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魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!<運命の選択編>  作者: ここば


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返事は旅立ちの先で

蓮とカイが「旅立つ時は一緒だ」と、はっきり言葉にして確かめ合った、その夜だった。


城の喧騒は、昼間の荷造りの熱を嘘のように引かせ、回廊には静けさが戻っている。

灯された灯の淡い光が、石床に長い影を落としていた。

 

蓮は一度、深く息を吸う。

(……行くぞ。)

胸の奥に残る迷いを押し込め、足を前に出す。

向かう先は、レナトスの執務室だった。

 

扉の向こうからは、紙をめくる微かな音が聞こえてくる。まだ、仕事をしているらしい。

こんな時間まで、と思う一方で、それが彼の日常なのだとも分かっていた。

 

軽くノックをすると、すぐに低い声が返ってくる。

「どうぞ。」

扉を開けると、執務机に向かっていたレナトスが顔を上げた。

積まれた書類と地図、魔導具。

忙しさは一目で分かる。

 

だが、蓮の姿を認めると、彼は小さく目を見開いた。

「……蓮?」

次の瞬間、ペンを置く。

「今日はもう切り上げるか。」

「え、でも……」

「明日に回せるものだ。今は君のほうが大事だよ。」

 

そう言って、書類を整え、机の端に寄せる。

その所作は自然で、当たり前のようだった。

蓮は、胸の奥が少しだけ苦しくなるのを感じながら、執務室の中央に立った。


「どうした、蓮?」

柔らかな声だった。責める気配はなく、ただ心配している声音。

「こんな時間に来るなんて、何かあったんだろう?」

言葉を選ばなければならない。そう思うほど、喉が詰まる。


「……あのね。」

蓮は、指先をきゅっと握りしめた。

「私、旅に出ようかなって……思ってて。」

 

一瞬、空気が止まったように感じた。

けれど、レナトスの表情は変わらない。怒りも、驚きもない。ただ、じっと蓮を見つめている。

ただしその瞳の色が、わずかに変わっていた。

金色だったはずの瞳が、薄い青を帯びている。感情が表に出ない代わりに、瞳の色に出る。どうやら、自分にしか見えないことも蓮は知っていた。


「旅、か。」

レナトスはゆっくりと椅子から立ち上がり、蓮との距離を少し縮め首を傾げる。

「この城が、居心地が悪いのか?」

心配が、隠されていなかった。

「無理をしていないか。誰かに、何か言われたわけじゃないか?」

「ううん、そうじゃないの。」

蓮はすぐに首を振った。

「ここは……すごく、居心地がいい。皆優しいし、守られてるって分かる。」

それは、嘘じゃない。


だからこそ、続く言葉が、少しだけ震えた。

「でもね、私さ……この城に召喚されて、この世界に来てから……」

言葉を探しながら、続ける。

「この街、ガラン、アストリア国、エルフの森……いろんな場所に行く機会があったでしょう?」

レナトスは黙って頷いた。


「その時々でね、知識が増えていったの。文化も、考え方も、歴史も……」

視線を落とす。

「同時に思ったの。私、知らないことだらけなんだって。」

顔を上げる。

「人間のことも、魔族のことも。知れば知るほど、全然分かってないことが分かるの。」

胸の奥から、言葉が溢れてくる。

「私は……人間と魔族が、共に生きられる世界を望んでる。」

それは、彼女の根幹にある願いだった。

「そのためには、もっと知らなきゃいけないと思ったの。ただ守られて、城の中で考えてるだけじゃ、足りないって。」

 

そこまで言って、蓮はレナトスを見た。

彼は、複雑な心境なのだろうか。それとも、何かを計っているのか。

ただ、じっと蓮を見つめている。

薄い青の瞳が、揺れることなく。

しばらくして、レナトスは一度、静かに息を吐いた。


「……よく分かったよ。」

ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。

「君の気持ちも、その考えも。魔族のことまで考えてくれているのは……正直、嬉しい。」

微かな笑みが浮かぶ。

「この国の王として、これ以上の理解者はいないと思えるほどだ。」

蓮の胸が、少しだけ温かくなる。

 

だが、レナトスはそのまま続けた。

「ただ。」

その声は、今までよりも低く、静かだった。

「これは、完全に私のわがままだ。」

薄い青の瞳が、わずかに濃くなる。

「私は……蓮と、離れたくない。」

はっきりとした言葉だった。

蓮は、息を呑む。


「君が元の世界に戻ると決心し……アストリアへ行った時……私は、覚悟を決めていた。」

視線を逸らさず、告げる。

「あぁ、手放すことになるのだと。」

机に置かれた手が、わずかに強く握られる。


「だが……幸か、不幸か。」

ほんの一瞬、言葉が詰まった。

「君は、戻ってきた。」

沈黙が落ちる。

「もう……手放せそうにないんだ。」

それは、王の言葉ではなかった。

レナトス自身の率直な本音だった。


蓮の胸が、締めつけられる。

「レナトス……」

嬉しいと、同時に、苦しい。

彼にとって、自分がどれほどの意味を持っているのか。それを突きつけられた気がして。

「私……」

言葉が、すぐには続かなかった。


レナトスは、それ以上、何も言わない。ただ、蓮が言葉を見つけるのを、静かに待っている。

やがて、蓮は小さく息を吸った。


「……覚えている?」

蓮は、少しだけ微笑んだ。


「何をだ?」

「私たちが初めて会った日のこと。」


レナトスの瞳が、僅かに見開かれる。


「レナトス、言ったよね。」

蓮は、静かに言葉をなぞる。


「私があなたの運命の人だって。結婚してくれって。」


一瞬、時が止まった。


「蓮。それは…」

「本当にビックリしたんだから。」


蓮は言葉を遮る。


「あの時、私はそのことについて考えようとも思わなかった。早く元の世界に戻るんだって思って。」


胸に手を当てる。


「でもね、ここで過ごすうちに、考えるようになった。これから、もしあなたの隣に立つなら、あなたの背負っているものを、ちゃんと理解したい。その上で……一緒に生きたいって。」


一歩、さらに近づく。


「私ね、あの時の返事に、はいと答えるために旅に出る。」


レナトスの視線が、揺れる。


「知って、選んで、戻ってくる。」


はっきりと告げる。


「その上で……あなたの隣で生きていきたい。」


沈黙。

長く、深い沈黙。


やがてレナトスは、ゆっくりと立ち上がった。

蓮の前に立ち、目線を合わせる。


「……分かった。」

その声は、静かで、強い。


「それがお前の意思だな。」


「はい。」


「ならば、私は止めない。」

少しだけ、困ったように微笑む。


「だが、必ず戻ってきてくれ。」

低く、確かな声で。


「そして――その時は。」


蓮の顎にそっと指を添え、視線を逸らさせない。


「私の隣に立て。迷いなく。」


蓮の胸が、熱くなる。


「……約束する。」


二人の間に、言葉以上の理解が交わされた。


それは別れではない。

未来へ向けた、選択だった。


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