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民意という名の凶器

 王宮にて、男とリリスは受付を待っていた。


 「うぅぅぅぅ……ひどい、ひどい、ひどい、生殺し、思わせぶり、鬼畜、外道、ドS……」


 リリスは、不満を漏らす。

 あの後、リリスの期待は見事に裏切られた。男は、飛びかかってきたリリスを床に叩きつけると、「何か勘違いしていないか?」と、真顔で問い詰めたのだ。怒りではなく、真顔で。それが余計に、リリスの心を深く傷つけた。

 男も、さすがに説明不足だったと反省したのか、愚痴をこぼすリリスを強く叱ることはできない。


 「悪かった、その……埋め合わせはするから、機嫌直せって」


 そう言ってリリスの頭を優しく撫でる。


 「埋め合わせ!?じゃあこの後ベッドで……」

 「じゃあ書類頼むわ、俺は用事済ませてくる」


 リリスの愚痴を背後に、男はこの場を離れる。

 男には考えがあった。王都の住民資格を得ること。そのために土地と住宅を購入した。そして王都の人々からの信頼を得た。これだけのことをして、王都が男とリリスの移住を拒む理由はない。

 そして、真の目的は、その手続きのために王宮へ入り、シュブと再会すること。


 「ちょっと困りますって!予約は一年待ちなんですって!」

 「うるせぇなぁ、顔会わせるだけだよ!なんだぁ?この女神様の告解プラン?知らねぇよんなもん」


 役人の制止を振り切り、男は突き進む。

 告解はまだ分かる。渡されたチラシには食事会だの観光ツアーだの意味のわからないものまであった。こんなことをしていたら一年待ちは当たり前だ。


 「おいクソ女神!遊んでねぇで、とっとと魔王を……」


 女神課とかいうふざけた看板を掲げている部屋のドアを蹴飛ばして中に入る。


 「女神様はここにはいません、初めまして勇者様。私の名はエグジキエル、以後お見知りおきを」


 そこにはシュブではなく、エグジキエルと名乗る中性的な人物がいた。

 声を聞いても男性か女性かも分からない。男性といえば男性だし、女性といえば女性。整った顔立ちはまるで、絵画の中から飛び出してきたかのような美人だった。


 「まぁ落ち着いて話をしましょう。シュブ様の召喚した素敵な勇者様、そんな御方を私が蔑ろにするはずがありません」


 エグジキエルと共に案内されたのは城の外。城下町の中でも人の賑わいが目立つ中央広場が見渡せるカフェだった。

 彼?の話を聞く限り、エグジキエルは女神シュブの敬虔な信者だという。


 「シュブ様はこの世界を救うために尽力してくださっている女神様、その信仰は当然強い。分かりますか?こちらシュブ様印のお守りです」


 ここ王都では女神シュブを崇める宗教が確立している。

 別に不自然なことではない、と男は思った。確かにエグジキエルの言うとおり、シュブは勇者をこの世界に送り込み、魔王を倒そうとしていた。ならば、人々が彼女を信仰するのも自然な流れだろう。


 「シュブ様は、皆の信仰の対象なのです、勇者様。たとえ貴方であろうと、独占することは許されません!お分かりいただけましたか?」

 「いや分からん、そもそも俺はクソ女神と別れてから一度も話してねぇぞ、顔見せくらいさせるのが礼儀だろ、話を逸らすな」


 エグジキエルの熱の入った演説は男の耳には届かない。彼の頭の中にあるのはただ一つ。魔王をぶっ殺してとっととこの世界から立ち去ること。王都の事情などどうでもいいのだ。


 「……仕方ありません、女神様!どうかこの不遜な男に現実を教えてやってください!」


 エグジキエルは嘆息を吐き、そしてひざまずく。すると、突如として、天から光のカーテンが降り注ぐ。


 「愚かなる人類よ……私の声が聞こえていますか……?」

 「何してんだお前」


 シュブだった。光と共に空からシュブが舞い降りてきたのだ。どこかで見たような演出である。男は呆れ半分にシュブを見つめる。


 「私の加護のもとにいたいという気持ちは分かります……ですが私は女神……あなたと常に一緒にいれるわけでははないのですよ……」

 「いやてめぇが勝手に俺を巻き込んだんだろ、頭大丈夫か?誰がてめぇみたいな人格破綻者と一緒にいたいと思うかよ、自惚れんな」

 「ぐっ……!いいですか……私は全てを聞いています、街での悪評の数々、それは勇者とはとても言えない振る舞い……女神の従者として論外ですよ……ヒトカス」


 シュブの言葉に少し男は違和感を抱く。

 悪評の数々を聞いてる?誰かが街での俺の行動をシュブに報告している?

