表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!<運命の選択編>  作者: ここば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/121

生きている、その一行

フォルトゥナ城。

魔王の私室に、慌ただしい足音が響いた。

扉を叩く音すら待てず、側近が一歩踏み込む。

普段は決して崩さぬ所作が、今は乱れていた。


「魔王陛下。ご無礼をお許しください。

蓮様から、手紙が……!」

その一言で、室内の空気が変わる。


レナトスは即座に立ち上がった。

書類に落としていた視線が、真っ直ぐ側近を射抜く。


「渡せ。」

側近は一瞬だけ息を呑み、慎重に封書を差し出した。

封蝋は施されていない。だが、見覚えのある筆致だった。


レナトスはそれを受け取り、無言で封を切る。 紙を開く手が、わずかに震えていたことに、側近は気づいていた。


――儀式は失敗したが、命に別状はない。

――現在、エルフの森で保護されている。

――一ヶ月後、森を出てフォルトゥナ城を目指す予定。

――心配無用。


短い文面。 だが、それだけで十分だった。

レナトスは最後まで読み終えると、深く息を吐いた。 胸の奥に溜まっていた何かが、音を立てて崩れていく。


「……無事、か。」

呟きは低く、ほとんど独り言に近い。

それでも、側近にははっきりと伝わった。


安堵。

あまりにも率直なそれに、側近は一瞬言葉を失う。 恐る恐る、問いかけた。

「……どのような、内容で?」


レナトスは手紙を畳み、視線を上げる。

その表情は、先ほどまでの張り詰めたものではなかった。

「玉座の間に、皆を集めよ。」

「は……?」

「現状を共有する。急げ。」

短く命じ、レナトスはすでに歩き出していた。


玉座の間には、ほどなくして魔族の幹部たちが集まった。

捜索隊の報告を待つ空気が、重く漂っている。

レナトスは玉座に腰を下ろすと、手紙を掲げた。


「蓮は――無事だ。」

その一言で、ざわめきが走る。


「現在、エルフの森で保護されている。

こちらからの介入は不可能な場所だ。

よって」

一拍、間を置く。


「捜索は中止。全隊、引き揚げよ。」

誰も異を唱えなかった。

それどころか、あちこちから小さな安堵の息が漏れる。


その中で、ミレーヌは両手で口元を押さえ、崩れ落ちそうになっていた。

隣にいたミュリエルが慌てて支える。

「ほら……ね。」

声が震えるのを、必死に抑えながら言う。

「あの娘が、そんな簡単にくたばるはずないって……言ったでしょ……!」

そう言いながら、ミュリエル自身も視線を逸らし、こっそりと涙を拭った。


玉座の間に、確かな安堵が広がっていく。 遠征に出ていた部隊にも、この報せはすぐに届いた。


その頃、遠征先。

報告を聞いたユリウスは、思わず拳を握り締めた。 怒りも、不安も、後悔も、すべてが一気にほどける。


「……生きて、いたか。」

短くそう呟き、顔を伏せる。 隣でカイが大きく息を吐いた。

「……よかった。ほんとに。」


ソラも無言で頷き、涙がこぼれないよう空を仰いだ。

どれほど張り詰めていたか、今さら思い知らされる。


「エルフの森か……」 ユリウスは歯を食いしばる。 「近づけない場所だな。」

それでも。 生きている。 それだけで、十分だった。


一方、アストリア王国。

登城していたセリオンのもとへ、早馬が駆け込んだ。 差し出された書簡には、別邸の印。


「……アルバート、か。」

執事長の名を見た瞬間、胸が嫌な音を立てた。


だが、内容を確かめる前に、使者が言う。

「アムレーナ様から、手紙が届いたとのことです。」


セリオンは、言葉を失った。

今すぐ向かいたい。

だが、その立場が、それを許さない。


歯噛みしながらも務めを終え、別邸に辿り着いたのは深夜だった。

ルシアンも同行している。

屋敷の灯りは、まだ落とされていなかった。


出迎えたのは、執事長アルバート、メイド長メリッサ、そしてリディア。

全員が、緊張の入り混じった表情をしていた。


彼らは、何も知らない。

なぜ突然アムレーナが去ったのか。

あの日の朝。

別れの挨拶はあった。 突然すぎて、悲しむ暇もなかった。

「またお待ちしております」と声をかけたとき、 アムレーナは、ほんの一瞬、言葉に詰まったように見えた。

しばらく会えないのかもしれない。

そう覚悟はしていた。


だが、その日の夜遅く、セリオンが別邸を訪れた。

あまりにも沈んだ様子に、誰もが息を呑んだ。

感情を表に出さぬ彼が、思わず弱さを見せるほどだった。


だからこそ、アルバートは迷わず知らせたのだ。

セリオンは手紙を受け取り、封を切る。

目を走らせ、そして――。

その場に、深い沈黙が落ちた。

「……生きている。」

それだけ呟き、セリオンは手紙をルシアンに差し出した。


ルシアンも目を通し、柔らかく息を吐く。

「よかったね。ほんとに。」

そう言って、隣を見た。

セリオンは泣いていた。

嗚咽も、声もない。

ただ、静かに涙が頬を伝っている。

ルシアンは、一瞬言葉を失った。

彼の泣き顔など、見たことがなかった。

それほどまでに、彼は、自分を責めていたのだ。


ルシアンは何も言わず、そっと肩に手を置いた。

その温もりに、セリオンは目を伏せる。

「……すまない。」

誰に向けた言葉かは、わからない。


だが、その夜。

ようやく、彼らの時間は、少しだけ動き出した。

遠く離れた森で、同じ空気を吸う蓮の存在が、 確かに、ここに届いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