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偽りの救世主

 その目的はただ一つ。シュブがクソ女神なのは承知している。無駄に自尊心の高い女。そんな女が嘘をつく理由とは……

 魔王を倒したけれども、結局神界からは追放されたままで、一生地上暮らしが決まってしまったということ。

 そんなことは、シュブの性格からして男には到底話せないだろう。故に別の魔王という仮想敵を作り……王都に自身の安住の地を築き、都合の悪い男は追い出せば……整合性がつく。


 「……俺の勇者としての仕事は死体を確認することだ」


 ならば、シュブの思い通りにはさせない。男はハッタリをかますことにしたのだ。


 「女神シュブが別の魔王がまだいるっていうのはな、正確には死体を確認していないってことなんだよ」

 「死体……?じゃあもう死んでるってことなんですか?」

 「あぁ、お前らの言うとおりだ、もう一人の魔王ってのはテュポンにビビり散らかして、王都に潜んでいたが、スラムで通り魔にあって殺されたんだよ」


 群衆は、衝撃を受ける。通り魔に殺される魔王。そんな情けない魔王の姿は、彼らの想像をはるかに超えていた。


 「何も不思議じゃない、お前らも言っていただろ?テュポンは強大な魔王だったが、もう一つの魔王……いいや名無しの臆病者は、魔王とは名ばかりの雑魚、影でコソコソとするしかない陰湿な野郎だってことだ」

 「だから……偶然、通り魔に襲われて殺されたってことですか……?」

 「そういうことだ、シュブもそう言ってる、だから厄介なんだよ……なにせ、死体が見つからないと使命を果たしたことにならねぇんだからな、ハッハッハ!」


 男は高らかに笑う。その笑い声に誘われるように、群衆からも笑いがこぼれる。なんと情けない魔王だろう、と。

 それは、男の目論見通りだった。シュブが神界に戻れないのなら、勇者としての役割を演じる必要はない。しかし、シュブは元の世界に戻るための、神界に向かうための鍵である。この地上で唯一、神界との繋がりが、シュブなのだから。

 だから、面会すら許されない今の状況は、好ましくない。女神シュブへの信仰は、魔王の脅威という土台の上に成り立っている。人々は、恐怖から神に縋り付くものなのだ。

 ならば、その脅威を、根こそぎ断ち切ってしまえばいい。


 「しかし通り魔に殺されるって!間抜けにも程がないか!」

 「あぁ、しかもシュブ様の話だと、その通り魔っていうのも子どもらしいぞ?腹が減って襲った相手がたまたま魔王だったわけだ!だとしたら真の勇者はそいつだな!」

 「勇者様、あなたがそれを言っちゃ駄目でしょ!」


 どんどん貶められていく魔王のイメージ。既に人々の中には、魔王テュポンが与えたイメージは完全に払拭されていた。


 「ねぇエグジキエル様、あなたもそう思いませんか?」

 「い、いや……それはちょっと違うんじゃないです……?魔王にだってワケが……」


 言葉を濁すエグジキエルの肩に、男はポンと手を置く。


 「他にもこんな話を聞いたことがある。昔はハッタリで誤魔化してたけど、魔族たちにその無能さがバレてからは、ゴミ捨て場を漁るような日々、仲間たちからも後ろ指をさされてたとか」


