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魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!<運命の選択編>  作者: ここば


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祝われぬ夜に、祝福を

王城を出た馬車の中は、思いのほか静かだった。


車輪の音が、一定のリズムで石畳を刻む。

遠ざかる城の灯りを背に、蓮は深く息を吐いた。


(……もう、王には見られない。)


そう思った途端、張り詰めていたものが、ふっと緩む。


正面に座るリードは、視線を伏せたまま沈黙を守っていた。

職務を全うした騎士の顔だが、その奥にある感情は、読めない。


「……はあ。」

思わず、ため息がこぼれる。


「お疲れでしょう。」

リードが、穏やかな声で言った。

その声音には、労わりと、わずかな警戒が混じっている。


「ええ……でも」

蓮は、言葉を切った。


祝宴は始まったばかりだ。

それなのに、退出することになった自分たち。

王の意図も、空気も、理解はしている。


けれど――。


(ルシアン……)


脳裏に浮かぶのは、広間の中央に立つ第二皇子の姿だった。

そして、その隣に立つ、黒衣の魔王。

孤立しても、背筋を伸ばし続けていた二人。


「……このまま、帰ってしまっていいのかな。」

ぽつりと漏れた言葉に、リードはすぐには答えなかった。


馬車が、城壁を離れる。

車輪の音が、規則正しく響く。


「アムレーナ様。」

ややあって、リードは静かに言った。


「殿下の判断は、正しいものです。今は…」

「分かっています。」

蓮は、そう答えながらも、視線を落とした。


そのときだった。

足元に置かれていた荷袋の一つが、視界に入った。

リードのものだ。

普段、別邸で庭仕事や体術の指導をするときに使っている、簡素な袋。


(……あ)


何かが、胸の奥で、静かに定まった。


「リード。」


「はい。」


「……少しだけ、時間をもらってもいいですか?」


その声色に、リードはすぐ気づいた。

何かを決めたときの、彼女の声だ。


「……理由を、伺っても?」


蓮は、まっすぐにリードを見た。

「ルシアン殿下の誕生日を、ちゃんと祝いたいんです。」

侮辱された主役を、そのままにして帰りたくなかった。


そして、少しだけ言葉を選んで続ける。

「それから……残った人たちを、見たい。」


「残った、方々を?」


「はい。」

蓮は、ゆっくりと頷いた。


(魔族が現れて、それでも席を立たなかった貴族たち。

全員が敵じゃないかもしれない。

少なくとも、嫌悪だけで動く人たちではない。)


「お願い!アムレーナだとバレないように、この袋の中の衣服を着ていくから。」


彼は迷った末、小さく頷いた。

「時間は、あまり取れませんが。」


「ええ。ほんの少しで十分です。」


馬車の揺れの中で、蓮は素早く着替えを始めた。


柔らかな布地。

装飾のない、動きやすい服。

フォルトゥナ城で過ごしていた頃、何度も袖を通した感触に近い。


コルセットも、宝飾もない。

肩が軽くなる。


髪を解き、指で梳き、慣れた形にまとめ直す。

化粧も、布で丁寧に拭い落とした。


鏡に映ったのは、王城に入る前の“飾り”ではない。


(……これでいい。)


馬車が止まる。


「戻ります。」


短く告げると、リードは一瞬だけ言葉を探すように視線を彷徨わせた。


だが、すぐに答える。


「お供します。広間の手前までです。中へは、あなた一人で。今のアムレーナ様なら、目立ちません。私がいる方がかえって目立つでしょう。」


その判断に、蓮は小さく笑った。


馬車が方向を変え、再び王城へと向かう。

裏門近くで馬車を降りると、リードが先導した。


人目を避ける通路。

使用人や騎士が使う、静かな回廊。

広間へと続く扉の前で、リードは足を止めた。


「ここから先は。」

「はい。」


蓮は、深く一礼する。

「ありがとうございます。」


リードは、何も言わず、ただ頷いた。

扉の向こうから、かすかな音楽と、人の気配が漏れてくる。


蓮は、一歩、前へ出た。

(……大丈夫)


深呼吸を一つ。

そして、扉を押し開ける。


再び足を踏み入れた祝宴の広間は、まるで別の場所のようだった。


人は、大きく減っている。

さきほどまで溢れていたざわめきもなく、音楽だけが空間を埋めていた。


豪奢な装飾はそのままなのに、どこか空虚だ。


広間の中央。

そこに、二人の姿があった。


ルシアンと、レナトス。


主役と客。

だが、今はどちらも、祝われる立場ではない。


蓮は、少しだけ胸が痛んだ。


近づくと、ルシアンが先に気づいた。


「……?」


一瞬、困惑した表情。

次の瞬間、目を見開く。


「……アム、レーナ……?」


その声に、レナトスが振り返る。


そして、目が合った瞬間。


「――ああ」


低く、愉しげな声。


「やはり来たか。」


蓮は、思わず微笑んだ。


「……はい。」


ルシアンが、慌てたように言葉を探す。


「え、どうして……もう、お帰りになったのでは?」


「ええ。でも――」


蓮は、一歩前に出て、きちんと頭を下げた。


「本日は、お誕生日おめでとうございます。ルシアン殿下。」


その声は、形式張っていない。

だが、心からだった。


ルシアンは、一瞬呆然とし、それから、破顔した。


「……ありがとうございます。」

力の抜けた、素の笑顔。


「こんな形になるとは思いませんでしたが……それでも、嬉しいです。」


「当然です。」


蓮は、きっぱりと言った。


「祝う気持ちに、立場は関係ありません。」


その言葉に、レナトスが小さく笑う。


ふと蓮は広間の隅に、数名の貴族が残っているのが目に入った。

互いに距離を保ちつつ、こちらを観察している。


(……あの人たち。)


蓮は、そっとルシアンに近づく。


「殿下。」


声を落とす。


「まだ残っている方々、いますね。」


「ええ。少数ですが。」


「……魔族に、強い嫌悪を持っていない可能性があります。」


ルシアンの目が、わずかに鋭くなる。


「続けてください。」


「この場で帰らなかったということは、少なくとも“拒絶”を選ばなかった。

しかも王の意図を理解した上で、なお席を立たなかった者たちです。」


蓮は、静かに言葉を選ぶ。


「ガラン移住の候補として、覚えておいて損はないと思います。」


一瞬の沈黙。


それから、ルシアンはゆっくりと頷いた。


「……ありがとうございます。」


その表情には、王の前で見せたものとは違う、確かな決意が宿っていた。


「覚えておきます。」


レナトスが、面白そうに二人を見比べる。

三人の間に、短いが温かな沈黙が流れた。


祝宴は、形ばかりのものになってしまった。

だがこの夜、確かに交わされたものがある。


言葉。

意思。

そして、次へ進むための視線。


蓮は思った。


(……大丈夫。)


この国は、まだ変われる。


そう信じられるだけのものが、

今、この静かな広間に、残っていた。



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