試験前日
咲間と雪斗がギクシャクしたまま訓練を続け、気づけば正隊員試験は明日に迫っていた。
宮木と雪斗はいつものように咲間の家の庭で式札の訓練をしていた。
「ねえ、隊長と何かあったの?」
宮木は咲間と雪斗がギクシャクしているのに気づいていたが、しばらくの間は放っておいた。二、三日したら戻るだろうと思っていたから。
雪斗は訓練をしながら「……まあ、はい」と返事をした。咲間の命が残り僅かと知ってしまい、普通に接することが出来なくなった。あの日から二十日が経過したが、咲間が灰化にかかっているのを知るのは影浦、田中と雪斗だけ。任務もしっかり出ている咲間は灰化だとは他の人にバレていない。
「試験の前にちゃんと話した方がいいよ。試験で生き残れるか、分からないからさ」
「はい。……試験ってそんなに危険なんですか?」
宮木はコップに入ったお茶を一口飲み「雪斗君は相馬さんのせいで任務に参加できないから、夜喰を倒す大変さ知らないからなー」と言った。通常なら隊員見習いも推薦人の隊で任務に参加しなければならないが、雪斗は相馬からの妨害があると判断され任務参加は見送りに。だから雪斗は夜喰の倒す訓練をしているが、夜喰の倒し方はあまり分かっていない。
「試験で命落とした人って……いるんですか?」
「いるよ。今回から試験は五日間に変更になったのは、前知らせたよね?」
雪斗は汗を拭こうと、宮木のそばのタオルを手に取った。汗をゴシゴシ拭きながら「それで?」と話しの続きを宮木に聞く。
宮木は二十日で雪斗は前向きに変わって来たなと汗を拭いている雪斗を見て思った。
「その五日間はご飯も自分達で準備しなくちゃいけないし、班のメンバーによっては……ね?」
「棄権は出来るんですよね?」
「できるけど、助けがすぐ来るとも限らないから。試験会場は日の入りが遅く、夜の時間が長いからね」
雪斗は明日試験が迫っていて不安に押しつぶされそうになっていた。宮木や喜馬に試験のことを聞き対策をちゃんと考えた。不安が試験だけではない……試験を受けている最中に咲間が昇天しないか不安になっている。試験が行われる明日は、咲間が灰化したあの日からちょうど一か月にあたる。
「僕、大丈夫ですかね?」
「大丈夫!自信持って!!雪斗君は真面目に過酷な訓練をし続けれたんだから大丈夫!」
宮木は雪斗の両手をギュッと握り励ます。雪斗もここ数日で宮木の距離の近さになれ、もう手を握られても照れはしなくなっていた。宮木の優しい想いも受け止められるようになった。
「ありがとうございます」
「明日の為に、今日はもう訓練終わりにしようか」
雪斗は「はい」と返事をし宮木と共に家の中に戻る。二階の方からバタンと扉を閉める音が。するとハイネックの黒い服を着た咲間が二階からあくびをしながらトントンと階段を下りて来た。
それをジーと宮木は見つめながら「最近隊長ハイネックに長袖なのなんでですか?」と、咲間が灰化になっているのを知らないから疑問に思う。この真夏の中長袖でハイネックを着ていれば誰でも疑問の思うはずだ。
「日焼けしたくないからだ」
咲間の身体は灰化の症状が進み首や腕までも灰色の石のように変化してしまっている。だから咲間は長袖にハイネックしか着れず、宮木に嘘を付いたのだ。ハイネックに長袖を着る理由はもう一つあって、雪斗を気遣って症状が見えないようにしている。
「え?隊長ってそういうこと気にする人でしたっけ?」
「この美貌にしみなんて似合わないだろ?」
宮木は何か咲間が隠していることに気づいていたし、態度がおかしいことに怪しんでいた。「なんか、様子変ですよ?任務してる時もそうですし」と宮木が言う。この流れはまずいと話題を変える為、咲間は視線をずらすと雪斗と目が合ってしまった。目が合った二人は気まずく、お互いパッと顔を背ける。
「喧嘩したのか知りませんが、いい加減にしてくれませんか?」
宮木は咲間と雪斗の問題だと首を突っ込むことはしないようにしていた。でも、それも限界に達し口出しをしてしまう。
