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聖女にうつつを抜かしたぼんくら王子の末路

作者: 蔵前

「婚約者のいる男性に話しかけるだけでなく体に触るなんて、どんな教育を受けていらっしゃったのかしら」


「ミシェル子爵令嬢が手作りされたバターケーキに言いがかりをつけ、グローリアス王子様達に捨てさせただなんて!!」


「あなたほど非道な方はいないわ!!」


少女一人を囲む制服の女子生徒達を私は眺め、女子は怖いと溜息を吐く。

多数に責められている少女は、光魔法の担い手の一人でもあるケイティ・ドーン男爵令嬢である。


そして私は知っている。

聖女候補になるほどの光魔法をお持ちのセーラ・ミシェル子爵令嬢が手作りしたバターケーキが、食べたら腹が下りそうだと確信できるカビが生えていたことを。


確かにお菓子作りが好きらしいセーラ嬢が手作りしたお菓子は美味しい。

クッキーもケーキも甘みが少なくしっとりしていて柔らかい。

つまりセーラ嬢が作る菓子は、砂糖の量が甘みを感じるぐらいの少量で、焼きが甘くて水分量が多い、ということだ。

カビやすいよね、ってこと。


「あなたも何か言ってやりなさいよ!!」


私の机の前に怒り顔の女生徒が立った。

彼女は私こそケイティ嬢を責めるべきだと言っているが、今日の私はケイティ嬢の無実を知っているので何も言えない。以前は言いたい放題だった自分が恥ずかしいぐらいなんだ。振るな!


光魔法の回復魔法は、翳す手の範囲から患者が傷口を動かしてしまわないように手を添える場合もあるし、そもそもケイティ嬢はセーラ嬢のバターケーキを捨てていない。ケイティ嬢は、幼馴染がセーラ嬢から貰ったバターケーキにカビがあったので確認をしてくださいと、生徒会室に残っていた私達に伝えに来ただけである。


憐れ、ダスティン・ギーヴ子爵令息。


彼はセーラ嬢からケーキを貰ってすぐに、全部を食べてしまっていたのだ。

流石万年腹ペコの騎士科だ。

だがそのお陰で私達にケイティ嬢が警告に走れたのだ。


けれど犠牲となったダスティンは、剣の実技試験中に便意を催し、試験を捨てて便所に籠らねばならなかった、とは。


昨日の彼は耐えがたい恥と医務室で落ち込んでいたが、バターケーキの呪いを回避できた親友達は君に感謝ばかりであると伝えたい。


「皆さま。ケイティ様を責めるべきではありません。彼女はすべきことをしてくださったのだから」


静かな声が教室に響いた。

戸口から入って来たのは、金色に靡く美しい髪をした美少女である。

アリシア・シェーラム侯爵令嬢であり、この国の第二王子の婚約者である。

そして彼女は私へと真っ直ぐにやって来て、私をその青紫の花のような目で射抜いた。


「セーラ様。ご自分の失敗を反省するどころか、正してくれた方を人を使って責める、それは一番やってはいけないことですのよ?」


私は、そうですね、とアリシアに答えたかった。

けれど、腐ったケーキをぼんくら王子とその側近に配ったのは私ではない。

私こそ被害者なのだ。

だが今はそんな情けないことを言う場面では無い。


私はどうしてここにいるのだ、思い出せ。


「アリシア。君に会いたかった」


「は?」


気取り返った顔しか見たことが無い婚約者が、それはもう間抜けな顔で私を見返す。

私は昨夜から反省しきりだ。


なぜって?


ぼんくら王子はセーラ嬢からバターケーキだけでなく、トリュフチョコレートなるものまで貰っており、毒見も無くその特別チョコレートを食べていたからさ。


そして憐れなぼんくら王子は、脱水症状まで起こすほどの腹痛だったため、翌日の早朝に治療を、愛していると信じていたセーラ嬢を呼び寄せて委ねたのだ。

この失態についてぼんくら王子がいくら庇おうが「王家は許さない」と彼女にはわかっており、彼女が自己保全のために外道な計画を立てていたのも知らないで。


セーラは癒しの手だと私に手を翳したが、唱えた魔法は精神感応の方だった。彼女は私の意識を乗っ取り、自分の体に私の意識を閉じ込めてしまった、のである。


私に乗り移るやセーラは、セーラの無実と、今回のことはアリシアが全て企てた事だとして侍従達に伝えて騒ぎ出したのだ。

このままではアリシアが冤罪で!

