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『王になる』とあなたに誓ったから

 神を拘束する鎖。それは、かの巨人でさえ縛り上げるほどの強度を誇る。それを、噛みちぎるとは? あり得ない。理解を超越している。どんなチート能力があれば、そんなことが可能になるというのか。

 いや、神を拘束する鎖を噛みちぎるとは、もはや神をも超えた存在なのではないか。


 「お、お前……何者だ!神を、神を、神さえも縛り付けるチートアイテムを!簡単に破壊するなんて!!」


 チート能力。超鑑定、というものがある。エグジキエルが異世界転生者から奪った9999の能力の一つ。その効果は、対象の過去、未来、すべてを認識し、その本質を見抜くというもの。

 男のステータス、歴史、すべてが、エグジキエルの眼前に晒されるはずだった。

 ───アンノウン。

 だというのに、男には何も無い。鑑定結果は、正体不明アンノウン

 そう、男の正体は歴史の影法師。本来、英雄になる力がありながら、歴史から抹消される存在。反英雄、アンチヒストリー。故に、男には何もなく、何も見えなく、何も持たない。

 改めてエグジキエルは男の異常性を認識し、狼狽を隠せなかった。


 「お前に名乗る道理はねぇだろうがッッ!!」

 「おぼべッッ!!」


 男の鉄拳がエグジキエルの胴体をぶち抜く。まるで大砲のような衝撃は、エグジキエルの胴体を吹き飛ばすだけに留まらず、石造りの壁をぶち破り、部屋を貫通させる。


 「あがっ!がっ……!ががっ……!!」


 実力が、違いすぎる。

 口から血が吹き出る。一撃で意識が吹き飛びそうな一撃。9999のチート能力の内、全ての防御系チート能力を総動員した上で、その全てをぶち抜かれた。

 完全に意味のわからない存在。規格外の勇者。テュポンよりも遥かにひどい化け物が、そこにいる。


 「所詮はスライムか、大したことねぇな」


 男の何気ない一言が、エグジキエルのプライドを奮い立たせた。


 「ちが……う……!」

 「あ……?」

 「スライムが、コピースライムが弱いのではない……弱いのは私が弱いからだッ!」


 それは、エグジキエルが今、ここに立つ理由。決してコピースライムを侮辱することだけは許せなかった。


 「貴様にはわかるまい、低級魔族として生まれた……私の苦悩が!屈辱がッ!!」


 エグジキエル。魂の叫び。それは彼の、彼の種族の迫害の歴史。

 エグジキエルは、元々はコピースライムという、取るに足らない下級魔族の一体だった。どんな特性も捕食すれば得られるコピー能力を持つが、大幅に劣化し、自身の戦闘能力は皆無。魔族社会では、その存在を蔑まれ、嘲笑の対象でしかなかった。


 「コピースライムごときが、何を偉そうに……」

 「役に立たないゴミクズが……」


 耳に残る、心ない言葉の数々。コピースライムの日常とは、そんな屈辱的な日々だった。

 しかし、ある日、運命の出会いが訪れる。


 「素晴らしい!低級魔族の中には、こんなものもいるのか!」


 魔参謀ドミニオン。魔王軍幹部である。


 「汝らの今の評価は不当だ!その能力には可能性がある、魔王様に進言し、待遇を改めるようにしようではないか」


 ドミニオンは、コピースライムの能力に目をつけ、魔王に取り立ててもらうよう計画を立てる。


 「お前たちなら、できる。自信を持て、その素晴らしき力に」


 ドミニオンの言葉は、コピースライムたちに光を見出した。ついに、見返すチャンスが来たのだ。何よりも、自分たちのことを、まるで自分のことのように、心底嬉しそうに、褒めてくれる上級魔族ドミニオンが、彼らの心の内に温かな風が吹いていくようだった。

 コピースライムたちは、ドミニオンの期待に応えるべく、様々な特性をコピーして魔王にアピールする。


 「それって、あたしらサキュバスと同じじゃね?」


 だが、現実は甘くなかった。魔王軍上層部の一人にサキュバスが混ざっていたのだ。

 サキュバスは上級魔族である。それでも、魔王軍の上層部に食い込んでいることなど、ドミニオンは知らなかった。コピースライムに夢中だったからか、魔王城の中で起きている大きな変化に気づかなかった。

