4話 温泉旅行
今日は、熱海に一泊の温泉旅行に来ていた。
初めての女性としての遠出だから熱海ぐらいが良くて、ホテルの近辺で静かに過ごそう。
新幹線の窓から海が見えたときは、心が踊る。
私も女性として旅行できるようになった。
周りも、女装している男性なんて思わない。
それはそう、本当の女性の体なのだから。
熱海にもうすぐ到着するというアナウンスが流れる。
窓側の席から通路に出るときに、スカートが横の男性の足に触れた。
横の男性は、面倒くさそうに足を引く。
若い女性じゃないから親切にしても得がないという感じなのだと思う。
まあ、そんなこと期待はしていないけど。
あと何年か経てば、若くなれるから待ってなさい。
トイレに行きたいけど、今行くと乗り越してしまうかも。
今、使用中のランプが付いているし、新幹線を降りてからホームのトイレに行こう。
でも、その判断は間違っていた。
新幹線ホームのトイレには5人の女性が並んでいる。もう、待てないかも。
女性になってから電車とかに乗らないから、こんな状況とは思ってなかった。
男性トイレは空いてそうだけど、こんな格好で入るわけにもいかない。
こんな時、漏れそうだから割り込みさせてなんて言えるのかしら。
分からない。そんなことはどうでもいい。早くしないと。
前に立っている若い女性は、割り込みしないでと、そわそわしている私を睨む。
我慢ができずに駅員の方に聞くと、在来線ホームにもトイレがあるとか。
私は、駆けってなんとか漏らすようなことは避けられた。
女性として、気をつけなければいけないことがあることを知った。
駅をでると、10分ぐらい散歩をしてホテルに到着する。
海辺に建つ大きなホテル。かなり古びていて、壁にもヒビが入る。
ただ温泉では有名で、朝食ビュッフェも干物を自分で炙るとか、手がこんでいるらしい。
道路から入るとホテルの屋上で、海が一面に広がる。
青い水面の上を陽の光がさんさんと照らし、波の模様が美しい。
カモメが自由に、楽しそうに飛び回る。今の私の気持ちみたい。
懐かしい海の匂いが私を包み込む。
屋上から少し廊下を歩き、エレベーターで7階下に降りるとフロントがあった。
チェックインはおじさん1人で対応している。
おじさんは、私を上から下に眺め、「はい寺尾さんね」とつぶやく。
なんか、この年齢の女性を見下すように。
賞味期限切れの女性と馬鹿にされたような感じがする。
なんか、女性になったら、もっとチヤホヤされると思っていた。
睨むような目つきでおじさんを見つめていると、怖かったのか目線を外す。
最近名義変更をしたクレジットカードを渡し、清算して部屋のキーをもらう。
おばさんをバカにするおじさん、男性の時に見えてなかった世界が少しづつ見えてくる。
部屋に入って荷物を置き、メイクを直してから熱海の中心街に出かける。
熱海の繁華街は、とても賑わっていて、まっすぐ歩けないほど、人が溢れていた。
これまで、ほとんどの時間を1人で過ごしてきたから、人混みに酔ってしまう。
でも、楽しそうに歩いている人達の様子を観察してみると、いろいろな人がいる。
横の男女2人はお互いに照れている。初めてのお泊まり旅行なのだと思う。
目の前を家族が通り過ぎ、子供がだんごを食べたいとはしゃぐ。
時間は夕方の4時。中心街から少し海の方に降りた所にある居酒屋に向かった。
ホテルの夕食もいいけど、熱海には美味しそうなお店が多いから夕食は外食にする。
土曜日だからか15時から空いているとネットに出ていた人気店に入る。
山小屋のような造りで、油でテーブルが汚れていて薄暗い。
地元の仲間のような若者の男性客だけで、肩に腕をかけて大声で笑っている。
落ち着けるいいお店で、和気あいあいとした、いい雰囲気の居酒屋だと思った。
お一人ですかと店主から怪訝そうな顔をされる。
そうですと答え、カウンターに座り、今日のおすすめを聞く。
刺身の盛り合わせだというので、それとビールを頼んだ。
でも、お料理とビールが出てきて、食べていると、ふと浮いていることに気づいた。
女性が1人でカウンターで飲んでいる姿は、あまりに寂しそうだということに。
旦那に置いてけぼりにされて、ふてくされて1人で飲んでいると思われたのかもしれない。
それでも、ビールを1人で飲む姿は女性らしくない。男性のときは考えたこともなかった。
ただ、再び会うことはない人たち。ここで一つ学んだと思えばいい。
今更、どうしようもないので適当に飲んで30分でお店を出た。
まだ明るい道を歩き、ホテルに戻る途中で、乱暴そうな男性3人組が横を通り過ぎる。
背は高めだけど、今の力では暴力を振るわれたら勝てない。男性が近づくたびに怖かった。
でも、おばさんに興味がないのか、乱暴されることはなく済む。
公園を見て、昔、夜の公園で立って用を足したことを思い出す。
今では、そんなことはできない。
女性になっていろいろ不便になることもあるって実感する。
そんなことはどうでもいい。
せっかく熱海に来たんだから、温泉に入ろう。
大浴場に行くと、脱衣所は女性ばかりだということに圧倒された。
当たり前だけど、女性がなんの恥じらいもなく服を脱いでいく。
