スクリーン3 題目「交錯螺旋」
静謐な朝……都心近くに位置する寺なのに、ほぼ無音の境地だ。
――無音の境地だった空間を断ち切るような、壊される金属の音。
その音は騒音というよりも、轟音に近かった。
寺の中庭では、何か鋭利なモノで切断された工事現場でよく使われている鉄鋼が真ん中から二つに別けられている。
鉄鋼はトロッコのような機械で縦に固定されて、5本以上同じように固定されている。
その鉄鋼の内、一つの前には身長150センチ程度の長い黒髪のラフな白い半そで姿の少女が立っている。
少女の右手には、長さ約2メートル半の大振りの大刀の取っ手を握り締めている。
取っ手は包帯で雁字搦めみたいな感じで何十回も巻きつけられていて、しっかりと握れる。
「やっぱり、これ重たい」
少女――雛菊は荒い息遣いで、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。両肩は上下に揺らして、額から両腕には汗が滲み出ている。
大刀の重さは約70キロで、華奢な体の雛菊にはかなり重たい。
取っ手を掴んでいる右手がジンジンして疼き、さっきから回転を加えて大刀を振り回していたため、細い両足――特に右足がガクガクと震える。
(一、二、三、四、五、六、七……次の八振り目で限界)
八振り……それはこの大刀を雛菊が全力で振れる回数。少々、振れる回数は少ないが、まだ発展途上の少女の体にとっては、それくらい振れれば上等だ。
大刀の取ってを両手で握り締めて、右足を地面に引きずるように、一歩前に差し出す。
右足を一歩前に差し出したのは、踏み込むための下準備。体重の重心を低くして、踏み込んだ。
上半身を半時計周りに捻って、大刀に遠心力を加えて振る。大刀の刃が鉄鋼に触れた瞬間、一瞬だけ赤い閃光のような火花が飛び散って、鉄鋼の中に刃が侵入する。
ここで、さらに右足をズリュッ!と地面を擦るように捻って、今度は上半身だけでなく全身を回転させる。
さらに遠心力を加えられた刃は鉄鋼の3分の2まで侵入し、最後の締めくくりとして、体重の重心を刃に移動する。
加重まで加えられた刃は、力が最大値に達して、分厚い重みのある轟音と共に、鉄鋼を切断する。
切断し切った大刀の刃は勢いが衰えず、雛菊は強引に、勢いのある刃を地面に振って、止める。
地面は大刀に割られて、大刀は入射角70度辺りで地面に突き刺さり、停止している。
バタン!大刀の取っ手から両手を放すと、そのまま地面に尻餅をついて、座る。
両腕が痙攣したみたいに痺れて、上手く動かせないし、上がんない。
右足は最後にグキッ!と捻りすぎたみたいで、痛い。
荒い吐息を吐きながら、蒼天の白い靄のような薄い雲の掛かった空を見上げる。
(はぁはぁ、やっぱり、生気のない刀、振っても何も感じ、られない)
軽い不満を内心で呟く。職人の丹精込めて作り上げた業物には、こうありたい、こうされたいなどといった想いに似た感覚を覚えさせられる力のようなモノがある。
雛菊はそう言った力のある得物――刀などを一つに限定して、『生気』と呼んでいる。
例として挙げるなら、紅雪がそうである。
雛菊は蒼天を見上げていた視線を傍で突き刺さっている大刀に逸らす。
(コレには、生気が全く感じられなかった。まあ、鍛錬にはなったから良いけど)
結果的には体を鍛えるという目的は達成出来た。その結果に不満があるとしたら、この生気のない大刀だろう。
すこしずつ、呼吸が整っていき、両肩の揺れも腕の痺れも直っていく。
右足のほうも、痛みが和らいできた。だけど、歩いたら響くような痛みが感じるだろう。
勝手に予想する思考。最近、そんな思考がたまに嫌になる。
