痴情の裏側
「ゆ、ゆるしてください……勇者様……き、気の迷いだったんです……!実は僕には病気の母親がいて……」
それからはマサノリにとって地獄のような時間だった。男はマサノリに尋問のための拷問を行った。小手調べのつもりだった。
「何いってんだ?ほらリリィのためなら何でもできるんだろ?頑張れよ」
早すぎる自白は、心の余裕から虚偽の答えをする場合がある。故に男はマサノリの言葉を無視して倉庫に落ちていたペンチを拾う。
「お、おい……僕に手を出してどうなるか分かってんのか!?昨日、襲いに来たのは、ここら一帯の裏社会を支配する暗月の会だぞ!僕は奴らと繋がりがある!何を隠そう暗月の会とは王都が作った非政府組織で、そのリーダーは異世界転生者であり元勇者のタカノブさんだ!昨日はリリィちゃんが身体を犠牲にして無事だったみたいだが、これ以上、僕に何かあったらタカノブが黙ってないぞ!!」
「そのタカノブってのはこいつか?」
ゴロンとマサノリの前に昨夜の暴漢たちの中でリーダー格と思わしき人物の生首を転がす。
「タカノブゥゥゥゥゥゥ!!?何で!?どうして、こんなの持ってんだお前!?」
「いやなんか得意げにしてたから……」
それは紛れもなくタカノブの無惨な死体。そのときマサノリは初めて理解した。襲撃に失敗したことに。男の余裕と、傲慢な態度は、リリスを守り抜いた自信の表れ。
否、それだけではない。マサノリの中で想像が膨らみ続ける。それはニヤついた顔でリリィの肩に手を回して「こいつは俺の女だ」と言わんばかりの男の姿を。
「マサノリさん、ごめんなさい……私、この男に弱みを握られて……」
潤んだ瞳で訴えるリリィちゃんの姿。そうだ、あんな可憐で愛らしい彼女が、こんな男と恋仲なはずがない。きっと、無理やり……
「人間ていうのは想像力豊かでな、このペンチ一つとっても……」
そんなマサノリの妄想を無視して、男は拾ったペンチをマサノリの口に近づける。
「や、やめて!やめろバカ!それを近づけるな!このクソ勇者!ぎゃあああああぁ!!」
現実に引き戻されたマサノリは哀れにも、人気のない倉庫に響き渡る悲鳴を上げるしかなかった。
「ガタガタガタ……あんなの魔族もしないよぉ……?人間こわいよぅ……」
顔色一つ変えず淡々と、リリスの想像のつかない残虐な方法で苦しめる男の姿を見て、リリスは頭を抱えて物陰で震えていた。
小一時間ほど経っただろうか。響き渡り続けていたマサノリの悲鳴が、ようやく止む。恐る恐るリリスが物陰から顔を覗かせると、男はマサノリの前に立っていた。
「ワタシは生まれ変わりました。ユウシャ様、全てを話しまショウ」
「ふー、てこずらせやがって……」
「いや、拷問尋問とかじゃなくて、心がぶっ壊れてるじゃんんんん!!?」
マサノリの目は澄んでいてキラキラと輝いていた。つい先ほどまでの彼の目つきと比べるとまるで別人である。
「な、なにしたんですか勇者サマ……?」
「聞きたいのか?」
男は指を鳴らす。それだけで、リリスの本能が訴えた。
「いや良いです」
好奇心は猫を殺す、というが、魔族もまた例外ではない。世の中には、知らなくても良いこともあるのだ。
まるで別人のようになったマサノリを見て、リリスは思ったのだった。
「で、昨夜そのギャングとかいうのに襲わせた目的はなんだ」
「はい!リリィちゃんの弱ったところをつけこんで、えっちなことがしたかったからです!!」
きらきらと澄んだ瞳でマサノリは答える。曇りなき回答だった。
「お前の感想なんてどうだって良いんだよ……!?」
マジギレだった。男はこめかみに青筋を立てて、今にも血管がはち切れそうなくらい怒りを露わにしていた。
それはリリスに手を出そうとしたことに対する怒り……などでは当然なく、此度の襲撃は組織立っていたことにある。王都が非公認で組織しているギャングに命令した?そんなこと騎士一人でやれる範疇を超えているのだ。
「は、はい!その、実は上から異世界転生者たちを王都に留めさせるよう言われてました!それでリリィちゃんと結婚しようと……」
「そのことを上は知ってるのか」
「はい!暗月の会を動かすには許可が必要ですから!リリィちゃんとえっちなことがしたいからと伝えると一発で許可が貰えました!」
男はマサノリをひっぱたいた。何か知らないが無性に苛ついたからだ。
◇
男とリリスは酒場に来ていた。リリスは物珍しそうに周囲を見回しながら、男にメニューを見せて何を頼んで良いのか一々聞いてくる。
男はそんなリリスの会話を適当にあしらいながら思慮にふけっていた。
───妙だ。
魔王テュポンが倒されたことは既に知っているはず。なのに王都はどうして異世界転生者、勇者たちを王都に留めようとするのか。
一つの可能性として、魔王を倒した英雄を、王都の権威の象徴として利用しようとしているとも考えられた。しかし、その可能性は、今、完全に消え去った。なぜか。
魔王テュポンを倒した勇者は、二人組なのだ。
そう、自分自身と、異世界転生者を騙っているリリス。
だが、マサノリの話を聞く限り、王都はその二人を引き裂こうとしている。それは、魔王を倒した勇者という象徴を手に入れるという目的からすれば、あまりにも愚かな行為だ。
王都は立派な都だったと、男は思った。高度な技術を感じさせる建築様式、精巧な装飾、そして豊かな食料。まるで見たこともない奇跡のような技術の数々。国民の教養レベルが高く、為政者が無能ではないことの証左だろう。このような王都を築き上げた者が、世界の救世主を蔑ろにしようとするその意味は───。




