表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!<運命の選択編>  作者: ここば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/121

祝宴のあとに残るもの

祝宴の喧騒が、嘘のように引いていた。

広間にはまだ灯りが残り、楽団も形式的に演奏を続けているが、先ほどまで密集していた貴族の姿はまばらだ。空いた床が、やけに広く感じられる。


ルシアンは、静かに深く息を吸った。

そして、目の前に立つ存在へと、改めて向き直る。


魔王レナトス。

威圧感を纏いながらも、どこか飄々とした佇まいは、先ほどの騒動をまるで意に介していないようだった。


「……本日は」


ルシアンは一歩前に出て、頭を下げた。

「わざわざ足をお運びいただいたにもかかわらず、このような無礼な場となってしまい、誠に申し訳ありません。」


その声音は、若さを残しながらも、真摯だった。

「国王の言葉、そして会場の反応……いずれも、主催者側として弁解の余地はありません。」


一瞬、広間の空気が張り詰める。

魔王を前にして、王子が謝罪を口にする――それ自体が、異例だった。


だが、レナトスは肩をすくめるようにして、ふっと笑った。

「気にするな。」


低く、穏やかな声。

「以前会ったときとは、随分と違うな。」


ルシアンは顔を上げる。

「……違いますか?」


「ああ」


レナトスは、金色の瞳を細めた。

「あの頃のお前は、状況を理解しながらも、どこか受け身だった。だが今は――」


一拍、言葉を置いてから続ける。

「自分の意思で立ち、自分の言葉で頭を下げている。頼もしくなった。」


その言葉に、ルシアンの肩から、わずかに力が抜けた。

「……ありがとうございます。」


「礼を言われる筋合いではない。」


レナトスは軽く首を振る。

「私は、ただ来たかっただけだ。」


「え?」

思わず、ルシアンは聞き返した。


レナトスは、ちらりと広間の出口――先ほど蓮が去っていった方向へと視線を向ける。

「蓮の姿を、一目でも見られればと思ってな。」


あまりにも、あっさりとした言い方だった。


「それだけですか……?」


「それだけだ。」

即答だった。


「この程度の仕打ちなど、問題にもならん。魔王という立場になる前から、似たような場は嫌というほど経験している。」


そう言ってから、口角をわずかに上げる。

「むしろ、あの王の態度は予想通りだ。失望もしていない」


その落ち着きに、ルシアンは思わず小さく息を吐き、そして――笑った。

「……そう言っていただけると、少し救われます。」


「救われる必要はない。」


レナトスは静かに言う。

「お前は、正しいことをしている。正しさが、いつも歓迎されるとは限らんだけだ。」


その言葉は、慰めではなく、事実として淡々と語られた。

だからこそ、重みがあった。


「それに」

レナトスは、少しだけ声の調子を変える。


「蓮はこちらでも、元気に過ごしているのだろう?」


その問いに、ルシアンは頷いた。

「ええ。相変わらず……落ち着きはありませんが。」


思い出すように、表情を和らげる。

「邸内を動き回り、体術の稽古や庭仕事にまで首を突っ込んでいるようです。」


「ほう。」


レナトスの目が、楽しげに細められた。


「やはりか。」


「え?」


「いや、変わっていないと聞けて安心した。」


そう言って、今度ははっきりと笑う。

「環境が変わろうと、立場が変わろうと、あの娘はあの娘だな。」


ルシアンも、つられるように笑った。

「こちらでも、皆に驚かれていますよ。」


「だろうな。」


レナトスは腕を組む。

「セリオンに収まるような女ではない。」


その名が出た瞬間、ルシアンの表情が、ほんのわずかに引き締まった。

「……兄上は」


言いかけて、言葉を選ぶ。


「この状況を、快く思ってはいないでしょう。」


「当然だ」


レナトスは即答する。


「王の意志に逆らえぬ立場にいる者ほど、己の無力さを噛みしめる。」


そして、ふと視線を鋭くした。


「だが、覚えておけ。今日ここで起きたことは、必ず意味を持つ。」


「意味、ですか?」


「ああ。」


「お前が何を大切にし、誰がそれを否定したのか。見た者は、見ている。」


ルシアンは、ゆっくりと頷いた。


「……はい。」


「それに」


レナトスは、広間を見渡す。

人影の減ったその空間に、わずかに残る貴族たち。様子見を決め込む者、計算を巡らせる者。


「今夜、ここを去った者たちも、また戻ってくる。」


「戻ってくる?」


「風向きが変わったときにな。」


その言葉に、ルシアンは息を呑んだ。


「その時、お前はどう立つ?」


問いかけ。

試すような、しかし期待を含んだ視線。


ルシアンは、迷わず答えた。


「……同じ場所に立ちます。」


「ほう。」


「人と魔族が、同じ地平に立てる場所を。」


短い沈黙。レナトスは満足そうに頷いた。


夜は、まだ終わらない。

だが、この祝宴は、すでに終わっていた。


残されたものは、静かな決意と、確かな種。

それが、いつ芽吹くのかは。まだ誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