宮木は続いて「隊長、雪斗君は明日が試験なんですよ。それで雪斗君は言いたいことはちゃんと言っておかないと後悔するかもよ?」と、二人に真摯にアドバイスをした。
「……そうだな」
「はい」
宮木は二人の問題で自分はこれ以上口を出すべきではないと思い、「今日新メニューが出るらしいんで、私は食堂で食べますね~」と言いこの場を後に。
「咲間さん」、「雪斗」とお互いが自分から話そうとしてしまい被ってしまう。その瞬間お互いは少し気まずくなってしまった。
「咲間さん、僕から話してもいいですか?」と雪斗は自分から話したいと言う。雪斗はいつもいつもここぞで勇気が出なくて、何もかも諦めて来た。でも今は勇気を出して自分から言わなければいけないと雪斗は思った。
「ああ」
「今、服の下は灰化がとても進んでいるんですよね?空いてる時間で灰化症のことを沢山調べたので……分かってます。試験必ず受かります!……あと、どれくらいですか?」
もう泣かないと決めていたが雪斗の目からは勝手にポロポロと涙が出てしまう。涙がズボンに落ち、点々と涙の跡ができる。
「……正直、騙し騙し任務をしていたが……それも、もう厳しい。雪斗の試験合格の知らせを聞けず……昇天するかもしれない」
「そ、……んな」
咲間はふうと深く息を吐き決心をして、シャツを脱ぎ自分の身体の状態を雪斗に見せる。「……もっと、いけると思ったんだが……」と咲間は悲痛な声を上げた。咲間の上半身はほとんどが灰色の石のようになっていて、橙色の個所は少ない。
「僕、絶対受かります!だから、……咲間さんも頑張ってください!!まだまだ教わりたいことだらけなんです」
「ああ」と咲間は小さく返事をした。本当は絶対に生き残ると言いたいけど、雪斗に叶えられない約束はするべきではないからあの返事しかできない。
咲間は服を着直して立ち上がり「この身体では戦うのが出来ない。隊の奴らに報告してくる」と言い、雪斗の頭を優しく撫で家を出ていく。
色々考えながら咲間が壱盤館に向かっている道中、相馬と遭遇した。いや、遭遇というよりも相馬が待ち構えていたが正しい。
「はっ、ざまあないな。それでも壱盤隊の隊長か?」
相馬は咲間の状態を知っているかのように嘲け笑う。それを見た咲間は心の中でやっぱり知っていたかと思った。
「お前は何がしたいんだ?」
「弱者は八咫烏には不要だ。それはお前もだ」
咲間は「お前には仲間がいないんだな」と言い、相馬のことを無視して壱盤館に向かう。
相馬は何を言われても負け犬の遠吠えだとへでも無かった。それに戦うこともままならない状態の咲間を見れば。
壱盤館前に着いた咲間は「ふう」と深く息を吐き、建物の中に入る。
「隊長?」
壱盤館の玄関を掃除していた喜馬が咲間を見つけ、様子が変だと思い声を掛けた。
「喜馬か。すまないが壱盤隊全員を第一訓練場に至急集めてくれ」
「え?はい」
命令を受けた喜馬は携帯電話で各隊員へ連絡をし、隊員達を集め始める。この時喜馬は嫌な予感がした。今まで咲間が暗い顔をして命令をする事が無かったから。
咲間は自身が灰化になり、余命いくばくかと伝えるのが怖くなっていた。隊員がどんな反応をするか分からないから。
一時間もすると壱盤館の第一訓練場に隊員全員が終結。壱盤館の訓練場の中で一番広い第一訓練場が人でぎゅうぎゅうになっている。隊員達はこの救急招集は何だとざわついていた。
「皆、救急招集してすまない。俺から大事な報告がある」
隊員達は咲間が話し始めたから、ピタッと話すのを止める。咲間は続いて「俺は…………灰化症になっていて、昇天まで残り僅かだ」と隊員達の顔を見ながら言う。言うことを決意したが、戸惑ってしまい変な間を咲間は作ってしまった。
灰化になっていると聞いた隊員達は皆信じられないというような顔をしている。隊員の一人が「あの!灰化になっているのは……嘘ですよね?いつもの冗談ですよね?」と現実を受け止めきれず聞く。
咲間は何も言えず無言になってしまう。その無言が隊員達はこれが現実なのだと重くのしかかる。
