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2.試験開始

 教室の空気が凍りついた。


 ついさっきまで、新しい制服の袖を触りながら緊張した笑い声があちこちで聞こえていたはずの教室は、その男が扉を開けて入ってきた瞬間、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。


 その沈黙の中で、男は教壇の前にゆっくりと歩み出る。


 そして、何の感情も浮かべない顔でこう言った。


「悪魔のアマトだ。よろしく」


 その言葉が落ちた瞬間、凍りついていた空気が一気に崩れた。


「え……?」


 誰かの戸惑った声が小さく漏れる。


「今、悪魔って言った?」


「聞き間違いじゃないよな?」


 生徒たちは互いに顔を見合わせ、小声でざわめき始めた。


 だが――


 そのざわめきは長く続かなかった。


 男――アマトは、まったく気にする様子もなく教壇の前に立ったままだったからだ。


 背筋はまっすぐに伸びている。


 腕を軽く組み、教室全体を見下ろすように静かに立っているだけ。


 それだけなのに、教室の空気がじわじわと重くなっていく。


 その視線は穏やかだった。


 だが、重い。


 まるで巨大な岩が胸の上に乗っているかのような圧迫感があった。


 教室の空間そのものが、見えない力で押さえつけられているようだった。


 俺の背中に、冷たい汗がゆっくりと流れ落ちる。


 ――間違いない。


 胸の奥で、何かが警鐘を鳴らしている。


 あの夜。


 海岸で出会った、あの男。


 同じ空気。


 同じ重さ。


 同じ、底の見えない存在感。


 俺の心臓が強く脈を打った。


 その時だった。


 前の席に座っていた男子が、恐る恐る手を挙げた。


「せ、先生……質問いいですか?」


 声は明らかに震えていた。


 アマトはわずかに顎を動かす。


「どうぞ」


 短い返事だった。


 その男子は一瞬迷ったが、意を決したように言った。


「なんで……先生はこの学校にいるんですか?」


 その言葉が出た瞬間。


 教室の空気が、ぴたりと止まった。


 誰もが思った。


 ――無謀だ。


 初対面の教師に、こんな質問をするなんて。


 だが。


 アマトは怒らなかった。


 むしろ――


 少しだけ、口元を緩めた。


 それは確かに笑顔だった。


 だが、その笑顔はどこか歪んでいた。


 目が、まったく笑っていない。


 底の見えない暗い湖のような目だった。


「何でここにいるか、だと?」


 アマトはゆっくりと教室を見渡した。


 その視線が、一人一人の生徒を順番に舐めるように通り過ぎていく。


 まるで値踏みをしているかのようだった。


 そして、静かに言った。


「君たちの夢を叶えさせるためじゃないか」


 その声は穏やかだった。


 だが――


 どこか冷たい。


 夢という言葉なのに、そこには希望の温度がなかった。


 むしろ逆だった。


 まるで、その夢がどれほど脆く壊れやすいものかを知っている人間の声だった。


 その不気味な笑顔のまま、アマトは続けた。


「この学校に来た理由は、それぞれ違うだろう」


「イラディケイトの隊員になりたい者」


「強くなりたい者」


「家族や友達を守りたい者」


「名誉や金が欲しい者」


 言葉を一つ一つ区切るたびに、視線が動く。


 そして最後に、静かに言った。


「君たちの夢を叶えさせる」


 一拍。


 そして、笑みが少し深くなる。


「できれば、な」


 その瞬間。


 ぞくり、と背筋が震えた。


 それは教師の言葉じゃない。


 まるで――


 生き残れたら叶うかもしれない


 そう言っているようだった。


「静かに」


 アマトが一言言った。


 それだけだった。


 だが、教室は完全に静まり返った。


 それは指導ではない。


 命令だった。


 逆らうという選択肢が存在しない声。


「まず最初に言っておく」


 アマトは淡々と続ける。


「入学おめでとう」


 だが祝うような声ではない。


「君たちはこの学校の試験を突破した」


 誇らしげに胸を張る生徒が何人かいた。


 しかし――


 アマトはすぐに続ける。


「だが」


 視線が教室をゆっくり横切る。


「ここでは俺は全員同じように扱うつもりだ」


「天才も」


 視線が海斗に止まる。


「努力家も」


 そして俺。


「そして――落ちこぼれも」


 教室の空気が張り詰めた。


「この学校では実力が全てだ」


