シュガー
コーヒーは、ブラックに限る。そんなことはない。恋を始める物語第4弾。
高山優也26歳、一般的に難関と呼ばれる大学を卒業し、大手と呼ばれる企業に、営業として、就職。仕事も順調で、30歳までに出世は確実だと言われている。自分で言うのも恥ずかしいが、それなりにいい生活を送れていると思う。
ただ、不満があるとすれば、恋人がいないこと。恋人も大学までは、ある程度出来たが、長続きしないことがほとんどだった。
両親がうるさいとか、周りが結婚していくとか、そんな事はないが、大学を卒業してから、ずっと一人で暮らしてきた。俺自身が、淋しさを感じていた。
-ピンポーン-
インターホンが鳴った。モニターを見ると、お隣さんだった。
「こんばんわ、高山さん。ちょっといい?」
「藤川さん。どうされました?」
「ちょっとカレーを作りすぎちゃって、晩御飯がまだなら、どうかな?って。」
「ありがとうございます。ちょうど、何食うか、考えてたところだったんですよ。」
「それは良かった。じゃぁ、準備するね。」
彼女は、部屋に入ってこようとする。
「ちょっと、藤川さん。なぜ入ってこようとしてるんですか?」
「えっ、一緒に食べようと思って。」
俺は、必死に彼女を止める。
「いや、手に持ってるタッパを頂ければ、移し替えて、お返ししますから。」
「えー、一緒に食べようよ。」
「分かってます?いい年した女性が、男の部屋に、気軽に上がらないでください。」
「それは、高山さんがそういう人って事?」
「違います。俺はそんな事しません。」
「なら、大丈夫だよね。」
彼女は、入ってこようとする。俺がそれを止める。
「今日は、友人が来るんです。だから、ご厚意はありがたいですが、また今度にしましょう。」
「じゃぁ、友達も一緒に、、、」
「食べません。」
玄関で、すったもんだしていると、廊下に人が来た。
「た、、、高山、、、お前、、、」
「うげっ、山下。はぁ、、、」
俺は頭を抱えた。その友人が来た。
「初めまして、山下です。高山と同じ26歳で、独身です。」
「初めまして、高山さんの彼女(になる予定)の藤川真奈美です。24歳です。もうすぐ高山になるので、気軽に真奈美って、呼んでください。」
彼女は、満面の笑みを浮かべる。
「違います。ただのお隣さんです。というわけなので、また今度。」
俺は、山下を部屋に入れ、ドアを閉めようとしたが、彼女の足がドアを止める。
「高山さん、ちょっと待ってよ。山下さん、カレーあるんですが、一緒にどうです?」
「マジっ!?ぜひぜひ!」
山下は、「どうぞ、どうぞ」と勝手に彼女を、家に上げ、クッションを準備する。
「お邪魔しまーす。」
彼女も遠慮なく、入ってくる。俺はため息を我慢しながら、彼女のカレーを鍋に移し、温めなおす。山下は、藤川さんと談笑している。
ものぐさな俺は、米を炊く時に、5合炊いているおかげで、3人分のカレーには十分だった。
「高山は、大学の時から、こんな感じなんだよね。」
「お前、人の事言えないだろ。」
俺と山下のノリを、藤川さんは、笑いながら、時折、参加する。食事の時間は、あっという間に終わる。
「私、片付けしますね。」
彼女は、食器をまとめる。
「藤川さん、座っててください。俺がやるんで、いいですよ。」
「じゃぁ、二人でやろっか。」
彼女はキッチンに入ってくる。一通り、終わり。藤川さんも、自分の部屋に戻っていった。
「なぁ、高山。」
「あぁ?」
「お前ら、本当に付き合ってないの?」
「ただのお隣さんだよ。」
ビールを片手に、山下と晩酌をしていた。
「でも、あれはさすがに、、、」
「分かってるよ。でもなぁ、、、」
俺は、ツマミを口に運ぶ。
「まだ引きずってんのか?何年前だよ。」
「しゃーないだろ。大学卒業したら、結婚まで考えてたんだからさ。」
それからは、くだらない話にビールが進み、気が付けば、夜は明けていた。
「おい、山下。朝だぞ。帰れ。」
「おう、朝か。昨日は飲んだなぁ。」
「ビール買いに行かないとな。」
山下は、フラフラになりながら、”また来るわ”と、帰っていった。
「さてと。」
スマホをチェックする。藤川さんから、メッセージが来ていた。
-昨日は、ありがとう。またご飯食べようね。-
昨日の山下の話じゃないが、メッセージを見て、少し憂鬱な気分になる。藤川さんに嫌悪感は無い。
さっき、少し触れたが、俺には将来を考えた女性がいた。彼女とは、大学で出会った。2年の時に、俺から告白して、恋人になり、それから4年まで、順調に愛を育んでいると、思っていた。だが、卒業まで秒読みに入った2月、彼女の浮気が発覚。いや、その表現は正確じゃないな。俺が浮気相手だった。
