外伝第4話:無糖峰の視点:冷徹な価値基準
本編第13話(またはその前後の裏側)で、無糖峰の冷徹なエリートとしての日常や、彼が抱える知られざる孤独にスポットを当てた外伝シリーズ。
今回は、無糖峰の視点から描く、お金と人間の「価値」についての物語――外伝第4話をお届けします。
それでは、外伝第4話「無糖峰の視点:冷徹な価値基準」の本編をどうぞ!
無糖峰にとって、世界は常に「数値化できるもの」でできていた。
模試の偏差値。企業の時価総額。投資対効果。そして、財布の中を往来する紙幣の枚数。
すべては計算通りに動き、正しく努力し、合理的な判断を下せば、必ず望む結果が手に入る。高校時代からずっとそうだった。周囲がどれほど騒ぎ立てようとも、自分の下す決断が間違っていたことはない。
あの佐藤駆が、あんなにも必死になっていた理由が、当時の峰にはよくわからなかった。
駆はいつも忙しそうに走り回り、バイトを掛け持ちし、血眼になってテストの順位を追いかけていた。なぜあそこまで焦るのか。なぜもっと効率的に生きないのか。峰から見れば、駆の生き様はどこか滑稽で、無駄な熱量に満ちているように見えた。
――だが。
大学を卒業し、若くしてファンドを立ち上げ、巨額のマネーを動かす立場になった今でも、峰の胸の奥には、時折奇妙な違和感が残っていた。
完璧な契約を結び、どれだけ莫大な利益を出しても、心が満たされることはない。数字はただの数字であり、そこにドラマはない。効率的であればあるほど、世界は冷たく、透明になっていく。
その日、峰は都内の高級レストランで、重要なビジネスの決済を終えた。
財布から数枚の一万円札を取り出し、支払いをする。
その時、財布の奥底に紛れ込んでいた一枚の、ほんの少しだけ使い古されたお札が指先に触れた。
――奇妙な感触だった。
新札特有のパリッとした硬さではなく、何人もの人間の手を渡ってきたような、柔らかく、それでいて妙に芯のある手触り。
峰は無意識に、その一万円札の肖像画――福沢諭吉の顔に目を落とした。
「……なんだ、これ」
ふと、奇妙な既視感を覚えた。
どこかで、この古びた紙幣のような、泥臭くて、熱を帯びた眼差しを知っている気がした。
あの日、放課後の教室で、汗を拭いながら自分を睨みつけていた、あのバカみたいに真っ直ぐな瞳。どんなに突き放されても、決して折れなかった奴の背中。
峰は、ふっと自嘲気味に笑った。
何を考えているんだか。ただの紙切れに、誰かの面影を重ねるなど、合理的な思考の持ち主である自分らしくもない。
だが、その一万円札を手にした瞬間、なぜか奇妙な重みを感じた気がした。それは物理的な重さではなく、その一枚がたどってきた「途方もない距離」と「人間の営みの気配」だった。
多重債務者の絶望も、暴力の匂いも、老夫婦の穏やかな海も、少女のピュアな恋も。
そんなものすべてを飲み込んだ上で、この紙切れは今、自分の手の中にある。
「……峰様、次のアポイントのお時間が」
側近の声を掛けられ、峰は思考を現実に引き戻した。
「ああ、すぐに行く」
峰はその一万円札を丁寧に財布の定位置に戻し、ジッパーを閉めた。
効率と合理性だけで塗り固められたはずの世界に、ほんのわずかな、しかし消えない「熱」が残されたような気がしながら、峰は前を向いて歩き出した。
遠い場所から自分を見つめ続けていたライバルの存在は、形を変えて、今も彼の心の中で静かに息づいていた。
外伝第4話「無糖峰の視点:冷徹な価値基準」をお読みいただき、ありがとうございました!
すべてを手に入れた天才・無糖峰の孤独と、彼がふと感じた「お金の重み」を描きました。本編のクライマックスへ向けて、二人の距離が少しずつ重なり合っていく重要なエピソードです。




