夜帳の間(改稿1月30日)
雪斗は気づかれないように涙を拭う。
「顔を上げろ」と宗主の由羅が重々しい声で宮木と雪斗に指示をした。
夜帳の間は大きな簾で一部分が隔離され、その場所には宗主すら頭を下げる特別な存在がいる。宗主と一部の隊員のみが真の姿を知っているのだ。咲間も簾の奥の者を知っているが、咲間もまさか……が存在しているなんて思ってもいなかった。
この夜帳の間は畳の匂いと夜香木のお香の匂いが漂っている。室内は照明が弱く薄暗い。壁には月と夜香木の絵が描かれていて神々しさが漂っている。
因みに、威圧を発しているのが簾の奥にいる者だ。この時雪斗は簾の奥にいる者が、僕が合わなきゃいけない者だったんだと理解する。
「咲間から、事の成り行きを聞いた。その者の検査結果はどうだったのだ?」
由羅は雪斗が炭化が始まっていないのを分かってはいたが聞く。雪斗が炭化していないと分かっていたのは、目の前でピンピンとしているから。
「はい。雪……会田雪斗君の検査結果なのですが、何も異常がありませんでした」
「そうか……会田君といったな、誠にどこも異常が無いのだな?」
「えっ……と、はい」と頭を上げ、緊張しながら雪斗は由羅に返事をした。
頭を上げたことで雪斗は咲間がいることに気付き、少しだけホッとしている自分に疑問を抱いた。まさか自分が合ったばかりの人をここまで気を許しているのが何でか分からない。
「そうか。で、咲間よ貴様はこれで何度目だ?」
「えっと、何がでしょう?」
咲間は犬、猫、鳥といった小動物を八咫烏に連れてきてしまう常習犯で、先週も猫を拾ってきたばかりなのである。しかも咲間は由羅に怒られても反省せず変わらず拾ってくる。そのせいで常闇ノ庭は普通の動物が多くなってきていた。
「これで貴様が小動物を拾ってきたのは三十を越えた」と、由羅はこめかみをピクピクさせ咲間を睨んでいた。由羅は壱盤隊の隊長である咲間が弱っている生き物を放っておけないという性格の為、怒っても仕方ないとは分かっているが怒らずにはいれない。宗主である自分が咲間の行いを注意しなければならない立場だから。
「あれ?俺そんなに拾ってました?」
咲間は頭をぽりぽりと頬をかき素知らぬふりをした。そのやり取りを見ていた簾の奥の者が「あははっ!やはり、由羅と咲間が話しているのを聞くと面白いの~」と喋った。その声は男性の声にも聞こえるし、女性の声にも聞こえ中性的だ。だから声だけでは、簾の奥の者の性別が判別することは誰もできないだろう。雪斗はこの不思議な声を聞いたとき、懐かしい声に喋り方だなと思った。でも、こんなすごい人と会ったこともないのに何で懐かしいと思ったのか分からない。
「夜帳様!何も面白くなどありませぬ」
簾の奥の者は夜帳という名前のことから、この夜帳の間の主だ。
「して、会田雪斗といったな。お主、何故夜間外出禁止を破った?」と一瞬夜帳の間の空気がぴりつく。
雪斗は両親と喧嘩をしただけで外に出たのを怒られると思い、目を伏せ夜帳の質問に答えられなかった。
「夜帳様、横から失礼いたします。雪斗君に代わり自分がお話します」と困っていた雪斗を咲間がサッと助けに入る。雪斗はまさか話しを割って咲間が自分のことを助けてくれるとは思わず、咲間の顔を見てポカンとした。
「話せ」
「雪斗君は両親と喧嘩をしてしまい、思わず家を飛び出してしまったそうなのです。決して、意図的に夜間外出禁止を破ったわけではございません」
夜帳は一瞬沈黙をして、「その年ごろの子はそういうところがあるからのう」と雪斗の夜間外出禁止を許した。空気も和らぎ雪斗はほっと胸をなでおろす。
「会田君、何故夜喰のいる外に思わず出たのだ?普通化け物がいる夜の外は八咫烏以外出ようと思わないが」
