶように言うと、片手が紫色の炎に包まれる。
そして、炎を纏った片手を握り締めて、地面を殴る。
殴られた地面は砕けるように潰れ、雛菊と泰三の立っていた地面の周辺が爆発する。
紫色の煙が濛々と上がり、周辺は爆煙に包まれる。
あっ気ない。紫煙はそう短く呟いた。その直後、紫煙の横から風を切る音だけが聞こえてくる。
紫煙は風を切る何かを炎を纏った片手で弾くと、楽しそうに笑みを浮かべる。
爆発を後ろに跳んで避けた雛菊と泰三はすこし服が焦げただけの無傷だ。
「そうだよな。簡単に死なれちゃあー興ざめだからな。楽しく殺し合いしようや!!」
幕を開く紫煙の言葉が、廃墟のビル群に響き渡る