中庭に面している廊下を歩く足音が聞こえた。雛菊は何となく、廊下のほうに視線を向ける。
黒い綺麗な瞳、汗で濡れた白いラフな半そでは、肌に密着していて、薄っすらと肌色に変色している。
「よう、相変わらず朝早いな。それにしても――コレは一体誰が片付けるんだ?」
泰三が軽い挨拶の言葉を言うと、周りに散らばっている切断された鉄鋼を指摘してくる。
寝癖なのか、ラフな感じに立っている黒い短髪を片手で掻く。
「泰三が片付ける。私は学校」
雛菊は当たり前のような口振りで、短く答える。
泰三はため息を軽く漏らしながら
「お前、最近学校って理由付けて逃げてないか?」
「別に、だって本当だし」
素っ気無い口振りで答える雛菊とすこしテンションの下がった泰三が空を見上げる。
<<1>>
5月2日の12時40分頃。
高等学校の屋上で、一人購買部で買った塩おにぎりを口に頬張る雛菊。
私服重視の学校なので、雛菊は普段通りの私服姿だ。
白い半そでのシャツに黒い通気性の良い長ズボン姿。
雛菊に私服の選び方は夏場は白い半そでのシャツで、冬は長袖の灰色のシャツ。
そして、冬の時に羽織る上着は黒いジャケット。蟲を殺す際に着る上着だ。
最近、暑くなってきたが、まだそれなりに風は北風よりで、すこし風が強い。
塩おにぎりの半分を食べきったところで、屋上と下の階を繋ぐ階段側に通じているドアを開く。桜井だった。
「食べる場所変えたんだな」
手には購買部で買ったカレーパンや焼きそばパンが入っている白いビニールを袋を持っていて、当たり前のように雛菊の横に座る。
「何か用?」
雛菊はそう言うと、横に座る桜井の顔を、猫みたいに細めた瞳で見る。
「用はない」
桜井はキッパリと言い切って、カレーパンの袋を開ける。
(ならどっか行け)
内心ではそう呟くが、言葉にするのは何だか気が引けた。
「あ、そう」
だから、そんな素っ気無い言葉を変わりに言う。
すこしばかりの沈黙。食べている時に話すのは行儀が悪いから、話さないだけだ。
雛菊と桜井はほとんど二人同時に塩おにぎりとカレーパンを食べ終わる。
そして、まずは桜井が口を開く。
「そうだ、忘れてた。同じクラスの付箋が、今週辺り家でホームパーティ開くんだとさ」
付箋というのは同じクラスの男子生徒だ。付箋は金持ちの家の息子で、学校の近くの周りの平凡な家とは違うすこしばかり大きな屋敷に住んでいる。
屋敷はこの屋上からも見える。深紅のような赤い屋根なので、目立つ。
「そのホームパーティはクラスの担任や生徒の親睦会も兼ねているみたいだから、雛菊も参加しろよ」
桜井はそう言うと、焼きそばパンの入ったビニール袋の口を強く縛る。
その桜井の行動にすこしばかり疑問を思ったが、まずは付箋のほうが先だ。
「……わかった。それで、今週の何日にする予定?私にも都合の悪い日がある」
「確か、5日だったな。その日はこの高校の建設記念日で休みだから、記念日にちなんでやるんだとさ」
付箋、お調子者だから。桜井がそう言うと、雛菊は唇に手を当てて、すこし考える。
最近、蟲は頻繁に出没したおかげで、今月でもう10匹も殺してる。蟲もそれなりに馬鹿じゃないから、今週は出ないだろう。
根拠のない予想を考えると、今度は桜井を見て
「その日は何もなかったと思うから、多分行ける」
「強制参加ではないけど、まあ、必ず来いよ。約束したぞ」
(そんな約束した覚えはない)
そう言ってやりたかったが、面倒になる可能性もあるため、言葉にするのを我慢した。
そして、雛菊の次の話題に話を持っていく。
「その焼きそばパンは食べないの?もしかして、持ち帰り?」