 アマトは教壇に軽く手を置く。


「イラディケイトは、国を守る組織だ」


「弱い者が生き残れる場所ではない」


 そして言った。


「だから」


 一瞬の沈黙。


「お前たちの入学式は中止だ」


 教室が一気にざわついた。


「え!?」

「どういうこと!?」


 アマトは黒板に文字を書く。


 入学適性試験


「代わりにテストをする」


 そして、ゆっくり振り向く。


「なお」


 静かに続けた。


「このテストで成績が悪かった者は」


 教室の空気が凍る。


「この学校を退学してもらう」


 完全な沈黙。


 誰も声を出せない。


 アマトは気にする様子もなく続ける。


「内容を説明する」


 黒板に街の地図を描く。


「都市部でドア発生」


「異世界生物出現」


「周囲には一般人」


 チョークが止まる。


「君たちの役割は二つ」


「住民を避難させる」


 教室が静まる。


「そして」


 振り向く。


「異世界生物を倒す」


 その言葉が教室に落ちた瞬間、空気の温度が一段階下がった気がした。


 異世界生物。


 それはニュースの中の存在だった。


 テレビで流れる映像。

 遠くの都市で起きた災害。

 イラディケイトが命がけで戦っている、別世界のような話。


 俺たちにとっては、まだどこか現実味のないものだった。


 だが、今アマトの口から語られたその単語は、やけに生々しく耳に残った。


「……異世界生物って、あの怪物だよな」


 後ろの席から小さな声が聞こえる。


「訓練とかじゃなくて?」


「いや、さすがに本物じゃないだろ……」


 生徒たちは小声でささやき合っている。


 だが、そのどれもが不安を隠しきれていない声だった。


 俺は無意識に拳を握っていた。


 手のひらがじんわり汗ばんでいる。


 ――怪物。


 その存在は、子供の頃から何度もニュースで見てきた。


 巨大な爪。


 鋭い牙。


 常識では説明できない力。


 普通の人間では太刀打ちできない存在。


 だからこそ、イラディケイトという組織がある。


 そして――


 俺たちはその候補生だ。


 胸の奥が重くなる。


 ふと横を見る。


 海斗は、いつものように落ち着いた表情で前を見ていた。


 だが、その目は真剣だった。


 興味でも、恐怖でもない。


 戦う者の目。


 俺とは違う。


 こいつは最初から、この場所に立つ資格がある人間だ。


 俺は――


 魔力値二十八。


 この学校の中で、間違いなく最弱の部類に入る。


 そんな俺が、本当にここにいていいのか。


 そんな不安が、胸の奥で小さくうごめく。


 その時だった。


「安心しろ」


 アマトの声が静かに響いた。


 生徒たちの視線が一斉に前へ向く。


「今回の異世界の生物たちは、俺が用意したものだ」


 その言葉に、わずかに空気が緩む。


 だがアマトは続けた。


「だが」


 一瞬の沈黙。


「実戦を想定して作ってある」


 その言葉で、再び空気が凍りついた。


「つまり」


 アマトの目が細くなる。


「油断すれば普通に死ぬ」


 誰も笑わなかった。


 冗談ではないと、全員が理解したからだ。


 教室の空気が、ゆっくりと張り詰めていく。


 俺の心臓がドクン、と大きく鳴った。


 これが――


 魔法学校。


 そして、俺たちの最初の試験。


 アマトは指を一本立てた。


「チーム戦だ」


「3人1組」


「チームはランダム」


「協力して任務を達成しろ」


 その時だった。


 アマトがふと笑った。


「……そうだ」


「突然だが、お前たちに俺が悪魔である証明をしておこう」


 次の瞬間。


 指先に炎が灯る。


 炎が水へ変わり、


 水が凍り、


 氷が砕け、


 雷が弾ける。


 さらに瞬間移動。


 影魔法。


 空間魔法。


 様々な魔法が一瞬で披露された。


「これが」


 静かな声。


「悪魔である証明だ」


 そして。


 アマトの周囲の空間が歪む。


 教室の空間が裂けた。


 そこに広がるのは――


 瓦礫の街。


 崩壊した建物。


 煙。


 怪物の咆哮。


 完全な災害現場だった。


「テストはここで行う」


 アマトは言う。


「準備はいいか?」


 誰も答えない。


 アマトは右手を上げた。


 そして――


 静かに言った。


「それでは」


 指を弾く。


「始め」


 パチン。

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