2話 憧れの人
合コンで一夜を過ごしてから、男性がいない寂しい夜に耐えられない自分がいた。
男性に守られたいという気持ちが昂り、寂しさで心がいっぱいになる。
こんなことで悩むなんて男性の時にはなかった。
あの合コンの後の出来事や、その後、全く連絡がないことは紗奈に伝えている。
そして、今、寂しさという悪魔に心臓が握りつぶされそうだと悩みを相談した。
紗奈は、今はみんな婚活サイトで生涯の相手を探していると答える。
そういえば、昔、婚活サイトで男性を騙した記憶が蘇る。
でも、紗奈があまりに勧めるので婚活サイトに申し込んでみた。
愛情で包み込んでくれる男性を探すことにする。
私は堅実で収入もそこそこだから、優しく受け止めてくれるイケメンが希望と。
ただ、ヒモのような男性ではなく、自立している人がいい。
1ヶ月すると、条件も素晴らしい人と出会い、恋が始まった。
彼は落ち着いていて、大人で、どんな話しをしても、そうだね、そうだねと聞いてくれる。
親がお金持ちらしくて、いつも、新しい経験ができて、本当に好きになった。
スポーツカーで、海辺とかに連れて行ってくれたり、おしゃれなレストランに行ったり。
私も、パパとママが裕福だから、ご馳走になってばかりではなく、こちらかもお金は出す。
今日は、V字ネックで胸元が見えるエレガントなニットワンピースを身につける。
サングラスに、バーガンディフェルトクロッシュハットをかぶる。
裕福なセレブの2人と周りは見ていたのだと思う。
しかも、私のことを一番の考え、尊重してくる。
意見を最後まできちんと聞いてくれて、自分の考えを押し付けたりしない。
検事の仕事も、一生、大切にしなさいと尊敬してくれる。
この前も、私が好きそうな曲を集めてみたって、車の中で、流してくれた。
好きな音楽がずっと流れるのはいい。
でも、それ以上に、どんな曲がいいかなって私のために時間を使ってくれたことが嬉しい。
彼の中で、私の存在は、だんだん大きなものになっていることを感じた。
でも、それ以上に、私の心の中では、彼への気持ちで溢れ出していることに気づいていた。
いつでも、どこでも、裁判所の中でも、彼のことで頭がいっぱいだった。
上司から、なにか良いことがあったのかと皮肉な顔で注意もされる。
彼とのベッドでの生活も相性がいいのだと思う。
彼は女性の体を知り尽くし、いつも私は叫んでしまうぐらいの快感を感じていた。
男女の関係は、単なる心だけではなく、肉体とのつながりも大切だと初めて知った。
彼がいてくれることで安心し、彼は体でも私の不安を埋めてくれる。
こんなに恋焦がれた人は初めてだった。こんな年で恋なんて言葉を使うなんて。
もう、彼のことしか考えられない。
そんな彼のことを紗奈に報告すると、よかったねと返事が来る。
紗奈は今ではとても大切な女友達で、私に優しく接してくれる。
紗奈は、あの時の幹事の男性と付き合っていると心穏やかに話してくれた。
でも、彼はこれまで付き合った女性はどんな人なのか、次の瞬間には不安になる。
別れたのはどうしてだったのかとも。拘束しすぎる女性だったのかしら。
私も、あまり聞きすぎたりすると嫌われてしまうかもしれない。
だから、多くのことを聞きたくても、静かに微笑むだけで我慢していた。
彼のことになると、仕事で強引すぎると言われる私も、奥手になってしまう。
それがかえってストレスを溜め、眠れない日が続いた。
でも、彼が微笑みかけてくれることで、そんなストレスは吹き飛んでしまう。
そんな日々で、一喜一憂している自分が、昔と本当に変わったと驚く。
そして、彼のために、何かしなければと焦燥感が、身体中を包み込む。
その裏には、愛されたい、嫌われたくないという感情が高まっているのだと思う。
男性の頃は自分しかいなかったけど、今は、誰かが愛してくれないと不安を感じる。
すっかり心が変わってしまっている。女性ホルモンが感情を支配しているのかしら。
でも、そんな理屈なんてどうでもいい。
頭より体が先に動いてしまう。体が彼を求めている。
気づくと、彼の顔を見上げ、口から笑みが溢れる。
彼は、やることなすこと本当に大人の男性で、いつも、私のことをお姫様にしてくれる。
ベットの上でも、本当に紳士で、私の気持ちを一番に考えてくれてる。
しかも、ただ、私をチヤホヤするだけじゃなく、大人として怒ってもくれる。
この前、レストランのお皿に髪の毛が入っていた時だった。
お店の人にこのお皿交換してって怒ったら、言い方は気をつけなさいって怒られる。
相手も誠意を持って作ったんだからと。
単に、風の流れで、知らぬ間に髪の毛が入ってしまって、過失でもないかもしれない。
上品という言葉がそのままって感じ。
顔も、爽やかで、とても均整が取れていて西洋の彫刻みたい。
そんな人から、大切にされる私も一流ってことでしょ。
検事って、最初は正義を貫く仕事だと思っていた。それは、今でも正しいと思う。
でも、一方の人の要求に応え、もう一方の人を不幸にする仕事だという面もある。
最近、自分の仕事がそんな風に思えて、もっと清らかで一流の人になりたいと思っていた。
彼は、急成長のベンチャーの社長。