桜井の持っている口を強く縛ったビニール袋を指差しながら、何となく質問する。
「これか?これは俺が食う訳じゃないよ」
「ふ〜ん、もしかして、パシリ?」
雛菊の質問に対して、桜井はすこし表情を引き攣る。そして、違う、と短く反論。
疑わしい眼差しで桜井を見る雛菊は、視線を桜井から空に向けて、背伸びする。
(やっぱり、猫科だよな……)
桜井は雛菊の背伸びしてるところを見ながら、内心でそう呟く。
2時間前の休み時間に、クラスの男子と話していると、『クラスの奴を動物に例えるなら』そんな話題になり、盛り上がっていた。
男子達みんなの意見は多少食い違いがあったが、一人だけほとんどの意見が一致した人物が居た。それが雛菊だ。
雛菊が猫科呼ばわりされた理由は、とっつき難い雰囲気を辺りに漂わせている事。
「さっきから何ジロジロと人の顔を見ている?」
「雛菊、前世占いした事ある?」
はい?桜井の半ば意味不明な言葉に、呆れるような眼差しを桜井に向けなおして、
「どこから出た質問なのかは知らないけど、占いなんてやってもらった事ない」
そんな確証のないモノ。やっても無意味な事。
テレビなんか見ていたらわかるが、占い以前に、占い師はインチキくさい。
未来なんて不確かなモノがわかる人間なんて、この世に居る訳がない。
雛菊はキッパリと答えると、桜井は予想していた通りだったのか、納得した。
<<2>>
昼間なのに、異様に薄暗い路地裏。奥のには人影のようなモノが見える。
人影は若い男性と女性の二人のモノだった。
昼間から仲よろしく、お互いの唇と唇を触れさせて、世間ではディープキスなどと呼ばれている接吻をしている。
一分間キスをしていると、男性の方は突然、地面に崩れ落ちる。
男性の体は激しく痙攣していて、口から唾液が地面に流れ落ちて、広がる。
「無様な仲間達は殺されたけど、私は殺されない。だって、頭の出来が違うんですもの」
痙攣する男性の頬を両手で掴み、優しく抱き起こす女性は、とても線の細い声で言う。
そして、理性の壁と呼ばれる蟲が寄生している人間の表面的な理性をすこしばかり外す。
再び、女性は男性とディープキス――接吻する。
その瞬間、男性は心臓を停止して、人間で言うなら死亡した。
だが、これは蟲が仲間を増やすために行う移植と呼ばれる方法で、すぐに生き返る。
女性は再び理性の壁で自分の存在を抑え込む――これで、狩人達に悟られる心配はない。
「――そろそろ、起きなさい」
そう言葉を吐き捨てるように言うと、ハイヒールの爪先で男性の頭を軽く小突く。
男性は白目を向いていた眼球を元の黒目に戻す。女性は妖しい笑みを口元に浮かべる。
そして、女性は男性に手を差し伸べて
「初めまして、東堂さん。蟲に転生おめでとう」
言葉は挨拶だが、言葉の発音の質には少々殺意のようなどす黒い何かを秘めている。
その言葉で、男性の中に寄生した蟲は完全に男性の体を支配する。
男性は差し伸べられている女性の手を掴んで起き上がる。
「……何だか、清清しい気分だよ。草堂」
女性の名前は草堂、男性の名前は東堂。
二人の醸し出す雰囲気は、何かの協定のようだった。
路地裏を闇を侵食、支配でもするかのような内面上の殺意だけが、その場の空気を重くした。
<<3>>
「ここが本当に現場?」
夕暮れの路地裏の奥から聞こえる雛菊の声。
「俺に訊くなよ。おかしいな、確かに蟲の気配の残留はあるんだが」
雛菊の質問に、頭を掻きながら少々投げやりな感じで答える泰三。路地裏の地面には、ほとんど乾いた唾液だけが垂れ残っている。
夕暮れの路地裏は、暗闇が広がりすぎて、視界がよくない。
(確かに、蟲の気配は私も感じた。なら、何で痕跡が一つもない?)