由羅は自分の顔が怖いのを理解しているので、できる限りの優しい声で雪斗に質問をした。雪斗も先ほどとは違い、由羅の優しい声を感じ取り少しだが由羅への緊張が解けた。
「僕……今日初めて夜喰を見ました。……だから、今日まであんな……夜喰という化け物がいるなんて、知らなくて……」
「見たことが無い、だと?」
この場の空気がまた一瞬ピンと張った。雪斗以外の者が雪斗の発言を聞き驚く。一般人でも夜喰は窓越しに見たことがあるはずなのに、見たことがないというのはあり得ないのだ。
雪斗も夜に窓の外を見たことがあったのだが、不思議なことに夜喰を一切見たことがなかった。だから雪斗は八咫烏なんておとぎ話みたいなものだろうと軽視していた。
「ゆ、雪斗君それ本当か?」
「え?は、はい」
咲間と宮木は顔を見合わせ困惑した。壱盤隊は雪斗の家がある地区の警備担当をしていて、巡回している最中何度も夜喰とは遭遇している。だから、雪斗が夜喰を見たことがないというのが嘘と判断されてしまう。でも咲間はあの時の雪斗の怯えようからして、嘘だとも思えない。もしかしたら、雪斗が炭化しなかった理由の一つかもしれないから。
「会田……雪斗よ今日はもう遅い、ここに泊まっていくと良い。咲間、明朝に雪斗を家に送ってやりなさい」
「え?」と戸惑っている雪斗をよそに、咲間は夜帳の命令に「はっ!」と返事をした。雪斗はもうこのまま家に帰れると思っていたから、本当に明日の朝に帰れるのかな?と不安になっている。
「咲間、宮木、それに会田君もう行きなさい」と由羅が退室を促すと、しまっていた襖が勝手にスパンと開いた。
「雪斗よ、君にこれを。この香り袋には夜香木の花が入っている。これを枕元に置くといい」
簾の端から香り袋が淡い白い光と共にふよふよと飛び雪斗の元に届けられた。雪斗はどうやって浮かんでいたのだろう?と思いつつ夜香木のいい匂いで心が少し和らいだ。なんだか懐かしい気持ちになったが、雪斗はそれをまた不思議に思った。
「えっと、夜帳、様?ありがとうございます」
雪斗はペコリとお辞儀をして香り袋のお礼をした。夜香木という花がどんな花なのか
雪斗は知らなかったが、この夜香木を一瞬で好きになった。
咲間は雪斗と宮木を連れて隊員食堂に行くことにした。咲間と宮木は巡回があった為、まだ夜ご飯を食べていなかった。だから咲間達は、まずは腹ごしらえをしようと思ったのだ。それに、食堂には甘いものも温かい飲み物もあるから雪斗も落ち着けられるだろうと咲間は考える。
靴を履き木の匂いがする廊下を歩き、咲間と雪斗に宮木は食堂に来た。
食堂には隊員達がワイワイとお喋りをしながらご飯を食べている。食堂ということもあり、みそ汁の匂いやカレーといった色んなご飯の匂いがした。カチャカチャといった皿と箸やスプーンのぶつかり合う音がそこかしこで聴こえる。
雪斗はこの普通の光景を見たことで安心をしたのか、「ぐうう」とお腹が鳴った。
「あ……」と雪斗はお腹が鳴った恥ずかしさで顔を赤くし隠すように地面を見る。
「飯、食うか!」
咲間は笑いながら、雪斗の頭をポンポンし明るく気にしていない態度を取った。
「はい」
咲間はミルフィーユカツ定食に宮木はビビンバ定食にしたが、雪斗はメニューの多さにどれにするか迷っている。カレー、カツ丼、ラーメンがあり雪斗は無難だけど美味しいカレーにした。
三人はそれぞれのご飯を持って、壁側の端っこの席に座る。宮木は真ん中の席に行こうとしたが、咲間がそれだと雪斗が落ち着いてご飯が食べれないだろうという気づかいで端っこの席へ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん?なんだ?」
