原罪の獸、九千九百九十九の亡骸
しかしリリスは此度巻き込まれたのではない。彼女自身がそれを求めたのだ。それは決してこのような過酷な目に自ら望んで受けたいからではない。自分の疑念を確信に変えるためだ。
リリスは改めてエグジキエルの姿を見る。上級魔族サキュバスとしての目で。
「やっぱり……あいつ魔族だ」
「そりゃまぁ魔王だからな?」
リリスの言葉は男にとって拍子抜けだった。そんなことのために連れてきてほしかったのか……と。だがエグジキエルの方は「ぐっ……」と苦虫を潰したような表情を浮かべていた。
「違うよ勇者サマ、あいつは魔王を騙ってるだけ、だってあいつはスライムだもん!低級魔族コピースライム!!」
「コピースライム?」
上級魔族であるサキュバスは、当然他の魔族も看過できる。低級魔族とは文字通り低級の魔族。魔王軍にとっての使い捨て。自然発生するような兵隊である。
スライム種コピースライム。それがエグジキエルの正体なのだ。
「コピースライムは捕食した相手の特性を得ることができる。あいつ人間を食べたんだよ、それで勇者サマや女神には分からなかったわけ」
「特性を得る……?それは低級って割には相当強くねぇか?無限に強くなれるじゃねぇか」
「ううん、コピースライムは捕食した生き物の特性を一時間程度しか保持できないし、それも一体だけ、それにコピーした特性も大幅劣化するの」
一時的な、かつ一体限定の大幅劣化コピー。それがコピースライムの能力。彼ら自身の戦闘力は低く、低級魔族と呼ばれるに相応しい弱さだった。
「じゃああいつは何なんだよ、一時間以上余裕で経過してるぞ」
「あいつ、異世界転生者を食べてる」
リリスの言葉を聞いて、男はシュブの言葉を思い出した。
『それが神の加護の一つ。困難を成し遂げるたびにレベルが上がり、神気をその身に宿し決して失われない……つまるところステータス……能力が上昇するの』
これが、異世界転生者の特性として、コピースライムがコピーしたのならば。
特性によって得られた神気は、コピーした能力とは別カウントされるとするならば。
「チート能力は勇者サマが思っている以上にたくさんあるの。多分あいつは最初に『習得した能力や技術を永遠に忘れない』みたいなチート能力を得たんだと思う」
「それが……なんなんだ……?」
「あいつの中には、無数の異世界転生者たちがいる」
リリスは上級魔族サキュバスとしての能力にレベルドレインがある。相手の経験を奪い取り我が物とする能力。故に分かる。エグジキエルの中に、無数の吸収された能力たちが。
そして、リリスの推察はあたっていた。始まりは偶然。魔王テュポンに殺された異世界転生者を、一匹のコピースライムが吸収したことだった。
本来ならば一時間程度で失われる特性。しかしチート能力を劣化した状態とはいえコピーしたコピースライムは、その特性を永久に保持することができた。
更に、神の加護により得られたレベルにより、複数体の捕食が可能となったコピースライムは、『習得したスキルを最大レベルにする』『スキル獲得上限を無限にする』といったチート能力を持った異世界転生者の亡骸を喰らうことで、飛躍的に成長を遂げたのだ。
「短期間でたくさんの異世界転生者がやってきて、たくさんの死体が積み上がったことから……生まれた存在ということか……」
本来ならばありえない出来事。しかし、この世界の異常性がそれを実現した。
そう、その原因は……男はゆっくりとシュブの方へと振り向く。
「…………愚かなる人類よ、今こそ魔王を討つ時です……世界を混沌へと誘った魔王は、今目の前にいますよ……」
「てめぇのせいじゃねぇかぁぁぁぁ!!」
男はシュブを殴りつけた。
そう、全ては女神シュブが、無計画に大量に異世界転生者を送り込んだことが原因である。魔王テュポンにより殺害された異世界転生者たち。9999人もの勇者たちの死体は、新たなる魔王を生んだのだ!
「なんで殴るのぉぉ痛いよぉぉぉ!だって仕方ないじゃん!私、一生懸命だったんだもん!知らないじゃんそんなの!」
子どものように駄々をこねるシュブに男はただ苛立ちを感じるしかなかった。全ての元凶はシュブだったのだ。だというのに、反省の色すら見えない。謝罪もない始末である。
「いいから早く魔王倒せよヒトカスぅ!仲間割れしてる場合ですかー??」
「てめぇマジであいつ倒したら、覚えとけよ……」
男はエグジキエルの方へと視線を向ける。
シュブに対しての苛立ちは頂点に達していたが、魔王を倒すのが先決。話はそれからだ。
「ふ、ふはは!そうです!私はコピースライム!だが今は違う!魔王エグジキエルとして、9999のチート能力を有した新たなる魔王!勇者よ!私を侮るなよ!!」
エグジキエルが合図をすると、シュブを拘束していた茨の蔓が周囲を取り囲む。
「これは茨の蔓に見えますが、その性質は別物。神さえも拘束し、その力を奪い尽くす貪欲の鎖。ただの人間が!抗えまい!」
そう、これは9999のチート能力の一つ。蔓は男へと襲いかかる。その動きを封じ、その力を奪い尽くすために。
その魔の手は男の周囲を覆い尽くし一斉に襲いかかる!まさに死角なし、全方位一斉攻撃!避ける術など微塵もなく、かといえ触れれば瞬間、神さえも拘束する魔性の鎖である!
右足、胴体、首……絡みつく茨の蔓は、締め上げ、皮膚へと食い込む。
「どうです、これがチート能力!獣のような貴様には、相応しい道具だ!」
だが、その瞬間、男は大きく口をあけた。
「がりっ!」
鋼鉄を遥かに凌ぐ強度を誇るはずの、茨の蔓……魔性の鎖が、まるで脆い木の枝のように砕け散る。
「……は?」
エグジキエルは意味が分からなかった。今、この男は何をした?
その疑問の答えは至極単純。男は、唯一自由だった首を動かし、茨の蔓を噛みちぎったのだ。
「……ぺっ!」
男の口から吐き出される茨の蔓。もはやそれは咀嚼され尽くし、原型を留めていない。
───人間じゃない。
エグジキエルの背筋に冷たいものが走る。




