表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おじさん、女子高生になる  作者: 一宮 沙耶
第1章 若返り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/25

2話 手術

「可能ですが、あなた、今60歳ですよね。これまでの人生はどうするのですか? 友人に女性になりましたなんて言えないでしょう。」


一時の思いつきで、とんでもないことを言い出したと、医師は目を丸くする。

横の看護師も、口を開けたまま、自分の耳を疑っているように見える。

私が女性の体に昔からなりたかったと知らない人には当然の反応だと思う。

医師が握っていたペンが床に落ち、乾いた音が診察室に響く。


「実は、私は昔から女性の体になりたいと思っていました。でも、先生の診断で安心しました。たぶん、体の中で女性ホルモンが、わずかでも出ていたことが原因で、異常ではなかったのだと思いました。」


医師は、少しうなづいたものの、状況を正しく理解させようと唾を飲む。


「奥様やお子さんもいるんでしょう。どうするのですか?」

「妻とは離婚し、娘とも、最近は会っていません。今後も会うことはないでしょう。また、会社も、定年再雇用となった状況でバカにされた扱いをされていて、辞めたいと思っていたんです。60歳を超えているのに、今は娘よりも若い女性から請求書を作っておいてと、上から目線で命令されるんですよ。信じられますか? お金はそれなりに蓄えがあるし、亡くなった親の一軒家も1人子だから私の資産になっていて、会社を辞めても大丈夫です。だから、過去の縁はすべて捨ててもかまいません。」


その場の感情で決める問題ではないことは私も理解している。

医師は、とりあえず理解しつつ、問題を理解させて踏み止まるべきだという表情が続く。


「そうなんですか。2つ問題があります。卵巣から女性ホルモンが出るのでしょうが、60歳にもなった体が女性化するかは疑問です。もう一つは、女性ホルモンで声を女性化はできません。そんな中途半端な体が気持ち悪いと見られるかもしれません。」


声が変わらないとは思ってもいなかった。

でも、もともと、それほど男性らしい低音ではなく、昔から高めだと言われている。

手術とかはできないのだろうか。



「女性らしい体に整形することは可能なんですよね。声も整形とかできないんですか?」

「声は難しくて、喉仏を切除して出っ張りをなくして音程を少し高くする手術はできますが、必ず成功するというわけでもないんです。そのリスクを込みでも手術したいというのであれば、考えますが。」

「それなら、ぜひ、女性の体にしてください。人生を変えたいんです。」


私が熱心にお願いする姿を見て、医師も本気だと理解したように見える。

もちろん、手術が失敗すれば、医師の言うとおり、ばけものになるかもしれない。

でも、これまでの生活も生きているのか分からない状況だったから、あまり変わらない。


失敗しても、外出時は深々と帽子を被り、あとは、部屋で一人寂しく生きていけばいい。

今どき、東京ではセルフレジとか多いから、話をしなくても過ごしていける。

素敵な女性の姿を見せたいのではなく、ただ、女性の体になりたいだけだから。


「そこまでの覚悟があるのであれば、分かりました。では、男性器を切除し、女性器の形にしたうえで、膣を女性器につなげる。お腹の脂肪をバスト、おしりに移す。喉仏の切除で声帯を狭めるという手術をします。顔は、そもそも女性に近いように見えるので、そのままにして、後で、要望があれば追加で手術をするかを考えましょう。そんなに一気に手術するのも無理ですし。それで本当にいいですね。」

「いいです。お金はどのぐらいかかりますか?」

「偶然ですが、ちょうど、これらの手術は私の得意分野なので、私が担当します。そのうえで、これだけの手術だと800万円ぐらいですね。保険はきかないですが、大丈夫ですか?」