「咲間さん達が付けている?顔を覆っている布をしているのに、何で普通に歩けるんですか?」
雪斗はずっと顔を覆っている布のことを落ち着いているこの機会に聞いてみようと、どうなっているのか聞いてみた。
「これは、隠し布という名前でね。この隠し布は、特別な力で前が見えるようになっているんだ」と言って、咲間は自身がしていた隠し布を顔から取り雪斗に手渡す。すると咲間の顔があらわになり、雪斗は咲間の左目の切り裂けれたような傷の跡にびっくりした。顔は十人中十人がイケメンだと断言するくらい整っているからこそ、咲間の左目の傷跡は悪目立ちしてしまう。
咲間は自分の左目の傷跡が雪斗を怖がらせてしまった思い、慌てて左目を隠し「怖がらせたよな。ごめんな!」と謝った。
咲間が隠し布をずっと付けていたのは、周りがこの傷跡を可哀想な目で見てくるのが嫌で少しでも隠すようにだ。咲間の左目の傷跡はある大切な者を夜喰からかばって出来たものだった。
「あ、あのびっくりはしましたが……怖くはないです。僕にも……傷跡、あるんで」
雪斗の背中には複数の傷跡が残っている。その傷跡はいじめで負わされたもので、簡単には消えてくれなかった。雪斗の両親は雪斗が不登校になった理由も傷跡のことも知らない。雪斗は両親に悲しい想いや失望されたくなくて、自分が入学したばかりの高校でいじめられていると伝えられなかった。
「……そっか。ありがとうな」と咲間は雪斗の過去には何かあったんだなと察して、敢えてそのことを聞くことをしない。誰だって聞かれたくないことは一つや二つある。聞くことも大事だが、それは時と場合による。
宮木はこの気まずさから何とかしようと思い、「雪斗君!その隠し布ってね、隠し布をした者同士は顔が見えるんだよ!」と言い宮木は隠し布をした。
「え?そうなんですか?」
雪斗は咲間の隠し布を顔の前に翳し、宮木の顔を見ると不思議なことにちゃんと宮木の顔がくっきりと見える。この不思議な布は何で出来ているのか雪斗は興味が湧く。
「雪斗君の顔もしっかり見えるよ~」
咲間はこの場の空気をどうにかしようとした宮木に助かったと思っていた。壱盤隊は曲者ぞろいで宮木だけが常識人なのだ。たまに宮木は一人でから回ったりするが……。
「その隠し布をしていると、夜喰と目が合っても硬直しないんだ」
「あ、だから僕あの時動けなかったんだ」
雪斗は何であの時動けなかったのか知り納得をした。恐怖で動けなかったのではなく、夜喰と目が合ってしまったから。
このような布は市場に出回ってはいない。隠し布が悪い奴の手に渡ったら悪用されてしまうだろう。
「でね!この真っ黒の袴と帽子にマントも夜喰に触られても、炭化しないようにっていう特別な力がこもっているの~」
八咫烏の制服全てに夜喰に対抗できるように特別な力が込められている。だから、八咫烏は夜喰に恐れず戦うことができるのだ。
「そうなんですね……あの、両親が心配していると思うので、連絡してもいいですか?」
「ああ、いいよ」
雪斗はポケットからスマホを取り出し、母親にメールで自分は無事だということと明日の朝帰ると送った。メールをした数秒後に雪斗の母親からは「無事なら良かった、さっきはごめんね」と来ていた。父親の方からは「無事に帰ってこい」と来ていて、雪斗は家に帰ったらちゃんと両親に謝ろうと決める。
「親はなんて?」と宮木が微笑んで少し嬉しそうな雪斗に聞いた。
「あ、無事でよかったと……」
「そっか。明るくなったらすぐ家に送ってやるからな」
雪斗は八咫烏って総理直属だとはいえ怪しい組織だと思っていたが、咲間の人柄の良さで八咫烏のイメージはガラッと認識が変わっていた。宮木も元気でグイグイくるが嫌な感じは全くしない。直接見たこともないのに決めつけてしまっていて雪斗は少し罪悪感にさいなまれた。
