夜明け前、潜入開始!
翌朝、淡い光がフォルトゥナ城の高窓を染めはじめたころ、蓮はふわりとまぶたを開いた。
隣には、深く眠るレナトス。規則正しい呼吸が微かに胸元を上下させている。昨夜の静かな鼓動と、寄り添って眠った温もりを思い出し、蓮はひとつ息を整えた。
――今日から、いよいよ潜入だ。
支度を終えると、城の一室に選抜された者含め五人が集まった。
レナトスを中心に、真夜中のように静かなヴァルク(ヴァンパイアの血を引く漆黒の戦士)、緑がかった長髪を揺らすセリカ(弓の名手たるダークエルフ)、そして影に溶けるような俊敏さを持つガロン(影狼〈シャドウビースト〉)。
蓮は背筋を伸ばし、レナトスの横に並ぶ。
「作戦は昨日の通りだ。」
レナトスが低く言う。
「まずは辺境都市グラン周辺で、人間兵の動きを探る。怪しまれずに内部へ潜るには、彼らの行動と役割を正確に把握する必要がある。」
夜明けとともに五人は城を出発した。
東へ向かう森を抜け、荒野を越え、次の日の昼過ぎにはグラン近郊へ到着する。
やがて、補給に出てきた小隊の人間兵士を発見。
ヴァルクが木々の影から鋭い視線を送り、セリカが弓を軽く構える。
「人数、五。食糧の搬入後に城壁裏の小屋へ戻るようだ。」
「尾行して、入れ替わる。」
レナトスが短く指示した。
夕闇が濃くなる頃、兵士たちが人気のない小道を歩く背後で、ガロンが音もなく滑るように動く。
その瞬間、黒い霧のような魔力があたりを包んだ。
気づいた時には、兵士たちは深い眠りに落ちている。
「着替えるぞ。」
レナトスが淡々と告げ、五人は兵士の鎧と外套を手早く奪い取った。
ヴァルクが人間の顔立ちに変化し、セリカの尖った耳も幻影で覆われる。
レナトスは、蓮の胸元を押さえながら、魔法で蓮の服を人間兵の服へと変えた。
「私は……新しく派遣された補給兵、でいい?」
「完璧だ。」
レナトスが頷く。
その横顔には、昨夜と同じ黄金の輝き――いや、任務に挑む深い紅が混じっていた。
五人は静かに視線を交わし、月明かりの下、辺境都市グランの城門へと足を踏み入れた。
蓮は新米補給兵の装い。レナトスは軽装の護衛役、ヴァルクとセリカは傭兵に紛れ、ガロンは影に溶けて移動する。昨夜倒した兵士の鎧と証書が、彼らの唯一の通行証だ。
城門の前、無骨な槍を持つ番兵が目を細めて一行を見やる。
「夜明け前の搬入か。証を。」
レナトスが淡々と偽の書状を差し出した。番兵は印章を確認し、鼻を鳴らす。
「……補給班なら西の兵站棟へ。街路はまだ巡回が多い、余計な道草は踏むな。」
「了解しました。」
蓮が深く頭を下げる。
重い門が開くと、街の空気は思ったよりひややかだった。人影は少なく、灯りだけが点々と続く。遠くで鐘が鳴り、どこかの家屋の窓が一瞬だけ明るくなった。
西区画の兵站棟に荷を降ろすと、兵士たちは皆疲弊した顔をしていた。
「魔族どもは今夜も動きなしだ。」
「代表とやらが牢で息絶えぬ限り、あいつらはおとなしいさ。」
耳に飛び込む言葉に、セリカが眉をひそめる。蓮は咄嗟に木箱を運ぶふりをして会話を聞き取った。
――やはり、魔族の人質は別の場所に囚われている。
セリカが目で問いかける。蓮は小さくうなずいた。
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夜、五人は裏手の倉庫に集まり、低い声で打ち合わせを始めた。
「魔族の“代表”がどこに囚われているか、兵たちは場所を知らされていないようだ。」
レナトスが囁く。
「なら、上層の補給記録を洗う必要があるな。」
ヴァルクが顎をさすった。
「私が影で忍び込む。」ガロンが低く言う。
蓮は緊張を飲み込みながら口を開いた。
「明日、補給の追加要請が来るはず。その時に管理官の書庫へ……そこで人質の搬送記録を探しましょう。」
レナトスが鋭い瞳で蓮を見つめ、静かに頷く。
「焦るな。だが、確実に掴む。明日の朝から動く。」
倉庫の外では冷たい夜風が唸り、遠くの鐘がまた一度、鈍く鳴った。
潜入作戦は、いよいよ核心へと近づいていた。