結局、彼女とは別れたが、それから恋人は出来ていない。トラウマになるというほどではないが、恋愛に消極的になるには、十分な経験だった。
あれこれ考えているうちに、部屋の掃除を済ませ、テレビを点ける。土曜日の朝、コーヒーを入れ、ベランダに出た。背中からは、天気予報が聞こえる。春の陽ざしが心地よく、コーヒーから上がる白い湯気を揺らしている。
「今日は、何すっかな。」
コーヒーを一口。
「デートしようよ。」
「あっっち。」
隣のベランダから、藤川さんの声が聞こえてきた。びっくりして、コーヒーが余分に流れ込む。
「おはようございます。」
「おはよう!」
彼女は、朝から元気だ。
「何してるんですか?」
「ベランダで、景色見てたら、高山さんが来たんだよ。」
「それは、失礼しました。邪魔するといけないんで、自分の部屋に戻りますね。」
「ちょっと待って!」
「何ですか?」
「デートしようよ。」
「大声でやめてもらえます?じゃ、戻るんで。」
「暇なんでしょ?さっき、”何しようかな”って、言ってたよね?」
「言いましたっけ?」
「デートし、、、」
「ちょっと、声!大きい!分かったから、ごめん。」
「私の勝ちだね。」
「勝負してたつもりはないんですけどね。で、どこ行くんですか?」
「デートは、男性がリードするものなのですよ。」
「しようって、言ったのに、丸投げですか。とりあえず、外出ましょうか。」
「じゃぁ、そっちに行くね。」
「何でだよ。用意できたら、迎えに行くので、準備しててください。」
「私はもう出来ているのだよ。今日は、高山さんとデートする予定で、準備はバッチリだよ。」
「俺に用事あったら、どうしてたんですか?」
「今日、何もない事は、山下さんから、バッチリリーク済みだよ。」
「はいはい。分かりました。15分で行きますね。」
山下の野郎。俺は、飲み掛けのコーヒーを、シンクに置き、準備を済ませ、隣の部屋のインターホンを押す。
「はーい。あっ、高山さん!どうしたんですか?」
呆れてしまう。
「行きましょうか?」
「えっ、どっか連れて行ってくれるんですか?」
「さっきベランダで話してましたよね。」
「はぁ、高山さん、、、こういうのは、雰囲気だよ。休みの日に、何をしようか考えてた女性のところに、突然、デートのお誘いに来た男性って、設定だよ。」
帰ろうかな。
「藤川さん。今はスマホもある時代ですよ。気軽に連絡が取れる時代に、女性の部屋に、突然来る男なんていませんよ。」
「身も蓋もない。私の止まらないロマンティックを返してください。」
「止まってないなら、そのままノンブレーキで、事故ってください。」
彼女が部屋から、出てきた。
「高山さん、デートなんですから、こういうのは、雰囲気がですね、、、」
車に向かう間、彼女の力説が止まらない。なぜ説教される側なのか、頭が痛い。目的地が決まらないまま、車は走り出す。彼女は、「デート、デート」と訳の分からない連呼を繰り返し、ウキウキしている。
「とりあえず、カフェでいいですか?」
「あー、高山さん!」
「いきなり大声出さないでください。びっくりする。」
「デートだから、敬語はやめようよ。」
「これは癖ですよ。」
「逃げた。”これは癖ですよ”って、言えば、”まぁ、癖なら、しゃーないか”ってなると、思ったか!あまーい。ミルクコーヒー、砂糖とミルク抜きより、あまーい。」
「それはブラックでは?」
「ふっふっふっ、高山さんは、気付いてないかもだけど、君はすでに私の術中にハマっているのだよ。」
「なっ、なんだって!」
「私が、ボケることにより、高山さんがツッコむという構図を作り出し、会話が途切れない。私は、なんという策士。」
「ぷっ、、、、」
確かに、ベランダから、ずっと会話が途切れていないな。
「あっ、今、バカにした。」
「ごめんごめん。敬語はやめるよ。これでいい?」
「無礼者!」
「どっちだよ。ハハハハ」
二人で笑った。社会に出てから、女性と出かけることはあったが、いつも俺が一歩引いてるせいで、お通夜のような雰囲気だった。当然、次にお誘いが来ることはない。
女性と一緒にいて、こんなに笑ったのは、久しぶりかもしれない。
目的のカフェに到着する。
「あっ、新作出てる。高山さぁん、これ飲みたい。」
「頼めばいいじゃん。」
「ちょっと、そこは優しく”いいよ。”って、優しくするんだよ。」
「イイヨー」
「ぐぬぬ、終わってる!終わってるよ!私は、これが飲みたいの!」