ニュースとかでも、今後も、成長が間違いないって。
目の付け所がいい。
もちろん、清廉潔白では、新領域で社長として活動することはできない。
それでも、彼は、信念をもってまっすぐ進んでいて、憧れる。
会社でも、誰もが彼のことを信頼し、尊敬していた。
私は初めて、この人の子供を産みたいって思った。
お金じゃない。この人の遺伝子が欲しいってことなのかな。
よくわからないけど、体から彼が欲しいという声が聞こえる。
この人と一緒に暮らし、子供もいつも笑顔で走り回ってる。
そんな生活が私の理想になっていた。
昔、子供を産むなんて考えられないと思っていた。
でも、今は、そんなことを考えていた自分が理解できない。
昔、堕胎した子供が生きていれば、どんな生活をしていただろう。
私を慕って、とてもいい子に育っていたかもしれない。
いえ、あの時に産むなんて考えられなかったから、それはいい。
今の彼の子供が早く欲しい。彼の子供がいいの。
私は早く、この人の子供が欲しい。卵巣がそう言ってる。
赤ちゃんがお腹にいて、一緒に音楽聞いたりとか、足でお腹を蹴ったりするのだと思う。
そうしたら、本当に愛おしいと感じるんだと思う。
最近は、道路でお母さんと一緒に歩いてる幼稚園児とかをみると、本当に可愛らしい。
ベビーカーを推してるお母さんとかみると、ずっと眺めちゃっている自分に気づく。
お母さんから、抱いてみますかなんて声をかけられちゃう。
赤ちゃんって、いい匂いだし、このあどけない笑顔が本当に可愛い。私も、早く欲しい。
いつの間にか、女性が子供を作りたいって気持ちにも共感できるようになっていた。
どこからみても、女性になってる。どうしてしまったのかしら。
年を取れば、卵巣に組み込まれた卵子も使い果たす。
また、卵子が残っているときでも、年と共に健康ではない子供を産むリスクも増える。
卵巣が、早く子供を産めと叫んでいるのかもしれない。
そのせいか、自分の気持ちをコントロールできない。
ただ、ある時、道端で、彼が知らない女性と一緒に歩いているのを見かけた。
その時、今から思うと、私の目は吊り上がっていたんだと思う。
誰、あの女性は。少し、後をついて行ってみよう。
あれ、今度は別の男性と歩いている。
あの女性、男性といえば見境もなく近寄って、人の男を奪っていく、メス狐に違いない。
あんな女性は彼にはふさわしくない。写真撮って、本当の姿を彼に見せつけてやる。
今から思うと、どうしてあんな非論理的なことしちゃったんだろうと思う。
でも、その時は、自分の気持ちを抑えられなかった。
最近は、自分の気持ちがどこに行くのか、自分でも分からない。
「健一さん、この前、この女性と一緒にいたでしょう。この人と会うのやめた方がいいわよ。この人、この写真の通り、健一さんと別れたすぐ後に別の男性と一緒に歩いていたし、なんか、お水の商売している人っていう噂聞いたし。やめといた方がいい。」
「水商売っていうのは誰から聞いたの。」
彼は鋭い目線で私を見つめる。
決めつけることなく、私の意見を冷静に聞こうと。
「それは、誰だったかな。」
「それは違うよ。彼女は、今、仕掛けているビジネスのお客さまを一緒に狙っている会社の社長だ。若いけど、実績もあり、しっかりとしたビジネスウーマンだ。どうして、そんなゲスなことを言うんだい。」
「あなたにふさわしくないと思ったから。」
彼を自分だけのものにしたかったから、ついでたらめを話している自分がいた。
ただ、あなたを欲しいだけなの。
でも、そんな気持ちが逆に、彼の心を遠ざけてしまう。全てが悪循環に陥っていく。
「紬衣、君はそんな人だったのか? 僕は、検事として、まっすぐ理想に進んでいく君が好きだったんだ。そんな、どこにでもいる、くだらない女性のような発言を君から聞くなんて、本当に残念だ。」
彼は、即座に私のことを見切ったように見えた。
判断は早い。どこにも、ためらいというものはない。
もう、私への愛情はどこにもないことを敏感に感じた。
あれだけ私を大切にし、優しかった彼はどこに行ってしまったのだろう。
そんな一言で私への愛情が変わってしまうほど、その愛情は軽かったの?
いえ、私はそれだけのことをしてしまい、愛想が尽きたのだと思う。
時間が戻って欲しい。
これまで歳は戻っても、時間は前に進み続けた。
時間を戻すすべを知らない私には、どうしようもない。
「さっき、言ったことは忘れて。私が言いたかったことは違うの。聞いて。私は、あなたが大切で、あなたの目的を一緒に達成したいだけ。」
「少し、距離を置いてお互いに冷静になった方がいいね。」
「待って。嫌いにならないで。」
そんなやりとりの後、彼とは連絡が取れなくなってしまった。
いつの間にか、嫌いだった女性の言動そのものをしてしまっている。
私は、失意のまま、仕事だけに没入する毎日を過ごしていた。
彼の家は知っている。でも、私に何一つ愛情がない彼のもとに行っても何もできない。
もう、彼には、横を通り過ぎても、気づかないぐらいの決心ができていた。
私には泣きすがることぐらいしかできないけど、彼の気持ちを動かせるはずがない。
そして、そんな暗黒の日々を過ごす中、ある公判で、私の時間は止まった。