人を殺さないで、面白半分に理性の壁を外したのか?――否――そんな自殺行為な事する蟲なんてそうは居ない。
なら、どうして外す必要がある?……あっ――
思いついた。予想出来るのはアレしかない。
「残っているのは移植だな。血痕がない事から察するに、肉体関係で直接しただろうな」
泰三は冷静な口振りで、雛菊が考えていた事を言う。
「それで、どうする?」
このままだと、大将に殴られる。雛菊の素っ気無い言葉に、泰三はすこし眉を細めて面倒そうに頭を掻く。
それは、不味い。そう思うとため息が自然と出てくる。
「どうもこうもないだろ?処理班に捜索は任せるしか――っ!!」
泰三は言葉を途中で止めて、ポケットから黒く細長いワイヤーを取り出して、ワイヤーを装飾している指輪を両手の人差し指と中指にそれぞれ一つずつ嵌める。
まだ距離は遠いが、特徴的な違和感のある気配を感じての、警戒心から来る動作だ。
「雛菊、気づいてるだろ?」
「錬金術師、それも、魔術師の方の…ここは逃げた方が無難だよ」
「そうだな。ここでやり合うのは目立つからな」
よし、ダッシュで逃げよう。意見が合うと、その場から一目散に退散する。
どこかのビルの屋上で走って逃げる雛菊と泰三を映し出している琥珀色の手の平サイズの水晶玉のような球体を白いシルク製の手袋に持って見据える50歳前後の男性。
顔つきはとても優しそうで、絵に描いたような理想的な老紳士のような風貌だ。
(昨日の今日なので、今回はそのまま見逃しますか。それにしても……)
男性の名前は斉藤。斉藤はそう内心で呟くと、球体を消して眼差しを正面の景色に向けて、すこしだけ目を細める。
遠くを見ているかのような眼差しの先には、遠くに見える山にすこしだけ掛かる黒い雲に向けられている。
(やはり、追ってきますか。レグシア『魔術聖殿』の生粋の魔術師さん)
手袋をした片手を目の前に差し出して、ポルターの規模と範囲を頭の中で想定する。
「厄介事は今は巻き込まれたくないので、そろそろここから退散しますか」
とても優しそうな柔らかい口振りでそう言う斉藤――想定を決める。
(空間と空間を繋ぐドア。縦に長い長方形の白いドア――具現)
「空間――融解」
呪文みたいな言葉。その言葉をキッカケにして、目の前の空間が螺旋のように歪んで、目の前に白いドアを具現される。
半歩先に具現されたドアは、空中に浮かんでいて、現実では到底予想出来ない事が、斉藤の目の前で起こっている。
その現象は怪奇現象と呼んでいいモノだ。
これが、ポルターの力の性質『怪奇を現実に具現する力』そして、斉藤が『魔術師』と呼ばれている由縁。
白いドアの具現を確認すると、紳士服みたいなスーツの中から4センチ正方形型の四角い空き瓶を取り出す。
その空き瓶は先ほどまで確かに中身があった。だが、消失した。
等価交換――錬金術にはそんな言葉が存在している。
代価を支払う事で、それ相応のモノを得る事。
斉藤は錬金術師だから、先ほどまで中身があった空き瓶は、目の前に具現した白いドアの生贄、交換されたのだ。
「ふむ、昨日手に入れた蟲が寄生していた右脳が完全に消えてしましたか。やはり、今度から骨にしたほうが持ちはいいですね」
新しい自分自身に対しての意見。斉藤は柔らかい口振りで言うと、空き瓶をその辺りに投げ捨てて、白いドアの向こうに消える。
空き瓶はその辺りに落ちた瞬間割れて、白いドアは空間から消失する。
<<4>>
斉藤が白いドアの向こうに消えた同刻、『真珠縁』と呼ばれている森の中は草木が隙間なく生い茂っている。
雰囲気は樹海を思わせるような、暗くてジメジメしていて、何だか亡霊の類なのが出てきそうな程の薄気味悪い感じだ。
その森の中心に、草木のない場所がある。
何も生えていない、まるで火事でもあったように、地面は軽く焦げている。
