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神殺しの魔法陣

 エグジキエルは、スラム街の様子を、城で見ていた。信じられない光景を見た。

 何よりも、彼にとって恐ろしかったのは、男が地面を叩きつけるその瞬間まで、ずっとこちらを見ていたことだった。


 「化け物、化け物、化け物、化け物、化け物、化け物、化け物……!!」


 魔王テュポンを単独で倒したという勇者。その実力は眉唾物だったが、こうして見ると明白であった。神器もなしに、素手で王都を半壊させる膂力。それだけではない。

 何よりも恐ろしいのはその精神性である。容赦の欠片もなく、まるでその姿は暴風。天災に喩えるのが妙であるほどに、話の通じそうにない。


 「計画を……早めなくては……!急がなくては!」


 エグジキエルは賭けに出る。そう、こちらには女神シュブがいる。逆転の一手は、まだあるのだ。

 廊下を走り抜け、シュブの部屋へと向かう。


 「シュブ様!緊急事態です!!」


 エグジキエルは魔王である。だが、シュブにはそのことは伝わっていない。


 「えぇ~?なにぃ?」


 シュブは寝転がりながらお菓子を食べていた。王都で人気のパティシエが作ったチョコレート。開店前から並ばなくては手に入らない大人気商品である。


 「勇者様が……反旗を翻しました!王都を攻め落とそうとしているのです!」

 「エグジキエル、正座しなさい」

 「は!?はぁ!?」


 突然、冷たい声でシュブはエグジキエルに正座を促す。エグジキエルはその意図が理解できなかったが、思わず従うしかなかった。


 「あのヒトカスの話をするのはやめろって言ったよねぇぇぇ!?こっちはデマ掴まされて恥かいたんだけどぉ!!?なーにが魔王の手先よ!!あいつが魔王の手先なわけないじゃんー!!馬鹿にされたくないからあいつとは話さない!!」

 「い、いや待ってください!王都が、王都がこのまま落ちるのですよ!?」

 「ん?別によくない?」

 「は?」


 シュブの言葉に、エグジキエルは思わず素っ頓狂な声を上げる。50年もののぶどう酒を飲みながら、頬杖をついて寝転がり、シュブは言葉を続けた。


 「驕るなよ人間。我、神ぞ?王都一つ滅亡の危機如き、神が救いの手を直接下すわけがなかろう」


 そう、シュブは女神である。そして、神は人間の都市一つに直接救いの手を出しはしない。此度女神がこの世界に干渉しているのは、あくまで世界の危機故である。


 「お、王都にはたくさん人たちがいるんですよ?シュブ様を信仰する人たちだって……」

 「全ては神の試練なんだけど?え?なに?エグジキエル、ひょっとして神たる私に意見するの?」


 人や魔族と神の価値観は相容れない。それは世界の絶対的真実であるのだ。

 シュブはそう言うと、またゴロりと横になり、献上品のフルーツに手を出す。一粒金貨一枚の価値があると言われる極上の果実を、無造作にパクパクと食べながら、取り寄せた王都のコメディ本を読みはじめる。


 「おもろー、人間風情が作った低俗な書物なんて無価値だけど、暇つぶしになるよねー、あ、エグジキエルさ、ちょっとぶどう酒なくなったから取りに来てくんない?城の地下に60年ものの奴残ってたよね」


 絶句していた。王都の危機など完全に他人事である。

 これが神だというのか。これが神の意思だというのか。

 エグジキエルは自身の出生を思い返していた。世界は神が作り出し、その運命も司ってる。物事全てには意味があり、決して無価値なものではない。そう、教えられた。だから、今まで生きてこられた。

 しかし、目の前にいる”これ”はなんだ?


 「女神様。実は、天上の至宝にも勝る、素晴らしい献上品がございます。大変繊細なものでございますので、直接ご覧いただきたく……」


 エグジキエルは完全に腹が据わった。この神を───抹殺する。

 じっくりと事を進めるつもりだったが、もはや一刻の猶予もない。シュブを殺すことで、世界は真に変わる。それが、エグジキエルの計画の最終段階。

 天上の献上品と聞いて、シュブの目は輝きを増す。疑うそぶりも見せず、エグジキエルに導かれるまま、王宮内の一室へと向かう。


 「で、どこにあるの?神たる私をここまで煩わせてろくなものじゃなかったら、神罰だからね」


 部屋は薄暗く、中の様子を窺い知ることはできない。しかし、そこは魔力に満ち溢れている。神器だろうか、それとも宝珠だろうか。いずれにせよ、シュブは、天上の献上品という言葉を聞き、期待に胸を膨らませていた。