 こうなればこっちのもんだと、エグジキエルを味方に引き入れるために、男は更にデタラメを、根も葉もない噂話で、魔王の弱さを揶揄する。


 『お前は、王となれ──────』


 暗闇の廃棄場。無数の死骸の中で、"ソレ”は立っていた。月明かりさえ届かぬ、漆黒の闇夜。一つの魔が、慟哭と共に生まれた日。

 エグジキエルの脳裏に浮かび上がる記憶。それは、彼にとって「とてもたいせつなひと」との思い出。心に刻まれた、決して失うわけにはいかない灯火。

 男は意図していなかった。魔王を貶めるための適当な嘘だった。

 しかし、その言葉は、エグジキエルの胸に刻まれた、決して消えることのない想いを、強く揺さぶった。それだけは、否定できない真実だった。


 「嘘をつくな!この私が!無能であるはずがない!!私は!王なのだから!!」


 そういって、男を突き飛ばす。

 エグジキエルは肩を上下に激しく揺らし、怒りに燃える瞳で男を睨みつける。だが、その激情は長くは続かなかった。「あ」と、小さく呟く。


 「え……今、なんて……エグジキエル様……?」


 群衆は静まり返り、エグジキエルに視線が集まる。男もまた、困惑を隠せない。今の発言の意味。あまりにも安直すぎて罠の類さえも疑っていた。


 「な、なんだその目は!違う!誤解だ!私は魔王ではなくてその……魔王のモノマネ芸人だったんだ!」

 「モノマネ芸人!?」

 「そうだ……仮面を被って演劇をする旅芸人……何を隠そうその仮面芸人の正体が私だったんだ……」


 神妙な表情を浮かべてエグジキエルはそう答える。その真剣な表情は有無を言わせない説得力があった。


 「俺、旅芸人オタクだけど、魔王のモノマネなんて見たことないぞ?」


 群衆の一人がそう呟く。


 「黙れ黙れ黙れ黙れ!今、開発中なんだ!これから出す予定の芸だったんですよ!」

 「いや、そもそもエグジキエル様、王宮仕えじゃないですか……旅芸人ってどういうことなの……」


 正論を突きつけられ、エグジキエルは言葉を失う。やがて、頭を抱え、「うーうー」と唸り始めた。


 「エグジキエル様が……魔王?」

 「いや馬鹿を言うな馬鹿を」


 その時、またもやエグジキエルを庇うような声があがる。男だった。群衆の視線が、再び男へと注がれる。


 「今まで狡猾に正体を隠していた奴だぞ?なんでこのタイミングで自白するんだよ、ただの馬鹿じゃねぇか」

 「た、確かに!エグジキエル様は頭の良い人ですもの!こんなの馬鹿そのものですよね!」


 ハハハハ!と笑い出す。馬鹿な魔王がいるものかと、男を中心に話は広がっていく。


 「なぁエグジキエルとかいったか?いきなり変なギャグかますのはいいが、ちょっと外したな……おっと魔王様、だっけか?」


 男の言葉に群衆は更にドッと笑い出す。「やめてくださいよ勇者様ー」と群衆の一人が答える。広場はいつの間にか、和やかな空気に包まれていた。


 「そうだ……違う……これも全部計画のうち……」


 エグジキエルはただ俯き、ぶつぶつと呟きながら握りこぶしを震わせていた。


 「ん?どうした?」

 「テュポンを倒した勇者は世界の脅威!私がここで正体を晒したのは!!貴様を倒せる確信を持ったからだ!!」

 「は、何をいきなり」

 「出番だ!!来い!!真の勇者よ!!」


 エグジキエルが合図を送ると、それと同時だった。

 ここ、中央広場に向けて、人間が歩いてくる。人間という奇妙な言い回しとしたのは、その姿があまりにも異様だからだ。身体中に敷き詰められたかのように身につけた装甲板。深々とかぶられた帽子は目元がまるで見えない。

 それでも人間と認識できたのは、それが人の言葉を発しているからだ。


 「いたっ……痛い……!離してよ……ッ!!」


 更に驚くべきは、その者はリリスを捕まえていた。その左手でリリスの長い髪の毛を掴み、まるで戦利品のように引っ張っている。

 異質。しかし強い。かなりの手練れ。

 男はその者の存在を捉えた瞬間、その動物的直感から理解した。「真の勇者」エグジキエルはそう言っていた。しかし……


 「真の……?人間か?こいつ……」

 「はは、さすがは勇者様!鋭いものだ!そう、そいつは人工生命体!人工勇者!王都の象徴になるものだ!」


 人間ではない。という感想は的確であった。それはエグジキエルが秘密裏に作り上げた人工存在。勇者とは女神の加護を受けて世界を救いに来た存在。魔王を倒しに来た存在である。

 世界を支配するには、象徴が必要だ。しかし、恐怖による支配は、いずれ新たな勇者を生み出す。だから、エグジキエルは考えたのだ。表向きには勇者が世界に君臨する形で、永遠の支配を確立しようと。

 それこそがテュポンとは別の魔王。そう、魔王エグジキエルの策略である。


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