ぼんくらだろうが人間的に冤罪など許せない。

セーラの姿の私は、更なる大騒ぎを起こして、王城から逃げて来た。


だから。

私はアリシアの手首を掴む。

彼女に危機だけを伝えねば。

私の体を使うセーラによってアリシアが害される前に!


アリシアを裏切り苦しめた自分ができるのはそれだけだと、セーラの体に入ったことで読み取れたセーラの「やぼう」――王妃になって(私には王太子の兄がいるのに)アリシアを拷問して処刑したり追放するの――にガクガク脅えながら(なんて女に騙されていたんだ)、私はここまで逃げて来たのだ。

セーラの体で。


「セーラ・ミシェル。あなたに害意が無かったならば、学園の退学に貴族籍からの除籍で済みましたけれど、被害を防ごうと頑張ったケイティ様を取り巻きを使って責め立てるなど、その責任転嫁にはほとほと呆れました」


「アリシア、逃げてくれ。セーラが私の体を使い君に冤罪をかけようとしている」


「え?」


アリシアに続きを言えなかった。彼女の護衛が私の腕を彼女から払いのけた後、私の腕を掴んだ。私はきしむ腕の痛みに悲鳴さえも出せない。


「グローリアス第二王子殺害の容疑で連行します」



        ――――――――



学園で捕らえられた私は、そのまま王城に連行された。

連れていかれたのは、法廷どころか地下牢獄だ。尋問だってすっとばしである。

けれどお陰で、現在の自分の体がどうなっているのかを目にする事ができた。


私の体は王宮の地下牢獄の石のベッドに寝かされ、これから拷問される囚人のようにして四肢を金属の戒めでベッドに貼り付けられていた。

そして、顔には大火傷。


私が自分の顔に向け、油をしみこませて燃やした枕を投げたのだ。

せめて、私の顔でセーラが私を名乗ることが無いように。


誰にも顔向けできない私自身への罰として。


「弟じゃ無い奴が弟を名乗るのだ。罰は必要だ。このままここで朽ち果てさせる」


私よりも数歳年上で、私と違って帝王学を詰めこまれた父とそっくりの王太子の兄がそこにいて、私の体を見下ろしている。彼はセーラの姿の俺へ、蔑みの目を向けた。

彼は分かっている、私の意識がどちらにあるのか。

私は兄に答えた。


「理解しております」


「待ってください!!」


女性の声が牢獄内で響く。

振り返ればアリシアだ。そんな大声など出した事無いのに。そして彼女はなんと、王太子の前で床に跪いた。淑女の礼どころか、懇願の這いつくばりだ。


「止めてくれ、アリシア。君が」

「私が躾け直しますから!!」


え?


「君を傷つけ、王家の威信に傷つけたこのぼんくらを生かす必要があると? 情けなくも女になった身を利用して逃げただけでなく、逃げ込んだ先が人質に出来る貴族子女ばかりの学園だ。放置刑ではなく広場でギロチン刑にしてやりたいぐらいだ」


「わかります」


え? わかる?


「ですが処刑はお待ちください。違います。違ったのです。グローリアス様は私に言いました。逃げろって。セーラが私を冤罪をかけようとしているって。グローリアス様は私を守ろうとしてくださったのです。私に伝えるために学園にいらっしゃったのですわ」


私は顔を伏せる。

セーラの「私は分かっていますわ」が薄っぺらいってよくわかったからだ。

確かにあいつは私が気持ちよくなる言葉を吐いていたが、あいつは私の言葉を聞いてはいなかった。アリシアのように、私の短い言葉でも想像し、私の真実を理解できるほどに私に寄り添ってはいなかったのだ。


それを今ようやく解るだなんて、アリシアに向ける顔など無い。


「――遅すぎるがな。それに弟はこの顔だ。もうどうにもならない。その女を処刑すればその女の精神も死ぬだろう。死ななくとも、弟の体は放置刑だ。弟の肉体もそのうちに死ぬ。これがこいつらへの刑だ」