「お金は貯めていますので、そのぐらいなら大丈夫です。どのぐらい入院すればいいでしょうか?」

「全身ですからそれなりは。2週間はみておいてください。」


2週間後には、女性としてこの病院を退院できる。

どんな生活が待っているのだろうか。

痛みや、心配のリスクも心配だが、明るい未来が見えてきた。


「逆にその程度ですか。わかりました。よろしくお願いいたします。」

「さっきも言いましたが、手術は急ぎます。早速進めましょう。また、お勤めのようですが、会社には急遽、入院し、2週間は会社を休むとお伝えしておいてください。」

「分かりました。身支度を整えて、お昼に来ます。会社には辞めると伝えておきますから大丈夫です。」

「保険がきかないとしても、退院してから会社を辞めた方がいいですよ。手続きをすれば失業保険も貰えますから、せめて年休消化ということで。いずれにしてもお昼に待っています。」

「アドバイスありがとうございます。ただ、後で書類を会社に持ってきてくれとか言われると困るし、この際なのですっぱり辞めることにします。」


私は、一旦家に戻り、会社の上司に辞めると電話をする。電話の先では喜んだ声がはずむ。

お昼に入院して、手術用ベットに仰向けになった。

下着を脱ぎ、入院パジャマに着替えた私を、看護師が手術室に運んでいく。

手術は痛いのかと、不安が表情にでていたのだと思う。

暗く、狭いエレベーターの中で、看護師が話しかける。


「大丈夫ですって。」


手術室に入る。たしかに、古びた壁に覆われている。

医師はマスクをしていて表情が読めない。

喉、女性器、バスト、お尻と全身が手術対象となることに、少し体が震える。


「では、手術を始めます。まず、これから全身麻酔をします。麻酔医が数を数えると、おそらく3まで言わない間に意識はなくなります。それで、手術が終わったら起こしますので、個室にお戻りいただきます。」

「痛くないですよね。」

「手術中は痛くないです。手術後は、皮膚がくっつくまでは抗生物質を取っていただきますが、その間は、麻酔が切れて、痛いこともあるかもしれません。痛くて我慢できなければお薬をだしますので、ご相談してください。だから、心配はご無用です。」