 それはつまり……


 「加えて、ああ、なんということでしょう!魔王と手を組んで……勇者であることを騙っていたなんて!」

 「ああ?」


 確信した。

 シュブは、虚偽の情報を吹き込まれている。そして、今も隔離された空間にいるのだ。今目の前にいるのは本人ではなく、幻影の類。会話はできるが、監視付き、といったところだろう。


 「いや、お前の目の前で魔王ぶっ殺しただろ、もう忘れたのか?」

 「え?……確かに」


 だがそれもお粗末なものだった。

 いや、というより普通の発想ではなかったのかもしれない。まさか魔王テュポン討伐に、女神も同行していて、女神と共に魔王を倒していたなどと。

 女神を信仰している王都の人間には、想像もつかなかった事態だったのだろう。そう、その一番の理由が……


 「女神フレイヤだっけか?お前、あいつに見限られて」


 そもそもシュブは神界を追放され、男と行動を共にしなくてはならなかったのだから。


 「あーあー!ヒトカス!!何言ってるのか分かりませーん!!」

 「シュブ様!おのれ勇者……いいや自称勇者!!ついに正体を表したな!!」


 なんだなんだと群衆が騒ぎ出す。そこにいるのは取り乱した女神と、王都で噂の勇者。注目は集まっていく。


 「聞きましたか皆さん!そう!勇者は魔王を倒したのではない……魔王と手を組み、勇者を騙ったのです!!」


 エグジキエルの言葉に大衆は更に騒ぎ始めた。


 「いやでも、勇者様は王都で依頼をたくさんこなしてて、凄く助けになってるんじゃないか……」

 「シュブ様がそう仰ってる……!みんな、シュブ様が嘘をついてるっていうのか!?」

 「い、いやそんなこと……」

 「シュブ様と得体の知れない世界から来た男!どっちが信用できるなんて明白だろ!」


 次第に、群衆の声は大きくなり、男を見る目が次第に恐怖、畏れへと染まっていく。

 ───仕込みか。

 男は、この不自然なまでの扇動、芝居じみたやり取りに気づく。群衆の中に、扇動を目的とした者が紛れ込んでいるのだ。その目的は……。


 「女神様の敵なら俺たちの敵だ!そうだろう!?」

 「そう……そうなの……か?」

 「魔王を思い出せ!奴らのしたことを!いいや違う……そう、この男こそが……真の魔王だ!!」


 その言葉に、群衆の緊張はピークに達する。


 「魔王……嘘だ、魔王は勇者様が倒して……あれ、でもシュブ様はまだ魔王がいるって……」

 「そうだ殺せ!殺せ!奴は魔王だ!勇者こそが、真の魔王なんだ!」


 いつの間にか、男の周囲を群衆が取り囲み、非難の声をあげていた。

 男に向けられる視線は、もはや親愛の情を欠片も残さず、その代わりに、恐怖と憎悪が渦巻いていた。


 「ふーん、大衆を扇動して勇者サマを落とすって奴……?強大な敵を倒すことは出来ても、守るべき民から攻められると案外弱いもの……定石だよねぇ」


 その様子をリリスは遠くで見ていた。男に押し付けられた事務仕事を終え、外が騒がしいことに気が付き、外に出るとこの有り様である。


 「勇者サマのお手並み拝見……って、あれ……?」


 その瞬間、リリスの鋭敏な感覚が、群衆の中に異質な存在を捉えた。それは自分と似た気配。即ち魔族の気配。

 ありえないことだった。魔族が王都の中心にいるなど。自分のような特例を除いて。

 であるならば、そこにいるアレは……


 「あいつ、まさか───」


 リリスの脳裏に、不吉な予感がよぎる。それと同時に彼女の背後に不吉な影が迫る。

 王都の目的は勇者の排除に移行している。ならば当然、"勇者の仲間を騙っている”リリスも標的になることは明白。

 彼女は自覚していなかった。自分が勇者であることに。自分も男同様に狙われているという自覚が、まるでなかった。

 故に上級魔族である彼女が、直前までその背後に影が迫っていたことに気がつかなかった。


 「!?誰───ッ!?」

 「我が名は真の勇者」


 首元に衝撃。瞬間、リリスの意識は消失する。朧気に失われていく意識の中、リリスは襲撃者を捉える。


 「……!?バ……ケモ……ノッ!?」


 その瞳に映ったのは、おぞましい存在。おおよそ人のものとは思えない淀んだ魂。"捕食”する気にもなれぬほど、醜悪な存在。

 つまるところ、真の勇者を名乗る化け物の類が、そこには立っていた。


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