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魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!  作者: ここば


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再会の静温

フォルトゥナ城の門をくぐると、柔らかな光が差し込んでいた。

城内はいつもよりざわめきが多い。

視察団が無事に戻ったという知らせが、もう城中に広がっていたのだろう。


「おかえりなさいませ!」

「無事で何よりです!」

「ガランの様子はどうでした?」


廊下を進むたび、声がかかる。

侍女も兵士も、文官も、誰もが笑顔だった。

その一つひとつに、蓮は丁寧に頷きながら応じる。

けれど彼女の視線は、どこか一点を探していた。


(……早く、報告しなくちゃ)


長い通路の先。

重厚な扉の前で、カイとソラが並んで立ち止まる。

扉の奥には、あの人がいる。

フォルトゥナの王、蓮がこの世界で最も長く向き合ってきた相手。


「いいか、入るぞ。」

カイが軽くノックし、執務室の扉を押し開けた。

「失礼します。」


光が差し込む広い部屋。

整然と並ぶ書類の山の向こうに、レナトスがいた。

立ち上がり、蓮たちを迎えるその姿は、以前よりも少し柔らかく見えた。


「おかえり。」

その一言に、蓮の胸が温かくなる。


「ただいま戻りました、レナトス陛下。」

三人が揃って頭を下げる。

レナトスは頷き、微笑みながら椅子を指した。


「楽にしていい。で、どうだった? ガランは。」


ソラが手元の資料を広げる。

「はい。予定していた視察は全て完了しました。治水設備、交易経路の見直し、街区整備……いずれも改善の兆しが見られます。」


「魔族と人間の接触は?」

「それも順調です。まだ人間は兵士などしかいませんが、現地の魔族と衝突は見られませんでした。

同行してくれたティアやマリーが上手く取り持ってくれた結果です。

また、蓮が関わった共同市場は、両者の信頼を築く上で効果的だったと思います。」

ソラがそう言い、ちらりと蓮を見る。


蓮は少し照れたように笑った。

「ただ、みんながすごく協力的だったんです。私ひとりじゃ到底――」


「ふっ、またそうやって自分の手柄を小さく言う。」

カイが穏やかに笑う。

その声に、ソラもレナトスも思わず口元を緩めた。


「……他には?」

「はい。ルシアン殿下やセリオン殿下とも会談を重ねました。両国の関係改善に向けた第一歩にはなったと思います。」

「ほう。」


レナトスの視線がわずかに鋭くなる。

「とても協力的で――」


レナトスは一瞬だけ眉をひそめ、しかしすぐ微笑んだ。

「……そうか。それなら良かった。」


言葉の奥に、何か複雑な響きがあった。

それを感じ取ったのは、蓮よりもカイだった。


「では、報告は以上です。」

ソラが頭を下げると、レナトスは軽く頷いた。

「ご苦労だった。今日はゆっくり休め。」


「はいっ。」

ソラは礼をして出ていく。

カイもそれに続こうとしたが、レナトスが口を開いた。


「蓮は、少し残ってくれ。」

「……はい。」


蓮の返事に、カイが一瞬眉をひそめる。

「……俺は、先に行ってる。」

短くそう告げて出ていった。

扉が閉まる音がして、執務室に静寂が戻る。


レナトスは、しばらく黙って蓮を見つめていた。

その眼差しは、王のそれではなかった。


「――だいぶ、顔つきが変わったな。」

「え?」

「出発前よりも先を見据えた顔をしている。ガランで、何を見てきた?」


蓮は少し息を飲み、静かに語り出した。

街の変化、人々の笑顔、ティアたちの成長、そして――

魔族も人間も、同じ未来を見ようとする希望。


レナトスは、その一つひとつを丁寧に聞いていた。

椅子にもたれかかることもなく、視線を逸らすこともなく。

ただ、目の前の彼女がどんな思いでその時間を過ごしてきたのか――それを受け止めるように。


「……みんな、変わろうとしていました。

 “違う世界の人”なんて思わないでくれる人たちがいて、

 私も、少しはこの世界に居場所ができた気がして。」


「そうか。」

レナトスの口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。

「お前がいたからだろう。

 お前の言葉が、誰かの明日を変えた。」


蓮は小さく首を振った。

「私はただ……少しでも誰かが笑えるようにって、そう思ってただけ。」


「だからこそ、だ。」

レナトスの声が静かに響く。

「その“少し”を積み重ねられる者は、そう多くない。

 ……お前は本当に、強いな。」


ふと、沈黙が落ちた。

その沈黙は、言葉よりも雄弁だった。

レナトスの目には、確かな慈しみが宿っていた。


蓮の胸の奥で、何かが小さく揺れた。


やがて、レナトスが静かに息をつく。

「……ガランでは、寒くなかったか?」

「え?」

「夜は冷えるだろう。無理してないかと思ってな。」

そのさりげない気遣いが、なぜか心に沁みた。


「平気です。カイが毛布を貸してくれて……あと、ティアたちが夜食まで作ってくれて。」

「ふっ……賑やかだったようだな。」

「はい。あ、でも、少し太ったかも。」

「太っても構わん。……元気で帰ってきてくれた、それだけで充分だ。」


ふふっと蓮が笑った瞬間、扉を叩く音がした。

「陛下、メルフェリアです。今よろしいでしょうか?」


レナトスは一瞬だけ蓮を見て、それから扉の方に向き直った。

「……明日にしてくれ。」

「はっ、かしこまりました。」


去り際、メルフェリアはわずかに扉の隙間から中を覗く。

その視線の先――

彼女は見たことのない、穏やかな笑みを浮かべるレナトスを見た。


(……あの方が、あんな顔を……)

扉を閉めながら、メルフェリアは小さく息を呑んだ。


部屋の中では、まだ会話が続いていた。

報告という名の形式をとうに越え、二人の間には、ただ静かな温度だけが流れていた。


「……帰ってきてくれて、ありがとう。」

不意に、レナトスがそう呟いた。


蓮は少し驚き、けれど笑った。

「こちらこそ。……また、ここに戻れてよかった。」


その言葉に、レナトスはゆっくりと目を細めた。

「おかえり、蓮。」


外では夜風が吹き抜け、

城の塔の上に月が昇り始めていた。

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