 「大変繊細なものでございますので、部屋の中央まで向かってください」


 エグジキエルは、深々と頭を下げて、部屋の入口に留まり、シュブを部屋の中央へと向かうように促した。シュブは言われるがままに部屋の中央へと向かう。


 「もったいぶるわねー……」


 シュブが呟いた、その時だった。部屋全体が淡く光りだす。そして魔法陣が浮かび上がる。エグジキエルの罠が作動したのだ。


 「……!?な、なに……これ……!?」


 気付いた時には、既に遅かった。シュブの肢体を、茨の蔓のようなものが絡め取る。それは、彼女の肉体に食い込み、身動きを完全に封じていた。


 「神殺しの刻印ですよ、クソ女神」

 「くそ……?人間、今の無礼な発言は聞き間違い?私のような神に向けてそのような発言をして……」

 「やかましい!!もうお前は詰んでるんだよ!!」


 エグジキエルの周囲の空間が、歪み始める。

 その時、シュブは気がつく。この気配は人間のものではない。魔族である。擬態していたのだ。人間瓜二つに。神さえも誤魔化す擬態能力。それを魔族が有していたことに、驚き隠せなかった。

 そして王都の中枢に魔族がいるということ。未だ姿見せない魔王……全てが、一つの線で繋がっていく。


 「もしかしてぇ……魔王?」

 「正解です、そしてこの魔法陣は神としての力を弱めるもの……例えばそう、不死性とかね」


 エグジキエルは笑みを浮かべて答える。その答えに、シュブはゾッとした。

 神性を剥奪する呪い。それは、極めて困難な技だ。しかし、神の死。それ自体は、決して珍しいものではない。神殺しの神器などは、あまりにも有名。

 ましてやシュブは、神器を失い、神界から追放された弱った状態である。


 「いやぁぁぁぁぁああ!!」


 死を悟ったシュブは惨めに暴れまわるが拘束は解けない。エグジキエルが長い月日をかけて作り出した呪い。それは極めて強固なものであった。


 「ハハハ!安心してください!あなたは死にますが、あなたの神性は死なない!それこそが私の求めるものなのだから!」

 「何言ってんのか意味わかんないぃぃぃぃぃ!!」


 シュブを縛り付ける茨の蔓はシュブから確実に力を奪っていた。そして次の段階へと突入したのか、茨の蔓とはまるで違う、異形の触手たちがシュブの前に現れる。

 その先端は針状であったり、刃のようになっていたりと、一目で分かる残酷さ。拘束し力を奪った後に、確実に命を奪うものだと、直感的に分かる形状をしていた。

 それが、シュブの前に少しずつ近づく。


 「無理無理無理無理!助けて助けて助けて助けて!!助けてヒトカスぅぅぅぅ!!」


 断末魔のような懇願。もはや彼女の頼りはこの世界を救うために召喚した男しかいなかった。涙と鼻水を垂れ流し、無様に懇願するその様子は、高潔なる女神とは程遠い。

 しかし、女神故の幸運か、あるいは天上の上位神が不憫に感じたか、それは分からないが、願いは届いた。

 突如、部屋の外壁が破壊される。轟音と共に、壁は粉々に砕け散り、太陽の光が薄暗い部屋に差し込む。


 「よう、エグジキエル。探したぜ」


 瓦礫の向こうに、男とリリスの姿があった。


 「な……!?どうしてここが分かったんですか!?」

 「俺たち異世界転生者はチート能力が与えられる。その一つを使った」


 チート能力。それは女神の加護により与えられる能力。魔王と戦うために与えられた力である。

 迂闊だった、とエグジキエルは下唇を噛みしめる。居場所を特定するタイプの能力。まさか、男がそんな補助的な能力を有しているとは思わなかったからだ。

 ん……?いや待て、じゃああの戦闘力ってなに……?え……?

 同時に、エグジキエルの背筋に冷たいものが走る。理解を超えた想像が、最悪の想定が脳裏をよぎったのだ。


 「そう、その名もスプリント……らしい!」


 スプリント。通称、走りスキル。

 走る行為を繰り返すことでレベルが上がり、走る能力が向上する。異世界転生者に与えられた……ただのスキルである。

 男はここに来るまでに何かないかと、以前教えられたスキル一覧を見た時にその存在を知った。そしてスプリントを発動することで、スラム街から一気に王都へと走り抜けたのだ。

 その速度は、音速を超える。その勢いで、城の外壁を破壊し、片っ端からエグジキエルの所在を調べたのだ。


 「はぁーはぁー……勇者サマ……腕……千切れそう……」


 当然、スプリント発動時に、リリスの腕を掴んで連れてきていた。音速を超える速さの移動。リリスが色々と無事なのは、彼女が上級魔族である所以である。


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