「まって、待ってください。あたしがグローリアス様の治療します。だから、命だけは」


私の体が私の声でセーラの懇願を吐いた。

体を取り換えなくとも、あの姿は今までの自分だ。

何も考えず、アリシアを傷つけた、ぼんくら。


「お前らの仲睦まじい姿こそ俺は目にしたくはないんだけれどな」


「兄上。今すぐに私の首を落としてください」


私は兄の前に跪いた。

これは全部私の浅はかさのせいだ。

私を想う婚約者を軽んじて、見かけだけの心ない人を選んだ自分のせいだ。


「相応しくない行動をした私のせいです。庇ってくれてありがとう、アリシア。いえ、シェーラム侯爵令嬢。あなたが連座されないように、私との婚約破棄の宣言をお願いします」


「グローリアス様」


「ふざけんな! あたしの体を勝手に殺すんじゃないよ!」


俺の声が牢内で響き、俺は意識が霧散しかけた。

瞬間、顔面の痛みが私を襲う。

戻った?

火傷の痛みに意識を失いかけたが、何とか堪える。

必死に爛れた瞼をこじ開ければ、セーラが兄に向って左手をあげたところだ。

私はセーラの使える魔法を知っている。

あの手の平を向けられたら!!


「兄上!」

「お前こそふざけんな!」


アリシアがどすの利いた声で叫んだ瞬間、セーラの体は勢いよく後ろへと倒れた。

その後は、セーラは完全に白目をむいて仰向けだ。

警護兵がいそいそとセーラの首に魔法無効の首輪を嵌める。


私は、火傷で潰れた瞼の下からだったが、良く見えたアリシアの綺麗な回し蹴りを脳内で何度も反芻しながら聖女候補だった成れの果てが運ばれていく様を眺めていた。

私が虐げたアリシアは、月の女神のような美しさだけの人形どころか!

なんて見る目が無いぼんくらか、私は。


「アリシアはなんて素敵だ」


「いまさら。まったく、本当にお前はぼんくらだ」


「いいのです。いいの」


アリシアは微笑みながら私の元へと歩み、私の顔に手を乗せた。

少し冷たくて火傷の痛みがすうぅっと引く。

元通りになった瞼をしっかりと開ければ、私の婚約者の美しい顔だ。


「アリシア」


バシン!

「あうちっ」


私の頬はかなり痛かった。

ケガを治し切ってからしっかりと平手打ちして来るとは。

なんて公正で思いやりのある人か。


「では、婚約は破棄します。わたくし、ぼんくらは勘弁です」


「だが、私を躾け直すと」


「躾け直しが必要な男が、この私の婚約者を名乗ると?」


「仰る通りです。心を入れ替えて精進いたします」


アリシアはふっと鼻で嗤う。

それから淑女は踵を返し、ぴんと伸ばした美しい後ろ姿で私の前から去って行った。

私は兄によって戒めから解かれながら、兄に願う。


「やり直すために小さな領地を下さい。畑を作り、自分一人で生きて行けるように頑張ります」


「だめだ」


「そうですね。まだまだ甘いですね。騒乱の罪で身一つで追い払われても」


「阿呆。アリシアにそんな生活をさせられないだろ。どうせお前はぼんくらなんだ。ぼんくららしく学校に通い、アリシアをちゃんと口説け」


「許してくれますかね」


「それは知らんが、お前の友人は助けられるぞ。お前も酷い下痢をして苦しんでいたと言えば、心が折れているらしいあの脳筋も、もう一度頑張ろうと思うかもしれん。これで終ったら、あれは剣の腕がある分面倒だ」


「兄上、ありがとうございます」


「かまわない。お前がぼんくらなお陰で我が国は王位継承問題が起きようも無い。それに感謝はアリシア嬢の趣味の悪さに捧げろ。彼女は俺の王妃になるよりも、お前というぼんくらが好きらしい」


「では、ぼんくらのままでいろ、と?」


「バカな子ほどかわいいってやつだよ。良かったな」


私はこの自分の期待されなさすぎる環境だからこそ、「あなたは素晴らしい王になれるわ」というセーラの甘言に流されたんだなあ。

あと、兄が婚約者(アリシア)狙ってたとは。

大事なシーン修正いれました!

アドバイスありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
 2人の入れ替わりの部分が読み取りずらいです。主人公は今どっちの体なのか分かりやすく説明入れた方がいいですよ。  特に、元に戻った個所で混乱しました。  全体のテーマは面白かったです♡
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