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魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!<運命の選択編>  作者: ここば


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帰る森、残る祝福

フォルトゥナ城の夕方は、森とはまるで違う。

回廊に射し込む斜光は、どこか整いすぎていて、影の形まで計算されているようだった。

 

エリアスはその中を歩きながら、無意識のうちに足音を殺していた。

(……慣れないな。)

 

誰も敵意など持っていない。

むしろ逆だ。

「エリアス様、こちらへどうぞ。」

「お疲れでしょう。休憩を――」

すれ違う魔族たちは丁寧で、柔らかく、感謝の言葉さえ向けてくる。

 

命の恩人。

客人。

蓮を救った者。

そのどれもが事実で、だからこそ、落ち着かなかった。


(俺は……ただ、森にいただけだ。)

エルフの森で暮らし、必要なことをして、必要な者を助けただけ。

特別視される理由はない。

なのに、この城では、彼は常に“意味を持つ存在”として扱われる。

 

中庭の一角。

石の縁に腰を下ろし、エリアスは静かに息を吐いた。

視線の先では、蓮がソラと何か話して笑っている。

その少し離れた場所に、カイの姿があった。


視線を逸らす。

見てはいけないものを覗いた気分になった。

自分がここに来てから、何かが微妙にずれている。

誰かの距離感。

空気の流れ。


特にカイ。

彼の態度は、露骨に敵対的というわけではない。

むしろ、礼儀正しい。

必要な会話はきちんとする。

だが、どこかで線を引いている。

(……当然、か。)

エリアスは苦く笑う。

蓮の隣に、突然現れた“知らない男”。

しかも、彼女を救ったという理由で、自然と近くにいる存在。

快く思えという方が、無理な話だ。

(俺だって……逆の立場なら。)

同じように、胸の奥がざわつくだろう。


それでも。

(俺は、ここに長くいるつもりはない。)

そう決めているはずなのに、心は妙に落ち着かない。

 

城の中で過ごす一日は、想像以上に“密”だった。

朝から晩まで、誰かと行動を共にする。

話し、笑い、食卓を囲む。

森ではあり得ない距離感。

(……他の魔族は、こんな感じで生きてるんだな。)

ふと、そう思う。


蓮はこの城の空気に溶け込み、自然に振る舞っている。

誰かに守られ、同時に、誰かの心を支えている。

 

エリアスの胸に、わずかな痛みが走った。

(俺は……通り過ぎるだけの存在だ。)

それが分かっているからこそ、居心地が悪い。

ここにいればいるほど、

自分が“一時的な異物”であることを、突きつけられる。

 

不意に、背後から声がした。

「エリアス。」

振り返ると、蓮が立っていた。

「一人?」

「……まあな。」

彼女は隣に腰を下ろす。


「城、慣れない?」

その問いに、エリアスは少し考えてから答えた。

「嫌じゃない。ただ……森とは違う。」

「そっか。」

蓮はそれ以上、踏み込まなかった。

その距離感が、逆に胸に刺さる。

(……見透かされてるな。)

居心地の悪さも、違和感も。

全部。

「ああ。」

それだけ、絞り出すように言った。


夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばす。

エリアスは思う。

(俺は、彼女を偶然救った。)

だが、彼女には、すでに帰る場所があり、守る者たちがいて、ここで生きる理由がある。


(……俺は)

ただ、その途中に立ち会っただけ。


エリアスは、答えを出せないまま、沈みゆく空を見上げていた。

空は、紫と金が溶け合うような色をしていた。

エリアスは、その移ろいを見つめながら、ようやく自分の中の答えに触れる。


(……帰ろう。)

この城は、居心地が悪いわけではない。

むしろ、過剰なほどに温かい。

だが、その温かさは、彼が根を張る場所ではなかった。

 

使命がある。

森を守ること。

境界を見張り、均衡を保つこと。

それは、エルフとしての役割だ。


翌日、エリアスは魔王レナトスに帰還の意思を告げた。

引き止められることはなかった。

レナトスは静かに頷き、「理解した」とだけ答えた。

その隣で、ユリウスがわずかに目を細める。

 

帰還日は、三日後と決まった。

城内にその知らせが広がると、思いのほか多くの者が名残を惜しんだ。

 

ソラは露骨に肩を落とし、ミュリエルは「また来なさい」と当然のように言い、カイは何も言わなかったが、視線だけが一度、エリアスに向いた。

 

そして、当日。

城門前には、見送りのために人が集まっていた。

過剰な儀式はない。

だが、それぞれが、それぞれのやり方で別れを告げている。

 

最後に、エリアスは魔王の前に立つ。

深く一礼し、短く言った。

「お世話になりました。」


「こちらこそ。」

レナトスはそれ以上、何も言わない。


エリアスは踵を返し、そこで一歩、蓮の方へ近づく。

「……エリアス?」

 

名を呼ばれ、立ち止まる。

周囲の気配が、一瞬、静まった。


彼は答えず、そっと手を伸ばし、蓮の前に立つ。

驚いた表情のままの彼女の額に、静かに口づけた。

 

一瞬。

時間が止まったかのような沈黙。

蓮は完全に固まり、周囲の魔族たちは、息を呑んだまま動けない。

 

だが、レナトスとユリウスは動じなかった。

不快そうに視線を細めながらも、その意味を理解している。

 

エリアスは、蓮の額から離れ、低く告げた。

「蓮。お前は、すでに種族としてのエルフから祝福を受けている。」


彼女は瞬きをしながら、ただ聞いている。

「今のは……俺個人からの祝福だ。」


静かな声。

だが、確かな力が込められていた。


「お前に何かあれば、俺は感じ取れる。距離に関係なく、すぐに駆けつける。」

蓮の喉が、小さく鳴る。

「逆も同じだ。俺が必要な時……念じるだけでいい。それは、森に届く。」

エリアスは、わずかに微笑った。

「俺は森に帰る。だが、心は離れない。」

 

それだけ言うと、彼は一歩、距離を取る。

蓮は、ようやく言葉を取り戻した。

「……ありがとう。」

蓮はありったけの笑顔を見せていた。

 

エリアスは最後に一度だけ、城を振り返る。

そして、森へと続く道へ足を向けた。


夕暮れの中、彼の背中は静かに遠ざかっていく。

だが、誰もが知っていた。

その繋がりは、別れではない。

ただ、形を変えただけなのだと。

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