俺たちのやりとりを、店員が微笑ましく、見守っている。
「すみません。コーヒーとさくらラテ、サイズはレギュラーでお願いします。」
「無視するなぁ!」
「はいはい。」
適当にあしらいつつ、商品を受け取る。目的地も決めないまま、車は走り出す。
「リアルで、”ぐぬぬ”って言う人、初めて見たわ。」
「にがっ!」
彼女は、さくらラテを一口、含んで、舌を出す。俺はそれを見て、笑う。
「やってるよ!高山さん、やってるな!」
「だって、言わないから。シュガーがいるなら、いるって、言ってくれないと。」
「私は、甘党なんです!乙女心を弄びやがる。」
「知らないよ。初めて聞いたわ。」
「初めて、言いましたよ。だって、高山さん、私の事、何も聞いてくれないでしょ?」
彼女は、少し真剣な表情だった。突然のマジな顔に、戸惑いを隠せなかった。
「そうだな。よく考えたら、2年くらいお隣さんで、交流もあるのに、お互い何も知らないな。」
少し沈黙が流れる。
「えっ?」「えっ?」
「私は、高山さんのこと、いっぱい知ってますよ。」
「なに、どういう事?」
「高山さんが、カレーが好きで、大手に勤めてて、お金はあるのに、服は安物ばっか買って、、、」
「安物ばっかで悪かったな。って、俺がカレー好きなの、言ったっけ?」
「言ってないよ。」
「ちょっと怖いよ。なんで知ってるの?」
「私の情報網を甘く見ないで。君が小さい頃の話も全部、こっちは把握済みなのだよ。高山さん、あなたは把握されている。」
子供のころの話を知ってる?
「初恋は小学生で、同じクラスのゆかりちゃんだった事も、調べはついている。」
「バカやろう、分かったわ。てか、いつ俺の母親と、知り合いになったの?」
「勘のいい高山は嫌いだよ。」
「俺限定かよ。で、いつなんだよ。」
「んー、よく覚えていないけど、先月の15日。高山さんの部屋に入ろうとする怪しい女の影を見たから、声掛けたんだよね。」
「ばっちり覚えてるし、その勇気は何?あと、人の母親を怪しい女判定すんなよ。」
ため息が漏れる。
「だからか、最近、母親からの電話で、やたらと孫の話をされると思ったんだよな。」
「君は完全に包囲されているのだよ。ふっふっふっ。」
「変な組織の幹部かよ。」
「私は、本気だよ。」
「そんなに鈍くないわ。分かってるよ。」
「良かった。なんか漫画とかアニメとかで、よくある鈍い系男子じゃないかと思って、これから100通りの攻略ルート考えてたよ。」
「恋愛猛者かよ。仕事柄、相手の感情を汲み取るのは、得意だからね。逆に鈍感だったら、今の仕事できねぇよ。」
車は、まっすぐ進む。コーヒーを飲み終わり、二人の間に置いてあるゴミ箱に捨てようと、手を伸ばした時、
「あっ、ごめん。」
彼女の手に触れる。
「わざとです。」
「言わないほうがロマンチックだったな。」
「言わないと、そのままスルーでしょ?」
「そりゃそうだ。」
「奥手グランプリ、優勝者は伊達じゃないよね。」
「強敵ばっかりだったから、大変でした。やかましいわ。」
車は、街が見下ろせる公園に着いた。昼には少し早い。
「こんな場所あったんだ。」
彼女は、街を眺めながら、目を輝かせている。
「車無いと、中々、来ないよね。」
彼女の隣で、街を見る。
「ごめんな。藤川さんの気持ちは、分かるんだけど、昔にちょっと色々あってさ。」
「知ってますよ。私のじょうほ、、、」
山下だ。
「あいつだな。」
「昨日、深夜まで、高山さんの情報を吐いてもらいました。」
「吐いたって言うな。取り調べかよ。連絡先までちゃっかり交換してんじゃねぇよ。」
「でも、私は、その女性とは、違うので、安心してください。やりませんよ。」
「どっかの芸人みたい言うな。」
彼女は、あははと笑う。
「分かってるよ。藤川さんは、まっすぐだな。」
「こちらとしては、そろそろ折れてくれると助かるんですけど、これが中々ね~。」
沈黙が訪れ、公園で遊ぶ子供の声が、すり抜けていく。
「今、キスのチャンスですよ。」
「台無しだな。」
「まだです。まだ、助かる。まだ、助かる。マダガ、、、」
俺は、彼女にキスをした。
「・・・」
「・・・」
彼女は、赤くなる。
「攻略ルート1つで良かったな。」
「む、無駄になりました。考えた時間は、これから返してもらうので、いいです。」
「敬語になってるぞ。さては、照れてるな。」
「そりゃ、私だって、乙女ですから、照れますよ。」
「さて、もう一回、カフェ行くか。」
さくらラテ、シュガー多めで。
もう付きあっっちゃえよ!は言わない約束