影浦が隊員を代表して「これからどうするつもりですか?」と真顔で聞いた。影浦も他の隊員達同様に、この現実を受けいれられていない。でも自分は副隊長だから、他の隊員に動揺を見してはいけないと顔を崩さないように頑張っているだけだった。
「……俺は隊長を辞す。影浦、お前が次の隊長だ。副隊長は喜馬だ」
任命された影浦と喜馬は「はっ!」と返事をした。するとまたしても別の隊員が「いつ、夜喰に触られたのですか?」と聞いて来る。
「二十日前のあの大雨日だ」
「隊長が?信じられません!!」
咲間の隣にいた影浦がスッと一歩前に出て「隊長は俺を庇い灰化になった」と、なんとこの場にいない雪斗を庇った。雪斗を庇ったと隊員達に言えば、隊員達が雪斗を非難するのは容易に分かったから。影浦も大人としての分別がある。だから雪斗を守っただけで、あの日のことを許せたわけでは無い。
聞いてきた隊員も影浦を庇ったと聞き、何も言えなくなった。誰かに原因を押し付けたいと非難をして心を軽くしたいと無意識でその隊員は聞いた。でも、それは誰にでもある。信じたくない残酷な現実を知ってしまうと……。
「解散」と咲間は言い、隊員達が第一訓練場を出て行くのを見守る。第一訓練場を出て行く隊員達は皆暗い顔をしていた。中にはグスグスと泣いている者も。
「三ヶ月……持たせるんじゃ無かったのか?」
「……すみません」とへにゃりと笑い咲間は影浦に謝る。その笑いを見た影浦は一粒の涙がぽろっと自然に流れ、咲間にバレないように後ろを向いて腕で涙をぬぐった。
「じゃあ、俺宗主と夜帳様の所行ってきます」
「ああ」
咲間は夜帳の間の前に来て、少し考え事をしていた。宗主に迷惑も掛けるし、夜帳の負担がもっと増えると。でも、壱盤隊の隊員には伝えたから言わないという選択肢は無い。
うだうだと夜帳の間の前で咲間が考えている時に、夜帳の間の襖がスーと勝手に開く。
「早く入ってきなさい」といつまでも中に入ってこない咲間に痺れを切らし夜帳は声を掛ける。
「はい。失礼いたします」
由羅はいつもより礼儀正しい咲間を見て、また何か問題を起こしたのかと内心考えていた。咲間は時々夜帳にもフレンドリー過ぎて怒っていたから。
「咲間よ、どうしたのだ?」
バッと土下座のような姿勢になり咲間は「夜帳様、宗主……私は灰化になりました。恐らく、持って数日です」と2人に報告をした。
「なっ……」
「……そうか。……そうか」
宗主である由羅もまた壱盤隊の隊員同様に、この現実をすぐに受け入れることはできなかった。簾の向こう側にいる夜帳は自分の不甲斐なさにそうかという事しかできない。毎日沢山の隊員が灰化になった、昇天したと報告をされる。どうにかしたい……目の前にいる咲間の恐怖の根源を取り除いてやりたいと心の底から思っていた。でも、灰化を治す方法は無い。ある……姿を消した者にしか……。
「いつ、灰化になった?」と由羅は怖い顔をしながら咲間に詰め寄る。
咲間は頭を下げたまま「二十日前です」と答えた。それを聞いた由羅が立ち上がりドスドスと咲間の方に寄って行き、咲間の服の襟首をグッと掴む。
「なぜ、もっと早く言わない?!もっと早く言えば解決する方法も……、」
「宗主……灰化は治らない。それは自分が一番分かっています。……俺だって、……」
咲間は怒っている由羅の目を見つめる。誰にも本心を言わないつもりでいた咲間は由羅の勢いにつられ本音をこぼしそうになった。でもそれを言ってしまうと夜帳と由羅がもっと悲しむと我慢をする。
「二人共、落ち着きなさい」
「「……はい」」
「もう、そんなに回っておるのか?」と夜帳は咲間に灰化のことを聞く。その声から夜帳が心の底からかなしんでいるのが分かる。
「顔以外ほとんどが石のようになっております。私は……雪斗の試験合格を聞くまで、死ぬつもりはございません。何が何でも、気力で頑張ってみるつもりです」
咲間は心の籠った力強い声で二人に言った。雪斗と話し合った時はまだ不安も強く、試験合格を聞くまで死なないとは言えなかった。でも、やっと咲間はがむしゃらにやってみることに決める。
「……そうか」
由羅は「明日が試験だったな」と呟く。試験は五日間……咲間の命も……。




