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魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!<運命の選択編>  作者: ここば


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彼女はここにいない

とうとう、その日が来た。

夜明け前の静かな別邸で、蓮は一通、また一通と手紙を封に収めていた。


リディアへ。ユウリへ。リードへ。ルシアンへ。そして、セリオンへ――。

どれも簡潔で、けれど精一杯の想いを込めた言葉だった。


自分が帰ったあと、然るべき時に渡してもらう手筈はすでに整っている。

(……ちゃんと、言えなかったな。)


最後に、もう一度だけ顔を見たかった人物がいる。

レナトス。

優しくて、不器用で、どこか放っておけない魔王。

別れを告げるには、きっと笑いながら冗談を言ってしまっただろうから。

こうして会えないままの方が、いいのかもしれない。


蓮は小さく息を吐き、最後の封を閉じた。

「……行こうか。」

声をかけたセリオンは、いつもより表情が硬かった。

この七日間、彼もまた覚悟を固めてきたのだと、蓮には分かっていた。


馬車に揺られ、辿り着いたのは、あの礼拝堂。

前回と同じ、静かで、清浄を押し付けるような空気。


蓮は元の世界の服に身を包んでいた。

エセルテの指示によるものだ。

“帰還に最も適した姿”なのだという。


礼拝堂の奥、さらに奥まった部屋へと案内される。

扉が開いた瞬間、蓮は息を呑んだ。


床一面に描かれた、複雑な魔法陣。

幾何学模様と古代語が絡み合い、淡く光を放っている。

「中央に立ってください。」

エセルテの声は淡々としていた。

 

蓮は一歩、また一歩と進み、魔法陣の中心に立つ。

振り返ると、セリオンがそこにいた。

「……ありがとう。」

短い言葉。

それでも、全てを込めたつもりだった。

 

セリオンは何も言わなかった。

ただ、深く頷く。

 

エセルテが低く呪文を唱え始める。

 空気が震え、魔法陣の光が強まっていく。

足元から光が立ち上り、視界が白に染まる。

(――さようなら)

そう思った瞬間、蓮の姿は、音もなく消えた。


残された静寂。

「……成功したのか?」

セリオンの声は、かすかに震えていた。


エセルテは魔法陣を見下ろし、ゆっくりと答える。

「ここにいないことは、確かです。」


その口元が、わずかに歪んだのを、セリオンは見逃さなかった。

「……?」


違和感を覚えた、その時だった。

コツ、コツ、と。

硬い音が廊下から近づいてくる。

ヒールの足音。

扉が開き、現れたのは、サラだった。


「……なぜ、ここに?」

思わず声が出る。


サラは優雅に微笑み、一礼した。

「ご無沙汰しております、セリオン様。」


そして、楽しげに続ける。

「殿下が女性を囲っていらっしゃると聞いて、不思議に思っていましたの。

 ですが、異世界の娘を保護していたと知って……ああ、そういうことかと、納得しましたわ。」


エセルテの方を見る。

「アムレーナが異界の娘だと聞いて、全てが繋がりました。」


セリオンは、一瞬の逡巡の後、頷いた。

「ああ……そういうことだ。」

話を合わせるしかなかった。


だが、サラはふと、口角を吊り上げた。

「でも――」

その笑みが、どこか歪む。

「私、あの娘の態度が、どうしても気に入りませんでしたの。」

 

嫌な予感が、背筋を走る。

「殿下に守られている立場のくせに、あまりに馴れ馴れしい。

 分を弁えない女は、罰を受けるべきだと思いません?」


「……何を、した?」

声が低くなる。


サラは楽しそうに言った。

「ですから、エセルテにお願いしましたの。

 “帰還”させる先を、少し変更してもらえないかと。」


セリオンの目が見開かれる。

「……変更?」


「ええ。辺境の、魔族の地へ。」

くすくすと笑う。


「期待していたでしょう? 元の世界に帰れると。

 それなのに、到着したら魔族だらけ。

 あの娘、さぞ驚いているでしょうね」

 

血の気が引いていく。

「……サラ。」


「仕方ありませんわ。

 私とセリオン様の間に、ほんの少しでも存在したあの娘が悪いのですもの。」

上機嫌に言い切るサラ。

 

セリオンの手が、震えた。

「……話が違う。」

絞り出すような声。


「まあまあ。」

 エセルテが口を挟む。

「邪魔な女は遠ざけ、婚約も成立した。

 結果として、全て丸く収まったではありませんか」

 

その瞬間。

セリオンは、何も言わずに踵を返した。

扉を乱暴に開け、礼拝堂を飛び出す。


(蓮。)


胸の奥で、名を呼ぶ。


今、どこにいるのか。

魔族の地で、無事でいられるのか。

怒りと後悔が、激しく渦巻く。


あの時、全てを任せた自分が彼女を、こんな目に遭わせた。

セリオンは歯を食いしばり、走り出した。


必ず、探し出す。どこへ飛ばされようとも。

それが、王子としてではなく、一人の男としての、決意だった。

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