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サイクル  作者: 蒼際
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スクリーン2 題目「錬金術師」

 5月1日の午前0時


 どこかの港付近の倉庫群。夜空には宝石が大量に散らばったような星空だ。

 空は美しい。だが、地上は凄惨なモノだ。

 倉庫群の中の一箇所、重苦しい空気が支配している。

 差し込む月の光に照らされた、血まみれの女性の死体。

 死体の死因は首の斬首、切断された性だろう。倉庫の中の空気は血の悪臭が漂い、今にも嘔吐しそうな程だ。

 その血まみれの死体を見下ろすように見つめているのは、身長150センチ程度の長い綺麗な黒髪をした少女だった。

 少女の顔つきは成人女性並みに大人びた美人だ。黒で統一された服装には、赤い血液がペイントアートみたいに染まっている。

 右手に掴んでいる長さ160センチ程の日本刀の刃先は、赤い血液で白銀の刀身を真っ赤に染めて、月の光を浴びて妖しく光を放つ。

 少女、――刹那雛菊は死体を見下ろす眼差しを細めて、軽く舌打ちをする。

「最悪だ。ここまで返り血を浴びたら、下手にここから出られない」

 本当に最悪だ。少女は軽く怒り、誰に言ってる訳でもない愚痴を漏らす。

 気分はとても不機嫌。雛菊は髪を片手で掻きながら、倉庫内のコンテナの上に腰を下ろして、持っていた携帯でどこかにメールを送信する。

 送信完了。そんな文字が画面に表示されると、携帯を片手で閉じて、上着黒い薄手のジャケットのポケットの中に入れる。

 無意識に、倉庫の天井窓から覗く夜空を見上げる。

 宝石が散らばったような星空は、とても美しいモノだと認識した。

 いや、認識させられた。それ程までに、星空は美しいのだ。

 星空を眺め始めて16分が経過した時、倉庫の外に処理班、狩人とは違う気配を感じる。

 蟲でもない。だが、この気配は知っている。

 この意識をすこしずつ侵食していく気配は、『錬金術師』と呼ばれる奴のモノだ。

 それも、一番遭遇したくない相手――魔術師の仇名を持った錬金術師のモノ。

 コンテナからゆっくりと腰を上げて、右手に掴んでいる日本刀の握りを強く握り直す。

 私一人でも勝てる?いや、勝てる確立は限りなく薄い。

 皆無だ。だけど、逃げる事なら十分可能だ。

 扉が開いたら、無意識的に反応しろ。目で認識しないで反射的に反応しろ。

 そうしないと、一瞬で殺される。

 雛菊は自分自身にそう言い聞かせる。言い聞かせている言葉はもはや言葉ではなく、呪文、いや、呪詛になっていた。

 気配が扉に触れる。雛菊は重心を限りなく低くして、その体勢はまるで短距離スプリントのスタート直前の選手のようだ。

 スタンディングポジションだったかな?名前はあまり記憶していないが、この体勢が一番反応しやすい。

 ――扉がゆっくりと開かれて、50歳前半の男性が視界に入る。

 まだ、動くな。動きそうな自分の体に向かって、内心で言葉を吐き捨てた。

 男性の顔つきは優しそうな顔で、理想の老紳士みたいだ。

 印象だけでは恐怖の念は覚えたりはしないが、周りに纏っている重苦しい雰囲気が雛菊の警戒心のレベルを上昇させる。

「おや、美しい少女だね。君は狩人かな?」

 斉藤は雛菊を見るや、とても優しい口振りで話しかけてくる。

 惑わされるな。こいつは代用品を求めて来ただけだ。

 警戒心を低下させそうな斉藤の言葉に対して、内心で男性の言葉を拒否する。

「あんた、錬金術師?」

「そう、私は錬金術師の斉藤です。力の性質は『ポルター』で、仇名は魔術師。ここは退いてもらえませんか?私はただ、そこの死体から代用品を摂取したいだけなんですから」

 斉藤は雛菊の問いかけに丁寧な口調で答える。――その直後、斉藤は雛菊の視界から消失する。

 戸惑った。そして、一瞬だけだが、一種の錯乱状態に陥った。

「とりあえず、首と腕の骨を数本だけ戴きますね。それだけしか持ち帰る事が出来ませんから」

 斉藤の声が、後ろに転がっている死体の方から聞こえた。

 背筋が凍りついた。そして、恐怖する。

 振り返るか、振り返らないか、そんな迷いが、脳裏を激しく疾走する。

 答えは決まっている。けれど――振り返る事が怖い。

「怖がる必要はありませんよ?ただ理解の領域を超えてしまっただけです。人は理解出来ないモノを恐怖と感じるんですよ」

 斉藤はいつ近づいたのか、私の髪を軽く撫でて、耳元でとても優しい口調で囁く。

 囁かれた途端に、全身の力が抜けた。私の負けだ。

「これで、君は私を恐怖しないでしょう。一度理解出来る領域を超えれば、理解出来る領域は大きくなりますからね。次に逢う時には、私を楽しませてくれるところまで戦ってください」

 それでは、失礼。斉藤は助言染みた言葉を言うと、霧のように霞んで、消えてしまった。

 助かった。殺されなかった。まずは安心。

 負けた。完全に私の敗北だった。次に敗北感。

 色んな感情が螺旋のように渦巻いて、私の意識を支配していく。

 だが、同時に対抗心が強くなった。

 次は、殺してやる。次は絶対に負けない。

 自分に対して、一回だけ舌打ち。

 そして、倉庫の中から外に出て、闇の世界に溶け込むように消えていく……

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