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雨が降るたびに、志田さんの家に通った。
つまり、梅雨であるこの時期はほぼ毎日彼女の家に足を踏み入れた。雨が降ると、彼女に会いたくなるからだ。さすがに学校をサボったのはあの日だけで、翌日からはきちんと登校した。母親にもサボったことはバレていない。母親の敷いたレールから一歩ずつ道を逸らしいくみたいで胸がすっとした。
志田さんの家を訪ねるのは、大抵学校が終わる十六時頃から塾が始まる前の十七時半ごろまで。一時間半という時間が脳をリフレッシュさせるのにはちょうど良く、志田さんも「仕事の休憩にぴったりだわ」と喜んでくれた。在宅ワークだとメリハリをつけないとダレてしまうのだとため息をつきながら笑って教えてくれた。それが本心なのかやさしさなのか、もう私には区別がつかない。どっちでもいい。志田さんはきっと、嫌なことは嫌だとはっきり言えるひとだと思うから。彼女が私を家に入れてくれる限り、私は彼女の家に通った。
彼女の家に通い始めてから一週間、家に来た時と出る時に必ず蚕の繭を目にしていた。当たり前だが、初めて見た時からジッとして動かない。
「蚕っていつ羽化するんですか?」
「あと一週間くらいかなあ。初めてだから楽しみなの」
正直なところ虫は得意ではないが、志田さんが大切に育てている子の成虫になった姿なら見てみたいと思う。
「志田さんって彼氏さんとかいないんですか?」
志田さんちの洗面所で手を洗っていると、男物の靴下の片割れを見つけた。何の変哲もない黒い靴下だけれど、明らかに大きさが女性用ではない。これは、と思ってリビングに戻り、初めて彼女の恋愛事情に踏み込んでみる。
「彼氏……と呼べるのかは分からないけれど、親しいひとならいるよ」
「へえ、それって友達以上恋人未満的なやつですか?」
「ん、そうかも」
そのひと、絶対志田さんのこと好きじゃん。
そもそも志田さんに恋人がいないことが意外だったけれど、そんなひとがいるのなら、告白秒読みといったところだろう。靴下を家に忘れているということはこの家にも来ているということだろうし。
恋人……か。
不意に、なんだか胸のなかでもやがかかったような複雑な感情に支配される。
志田さんに恋人ができたら、私はこの家に来られなくなるのだろうか。
冷静に考えればそんなことはないはずなのに、この時確かに、私の中で彼女を独り占めしたいという独占欲が生まれた。
「志田さん……私……」
彼女のほっそりとした腕に、指先で触れてみる。志田さんが「どうしたの?」と言うと同時に、ぴくんと身体を揺らした。
「志田さんのこと、好きかも」
口にしてみて気づいた。私は志田さんが好きなのだと。この気持ちはただの友愛だろうか。年上の女のひとを慕う憧れだろうか。それとも——。
「私も好きよ、あゆりちゃんのこと」
志田さんは驚くでもなく、拒むでもなく、やさしく眉を下げて微笑んでくれた。絡みつく私を受け入れ、背中と頭を撫でてくれる。そのしっとりとした手のひらのぬくもりを感じながら、ずっとこのままでいたいと思う。
ずっとこの場所にいたい。
家に帰りたくない。
小さな子どもみたいにわがままな気持ちに支配される。彼女の身体にくっついて、その肌の温かさを一度感じてしまうともう離れることなんてできなかった。
きっと志田さんといい感じだという男性も同じなのだ。
彼女に一度触れた時から彼女を離したくないと思っただろう。私はその、顔も知らない男性のことをちょっとだけ——いや、かなり羨ましく思った。