「飯も食い終わったし、行くか!」
「え?どこに?」
「俺の家だ」
「じゃ、私は寮に戻りますね~」と宮木は雪斗に手をヒラヒラと振り席を立った。
宮木も流石にに上官の家に行くのは気まずさもあり寮に戻ることにした。宮木は恋愛的に咲間を好いているのではなく、直属の上司として好いているだけなので私生活を知りたいわけではない。
咲間と雪斗は本館の外に出て、ご飯を食べ少し体温の上がった体がどこからかヒューと吹いてくる風が心地いい。
「俺の家は本館からすぐそこだ」と咲間は本館とは違い洋風感の強い茶色の屋根の家を指差した。
雪斗は咲間が指差した方を見て、「この異世界みたいな所に家があるんですね」と咲間の家を見ながら聞く。
「異世界……ふはっ、ここは常闇ノ庭と言うんだ」
「とこやみのにわ……」
「何でここに家があるかっていうと、八咫烏の隊員だとバレないようにと任務をしやすいようにだ」
雪斗は八咫烏って沢山謎を持っている組織なんだなと咲間の話を聞いていた。だが、咲間が雪斗に喋ったのは八咫烏のほんの一部分だけだ。流石に一般人の雪斗に八咫烏について話すわけにはいかない。
「もう夜は遅い。早く寝るぞ」と咲間は自分の家の中に雪斗を招き入れた。使っていない部屋に雪斗を案内し、「何かあったら声をかけろ」と言い咲間は自分の部屋に入った。雪斗ももう眠かったので部屋に入り気絶をするかのように一瞬で寝た。夜香木の香り袋のおかげか雪斗は悪い夢など一切見ず、すやすやと安眠することができた。
翌朝咲間が作った朝ご飯を一緒に食べ外に出ると、私服の宮木が咲間と雪斗のことを待っていた。
朝だというのに常闇ノ庭は昨日の夜と同じように暗いなと雪斗は周りをキョロキョロと見る。
「雪斗君にそれと咲間隊長おはようございます!」
「おはよう。よし、早く雪斗君を自宅に送るぞ」
雪斗は「お願いします」と咲間と宮木にペコリと頭を下げる。この二人には短い時間だったけどお世話になったから礼儀はちゃんとしないとと雪斗は心の底から思った。
三人は昨日と同じ経路で常闇ノ庭から行き止まりだった所にでた。常闇ノ庭を出ると、太陽がさんさんと街を照らしていて、鳩の鳴き声が聴こえる。雪斗はやっと日常に帰ってきたとホッとした。
雪斗の家の前まで着き、「昨日のお詫びをご両親にしたいから呼んできて貰えるか?」と咲間は言う。
「あ、はい」
雪斗は自宅のドアを開くと、鉄臭さと荒らされた玄関を見て心臓がドクドクを大きく鼓動し始めた。
咲間と宮木も鉄臭さを感じお互い顔を見て頷いた。
「雪斗君、一緒にお邪魔していいかな?」と宮木は優しく声を掛ける。ドアを開け外の所まで鉄臭さを感じこれは異常事態が起きた以外あり得ないと宮木と咲間は瞬時に思った。
「は、はい」
雪斗は声をが震えどんどん嫌なことを考えてしまう。両親が死んでいるかもしれないと……。
三人は家の中に入ると鉄臭さはより一層強くなった。恐る恐る慎重にリビングに行くと、リビングの床は一面血だらけとなっている。食卓には、昨日雪斗が食べていたご飯がそのままになっていた。
雪斗はこの光景を見て呆然となって、二人が隈なく家の中を動いているのを気付かない。
咲間と宮木は慎重に足音を立てず、二階に上がる為階段を歩く。階段を上り終え、二手に別れ三部屋をみたいが雪斗の両親はいなかった。もちろん一階のどの部屋にもいない。
「父さん、母さん……」と雪斗はポツリと呟き膝から崩れ落ち、もう何も考えたくないかのように気絶をした。
「「雪斗君っ!!」」
この場には、鉄臭さと夜香木の匂い、そして食卓の上に残されたご飯の匂いが漂っている。
それらすべてが、残酷な現実を静かに物語らせていた。




