閉ざされた塔に射す光
次の日。
蓮は冷たい石床に背を押しつけられながら、壁や天井へ素早く視線を巡らせる。窓はなく、錠のついた鉄格子と湿った空気だけがある。どこにも脱出の糸口は見えない。壁を叩いて脆いところを探してみたが、どこもびくともしない。仕方なく、この状況で出来ることをひたすら探してみる。
そんな蓮の動きを知ってか知らずか、隣の独房から低い声がした。
「人間が何をしたところで無駄だ。」
その声に続き、複数の気配が小さく唸る。魔族たちだ。敵意が鋭く刺さる。
蓮は深呼吸し、独房越しにゆっくりと言葉を選んだ。
「信じなくて構いません。でも……脱出するまでの間だけでも、力を貸し合えませんか?」
しばらくの沈黙。鉄格子の向こうで誰かが鼻を鳴らした。
「人間と? 冗談じゃない。」
「だが、このまま腐るのも御免だ……」
囁き合う声がやがて静まる。
重苦しい間を経て、ひとりが短く言った。
「……一時だけだ。裏切れば、その時は終わりだ」
「ありがとう。」
蓮は小さくうなずく。
その瞬間、階段の下から規則正しい足音が近づいてきた。
石を叩く硬い靴音が、塔の薄暗い空間に不吉な響きを残す――。
コツン、コツン
収容塔の階段から軋む音と足音が近づき、独房の中が緊張で固まった。
(聞かれてしまった!?)
蓮は胸が跳ねるのを必死に押さえる。
周囲の魔族たちも息をひそめ、石壁越しに殺気を帯びた視線が交錯した。
やがて鉄格子の向こうに、ひょこっと小さな影が現れた。
子ども――昨日、蓮が人間兵の暴力からかばったあの魔族の少年だった。
「お姉さん!」
あどけない声が塔内に響く。
魔族たちが驚きにざわめく中、少年は無邪気に蓮を見つめた。
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数時間前。
レナトスたちは表情を変えず兵としての仕事をこなしながら、蓮の救出につながる情報を探っていた。
その背後に、小さな足音がそっと近づいてくる。
「お兄さん。」
振り返ったレナトスの視線の先に、昨日の魔族の子が立っていた。
どうやらまた広場から抜け出してきたらしい。
「昨日、僕を助けてくれたお姉さんと一緒にいたよね?お姉さんにお礼を言いたくて来たんだけど。」
レナトスは一瞬だけ目を細め、低く答える。
「蓮のことか。……彼女は、塔に収容された。」
「ええっ……」
少年の顔に不安が広がる。
レナトスはさらに声を落とした。
「その塔について、何か知っていることがあれば教えてくれ。」
「僕はあまり分からないけど……」
少年は小さく唇を噛み、やがて言った。
「もしかしたら、長老様なら知っていたかもしれないけど、塔に幽閉されているし…。その息子さんなら広場にいるけど。」
レナトスは短くうなずく。
「何か知っているかもしれない。案内してくれるか?」
「うん。」
こうして、レナトスたちは魔族が集められている広場へ向かうことになった――。
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「……無事で良かった!」
鉄格子の前で、助けた少年ソラはホッとしたように立っていた。
驚く蓮の前に、彼は小さな胸を上下させながら言葉を繋ぐ。
「レナトスさんたち、見張りの人と入れ替わって長老の息子さんと話したんだ。やっぱりこの塔のまわりには“魔族避け”の術がかかっていて、中に入るのも出るのも、普通の魔族じゃぜんぜん無理みたい。何度か試したけど、ぜんぶ駄目だったって。」
独房の奥で耳をそばだてていた魔族たちが、息を呑む音が重なる。
「まさかソラが来るとは。」
「魔王様も本当に来ていたのか。」
「魔族避けだって?出られないじゃないか。」
蓮も自然と眉を寄せた。
ソラは小さく拳を握り、続ける。
「だから、みんなを助けるには術をかけた人間の術者を見つけて、その術を解くしか方法がないって。
それを伝えるために、ぼくがここに来たんだ。」
蓮は思わず問い返す。
「でも……どうやって来れたの?魔族避けがあるんだよね。」
ソラは少し視線を落とし、ためらいながら口を開いた。
「ぼく……人間とのハーフなんだ。
だから魔族ほど強くはないけど、人間ほど普通でもなくて……。
痛くて苦しいけど、耐えればここまで来られる。
レナトスさんたちが言ってた。
“君だけが頼みの綱だ”って」
静かな塔の空気が一瞬揺れる。
独房にいる魔族たちは驚きと戸惑いを隠せず、
その複雑な視線がソラに集まった。
蓮は鉄格子に手を添え、真っすぐ少年を見つめた。
「ソラ……来てくれてありがとう。あなたがいてくれて、本当に助かる。」
その声に、少年は小さくうなずき、
「レナトスさんたちは、人間の術者を見つけるから、お姉さんは、塔の中に術を施してる印とか仕掛けがあるはずだから、それを探してほしいんだって。」
ソラはさらに言葉を続けた。
「それと、塔に幽閉されてる長老さんに聞いて。ここが元々ぼくら魔族の地だから、何か知ってることがあるかもしれないって。魔族避けの仕組みとか、弱点とか……全部、集めてほしい。」
囚われの魔族たちがざわめく。
蓮は小さく息を整え、ソラに頷いた。
「……わかった。みなさん聞こえた通りです。長老さんはどちらにいらっしゃいますか?」