「では、麻酔を入れますね。数えます、1、2・・・」


遠くから声をかけられている。

どうも寝ていたようだが、夢とかは見ていない。

声がだんだん大きくなる。


「寺尾さん、起きてください。手術は終わりましたよ。寺尾さん、分かりますか?」

「もう終わったんですか?」

「数日は安静にしておいてください。栄養は点滴で入れますし、尿はカテーテルで取るので、当面は動く必要はありません。」

「わかりました。」


3日ほど経ち、お風呂代わりに熱いタオルで看護師が体を拭いてくれる。

その時に見た体は、傷跡はあるものの、驚くほど変わっている。

自分の体に目を落とすと、バストには2つの山が盛り上がり、下半身には何もない。

女性の体に憧れていた私は、嬉しさがこみ上げていた。


誰にも話していないので、お見舞いに来る人はいない。

伝えていても親しい人はいないので誰も来ないだろう。

いや、興味本位で来る人はいるかもしれない。


いまでも家族とは縁がないけど、これからも家族とは会うことはない。

これで完全に縁が切れたはずで、気持ちは楽になっていた。

娘が結婚する時に呼ばれても、これまで連絡もなかった人とは会えないと言えばいい。

もともと、それだけの関係だったのだから。


誰もお見舞いに来ないけど、家にいてもどうせ一人なのだから寂しさなんてどこにもない。

むしろ、退院後の生活が楽しみで、病室が陽の光で明るさに満ちているように見える。

窓から見える梅の花は咲き始めていて、そんな花も私の将来を讃えている。


私には、そんなお花が応援してくれるだけで十分。

いや、そんな周りの変化に気づけるだけでも、心が豊かになっているのかもしれない。

女性ホルモンが体を潤し、感情が豊かになっているようにも感じる。


1週間目からは歩行訓練とかもする。

まだ皮膚が完全に繋がっていないのか、痛みを感じる。

でも、女性になれた嬉しさの方が大きく、笑顔が自然と顔から漏れる。


しばらくは尿もカテーテルでしてた。

やっと自分で尿を出した時は男性の時の感覚。

もちろん、立ってするのと座ってするのとは違うけど、見ないと男性のあれがあるようだ。


もうないのに、あるようで不思議な感じ。

戦争で腕を無くした人が、しばらくは、腕があるような感覚になるのと同じかもしれない。

横を向くと、バストがベッドに当たる。シリコンではなく自分のバストだと嬉しい。


男性器が亡くなった部分を見る。

というより、何もないという感じだけで、女性器は奥にあって見えない。

手鏡をかざしてみると、かつて妻の体で見た形の物が映っていた。


医師の技術は思ったよりすごい。

それとも、今は技術レベルが上がり、これが普通なのだろうか。

私の経験は少ないが、これなら、はじめから女性だったと言ってもバレないだろう。


通常、ダイレーションとか大変だと看護師から聞いた。

切った部分の皮膚がくっつかないようにするための作業。

でも、もともと膣はあったので、それ程大変ではなかった。


しばらくすると退院し、タクシーで家に向かう。

2ヶ月ぐらい経った頃だろうか、なんとか普通に暮らせるようになる。

当面は家の中に閉じこもっていたので、カップ麺とか缶詰で空腹をしのぐ。


手術したとしてもおじさん体型は残ってるので、食べ物を死ぬ気で減らして減量した。

ビールを飲みたいという気持ちを必死で抑える。

でも、女性として暮らす情報収集をしているだけで、時間は充実し、すぐに過ぎていく。


背はもともと171cmぐらい。こればかりは縮められず、女性としてはかなり高い方。

顔は、昔から女性っぽいと言われていたから手は入れなかった。

あとは女性ホルモンでどのくらい変わるのだろうか。


メイクは前からしていたのと変わらない。

肌はおじさんのままだから、あいかわらずファンデーションはのらない。

手の甲に目をやると、がさがさの肌。これが女性ホルモンで美しくなるのだろうか。


当面は家でひっそりと過ごすので、まずはこれでいい。

どうすればいいか、おいおい考えよう。

紅茶の上品な香りで、優雅な時間を過ごす。


バストとかに埋めた脂肪は、時間とともに一部体内に吸収されてしまう。

だから、バストやお尻は、萎むし、アンバランスになる。

そこで、2回ぐらい通院し、脂肪吸引、脂肪注入を繰り返す。


声帯を狭める手術で少し高い声は出ていた。でも、それだけじゃ女性の声に聞こえない。

だから、女性の話し方も勉強した。

YouTubeでは、性転換した人達がいろいろと解説している。


よく考えてみると、世の中には、そんな人達も多くいて、私だけが異常なわけではない。

これまで、恥ずかしくて隠してきたけど、もったいない時間を過ごしてきたんだと思った。

今は多様化の時代。私のように男性から女性になる人がいても、おかしくない。


もともと女性の服はそれなりに持っていた。

ブラだけは1カップ上のものをネットで取り寄せる。

レディースの洋服も、タイトなものは持っていなかったので、問題なく着れた。

妖精のようなワンピースを、シリコンとか何もつけずに自然に着れたことには感激する。


部屋も女性っぽく、食器や小物を入れ替えた。

可愛らしい模様のカップにするとか。

可愛い子猫の置物をサイドボードの上に置くとか。


だから、部屋に閉じこもっていても気分は上がる。

誰にも見せられないけど、自分にとっては女性らしく振る舞えることに感激していた。


お風呂に入り、自分のバストを見ると喜びに溢れる。

期待していた本当の女性になれたと実感できるから。

下半身にはもう、ひなびた、みすぼらしい男性器はない。


一方で、毎月の生理はきつかった。

月のかなりの日数が憂鬱な日々となる。

妻や娘も、世の中の女性がこんなに毎月苦労しているなんて思ってもみなかった。


そんなことをして半年ぐらいが過ぎる。

背の高いおばさんぐらいにはなれたと思う。

会社を辞めて、お金もあったから、家に閉じこもる生活が続く。

今日は、髪もそれなりに伸びてきたし、ヘアサロンに出かけてみよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