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究極の誤解

 一時間と少し、"恋人同士の営みをしていた”というアリバイ作りを終えて、男とリリスは酒場を後にする。

 男の尊厳は大分傷がついたが、もはやあの酒場にいた者たちは「勇者様と異世界転生者のリリィは恋人関係である」という事実を疑う余地もないだろう。それだけは、大きな成果だった。

 ……失われたものも大きいが。

 憂鬱な思いを抱え、男たちは城の前に来ていた。シュブを迎えるためである。


 「女神さまとの面会は予約制です」


 門番に話をすると、受付票を渡される。一年近く先まで埋まっていた。


 「いや面会というか……俺たちはクソ女神……シュブと一緒にこの王都にやってきたんだ。合流したいだけなんだが」

 「はい、存じ上げています、ですが女神さまとの面会は予約制です」


 門番の態度は変わることはなかった。もともと共に仲間としてやってきた男とリリスを、通そうとしなかった。


 「……分かった、邪魔したな」


 男は大人しく引き下がる。王都と事を構えるつもりはないからだ。


 「……ふーん」


 リリスはその様子を見て、あることに気がつく。目ざとく気がついたのは、"これは自分が得意とすること”だから。いたずらっぽい笑みを浮かべて、男へと話しかける。


 「ねぇ、勇者サマ……シュブのやつどうして会おうとしないのかな?やっぱり人間なんて見下してるのかなぁ?」

 「ん?そうだな、あいつ滅茶苦茶見下してるぞ」

 「……んん?うん、いやそうだよねぇ、見下してるよねぇ、そんな女神に従う必要なんてあるのかな?」

 「ないな」

 「……んんん???」


 何かおかしいゾ?

 リリスの思いどおりにいかない展開。せっかくの絶好の機会だというのに、男の答えはチグハグなものだった。

 勇者と女神は強い絆で結ばれている。だから魔王テュポンを倒すという大任を背負えると聞いていた。実際、王都の元勇者たちはシュブに敬意を表していた。


 「あのー……なんでそんな女神に、じゃあ従ってるの?」

 「元の世界に帰るためだよ、しかし……リリィ、やっぱりサキュバスだけあってそういうのは長けてるのか」

 「ふぇ!?なんのこと!?」


 男の言葉にリリスはドキリとする。見透かされていたかのようだった。


 「孤立させ情報を遮断させる、そうして都合のいい話を周りから聞かされ続ける、女神様サイコーだのなんだの……それが今のクソ女神の状況だ」

 「う、うんーソダネー」

 「典型的なマインドコントロールの下準備だな。今、お前が俺にした質問のようなことを毎日クソ女神は受けてんだろう」

 「えー!そうだったのー!シラナカッタナー!」


 とぼけるリリス。そのとき男の拳に力が入るのが見えた。


 「す、すいません、はい……隙あらばわたしに勇者サマを依存させてらぶらぶちゅっちゅっしようとしていました……」

 「まぁそれはありえないとして……いよいよきな臭くなってきたな、この王都……しばらくは様子見するしかねぇが」


 男は不穏な空気を感じながらも、城を後にするしかなかった。

 もっともその気になれば城に潜入はできる。ただ、それで下手に騒ぎを起こすのはまずい。王都には来たばかりで未知が多すぎる。下手に動くより、女神を信じて、こちらはこちらで、城下町で情報を集めるのが一番だと考えたのだ。



 …………そうして、数日が経った。


 「お疲れさまです、勇者さまにリリィさま、いつも大変な仕事請けてくれて助かってます」


 男とリリスは、ギルドと呼ばれる職業斡旋所で日々の依頼を請けていた。主な内容は危険生物の退治。此度はドラゴンを数匹倒して帰ってきたところだった。

 英雄の器である男と、上級魔族であるリリス。二人の前に敵う存在など、この王都周辺にいるはずもなく、いつのまにか王都では有名になっていた。


 「ふふ、それに相変わらずお熱いんですね、羨ましいです♡」


 そう、滅茶苦茶強いバカップル勇者として。

 男はひくついた笑みを浮かべ、受付嬢から報酬を受け取る。


 「勇者サマぁ……ダメだよ、もっとこう嬉しそうにしないと、ほら私の腰に手を当てて……ん、ほらついでにちゅーも」

 「隙あらば人の精力吸おうとすんじゃねぇよ」


 酒場二階での出来事。あれがまずかった。表立っては誰も言わないが、すっかり変態バカップルとして有名になった二人は、公衆の面前でイチャつかないと逆に怪しまれるという最悪の事態を招いていた。