 魔王の側近であるサキュバスたちは、コピースライムの存在を認めようとしなかった。


 「ドミニオン様も知ってるでしょ、わたしたちの能力、レベルドレイン」

 「む、むぅ……それならば……知っている……が……まさか!?」


 ドミニオンは久しぶりに見たサキュバスの姿を見て、目を丸くする。その力がまるで別物へと変貌していた。相当な上質の餌を手に入れたのだと、思わせるほどに。

 ここ最近あがっている報告。異世界転生者で勇者と呼ばれる集団。その大半は、サキュバスの魅了に対抗手段を持たないという。


 「そんな低級魔族を重宝しなくてもあたしたちが上手くコピーするからさーいらなくねそいつら?キャハハ!」


 サキュバスは知性がある。レベルドレインにより奪い取った力は保持し続けられる。上級魔族としての格もある。

 所詮一時間の劣化コピーに過ぎないコピースライムなど、足元にも及ばない。


 「下賤な低級魔族が、魔王様に近づくなんてさ、身の程知りなよ、きもいっつーの」


 冷酷な言葉に、コピースライムの心は深く傷ついた。それだけでなく、ドミニオンの計画は失敗し、彼は責任を問われ、魔王に処刑されることが決まった。

 コピースライムたちは、ドミニオンを見捨てて逃亡するしかなかった。


 「おい見ろよあいつら!ドミニオンを見捨ててとっとと逃げ出してやがる!所詮は低級だな!」


 裏切りと絶望の中、後ろ指をさされながらコピースライムたちは逃亡を続ける。だが、低級魔族如きが魔王に近づこうとしたという事実は、魔族社会に大きな波紋を広げていた。

 下賤な低級魔族如きが魔王に近づき、挙げ句ドミニオンを無様に見捨てた敗北者。

 その行為は魔族コミュニティに広がっていき、軽蔑され、いつしか遊びの延長線のようにコピースライム狩りが始まり、彼らは仲間である魔族たちにさえ、狙われる日々となった。


 「……、……」


 仲間たちは皆殺しにされ、残されたコピースライムの一体は、廃棄場に逃げ込み、そこで力尽きようとしていた。嘆き叫ぶ能力も、涙を流す能力も、彼は持たない。ただ、いつもと変わらない、ゼリー状の姿で、自己表現もままならぬまま、絶望が、彼を深く蝕んでいく。

 その時、彼は運命的な再会をする。瀕死の重傷を負ったドミニオンが、そこにはいた。

 ドミニオンの身体はボロボロで傷だらけ。処刑を受けて、半死半生のまま、ここ廃棄場に捨てられたのだ。


 「……!……!!」


 謝りたかった。無様に逃げ出したあのときのことを。自分たちを初めて認めてくれたこのひとのことを。伝えたいのに、伝えられない。彼には謝る能力も持たない。


 「すまない、我は……魔王様に報えぬ無能だった……」

 「!!……!!!!」


 必死に謝罪の言葉を表そうとするコピースライムに対し、ドミニオンはそう答える。


 「そんなことはない」「ドミニオン様は自分たちにとっての英雄だった」「誰も恨んでない」


 感謝の言葉を伝えたくて、ドミニオンに縋りつく。しかし、想いを伝える能力も、彼は持たない。

 そんな彼の様子を見て、ドミニオンは悲しそうな笑みを浮かべた。


 「だが……お前は……お前たちは違う……希望だ、必ずしや……魔族を変える……私とは違う……未来なのだ」


 そして、ドミニオンは自らの身体を、コピースライムに預ける。


 「私を喰らえ、そして……見せてやれ、お前たちの……本当の力を」


 ドミニオンは、コピースライムに自らの力と意志を託し、そして……


 「お前たちなら、できる。私の力と知識を受け継ぐのだ」


 新たな魔族社会を、委ねた。それは彼が見た、コピースライムへの夢、希望である。

 コピースライムは、戸惑いながらも死にゆくドミニオンの言葉を受け入れ、彼の力を吸収する。溶けていく肉体。獲得していく知識。コピースライムはこの瞬間、この僅かな一時、ドミニオンの力を獲得するに至った。

 しかしそれも一時間という僅かなもの。だが、ドミニオンの記憶から、コピースライムのすることは決まっていた。

 そう、勇者たちの死体置き場。そこから、彼は一人のチート能力を見出していた。それは、『得られた力を決して忘れない能力』。


 「この無数の勇者たちを取り込み、お前は最強となれる」


 記憶から囁くドミニオンの言葉に従い、勇者の死体を捕食すると、コピースライムの力に不思議な力が宿り始める。それは、この世界にはない力。無数に束ねられたチート能力。

 溶けていく、消えていくドミニオンの意識。彼は最後に、コピースライムに告げる。


 「そしてお前は……王となれ」


 消えていく意識。それとは対象的に勇者たちの死体を取り込む度に、次々と得られていく能力。


 「……私は……私は……」


 気がついたとき、そこにはコピースライムはいなかった。数多の勇者たちを取り込み、人の肉体と人格を得た、新たな存在。


 「私の名は、エグジキエル。新たな王である」


 暗闇の廃棄場。無数の死骸の中で、彼は立っていた。理解の出来ない慟哭と涙と共に。月明かりさえ届かぬ、漆黒の闇夜の中。9999個のチート能力を有する、新たな魔王が生まれた。

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