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追憶の詩は、残影の癖となりて


 「またその話かよ、そんなのが現実にあるわけねぇだろ!」


 喧騒賑わう酒場で、一人の詩人が物語を歌っていた。一人の勇者が魔王を倒す話。たった一人で恐るべき魔王を倒した英雄の話。


 「それよりも踊り子でもやれよ詩人ちゃん!いい身体してんだからさ」


 酔っ払いは下劣な視線を詩人に送るが、詩人は慣れた様子であしらう。

 彼女はため息をつく。詩人として各地を渡り歩いているが、彼女の詩はどこも不評だった。

 そんな彼女の前に一人の子どもが駆け寄る。


 「お姉さん、勇者様のお話の続きは歌わないの?」

 「んー?いやぁ……あはは、不評みたいだしこの辺で切り上げようかなぁって……」


 彼女が作った詩は、勇者が魔王を倒す話。続きがあるのだが、いつも第一番で不評の嵐が吹き荒れるため、他の詩に切り替えるのが常だった。


 「えー、僕は聞きたいよ続き!」

 「本当に?子供受けもそんな良くないんだけどなぁ、これ……」

 「だって、詩人さん、勇者様のことを話している時、すごく嬉しそうだった。それを見ていたら、僕まで嬉しくなったんだ!」


 子供の率直な言葉に、詩人は胸を打たれる。顔に出さないつもりだったが、それでも気持ちは溢れ出ていたらしい。

 初めてのリクエスト。待ち焦がれていた勇者サマとの日々を、想いを込めて詩に込める。


 「それではリクエストに応えて、続いて王都での英雄の……勇者サマとの愛しい日常を」


 詩人の手にしたリュートから、美しい調べが酒場に響き渡る。

 詩人は歌う。名もなき英雄の物語を。彼がいないこの異世界で、確かに存在した、名もなき英雄のことを。

 例え記録として残らなくても、こうして人々の記憶にいつまでも残るように、詩にのせて。


 ◇


 ───そこは名もなき戦場だった。男は一人、歩いていた。

 背後には無数の黄金級騎兵たち。帝国の作り出した新型兵団。傭兵として戦う男は、捨て駒として戦場に送り込まれ、たった一人で敵兵団と対峙した。戦いは辛勝。今日の敵は、なかなか手強い相手だった。

 荒野の先に、古びた井戸を見つけた。覗き込むと、清らかな地下水が湧き出ている。遊牧民のキャンプ跡だろうか。男は久しぶりに綺麗な水を口にし、大岩に背を預けて休息をとる。


 「……ふぅ」


 男は静かに息を吐き出す。この世界は残酷だ。自分のような存在に、安息の地などないのかもしれない。それでも、この世界は、自分が生まれた世界なのだ。

 安息の地を求めるのならば、この世界でなければならない。腐れ縁の者たちもいる。腹立たしい昔なじみもいる。この同じ空の下で感じる全てのものは、紛れもなく男の世界のものなのだ。

 柄にもなく少しセンチメンタルな気分を感じた男は、休憩を終えて立ち上がる。


 「いくぞ」


 呟きと共に背後を振り返るが、そこには誰もいない。それは、少し前に身についた癖だった。

 男は、かすかな寂しさを滲ませながらも、小さく笑った。そして、再び歩き出す。西へと向かう彼の足取りは、力強い。

 男の日常は、変わらない。この変わらない世界で、ただひたすらに、今日も今を懸命に、生き続ける───。

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