焦げた地面は、上空から見ると黒魔術なのでよく使用される五つ星の形の模様に見える。
「たくっ!『無間』の糞野郎はどこに隠れてやがる!?」
原色の紫色の全身フード姿の一人が、高慢な声を張り上げながら、焦げた地面を何度か蹴り飛ばす。
何回か蹴ると、顔を隠している原色の紫のフードが風に吹かれて、背中に垂れ落ちる。
短髪で紫の髪。短髪の髪は何だか艶やかで、尖っている。
鋭く目つきの悪く、眉は剃っているのか線が短い。顔立ちにはどこか、誇らしさがある。
『無間』とは、『魔術聖殿』が斉藤を畏怖した名称だ。
「……すこし、うるさい」
傍に立っている赤褐色のフードを全身に被った者が、幼い少女のような細く高い声で注意する。
「お前こそうるせぇー!大体、道間違えたのはてめーの性だろうがよ!?翡翠」
翡翠と言うのは『魔術聖殿』が一人ずつ付ける名称の事。本名は『魔術聖殿』に入る際に捨てる決まりになっている。
「……紫煙は、納得してた」
紫煙の猛烈な勢いの罵倒に対して、翡翠は冷静に、紫煙を制する。
「まあ、いい……無間の奴は相当近くに居やがるぜ?」
「……破壊、しながらは、探せない」
「チッ!面倒だな。憂さ晴らしにここら一帯灰にしといてやるか!」
大きな声で紫煙は叫ぶ。叫びと共に、紫煙の左腕に紫色の炎が纏わり付くように出現する。
その纏わり付き方はまるで、獲物に絡みつく蛇のようだ。
「……火災、禁止」
翡翠はそう言うと、自分の周りだけに、青白い小さな四角形を出現させる。
この四角形は『灰壁』と呼ばれる世界の元素、四大元素の中の一つ、火の元素の結界だ。
四大元素は『土、風、水、火』の四つで、それぞれには役割が存在している。
「山火事程度だ。すこし気張れよな!?『紫電天承龍』!!!」
最後の紫煙の言葉は、呪詛のようにも思えた。紫色の炎を纏った左手を強く握り締めると、炎を拳の先に集中させて、地面を殴り飛ばす。
炎は地面に触れると放出、いや、爆発して、周りの大気から景色を吹き飛ばすように、紫色の炎は広がる。
放出、爆発した炎は爆風と化し、周りに見える草木、雲はすべて、吹き飛んで、燃え尽きて、消失する。
すべてを破壊し尽くした景色に、紫煙は高々と愉快そうに笑い叫ぶ。
「ははは!!どうだ!?いつ見ても最高の景色だろ!?」
「……力の、浪費」
翡翠は『灰壁』を融解するように解くと、短く感想にも似た指摘をする。
周りの草木のあった場所からは、紫色の煙が上がり、地面を焦がしている。
「そう言うなや!俺ら魔術師は、破壊専門だろうが!!今更何を加減する理由がある?」
気持ちが高揚し切った紫煙の質問に対して、翡翠は二文字返事で肯定する。
人外で世界から外れた我ら魔術師が、手を抜く必要性はないのだ。
「……派手にやると、目立つ」
「人に見られたら、痕跡残らず消せばいいだけだ。お前だって、すべての痕跡を消しただろ?」
自らの手で何もかも。紫煙は翡翠の言葉に対して、翡翠の過去を引きずり出させるような事を軽い口振りだが、どこか重苦しい口振りで言う。
翡翠は紫煙の言葉に対して、フードに隠れた表情をすこしだけ変える。
閉じた口をすこし結ぶようにキュッ!とするだけ。それだけで、自分自身の意思を伝えられる。
「アレは、お前の性じゃねぇよ。すべてアレが悪かったんだよ。殺されて当然の連中だったのさ。あとな――」
泣きたければ泣け。俺達にだって意思はある。俺に似合わない事を言った。
紫煙がそう似合わない言葉を言うと、自嘲気味に
(あーあ、俺らしくもねぇな!)
内心でそう叫びながら、踵を返して街向かって歩き出す。
翡翠は紫煙にそう言われると、赤褐色のフードに隠れていない口元が、すこし柔らかく変化させて、紫煙からすこし離れた位置で、一緒に歩いていく。