5話 統合前夜
世界が、わずかに揺れている。地面が不安定なのではない。認識が揺れている。
「最終フェーズ移行。」
その文字が、まだ頭の中で点滅している。この5人は1人に統合される。
つまり。全員が、消えるか、吸収されるか。
「はは・・・。」
乾いた笑いが漏れる。怖いはずなのに、なぜか、どこかで納得している。
ここまで来て、ようやく分かる。これは最初から、そういう構造だったと。
「ねえ。」
隣で声がする。彼。変わらず、穏やかな顔。
「そろそろ分かってきた?」
視線を向ける。
「何を?」
彼は少し考えるようにして、そして、あっさり言う。
「君が、何をしてるか」
その言葉。胸の奥で、何かが軋む。
「私は・・・。」
言葉が続かない。被害者か。加害者か。もう、その区別自体が曖昧になっている。
「君はね。」
彼が、ゆっくりと近づく。
「選んでる側なんだよ。」
その一言で、呼吸が止まる。
「でも・・・。」
反射的に否定しようとする。
「違う、私は、選ばされてる。」
遮られる。図星。
「最初はね。」
彼は優しく言う。
「でも途中から変わった。」
視線が揺れる。
「君、気づいてたでしょ?」
何に?
「楽しかったでしょう。」
その言葉。否定できない。誰かを壊すたびに、軽くなっていく感覚。
若くなっていく実感。現実が、都合よく歪む快感。
「違う。」
でも、声に力がない。彼は笑う。
「じゃあ聞くけど。」
スマホを見せる。そこに表示されている履歴。
「これ、誰が選んだ?」
画面には、今までの消去ログ。看護師、彼、見知らぬ人達。
そして、最後に自分。息が止まる。
「これって・・・。」
「全部、君だよ。」
その一言で、思考が崩壊する。
「嘘・・・。私じゃない。」
でも、否定できない自分もいた。記憶は曖昧でも、感覚だけは残っている。
自分で選んだ感触。
「じゃあ、娘も、君じゃないのか?」
沈黙。あれは私が選択した。心臓が嫌な音を立てる。
「娘ってさ、一番壊しにくい関係なんだけどな。」
分かっている。あの時に戻りたい。
「だから最後まで残る。でも君は選択した。一番効率がいい選択を。」
その瞬間、吐き気がこみ上げる。
「やめて。」
「だってそうでしょ?」
彼は優しく続ける。
「君、もうほとんど忘れてる。」
頭が揺れる。
「顔も、名前も。」
否定したい。でも、思い出せない。
「でもね。」
彼が、そっと胸に手を当てる。
「ここだけは残っている。」
心臓の鼓動。強くなる。
「それが核。」
その言葉で、一瞬だけ、視界が鮮明になる。
守りたい、あの声。男性だった頃の、最後の自分。膝が揺れる。
「まだ残ってるんだね。」
彼が、少し驚いたように言う。
「珍しいな。」
「何が?」
「そこまで残るの。」
その一言。つまり、普通は、全部消える。
「でもね。」
彼が続ける。
「それ、邪魔なんだよ。」
次の瞬間。頭の中で、何かが引き剥がされる感覚。
「やめて!!」
膝をつく。記憶が、流れる。男性だった頃の断片。笑顔、声、娘。
全部が、一気に遠ざかる。
「ほら、消えるよ」
必死に掴もうとする。でも、指の間から零れる。
「いや・・・。」
初めて、はっきりと涙が出る。
「それだけは・・・。」
そのとき。スマホが、強く光る。
「異常検知。」
画面に表示される。彼が、わずかに眉をひそめる。
「あれ?」
次の瞬間。別の声。
「そこまでよ。」
振り返る。そこにいたのは看護師。でも、前とは違う。目が冷たい。
完全に、理解している。
「あなた、やりすぎ。」
男を睨む。
「まだ統合前なのに。」
空気が変わる。二人の間に、明確な対立が生まれる。
「邪魔しないでよ。」
彼が笑う。
「もう終わりなんだから。」
「だから止めてるの。」
看護師が言う。
「それやると、全部が壊れる。」
意味が分からない。
「何が?」
震える声で聞く。二人が同時に、こちらを見る。そして、同時に言う。
「現実が。」
息が止まる。
「あなた、まだ分かってない。」
看護師が近づく。
「これ、ただのゲームじゃない。観測でもない。これは・・・。」
言葉が止まる。その瞬間。男性が、笑いながら言う。
「再構築だよ。」
背筋が凍る。
「壊して、選んで、残す。」
その言葉。つまり、今まで消えた人間は、ただ消えたんじゃない。選別されている。
「そして最後に残るのが・・・。」
男が、指を差す。
「君。」
心臓が止まりそうになる。
「君が、世界になる。」
その一言で、すべての意味が変わる。私は、変わるんじゃない。置き換わる。
「そんなの・・・。」
言葉が出ない。そのとき。スマホが、再び震える。画面に、新しい表示。
「もう一つの選択肢。娘を復活させる。」
「やっとだね。」
男性が、優しく言う。娘、私が自分の欲望のために殺害に追いやった。
そんな娘を守りたい。でも、最後の選択、足が震える。
もう逃げられない。初めて、はっきりと理解する。
これは、誰を選ぶかではない。何を残すかだということを。
スマホに表示される、最後の選択。
指が震える。そして、ゆっくりと画面に触れる。
その瞬間。世界が、完全に停止する。