服を淡々と脱ぐ様子が、がさつというか、そんな姿に、馴染めない自分がいた。
若い女性も、友達と大声で話し、笑いながら、自然に裸になっていく。
バストをまる出しで大声で無邪気に笑う。
見られたくないとか、恥ずかしいとか、そんな感情は見えない。
もっと、女性は清らかだと思っていた。服を脱ぐ時は恥じらう仕草でと。
まあ、男性のときは、他の男性に恥じらいなんてなかったから、それと同じ。
いつも見ている自分の体と同じ姿が周りにあるだけだから当然のこととも言える。
そんな状況に慣れないと、これから、普通に過ごすことはできない。
逆に、私が女性じゃないってバレるかとドキドキだった。
私の体は手術で作られたものだから。
男性が紛れ込んでいると騒がれ、女性達に囲まれ、責められる映像が浮かぶ。
タオルで隠し、ゆっくりと服を脱ぐ。
でも、私に関心がある人なんて、どこにもいなかった。
女性の枠に入っていれば、細かいところまでは関心がないのだと思う。
個人差もあって、形やラインが少し違うかもなんて誰も見ていない。
頭では理解できるんだけど、まだ経験が追いついていかない。
少しづつ慣れていくんだと思う。
そんなことはどうでもいい。
温泉はとても気持ちが良かった。
温泉の湯と体との境界線が、バストでMのような形になる。
男性のときにはなかった感覚。
自宅ではシャワー中心だけど、温かいたっぷりのお湯に浸かるのは久しぶり。
手術が成功して、相変わらず温泉に入れることには先生に感謝してる。
今では、手術の跡も綺麗に消えて、柔らかい、すべすべな肌が光る。
周りは、おばさん達が大笑いする声で騒がしい。
でも、湯煙であまり見えないから落ち着ける。
そんな中、横のおばさんたちが話しかけてきた。65歳を超えていそう。
「お嬢さん、何歳なの?」
じろじろと私の体を見てる。
バレたのかもしれない。
さすがに61歳とはいえず、適当な年齢を言ってみた。
「45歳ですが・・・。」
「そうなんだ。」
特に疑うことはないみたい。
「このホテルって、家族風呂がないから、旦那さんと一緒に温泉に入れなくて残念ね。お子さんは旦那さんと一緒に入っているとか。」
子供がいる妻と思われているのだと思う。
女性以外の誰でもないと見えていることに、少し心は落ち着く。
「いえ、私は1人で来たんですが・・・。」
「そうなの。まだ、独身なんだ。立ち入った話しをするけど、バツイチとか?」
「ええ。離婚したんです。」
「そうなんだ。旦那さんがDVだったとか?」
「いえ、そんなことはないのですが・・・。」
初めて会うのに、なんの遠慮もなく聞いてくるおばさんには当惑する。
女性って、こんな感じなのかしら。
年をとると、女性もおじさん化すると聞いたことがあるけど、それ以上に強引な感じ。
「立ち入ったこと聞いて、ごめんなさいね。でも、最近、バツイチって、結構多いのよね。でも、あなたの年代は、女性1人旅もできて羨ましいわ。私達のころには、女性1人旅とかできる雰囲気じゃなかったもの。」
「そうそう、傷心旅行とか言われてね。自殺したら困るから泊まらないでなんて雰囲気があったらしいし。」
「そうなんですか。」
そんな偏見が、これまでの女性の行動の自由を縛ってきたのだと思う。
女性になったのが、今の時代で良かった。
「でも、夕食のときとか寂しくない?」
「1人の方が気楽で、のんびりできるんです。特に、温泉はゆったりとしたいですし。」
「まあ、最近は、いろいろな楽しみ方があるし。ところで、あなた、バスト、大きいわね。何カップなの?」
「Eカップですが・・・。」
脂肪注入でDカップぐらいまでに大きくした。
でも、それに女性ホルモンが上乗せされて大きくなりすぎた。
乳輪も広がり、乳首も大きくなっている。
なりたくて女性になったのでいいのだけど、なんか下品な感じがして少し気になっている。
小さくしようと考えてみたこともある。
ただ、先生からは、乳腺を傷つけるし、何度も手を入れないほうが安全と言われた。
だから、このままにしている。
「そうなのね。牛乳をいっぱい飲んで育ったとか。」
「まるでお牛さんみたいとか言われない? あはは。ごめんなさい。悪口じゃないのよ。私なんて垂れてしまっているでしょう。もう歳だから。ハリがあって、羨ましいななんて思ったの。45歳なんて、まだまだ若いわね。でも、重たいでしょう。肩こらない?」
最近、昔より肩がこると思っていたけど、それが原因だったんだ。
痩せて体も華奢になっているので、なおさらバストが負担になっているのだと思う。
「そうですね。これからマッサージに行こうかと考えていました。」
「それはいいわね。本当に、ごめんなさい。お邪魔しちゃったわね。お一人で楽しんでね。私達は上がるから。」
「これからも、お楽しみください。」
私が男性だと全く思いもしない感じで会話が進んだ。
でも、おばさんって本当に恥じらいがない。まるでおじさん化してる。
もう、周りからどう見られても関係ないという感じ。
股も開きっぱなしで、手入れがされていない毛が気持ち悪い。
それから1年経って、また定期検診に出かけた。
その時、医者から衝撃的な言葉を聞くことになる。