 「ぷはー!まずい!!まずい!!まずい!!畜生!もう一瓶酒をよこせマスター!!」


 男はやけばちに酒を飲み干す。酒場では見慣れた光景だった。まずいと言いながら、男の飲む酒の量は、誰よりも多い。


 「見ろよ、また勇者様のいつもの奴だぜ」

 「にしてもリリィちゃんかわいいよなぁ……勇者様は腕っぷしもあってあんな美人が恋人だなんて世の中狂ってるぜ」

 「おいやめとけ聞こえるぞ、以前リリィちゃんに手を出そうとした奴が勇者さまに半殺しにされたっていうぞ」

 「あぁ聞いた!しかも相手は王都の騎士様やギャングのボスだって噂だろ?半端ねぇ……愛されてるよなぁリリィちゃん」


 全部聞こえてる。

 全部事実だから余計にたちが悪い。男は積み重なった誤解を解きたくて仕方がないのに、解くこともできないジレンマになっていた。故に酒で忘れたかった。何もかも。

 だが同時に、こういった景色は既に王都の人々にとって、日常風景となっていた。男の派手な行動は、嫌でも目立ち、やがてそういうものだと慣れていく。


 「……くそっ、恋人ごっこがなけりゃあマシなんだが」


 男の目論見は成功していた。今や男とリリスは王都の人々に馴染んでいて、噂話などといった情報が耳に入るようになった。情報収集の下地つくりは完成していたのだ。

 加えて……


 「よん、ご……勇者サマ!大分お金が貯まったよ、この金貨の量!」

 「よしっこれだけあれば余裕だな」


 多くの依頼をこなして得た金銭は既に巨額のものとなっていた。袋いっぱいに詰められた金貨は、相当な財産である。


 「で、どうするのこのお金?」

 「あぁ、この金で俺たちの住む家を買う」


 男の言葉に、リリスは目を丸くする。

 聞き違いではない。確かに家を買うといった。俺たちの、俺たちの……そう!「俺の」ではないのだ。つまり自分も含まれている。二人の家。

 確かにボロ宿に泊まり続けるのはどうかと思っていた。だがしかし、二人の家という響きは、リリスにとって蠱惑的な響きを感じた。


 「二人の愛の巣を作るなんて……ま、まだ私、心の準備ができてないんだけど……」


 そう言って両手で顔を覆う。言葉とは裏腹に、リリスは嬉しそうに落ち着きのない様子を見せていた。


 「なんてね、ハハハ……それで勇者サマ本当のところはどういう意味なの?」


 当然、それは都合の良い妄想。それは今までのことから分かりきっていた。リリスはバカではない。男が自分の魅了を効かないことなど、既に明白なのだから。


 「いやぁ勇者様は運が良い!ちょうど良い住宅が売りに出てて……あぁ二人の恋仲はご存知ですとも!ご安心を!お子様が出来ても十分な広さですよ!」

 「これでいい、一括で払う、引き渡しは今日で頼むぞ」

 「ありがとうございます、ローデリア不動産を今後ともご贔屓に!」


 男とリリスは、王都の一角に佇む住居の前に立っていた。鍵を受け取った男は、扉を開き、中へと足を踏み入れる。

 リリスはポカンとしていた。状況がイマイチ理解できなかったのだ。


 「……?なに突っ立ってる。この家は俺たちのものになったんだから、とりあえず中に入れよ」


 男の言葉でリリスは現実に引き戻される。まさか、本当に?妄想が現実に?嬉々として、リリスは家の中へと入った。


 「中古住宅だから家具一式も揃ってる、普段から掃除もされていたから清潔だな」

 男は机の上を指でなぞる。ホコリ一つなく、丁寧な管理がされていることが分かった。

 「ほ、ほ…………」

 「あん?」

 「勇者サマぁ!!♡♡♡」


 感極まったリリスは我慢の限界を超えた。衣服を乱暴に脱ぎ捨て、男へと襲いかかる。これはもう、都合の良い妄想ではない。男からの明確なOKサイン。実質的な合意。ここまでお膳立てされて、何もしないのは、サキュバスとしての矜持が許されない。


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